歴史における兵士の死因と負傷について ~兵士は意外と戦闘では倒れない~
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兵士の死因や負傷原因について軽くまとめてみます。
戦争における最大の死因は病気
戦争にける最大の兵士の死因、それはいったい何だったのでしょう?
実は、戦争史のほとんどの期間において、兵士たちの死因の中心を成したのは、戦傷ではありませんでした。
戦争における兵士の最大の死因、それは実は病死です。
不衛生な集団生活は病気を引き起こし、戦傷死を圧倒的に上回る多数の兵士が、病気によって倒れていったのです。そのため、兵士の健康管理に怠慢な軍隊では、何らの戦闘行動を行わないうちに、軍隊は破滅に陥ることになりました。
なお、第二次世界大戦の連合軍のイタリア作戦においてようやく、戦闘による死者が病死者を上回ったそうです。この背景には、ペニシリン等の薬学的な進歩があります。
病気に次ぐ重大な死因は脱走
ところで、病死以外にさらにもう一つ、戦傷以上に重大な兵士の死因が存在しています。この兵士の死因二番手はなんと脱走だったそうです。
戦争の過酷さに耐えるためには兵士が最高度の規律と士気を有していることが必要でしたが、それだけのものを備えた軍隊はなかなか無く、多くの軍隊で兵士たちは続々戦場から逃亡します。そしてそこが敵地であれば、脱走兵たちは、怒りと憎しみに駆られた住民の手にかかり、悲惨な死を迎えることになりました。
戦傷の中で最大の死因は複雑骨折?
以上のように、他に重大な死因が二つも存在するせいで、戦傷は戦争における兵士の死因としては、それほど重要なものではありませんでした。
基本戦術に両軍正面衝突しての激しい白兵戦を組み込むという、恐れ知らずの異常な戦闘法を採用していた古代西洋盛期の重装歩兵戦闘でも、
戦死者は通常、参戦者の10パーセントほどに止まったそうです(勝利側が5パーセント、敗北側が15パーセントほど)。
ちなみに、戦傷のうち最大の死因となったのは、西洋古代の戦場では、骨折でした。
戦場で倒れたり気絶したりした兵士が軍勢の前進後退に巻き込まれ、踏みにじられて複雑骨折し、それが原因で死んでいったのです。
そして、戦争の戦術面における様相が古代からナポレオン時代までは本質的根本的には変化していないことから考えると、複雑骨折は、西洋古代のみならず、他の時代・地域の多くでも、重大な死因であったと考えられます。
数的に最大の負傷原因は飛び道具
なお、死因となるかどうかはともかくとして、戦史上、戦場における負傷は、大半が飛び道具によるもののようです。戦闘というものは遠隔戦のみで形勢が決まってしまうこともあれば、遠隔戦から突撃に移行した場合でも、接触に至らぬうちに敵軍が崩れることが少なくなく、必ずしも激しい白兵戦は生じないからです。
ちなみに戦闘というものが白兵戦を回避する傾向を有していることについては、日本の南北朝期に関して、武功の証明書である軍忠状を元にした研究で面白い結果が出ています。
南北朝の戦傷の時期による推移を追跡した論文、トーマス・コンラン著「南北朝合戦の一考察 ──戦死傷から見た特質──」によると、
約60年に渡り南朝と北朝が覇権を争った南北朝の動乱において、南朝の勢力が大敗し、その敗勢が決定的になるまでの最初期5年間、参戦武将の一族が壊滅するような激戦が多発した戦乱絶頂期には、武功として数えられる戦傷のうち飛び道具によるものが65パーセント・近接武器によるものがが35パーセントでした。それがその後の時期には近接武器による負傷率は10ポイント以上低下し、最も低い時期では、近接武器による負傷率が15パーセント、すなわち武功となる負傷のうち85パーセントが飛び道具という状態に陥ります。
激戦が多発する時期でも武功に数えられる負傷の7割近くが飛び道具により、そしてその数値すらわずかな時期しか維持できず、たちまち8~9割近くまで上昇していることは、戦闘において、どれだけ遠隔戦が好まれ白兵戦が忌避されているかをよく示していると思います。
参考資料
Geoffrey Parkar編『CAMBRIDGE ILLUSTRATED HISTORY WARFARE』CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS
Richard Holmes編『THE OXFORD COMPANION TO MILITARY HISTORY』OXFORD UNIVERSITY PRESS
トーマス・コンラン著 「南北朝期合戦の考察 ──戦死傷から見た特質──」(『日本社会の史的構造 古代・中世』思文閣出版)
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足利尊氏
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010511.html
南朝の軍事指導者と国家戦略
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/tactics.html
誤記修正(1月31日)
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