乙姫さまの「ご馳走」とは ~浦島太郎、快楽の日々~ from 『続浦嶋子伝』
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浦島太郎の物語については、数年前やこの間にも扱われていますし、多くの方は御存じかと思います。ですがまあ、ここでも現代に語られている概要を繰り返し述べておきましょう。
漁師である浦島は浜辺で子供たちが亀を苛めているのを見てこれを助けてやります。すると、亀はそのお礼に浦島を甲羅に乗せて海底の竜宮城へ招待。竜宮城の主・乙姫は浦島を歓待し、太郎も時がたつのを忘れ三年を過ごします。太郎が故郷へ帰る際に乙姫は玉手箱を渡し決して開けないよう注意しました。帰ってみた故郷はすっかり変貌しており両親を始め知った人間はことごとく他界していました。竜宮での三年の間に、故郷では長い年月が経過していたのです。悲しんだ太郎が玉手箱を開けると、中から白い煙が出てきて太郎は老人となってしまいました。
さて、上記の一般に知られている浦島太郎伝説は『御伽草子』のそれが原型となって、近代には文部省唱歌としても歌われ人口に膾炙したものです。しかし、それ以前には『日本書紀』『丹後国風土記』『浦嶋子伝』『続浦嶋子伝』、更に各地の伝承ではいろいろに異なった内容が伝えられている事は既にご存知かと。一人で釣り船に乗り釣り糸を垂れている所に突然霊亀が現れ神女に変化し、それと交わったとか、そもそも亀が登場しないとか、更に、竜宮は海底だったり海の彼方だったとか、竜宮に竜王がいたりいなかったりとか、そもそも浦島が漁師じゃなかったりとか。
さて『続浦嶋子伝』になると竜宮でのもてなしの具体的行為まで記されていました。それによると浦島こと「嶋子」は「神女と共に玉房に入」ると、乙姫様こと「神女」と共に
此の素質(しろきはだえ)を以て、共に鴛衾に入る。玉体を撫で、繊腰を勒(おさ)え、燕婉を述べ、綢繆を尽くし、魚比目の興、鴛同心の遊、舒巻の形、偃伏の勢、二儀の理に普定す、倶に五行の教えを合わす
という具合だったとか。要は、乙姫様とセックスセックス励んでいたという事です。これ自体はしばしば言われていたことなんで御存じの方も多いかと。さて、ここに出てくる言葉は何れも『医心方』の「房内」に登場するものであり男女交合における秘儀について述べたものなんだそうです。例えば「魚比目」とは対面側臥位であり「偃伏」が正常位、「鴛同心」は男子騎乗位を意味します。他にも「燕婉を述べ」は手足を絡み合わせる事で、「綢繆を尽くし」とは縺れあわせる事、「舒巻」は互いに体を縺れ合わせての体位一般であり「五行」は陰陽道による性愛術全般を意味するとか。
まとめますと、浦島は竜宮で美食を味わい鯛や比良目の踊りを見て楽しんだのではなく、神女たちと「鯛や比良目」ならぬ「綢繆」や「魚比目」など様々な体位を試しながら情交を堪能しそれを「御馳走」とばかりに楽しんでいたというわけですね。で、そうしたセックスライフが「ただ珍しく面白く」、故郷を忘れ「月日のたつのも夢の中」だった、と。
ここで見られたような仙人世界で仙女と交わる話は、浦島伝説だけではありません。『遊仙窟』を始めとする中国の性愛小説でよく見られますし、実際問題として浦島伝説とある程度共通性を持つ伝承が中国南部の洞庭湖にもあるらしいです。そういえば、浦島伝説が残る丹後や住吉が古代日本において大陸文化に接する機会の多い国際的な地域でした。という訳で、原型となる話が大陸から伝わった可能性が示唆されるとか。そこから考えて、この浦島太郎伝説の背景には大陸から伝わった不老長寿を目指す神仙思想の影響があると推定されているようです。してみると仙女との性愛行為も、神仙思想で伝わる気を取り入れて不老長寿を実現する「房中術」と考えるのが妥当かもしれません。
ところで、徳川時代にも、似たような話が実話として伝えられていました。それを記録しているのが平田篤胤の希望により八田知紀が著した『霧島山幽郷真語』。何でも、薩摩国の善五郎という男が山の神の使いを名乗る五十前後の男に連れられ、大きな屋敷に連れられた。で、そこには十七、八ごろの美女が六人おり、しばしば通うようになります。この屋敷は庭が広く桃・栗・柿など果樹が多く、犬・馬・鶏が数多く飼われており時には琴の音も聞こえてくる桃源郷のような場所だったそうで、そこへ通うときにはいつも夢心地で正確な位置を突き止める事はできなかったとか。そうして八年が過ぎ、屋敷の女人からここに留まるなら親子の縁を切って来るように、そこまでの気持ちがなければもう来なくて良いといわれ諦めて里に帰ったと言う事です。
そして海の彼方だけでなく山の中も古来より異世界と考えられており、長野県木曾の寝覚の床にも徳川期に浦島伝説が定着している事も考慮に入れると善五郎の逸話にも浦島伝説との共通性を見て取ってよいと思われます。
それが、後世になると浦島太郎の話は再び変化し、性愛云々な要素は除去され近代には子供向けなものとなりました。上で少し触れた『浦島太郎』の唱歌はその象徴といえるわけですが、こうして見直すと子供向けな筈の歌詞が元来の伝説と意味深に対応しているようにも見えるのが不思議ですよね。
【参考文献】
新・講談社の絵本 浦島太郎 笠松紫浪 講談社
浦島太郎の日本史 三舟隆之 吉川弘文館
日本古典文学全集36御伽草子 大島建彦校注・訳 小学館
新編日本古典文学全集5風土記 植垣節也校注・訳 小学館
江戸の性愛学 福田和彦 河出文庫
中国艶本大全 土屋英明 文春新書
東西不思議物語 澁澤龍彦 河出文庫
日本唱歌集 堀内敬三・井上武士編 岩波文庫
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「旧説 浦島太郎物語 ~浦島太郎に亀は出てこない~ from 万葉集」
「房中術におけるロリコン及び男性の徳について」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/021206.html)
「中国民衆文化史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2002/020607.html)
「日本前近代医学史」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2000/000602.html)
「引きこもりニート列伝その32 平田篤胤」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet32.html)
関連サイト:
「浦島太郎伝説」(http://www.asukanet.gr.jp/tobira/urashima/urashima.html)