現代日本に届いた古代ローマ帝国の威光 ~平たい顔族はローマの法律に支配されている~
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ローマとは異なる形に大発展した平たい顔族(現代日本人)の風呂文化にカルチャーショックを受けつつそこから多くを学び取り、
その学習成果によって古代ローマで独創的な浴場設計技師として大成功する、
という妙なストーリーを面白おかしく描いた人気マンガ『テルマエ・ロマエ』。
その『テルマエ・ロマエ』の第三巻において、ルシウスは、平たい顔族の中にローマ風の風呂を造ろうとする者がいることを知り、愛する祖国ローマ帝国の威光が、平たい顔族にも届いていたのだと、大いに感動しています。
ところで、ルシウスは知らないでしょうが、実は、平たい顔族は、風呂文化どころではなく、もっともっと強力な影響をローマ帝国から受け、距離的にも時間的にもはるか遠くの古代ローマ文化に支配されていると言っても過言ではない状況にあったりします。
今日はその衝撃の事実についてお伝えしましょう。
その長い歴史の大半を、西洋の深刻な影響を受けることなく過ごしてきた平たい顔族でしたが、19世紀半ば、圧倒的に強大な力を持つに至った西洋諸国の侵略を受けることになります。平たい顔族は、これに対抗し西洋列強諸国の奴隷とならぬよう、必死に、西洋の強大な文明の要素の摂取に努め、祖国を近代化させていきますが、この時、ドイツから多くを学ぶことになります。
そして、日本人のドイツ文化の習得は、法律のような国家統治の基本部分にまで及んでおり、日本社会は、多少の紆余曲折の後、ドイツの法学を受け入れ、ドイツの法律の強い影響のもとに、近代日本法を形成していくことになります。(ただし、日本法には、フランスの影響なんかも結構強いこと等も、戦後の研究で、明らかにされています。)
ところが、日本が自国の法の元にしたドイツの法律は、このころ妙な状況にありました。
19世紀ドイツ法学界のドンにサヴィニーという偉い先生がおりました。
このサヴィニー先生、ドイツ民法学の基礎を築くなど、色々と偉大な影響を残した人だったのですが、
妙なことを考える人でもあり、法の歴史研究や民族精神を強調するドイツ歴史法学派という学派を生み出した一方で、古代ローマの法律を純粋な形で抽出するとドイツ近代社会にも通用するとか言って、ドイツ民族に適用するため法としてローマ法の研究ばっかりやっていたのです。
そしてこの二面性を持つ主張を展開した学問的巨人の影響が異なる方向へと発現したこともあって、その後のドイツ法学界ではドイツの民族精神を強調するドイツ法学者(ゲルマニステン)とローマ法を素材にした立法を目指すローマ法学者(ロマニステン)が、激しく対立することになっていたのです。
結果、日本が模範とした頃のドイツ社会は、法律という面では、
ロマニステンの強い影響下にローマ法的な色合いの強い近代ドイツ民法典草案が作成され、それを批判して、ゲルマニステンがゲルマン的要素(ドイツ的要素)を加えるように主張、民法典が編纂し直される、といった錯綜した状況に陥っていたり……。
それで、この錯綜した法典編纂過程にあったドイツ民法を、日本は、学び取ることになったのですが、そのせいで、けったいな事態が生じてしまいました。
すなわち、
1887年のドイツ民法第一草案は圧倒的にロマニステンの影響下で起草されたものであり、これは日本の民法典に決定的影響を与えたが、ドイツでは、ゲルマニステンの批判によって、ゲルマン的要素を加味した民法典が編纂(へんさん)されることとなった。
(「ロマニステン」[『日本大百科全書』 小学館]より)
ちなみに、改正の紆余曲折を経つつ、現在の日本を支配している民法は、この法律です。
というわけで、平たい顔族こと現代日本人は、ローマ文明の歴史的影響を強く受けてるヨーロッパ人でさえ、それはないわーって言うほどローマ法的な民法典を導入し、
それ以後、そのローマ的法典を現代社会に合わせて修正しつつも、使い続けている
ということになります。
だから、
平たい顔族、すなわち、
日本人は、ローマ帝国の法の支配下にある
と、敢えて言ってしまうことも、いささか強引ではありますが、不可能ではないのです。
なお、余談ですが、ゲルマン的要素を取り込んだドイツ民法典はそれでもローマ法的でありすぎると、後にナチスの批判を受けることになります。
参考資料
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
河上倫逸著『法の文化社会史』ミネルヴァ書房
ヤマザキマリ著『テルマエ・ロマエ』エンターブレイン
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社会評論社『ダメ人間の日本史』においては、
日本の近代法治国家化に(フランス法の影響を受けつつ)取り組んだ江藤新平や、ドイツ人から学んだ児玉源太郎、北里柴三郎といった男たちを取り上げています。
また、同『ダメ人間の世界史』ではカエサル、ティベリウスといったローマの男たちを取り上げています。
良ければそれらもご参照ください。
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れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
日本近現代医学史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/000609.html
西洋民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html
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