<雑記>「南蛮一の知恵者」朶思王の戦略能力を考察してみる【三国志トーク】
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朶思王は兀突骨と同様に娯楽小説『三国志演義』に登場する人物で、主人公陣営・蜀の忠臣・諸葛亮が南蛮、すなわち南方異民族の反乱を鎮圧するため遠征した際に立ち塞がった敵の一人です。南蛮の中でも秘境の地である禿竜洞を統治しており、反乱の首謀者である南蛮王・孟獲らによれば「南蛮一の知恵者」なんだとか。
関連サイト:
「ニコニコ大百科」(http://dic.nicovideo.jp/)より
「朶思大王とは」(http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%9C%B6%E6%80%9D%E5%A4%A7%E7%8E%8B)
<注意!:以下は『三国志演義』、横山三国志、吉川三国志のネタバレがあります。>
孟獲から救援依頼を受けた朶思王は、蜀軍と戦う事を自信満々に快諾。そして、全軍を彼の根城である禿竜洞に集結させて敵を待ち受ける事を提案します。何でも、禿竜洞へ通じる道は二つしかなく安全な道である片方を封じてしまえば残る道は過酷で危険極まりないものだけ。毒蛇や蠍の巣窟、毒霧が噴出す道、四つの毒泉といった難関にぶちあたって蜀軍は進めなくなる、という目算でした。
ネタバレをしてしまうと、蜀軍は苦しみながらも幸運にも助けられこの道を突破して禿竜洞へ進出。これに対し朶思王は有効な手を打つことが出来ずあっさりと敗北してしまいました。そうした事情もあって、朶思王は看板倒れのヘタレ、ネタキャラといった扱いを一部で受けているようです。しかし、朶思王の目算はそこまで稚拙なものだったのでしょうか。
地の利を生かして敵の消耗を待つ、という戦略は守る側としてはオーソドックスなものと思えます。事実、孟獲や兀突骨も毒虫や過酷な気候、水当たりによって敵が疲弊するのを期待する作戦を取ったりもしていて、南蛮の基本的な戦略であるようです。朶思王の作戦は、地の利を徹底的に突き詰めたものといえるでしょう。敵が無理に進もうとすれば大被害を蒙り下手すれば戦わずして壊滅に陥る。一方、蜀軍が無理をせず持久戦になれば、補給や本国の異変などでいずれは撤退を余儀なくされるだろうからそれはそれでよし。これが、朶思王の基本的スタンスだったと思われます。劣った戦力で防衛する側の戦略としては、きわめて妥当なものではないでしょうか。
通るに通れない難路の奥にある別天地・禿竜洞。これは、自給自足が可能でなおかつ難攻不落な巨大な城塞のようなものではないでしょうか。まるでイゼルローン要塞のような。なお、イゼルローン要塞とは人気娯楽小説『銀河英雄伝説』に登場する人工惑星で、極めて強力な主砲とこの上なく頑丈な外壁を持ち難攻不落の名をほしいままにした宇宙要塞の事。このような強力な防壁を頼みにできるのだから、朶思王が自信満々なのも頷けるというものです。「南蛮一の知恵者」かどうかは分かりませんが、蜀軍を撃退して南蛮一の防衛戦名手と呼ばれた可能性は確かにあったと思います。
とはいえ、古今東西を問わず要塞というのは突破されると脆いもの。そして突破のきっかけは、強行突破だけでなく地元民による裏道案内だったり内通者だったり内部のうっかりミスだったりする事も多いようで。禿竜洞要塞もその例に漏れなかったという事でしょう。ところで、突破された後の朶思王は敵に地の利を占められてうろたえるばかりだったり近隣勢力の寝返りに気づかず嵌められたりと冴えない印象。「要塞」に頼りきっていた節があり、突破された時への備えが少し甘く覚悟もいささか足りなかったように見えるのは否めません。後世にネタキャラ扱いされるのは、この辺が原因なのかも。
まとめますと、朶思王は南蛮の伝統である「地の利を利用しての防衛戦」を最も突き詰めた戦略家タイプ。その戦略眼は決して悪くなく、「南蛮一の知恵者」と呼ばれたのもそうした定見によるものかもしれません。ただ、想定外の不運に襲われたとはいえ肝っ玉がイマイチ据わってなかったのが従来の自信満々さと比較して悪印象を持たれた可能性があります。大筋の方針を定めるのはともかく、不確定要素に適宜対処しながら機略を縦横に巡らせる策士タイプとしての適性に恵まれていたとは言いがたいのではないでしょうか。それでも、あと一歩で三国志世界のスーパースターである諸葛亮に黒星をつけることができたかもしれない、優秀な人物だったとは言えそうです。こう考えると、朶思王の見え方も少し変わって来るのではないでしょうか?コーエーの『三國志』シリーズでも後半の作品では知力が70とそこそこ高めの数値になっているのも、その辺りのポテンシャルと限界とが考慮されたのかもしれません。
【参考文献】
三国志48 横山光輝 潮出版社
完訳三国志 六・七 小川環樹・金田純一郎訳 岩波文庫
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