童謡について少し話してみる~エロとグロとナンセンス~
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リジー・ボーデンは斧を取り上げると
お母さんを40回ぶんなぐった
自分のしたことに気がつくや
お父さんを41回ぶんなぐった
…こんなのが普通に子供たちの間で歌われているのは驚きですね。因みに、この歌は1892年にアメリカのマサチューセッツ州で実際に起こった夫婦惨殺事件を基にしており、リジー・ボーデンは彼等の娘であり容疑者とみなされた人物です。裁判では彼女は無罪となったのですが、気の毒に歌の中では親殺しとして名が残されてしまったわけですね。
そしてマザー・グースには他に、こんな歌もあったりします。
お母さんが私を殺し
お父さんが私を食べている
兄弟や姉妹はテーブルの下に座って
私の骨を捨てている
皆で骨を冷たい大理石の下に埋めるとさ
…とりあえず、
【分野別記事一覧】エロティシズム/グロテスク
を貼り付けておきますから興味のある方はカニバリズム関連記事でも。
それにしても、どちらも童謡だけあって家族愛にあふれた歌ですね。流石、子供は無邪気な天使。
陰鬱な話だけなのもなんですから、もう一つマザー・グースから紹介しておきましょう。
男の子って何でできているの?
男の子って何でできているの?
カエルとカタツムリと
子イヌのしっぽ
そんなもので男の子はできている
女の子って何でできているの?
女の子って何でできているの?
砂糖とスパイスと
幸福なもの全部
そんなもので女の子はできている。
…そういえば、中国の代表的文学「紅楼夢」で主人公が似たような感じの素敵な台詞を吐いてましたね。確か、
「女の子は水でできた身体、男は泥でできた身体。ぼくは女の子を見るとすっきりするけれど、男を見ると臭くて胸がむかつく。」
だったかと思います。子供の頃から、エロゲーみたいな物語の登場人物と同レベルな発言を無邪気に口にするとは、あちらの子供達はなかなかの強者。
まあ、マザー・グースに限らず童謡が結構残酷だったりするのって昔から指摘されている事ではあるので、何を今更って感じですけどね。しばしば童謡が推理小説のモチーフに用いられるのもそのせいでしょうし。という訳で童謡に不気味なものを感じる人は昔から多いらしく、謎のような童謡が爆発的に流行すると為政者たちは不吉な前兆ではないかと気に病んだりしたようです。例えば斉明天皇時代に百済救援のため出兵するのと時を同じくして
まひらくつのくれつれをのへたをらふくのりかりがみわたとのりかみをのへたをらふくのりかりが甲子とわよとみをのへたをらふくのりかりが
といった意味不明な童歌が流行。これは白村江での敗戦を予言したものとして多くの学者たちが文字を置き換えたりして解釈を試みましたが定説はまだないようです。元来が厳密な意味がない歌である可能性もあるようで、まあ童謡というのはそんなものかもしれません。しかし、敗戦を予言したものではないにしろ時代に漂う不安な空気へ敏感に反応したものとは言える可能性はあります。
また、童謡からは子供たちの別の素顔を垣間見る事も出来るようです。山崎基次郎『童謡閑話』を参照する限りでは、明治中期の童謡や替え歌には以下のようなものがみられたとか。
・坊主摸々(ボボ)してしばられた、頭が円くてゆるされた。
徳川期には頭を丸めると許される事がありましたから、僧侶の女犯もそれになぞらえて歌ったもののようです。
※ボボとは女性器の事で、「ボボする」で性交を意味します。
・火事や何所だ 丸山だ 道理で火の粉が飛んできた
明暦の大火を歌ったものですが、子供たちは「麻羅山だ 道理で屁の子が飛んできた」と替えて歌っていたそうです。
※麻羅は男性器の事。
・桃栗三年 柿八年 柚は九年で成りかかる
子供は「摸々くり三年、かき八年、露はすくてもたれかかる」と替え歌を歌ったとか。
・アノ姉さん好い姐さん お臍の下にきづがある 鉄砲きづか 鎗きづか ゆうべ受けた麻羅きづだ
こうした歌を子供が平気で歌い、周囲もそれを怪しまなかったそうです。
・暴々一番薩天下
本来薩摩閥の横暴を糾弾した歌だそうですが、子供は「摸々一番をしてんか」と替え歌。
・臍の下谷に出茶屋(注:遊女屋)がござる 柿の暖簾(遊女屋が用いた暖簾の色)に豆屋と書いて 松茸うりなら入らしゃんせノウ
「豆」や「松茸」が何の隠語か…。これ以上の説明は不要ですね。
・やれ突けそれつけ そこ突きや臍だよ
両国の性的見世物で歌われた歌で、子供は意味も分からないままに真似て歌ったとか。
なんと言うか、明治の子供は早熟な子も結構いてエロに興味津々だし周囲の大人もそれに鷹揚だったようで。そして子供にそうした知識を植え付ける情報元は間違いなく大人でしょう。子供自身は性的な遊びといっても男女打ち混じって尻のまくりあいをするのが関の山だったようですし、最後の歌に関する話からすると大人の性的な見世物も子供の目に入りやすい状況だったようですから。因みに「やれ突けそれつけ」というのは両国や上野広小路で小屋をかけ、綿を丸め布に包んで棒の先に付けたもので見世物となっている女性の性器を突かせるというものだったそうです。その際に棒を避ける女性の動きが卑猥だったので見物人たちを喜ばせていたとか。他にも同様に竹筒で女性器を吹かせる「やれ吹けそれ吹け」というのもあったそうです。そういった見世物が子供の周辺で行われ、歌が真似されているという凄い状況でも、この頃は特に問題なかったというわけですね。こうした事から考えると、余りエロい絵や見世物による子供への悪影響はそこまで大騒ぎして心配するほどの事ではなさそうに思えます。
しかし、それにしてもホント、古今東西を問わず子供って容赦ないというか正直で、そして驚くほどに敏感ですね。
【参考文献】
図説マザー・グース 藤野紀男 河出書房新社
東西不思議物語 澁澤龍彦 河出文庫
性愛の民俗学 礫川全次編 批評社
図録性の日本史増補版 笹間良彦 雄山閣
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「子供にエロいマンガを見せてはいけないというのは本当か?」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kouroumu.html)
関連サイト:
「マザーグースの遊び小屋」(http://mothergoose-room.com/)
「ミステリー小説ナビ」(http://www.cablenet.ne.jp/~katsura/index.html)より
「リジー・ボーデン事件」(http://www.cablenet.ne.jp/~katsura/nazo/nazo_a2.html)
「屋根裏通信」(http://www.asahi-net.or.jp/~JB7Y-MRST/index.htm)
ミステリ愛好者向けのサイトです。マザー・グースといえばミステリな気がします。
「異界会」(http://www4.atwiki.jp/ikaikai/)より
「ふきだまりな話1:「それ吹け、やれ突け」―好色見世物について―」
(http://www4.atwiki.jp/ikaikai/pages/21.html)
「ワロタニッキ」(http://blog.livedoor.jp/hisabisaniwarota/)より
「子どものころ歌ってた変な替え歌」
(http://blog.livedoor.jp/hisabisaniwarota/archives/50586432.html)
「ゴールデンタイムズ」(http://blog.livedoor.jp/goldennews/)より
「子供はなぜえげつない替え歌を作るのか」
(http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51288494.html)
今も昔も、子供の替え歌ってのは大差ないようです。