本居宣長『紫文要領』より「もののあはれ」を見る 訳:NF 「もののあはれについて」(二)
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ある人が質問して言った、「ならば物語は、ただ『もののあはれ』を書き記すのが肝心であるならば、それ以外の事は無用であるのに、ある時は四季折々の風景を書き、ある時は人の容姿や衣服の事を詳しくいい、ある時はおかしな事も書く。これはどういうことか」と。
答えて言う。四季折々の風景は、特に「もののあはれ」を感じるものである。これは言うまでもない。また人の容姿(※1)や服装により心動かされる事は、帚木巻で「おに神もあらだつまじきみけはひなれは(鬼神も心を荒立てないであろう雅な御様子なので)」とあり、浮舟巻で「いみしきあたを鬼につくりたり共、をろかに見すつましき人のみありさま也(大変な遺恨を鬼に残したけれど、おろそかに見捨てる事など出来ない御容姿である)」、といっている類であり、人の容姿の良し悪しや、衣服の良し悪しによって心動かされる事はもちろんである。末摘花の君の衣服が悪かった事などを思い合わせるべきである。また良い悪いというのは、人の容姿や、衣服器財住居、すべて何事にもあてはまるのである。みすぼらしい器でも、よく出来ているのを見てよいと思うのは、すなわち物の心を知り「もののあはれ」を知るという事の一端である。何事もこのようなものである。またおかしい事や悪い事を書いているのは、悪い事を見て悪いと知るのも、物の心を知り「もののあはれ」を知ることであり、すべて世の中にあるあらゆる事を記している中で、自然と良し悪しや、物の心をわきまえ知るのである。物の心をわきまえ知るのが、すなわち「もののあはれ」を知るということである。世俗でも、世間の事を良く知って、物事に当っている人は、心がけが熟練して良いというのと同じである。
質問して言った、「では上述のようであるなら、物語での良い悪いというのも、通常の書物で言う善悪も代わることがない。なのにどうして、良し悪しの指す内容が違うと言うのか」、と。
答えて言う。儒教や仏教の教えも、元来は人情によって立てたものであるから、何もかもが人情に背くというわけではない。しかしながら人情の中には善悪があるので、その善を育て悪を抑えて、善に移行するようにとするのが教えであるから、その悪を厳しく戒め、人情に逆らうことがあるのだ。物語はそういった善悪を勧めたり懲らしめたりする書物ではないから、「もののあはれ」(※2)を知るという中には、儒教や仏教の教えと異なった事を言うのも多い。例えば人の娘に想いを寄せ、熱心に言い寄る人があったとして、その男が大層恋い慕って、命も耐えそうに思って、その事を娘に言い寄ったところ、その女も、その男の心に動かされて、父母に隠れて密かに逢瀬をすると言う事があろう。是を論じるのに、男がその女の美しい容姿を恋しいと思うのは、物の心を知り「もののあはれ」を知るということである。なぜかと言えば、容姿が良いのを見てよいと思うのは、それが物の心を知るということである。また女が心中で男の志に動かされるのは、もちろん「もののあはれ」を知るということである。物語の中では、このような類が非常に多い。命をも懸けるほどに思うのは、「もののあはれ」の中においても大変深いことであるから、このような恋ばかり多いのである。それを記すの所以は、それを良しとして人に勧めるためではなく、悪いとして戒めるためでもなく、その所業の善悪は打ち捨てて関わらず、ただ採用するのは「もののあはれ」のみである。
是を儒教や仏教の道で論じればどうであろう。親が許さない女を思うのも、親が許さない男と逢瀬をするのも、みな教えに背いており、悪とするところである。しかし物語では、それが悪というのは打ち捨てて関わらず、それが「もののあはれ」を知るという事によって善しとする。これは善し悪しの指す内容が違うと言う事ではないか。そうは言っても、全て淫奔を良しとしているのではない。その淫奔であるのには関わらず、「もののあはれ」を善しとするのである。ここのところをよく理解すべきである。ただこのように言うだけでは疑いもあろう。したがって物語を引用して証明しよう。まずこの物語全体の中で、良い人とされるのは、男では第一が源氏君である。源氏の素晴らしさを言うときには良い事の限りを拠りだしてと言っており(※3)、すなわち源氏君が第一である。しかしその源氏君の顛末を考えると、淫乱である事は言うにも憚られるほどだ。空蝉・朧月夜・薄雲女院などの事はどういったものであろうか。特にあの女院との事などは、儒教仏教の教えや、尋常の了見では、無類の極悪であり、とにかく論じるにも及ばないほどの事である。それなのにその人を良い人の例に言うのはどういうことか。善し悪しの指す内容が違っているとは、このことである。だからといってその淫乱を良しとしているのではない。「もののあはれ」を知っているのを良しとして、その中には淫乱にせよ何にせよ混じっているのは、捨てて関わらないのである。「もののあはれ」を深く言い表そうとすると、必ず淫乱事はその中に多く混じるはずの理窟である。色欲は特に情念が深いためである。男女の仲のことでなければ、いたって深い「もののあはれ」は現し示しにくいため、特に好色の事は多くなるのである。そしてその良い事の限りを選び出したと言われる源氏君にそのような事があるのだから、物語で善しとされることは、通常とは異なっていることが分かる。
そして源氏君を良い人の見本にしたのは言うまでもなく、物語を開いてみれば明らかなことであるが(※4)、更に言えば、須磨巻で、「かの浦に下り給ふ事を、世ゆすりておしみ聞え、下にはおほやけをそしり奉る(あの須磨浦に源氏君がお下りになった事を、世間上げて惜しみ申し上げ、下々は朝廷を非難し申し上げる)」と言い、蓬生巻では、「都にかへり給ふと、天の下のよろこひにてたちさはく(源氏が都にお帰りになると、天下の人々が喜びのため大騒ぎする)」とある。天下の人が源氏を思っていることが、これで分かる。それでも世間の人は、薄雲女院に密通した事を知らないからだと言うかもしれないが、明石巻で、「こぞより后も御物のけになやみ給ひ、さまさまの物のさとししきり、さはかしきを(昨年から太后も物の怪に悩まされなさり、様々な前兆がしきりにあり、世間が騒がしいので)」とあるので、天も源氏に味方し、神仏も源氏を哀れみなさっているのである(※5)。この傾向は始終一貫して見られる。源氏を良い人としているのではないか。
(三)に続きます。