『ダメ人間の世界史&日本史』ブログ版(試し読み用)(04) 史上最強のマゾヒスト ベリサリウス
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はじめに
今回は6世紀東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスの地中海制覇を支えた名将ベリサリウスです。
偉大なるダメ人間シリーズその4 ベリサリウス
6世紀の地中海世界は、東ローマ帝国がその東半分を支配し、西半分にはヴァンダル王国や東ゴート王国といったゲルマン人諸国が割拠する状況にありました。このような状況下に東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌスは地中海制覇に乗り出しますが、この大事業の軍事面での中心人物がベリサリウス(505~565)です。彼はわずかな兵力しか与えられなかったにも関わらず、優れた手腕を持って勝利を重ね、地中海制覇をほぼ成功させます。
彼の戦歴を見ると、まずササン朝ペルシアの脅威にさらされている東方の国境地帯で、若くして指揮官となり、ペルシア軍を破ってその勢力を大きく削ぐことに成功します。この成功は長年のペルシア国境の緊張を緩和し、帝国が戦力を西地中海征服に向けることを、可能とするものでした。そして東方での活躍の後、彼は首都コンスタンチノープルに帰還しましたが、ちょうどそこで発生した反乱を鎮圧すると、今度は西地中海遠征の指揮官を務めることになり、西北アフリカのヴァンダル王国を征服しました。続いて彼はシチリア島とイタリア半島を支配する東ゴート王国との戦いに派遣され、征服に成功、ところが再起したササン朝ペルシアが東方国境を脅かしたため、征服後の支配体制を固める間もなく東方国境へと転出させられます。ここで彼は、ササン朝史上に英主として称えられるホスロー1世を相手に防衛を成功させますが、この間にイタリアでは東ローマの武将達の拙劣な支配をはねのけて東ゴート王国が再興しており、これに対処するため、またもや彼はイタリアへと赴きます。ベリサリウスはここでも勝利して東ゴート王国に大打撃を与えますが、極度の戦力不足のため、そこから征服につなげることはできず、その後しばらく、効果のない戦いを続け、やがてはイタリアを退去することになります。ここまでで二十年以上、東ローマ帝国の戦争の第一線で戦い続けてきたベリサリウスですが、二度目のイタリア遠征より帰国してからは戦闘からほぼ身を引いて、休息の日々を過ごします。ところが彼が第一線を退いて十年、北方のブルガリア人が首都コンスタンチノープル間近まで侵入してきます。この時帝国軍は各地の戦線に分散しており、首都の防備は手薄な状態にありましたが、ベリサリウスは皇帝と民衆の願いに押されて、防衛に当たり、自ら軍の先頭に立ってブルガリア人を撃破、生涯最後の戦いをも勝利で飾ります。
このうち戦いに出て目的を達成できなかったのは、二度目のイタリア遠征のみ、ある時は国家の盾としてある時は国家の剣として、ほぼ完璧に役目を果たし続けており、全く見事という他ない戦歴です。ところでベリサリウスは、この勝ちに勝ちを重ねた戦歴を支える戦略・戦術の才のみならず、その他の部分でも武将として模範的な存在でした。まず、彼は常に厳正な軍規を心がけています。また忠誠心も素晴らしく、その輝かしい軍事的才幹に嫉妬と警戒を感じた皇帝から、しばしば不当な冷遇・迫害を受け、反乱も当然と人々が見なす中、国家に対する忠誠を守り続け、黙々と戦い続けました。この点については、ベリサリウスに、雄々しく輝かしい英雄を期待するのであれば、期待はずれに感じられるかも知れません。ですがひとたび英雄崇拝を振り払うなら、ここには軍人の政治に向き合う態度として、史上における最良の模範を認めることができるでしょう。彼は、史上最高の英雄とは言えないにせよ、史上最高の軍人と呼んで良いかも知れません。
ところがこの偉大な軍人には、ちょっと人には見せられない、恥ずかしい側面が存在しました。今度はそのベリサリウスの華々しい戦歴の陰に積み重ねられた、恥ずかしい経歴を見ていきましょう。
対ヴァンダル戦争に際してベリサリウスはテオドシウスという青年を養子とするが、テオドシウスとベリサリウスの妻アントニナは熱烈な不倫関係に陥る。西北アフリカの中心都市カルタゴに滞在中、ベリサリウスは二人がほとんど裸で居るところを発見するが、妻がテオドシウスに片づけを手伝ってもらっていたと無茶な言い訳するのを、必死に信用する。
一度目の対東ゴート戦争の際、シチリア島に滞在中、侍女達が身の安全を保証するという条件でアントニナとテオドシウスの不倫を知らせてくれたので、ベリサリウスは制裁に乗り出すが、アントニナの涙と誘惑にあっさりとたぶらかされて無実を信じることにする。ちなみに密告者達はアントニナの命で舌を切り落とされ、体を切り刻まれて海に捨てられる。
アントニナの連れ子のフォティウスは母の所行に義憤を感じており、イタリア征服後、ペルシア戦線に滞在している義父ベリサリウスに対し、コンスタンチノープルで不倫にふける母親を告発。ベリサリウスはフォティウスと協力を誓い合い、一旦コンスタンチノープルに戻ったベリサリウスは、アントニナを処刑する直前まで行く。ところがアントニナは親交のある皇后を事態に介入させ、皇后の面前で妻と包容することになったベリサリウスは、激怒していたはずが、あっさり互いに許し合う気持ちになる。ちなみにフォティウスは、憤激したアントニナの命で、笞や締め木による拷問や、地下牢への幽閉といった残酷な処遇を長らく受けつづける。
…何だかみっともないほど度が過ぎた恐妻家です。恥ずかしすぎるヘタレっぷりです。協力者の運命を思えば、彼に対して怒りさえ感じます。なるほど密告者達に対する虐待は全くアントニナの問題であって、アントニナが全面的に悪く、それはベリサリウスの罪ではありません。またアントニナを赦すことで密告者達を裏切る形になったとはいえ、ここで彼は自分個人を害するに過ぎない罪を、個人的決断で許しただけですし、完全な赦しを得て何の咎めも受けなかったアントニナがここまでの報復に出るとは予測できなくともやむを得ないので、彼の裏切りが絶対に罪であるとまでは言えないのではないかとは思います。ただ罪ではないとしても彼の態度は、あまりに不名誉であまりに恥ずかしすぎると思います。途中で裏切って見捨てるくらいなら、最初から告発なんか聞き入れなければ良かったのに…。何だか見ていてとても悲しいです。これが本当にあの名将なのかと目を疑いたくなるヘタレっぷりには、涙が出そうです。軍人として活躍を続けた彼に、毅然とした態度をとるだけの力や度胸が無いはずがないんですが、なんで自らの名誉と協力者のために、その力や度胸を使ってくれないんでしょう。力も度胸もない人間なら仕方ないでしょうが、力も度胸も十二分にある彼ほどの者が、どうしてこんな醜態さらしてるのでしょう。いったい彼の思考回路はどうなってるのでしょう。
そういえば、ペルシア戦線でホスローを退けた後、ベリサリウスは、彼の活躍に嫉妬と警戒心を抱いた皇帝によって、後継者問題に絡む陰謀に加担したとの濡れ衣で処刑されかかり、妻と皇后との親交のおかげで赦免されるのですが、その際、アントニナを恩人としてその前にひれ伏し、足へと接吻して、以後アントニナの忠実な奴隷として生きることを約束しています。妻が夫の苦境に可能な範囲で手を差し伸べるのは当然だと思いますし、重ね重ねの不倫を赦した温情を考えれば、彼にはこの数倍の助力であっても当然得る資格があると思います。それがたった一回当然の助力を得ただけで、この返礼ですか。いったいこの夫婦の関係は何なんでしょうか。そうですか、なるほど、分かりました。彼らを対等に互いに助け合う夫婦の関係とか考えるのがそもそも間違いだったのです。ベリサリウスとアントニナは夫婦の形式を借りているだけで、魂は元より奴隷と女王様だったに違いありません。ベリサリウスにとってアントニナに屈従し、いぢめられるのは、大いに喜びとするところであって、今度の件も、秘め続けていた真実の関係を、喜ばしくも屈辱的に言明する絶好のプレイの機会であると、勇躍大いに活用した、ただそれだけなのでしょう。それなら、最初にテオドシウスとアントニナが裸でよろしくやってるのを見たときも、女王様が奪われそうなことに怒りと焦りを感じながらも、密かに怒りと焦りさえも快楽に変えて、屈辱を受ける喜びを十二分に堪能していたに違いありません。そしてそれ以降何かに開眼し、実は全てを知った上で、極上の喜悦を感じながら、屈辱的な地位に甘んじていたに違いないのです。フォティウスの告発を聞いた時の驚愕と憤激からして、彼は妻の潔白を信じていたらしい、とか言われてますが、だいたいアフリカ遠征の時点で、あまりの大っぴらさに、軍中に不倫を知らぬ者なしって状態に陥っており、その状況下に裸の密会を目撃したのですから、以後、何も知らず本当に無実を信じていたなんてことはありえないのです。いくらなんでも、彼ほどの者がそこまで愚かなはずはないのです。
ところでベリサリウスが被虐趣味のダメ人間で、良いように妻を寝取られる屈辱に、喜びつつ浸っていたのだとすると、協力者気取りの密告者達のお節介なんか、本当は邪魔なだけだったでしょう。告発を受けては憤激し、自称協力者達と手を結んでみたりしていますけど、おそらくは武人として司令官としての体面上、面と向かっての告発までされればそういう態度をとらざるを得なかったというに過ぎないのでしょう。本当は全て承知の上で、内心、いらんことするなとか思ってたんでしょうね。協力者気取りで密告した者達は馬鹿なことをしたものです。人の性愛に口を挟んで、幸せをかき乱し、自分まで不幸になっている。性愛って分野に関しては自分の価値観で他人の行為に口を挟んではいけないってことですね。
それにしてもベリサリウスほどの者が被虐趣味のダメ人間ですか。たしか被虐趣味と英雄的献身的な性格の間には、けっこう密接な関連があるとも言われてますから、彼がそんな趣味であったとしても別に不思議はないんですよね。ひょっとしたら、軍を率いて日々重責と決断を担い続ける彼の心は、一切を他人の意志にゆだねる奴隷の境遇に、解放と癒しの楽園を見出していたのかも知れません。
おわりに
今回はさすがに無茶だったかも知れません。ですがベリサリウスの忠実な部下でその戦功の優れた記録者プロコピウスや、大歴史家のギボンですら無視できない醜態を、凡俗が見れば思わず食いついて妄想たくましゅうしてしまうのも、仕方ないではありませんか。まあ第一回の冒頭で述べたとおり、話半分以下のものとして、読み流していただければ幸いです。
参考資料
ローマ帝国衰亡史6;エドワード・ギボン著 朱牟田夏雄/中野好之訳 筑摩書房
世界戦争史 西洋中世篇1;伊藤政之助著 原書房
戦略論 上;リデル・ハート著 森沢亀鶴訳 原書房
週利朝日百科 世界の歴史28 5~6世紀の世界 人物;朝日新聞社
ローマ人の物語 XV;塩野七生著 新潮社
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