おとなのおもちゃ in 江戸~「四つ目屋」の店先を覗いて見よう~
|
「後醍醐天皇」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html)
の「南北朝正閏論争」を御覧ください。
さて、やはり明治期に高等女学校の教科書に掲載された内容が問題となった事がありました。問題の教科書は明治三十五年(1902)「女子国語読本」(落合直文編著)。そこに徳川後期の国文学者にして戯作者である石川雅望が書いた「都の手ぶり」の一節が引用され騒動を巻き起こしたのです。ここで問題の箇所を紹介しましょう。
さて其処を出でてさまよひ歩くに、佐々木家の幕じるしかと思はれる紋つけたる軒あり、薬ひさぐにや、長命帆柱など金字に濁みたる札を掛けたり。長命とは不死の薬なるべし。帆柱とは何やらん。もしくは風の薬なる謎々にや。かかるむつかしげなる薬さへ、その心得て買ふ人あればこそ、なりはいとなして世を渡るなめれ、といとおかし。
【さてここを出てさまよい歩いていると、佐々木家の家紋かと思われる紋所を付けた建物があって、薬を売っているのであろうか、長命とか帆柱といった文字を金色で染めた札が掛かっている。長命という薬は名前からして不死の薬なのであろう。帆柱とは何だろう。ひょっとして帆柱は風を受けるものだから風邪薬という謎掛けなのだろうか。このような効能を推し量るのが難しそうな薬でさえ、ちゃんと理解して買う人がいるから、商売としてやっていけるのだなあ、と大変興味深い。】
一見したところ、何て事のない店先風景紹介です。これの何が問題だったのでしょう。
…結論を先に言いますと、「佐々木家の幕じるし」というのは「四つ目結」の家紋であり、この家紋を構えた店と言えば両国の「四つ目屋忠兵衛」でした。で、この「四つ目屋」というのは性具・媚薬などを扱う店だったのです。当時の江戸において「四つ目」といえば性具の代名詞でした。で、「長命」「帆柱」というのは四つ目屋が誇る目玉商品の一角である「長命丸」「帆柱丸」でありいずれも精力増強剤。要は、この文章は「大人の玩具屋」さんの店先を紹介していたわけですね。なるほどこれが「良妻賢母」を目指す女学校教科書に掲載されたら確かに問題にされるでしょう。文章があまりにさりげなくしかも流麗なもので、お堅い文部省や編著者である落合は昔のシモな用語など知る由もなく見過ごしてしまった、と言う訳ですね。そこへ外部者が訳知り顔でクレームをつけることにより初めて問題が発覚したのだと思われます。で、結局この教科書は没になったとか。教科書問題にはこのように笑えるものも存在したのですね。
さて、せっかくですから以下で「四つ目屋」店先をのぞいて見るつもりで当時販売されていた主要な媚薬・性具を概観する事にしましょう。
まずは、先ほどの文章にも登場した「長命丸」「帆柱丸」から。「長命丸」は精力増強用の外用薬で、「好色智恵海」には隋の煬帝が作らせたという伝説を載せていますが、四つ目屋広告はオランダ秘薬と称しています。成分はアヘン、蝦蟇の毒液、丁子、麝香、紫梢花など。アヘンや蝦蟇の液により逸物をしびれさせ絶頂に達するのを遅らせることで勃起持続時間を長くする効果があるとされています。また蝦蟇の毒液には充血作用もあり海綿体への血流増加も期待されたようです。丁子は男根を強くすると言われ、紫梢花は興奮作用があり、麝香はジャコウネコのフェロモンだとか。これを逸物に塗ってやる事により交接時により強くより長く勃てることができるとされたそうです。「帆柱丸」は「危檣丸」とも書いたようで、やはり精力増強剤ですがこちらは内服薬。処方内容は店の秘伝であったらしく、残念ながら伝わっていません。他に似たような成分の「牡腎丸」「西馬丸」といった薬剤もあり、温酒で服用するものだったそうです。更にオットセイや虎の男根・睾丸(オットセイの男根を粉にした丸薬は「たけり丸」という名を付けられています)、マムシのエキスや山椒魚、加えて「黄精」(奥州原産のエミグサの根)が精力増強剤として販売されていました。
女性向けの薬も勿論あり、その名も「女悦丸」。これも外用薬で女陰に塗ることで交接時の収縮が良くなり快楽が強まるのだとか。成分は、朝鮮人参・トリカブト・山椒・丁子・紫梢子など。宣伝では在原業平による一子相伝の秘薬であったと称したりしています。同様な成分・効能で「蝋丸」なるものもあり、こちらはオランダ渡来と吹聴されたようです。他、処方成分は不明ながら「寝乱髪」(髪を乱して絶頂に至る事に由来します)や「床の海」といった女性向け媚薬も知られていたとか。
その他、「如意丹」といって男根に塗れば交接時に相手の女陰が縮んで快楽が大きくなるという触れ込みの薬や「玉鎖丹」といって交接時に射精しないようにする薬もありました。また、普段の女陰手入れ(洗浄・消毒)に加えて交接時の締まりを良くするという「楊貴妃小浴盆」という洗浄薬なんかも販売されていたそうです。
また、イモリの黒焼きが惚れ薬として使われているのは有名ですね。イモリは性欲が強いと信じられ、発情期に雄雌を捕らえ交接中を黒焼きとして粉末にすれば、相手に振り掛けたりすれば惚れさせることが出来ると考えられていました。また、香りによって女性の心を乱す「媚薬香」なんてのもありました。こちらは丁子・紫梢子・麝香・トリカブトなど精力増強剤の同様の成分を蜜で練って七日寝かせ、焚いて女性にかがせるとその気にさせる事ができたと言われます。
こうした薬を用いすぎる事により却って精力が尽き命を縮める例も後を絶ちませんでした。それに対して用いられたのが「地黄丸」で、即効性はありませんが長期服用すれば継続的に精力が回復するとされました。地黄(ゴマノハグサ科の多年草)の根、山朱、牡丹などを粉にして丸薬にして利用したということです。
こうした薬の他、交接時の補助具というべき性具も四つ目屋では扱っていました。次にはそうした品々を見てみましょう。
この手の品で最も有名なのが張形で、男根を模ったものです。水牛の角などで作られており際高級品になると鼈甲製もあったとか。中の空洞に湯を入れ暖めるとやわらかく膨らんで使い心地がよくなったそうです。精力の衰えた男性が装着して相手を喜ばせるために用いるほか、相手のいない女性が自慰に使ったりもしました。という訳で大奥の女性に需要があり、一説では出入りの小間物屋が持参し「御用の物」なんて隠語で呼ばれたりしたようです。
張形の亜種としては「甲形」や「鎧形」なんてのもあります。「甲形」は張形の亀頭部分だけが独立したものです。亀頭に装着し男性の性感を鈍くして持続時間を長くしコンドームのように避妊効果もあると共に女性の快感も高めるとされましたが、実際には女性に不評だったようです。「鎧形」は逆に胴体部分のみのもの。長い格子状をしており、精力が衰えた老人が男性器補強のため用いました。
一方、男性が自慰に用いたのが「吾妻形」。羽二重や薄い革で女性器に似た形を作ったとか。同様の目的に用いる例としてコンニャクの真ん中に切り目を入れ温めて使うというのが有名ですね。ちなみに厚さや色具合からは大和コンニャクが良いらしいですよ。この「吾妻形」も原形となる発想は昔からあったらしく、「古今著聞集」には旅先で道端の畑に実った瓜を吾妻形にして持て余す性欲を発散した男の話があったりします。因みにこの怪しからん男、数年後に再び同じ場所を通りがかった際に連れに武勇伝として吹聴したところ畑の主に捕まって「娘が変な形の瓜を食べて妊娠し子を産んだ。父親はお前に違いない。」と無理矢理結婚させられたという落ちがついています。常識的に考えると、娘が密通して父親不明なのを格好つけるため適当な男がとっ捕まったという事でしょうけど。
そのほかの性具を見ると、紙に媚薬を塗り亀頭に貼り付ける事で女性の快感を高める「きけい紙」とか、男根補強具として「りんの輪」「肥後ずいき」、女性の性感亢進具として「りんの玉」が挙げられます。「りんの輪」は海鼠を干して輪切りにしたもので男根に嵌めて用い、そのデコボコにより女性器への刺激を強める効果があり「姫泣き輪」とも呼ばれました。「肥後ずいき」は里芋の茎を乾燥させたもので、色が白くすべすべしており男根に巻きつける事で女性の快感を高めたといいます。交接中にふやけて太くなり、また茎から粘液を出すため快感が強くなるとか。「りんの玉」は直径1cm程度の玉であり一つは空洞でもう一つが中に小さい玉や水銀が入っています。交接前に女陰に二つ挿入すると、行為の最中に動くと玉が心地よい音を発するため快感が強くなるとか。しかも原理は不明ながら避妊効果があるとも言われています。金柑を代用にする事例もあったようです。
以上のように、徳川期にも色々な媚薬や性具があって性生活を楽しむ工夫がなされていたのですね。現在でもバイアグラやら何やらが話題になったりしますから、この手の話は浜の真砂は尽きぬともといった趣があります。
さて、冒頭でこの手の話は良妻賢母教育に良くない云々という話題をご紹介しましたが、夫婦間において性生活というのは大問題のはず。良妻賢母教育が持つ「産めよ増やせよ」というもう一つの側面を考えるとなおさらです。本当にこうした話題は良くないのでしょうか?排除してしまってよいものでしょうか?この問題に関連して、徳川期に面白い書物が出ています。その名は「女大楽宝開」。名前から分かるように貝原益軒「女大学」のパロディで、やはり良妻賢母教育目的でお堅い道徳に固まっている「女大学」を茶化す目的で書かれたものです。その内容を少し見てみましょう。
それ、女子は成長して他人の家にゆき、夫につかふるものなれば、色道の心がけ第一なり。父母も、もとよりその道を好みたるゆえに、子孫も尽きざるなり、女子はみだりに、おやおや性道にきびしければ、かえって、するどく害になりて色気をはなれ、愛嬌をうしない、夫の心かなわざること、かくありゆえに、成人ののち、両親をにくみ、夫婦の仲悪しくなり、ついには追い出されて、法界ボボとなること、まことに悲しきことにあらずや。これみな、親、おのが若きとき、淫乱をわすれ、きびしく育てたるゆえなり。
現代語訳はなくとも大体の意味はお分かりいただけるかと思います。その他にも容貌より性格・愛嬌が大事だとか、交接時に相手を喜ばし自分も楽しむのが大事だから性具は有効利用せよとか、行為後の食事はやわらかい物が良いとか、女陰の手入れは入念にして清潔であれとか、夫婦喧嘩の後は性行為によって仲直りできるとか実に具体的です。この手のエロ文章も、使いようによっては「良妻賢母」教育にであろうが使い道はあるようですね。
【参考文献】
医者見立て江戸の好色 田野辺富蔵 河出文庫
江戸の性愛学 福田和彦 河出文庫
江戸の性愛術 渡辺信一郎 新潮選書
江戸の媚薬術 渡辺信一郎 新潮選書
関連記事:
「世界は『男性』の大きさを歴史的にどう見ていたか」
アレを強くしたいという男の願望は古今東西あるようです。
「『ひとりでできるもん』~自慰を歴史的に少し振り返る~」
ここでも大人の玩具が活躍します。
「『十七か、聞くだけで勃起するわい』―日本の性器信仰―」
性具の起源はこの辺りらしいです。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「佐々木導誉」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/douyo.html)
とある佐々木さんの話。本題とは余り関係ありませんが。
関連サイト:
「裏長屋」(http://www.din.or.jp/~sigma/main.html)より
「四ツ目屋の風呂敷包み」(http://www.din.or.jp/~sigma/yotumeya/yotumeya.html)
「戦国ちょっといい話・悪い話まとめ」(http://iiwarui.blog90.fc2.com/)より
「赤松満祐の『法名』・悪い話」(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1025.html)
今回の話とは直接関係ないですが、リンクした理由は御覧いただければ御分りになるかと。