「バカッター」時代の若者と昔の若者~仲間内の承認欲求と同調圧力から愚行に走るのは昔から~
|
ところで、こうした愚行は「仲間から認められたい」という承認欲求と、周囲からの空気に押される「同調圧力」によるものではないかという分析を見たことがあります。
関連サイト:
「DIAMOND online」(http://diamond.jp/list/welcome)より
「「バカッター」「LINE既読」問題はなぜ起こる?ソーシャルメディア時代の同調圧力 ソーシャルメディアと承認【前編】」
(http://diamond.jp/articles/-/43992)
彼らは善悪の区別がついていないのではなく、ついているからこそ「悪い事でも敢えて出来る自分」を誇示する。そしてその動機にあるのが仲間内での承認欲求と同調圧力だというのです。その結果、仲間内での価値観のためなら社会一般のそれを踏みにじってもよしとする、という訳ですね。一昔前の少年非行に関しても同様な説を聞いた気がします。
とはいえ、被害を受ける側にしてみればたまったものではありません。こうした愚行によって莫大な損失が生じたり閉店に追い込まれた事例もあるそうで、頭の痛い話です。「近頃の若者は…」と言いたくなる気持ちもよく分ります。
では、昔の若者はどうだったのか。歴史を振り返って、仲間内での評価をめぐる若者たちの振る舞いに関する話題を探ってみる事にしましょう。
まず、かつてしばしば古きよき時代として渇仰される近代の知識人層を見てみましょう。旧制高校の学生といえば、当時におけるエリートの卵たち。現在とは比べ物にならないほど行いが立派であるに違いない、と思わされます。ところが、『少年犯罪データベース』によれば、旧制高校学生たちが起こした事件としてこのような記録が残されています。
昭和一〇年(一九三五)四月二十五日[高一ら八〇人がストームで大暴れ]
山口県山口市で、山口高等学校1年生六〇人と二、三年生二〇人の八〇人が新寮生歓迎のための街頭ストームと称し夜の九時に街に繰り出し、無理やりバスを留めて木刀で車体を叩いて乗客を震え上がらせたり商店の看板を壊したり放歌高吟して大暴れした。山口署は総動員で鎮圧につとめたが収まらないので首謀者五人を署に連行した。残りの生徒は署の前に押し掛けて太鼓や石油缶を叩き大声を上げて木刀を振りまわしながら大騒ぎした。生徒は説教だけですぐに釈放された。
四月は新入生歓迎のために街中でストームが続いており、昨日は八木デパートで数名が暴れて警察が学校に注意したばかりだった。(管賀江留郎『戦前の少年犯罪』築地書館 256頁)
昭和一〇年(一九三五)五月十六日〔松本高校生三三〇人が旅館で暴動〕
長野県南安曇郡の中房温泉旅館で深夜、松本高校一~三年生三三〇人が酒を飲んでストームと称して騒ぎ、窓ガラスを何枚も割り、障子をすべて壊して池に放り込み、廊下は何ヶ所も踏み抜いて穴を開け、コイを殺して食べ、女中をフトン蒸しにしてその上で飛び跳ねたりして暴れた。毎年恒例の駅伝大会が中止されて一泊旅行に変更されたため反発したもの。一〇数人が電源を切って暗闇にしてから引率の校長に鉄拳を加えようとしたが、柔道教師に阻まれてできなかった。ほとんどの生徒が旅館の下駄も盗んで履いて帰り、学校は旅館に莫大な損害賠償を払ったが、ひとりも処分されなかった。
(同書 257-258頁)
なお、「ストーム」とは『大辞泉』によれば「学生寮などで、寮生が集団で、夜分、騒々しく気勢をあげて楽しむこと。多く旧制高校の生徒が行ったものをさしていう。」のだそうで。東大や京大の学生たちも同様で、スポーツ対抗戦などの際には大勢で相手の宿舎に押しかけて騒いで妨害したり、街中で双方が乱闘になったりしたそうです。
学校の寮内部で収まっているなら、仲間内の馬鹿騒ぎとして理解できなくもありません。…それでも個人的には理解不能ですが。ただ、それが学校外部への狼藉・破壊・騒音に及ぶとなると弁護の余地はないでしょう。内輪での規範を優先させ、一般世間に迷惑をかけるのもお構いなし、という点では「バカッター」時代の若者と変わるところはありません。というか、店側の被害総額としては昔の方が多かったのでは、という気すらします。
しかしこうした振る舞いは「若さの発露」として社会から甘い目で見られていたようで、学生自身の回想録からも悪事を働いたという感覚は伺えないとか。そして、彼らの感覚は大人になってからも大きくは変わらなかったようです。昭和四十八年(1973)、全国旧制高校OB会が開かれた際にある第七高等学校OBの五十代男性が、宴会で盛り上がった気分そのままに赤褌一丁で新幹線・山手線に乗って帰宅したのだそうな。裸で飲食店にいる写真がツイッターにアップされ問題になった事例を連想させる話ですな。
問題は近代の学生に限った話ではないようです。戦国の荒々しい気風がまだ残っていた徳川初期、刀の切れ味を試したり武術を磨くといった目的で夜間の通行人を斬殺する「辻斬り」が横行していました。『玄桐筆記』によれば当時を代表する名君として知られる水戸藩主・徳川光圀も若き日に友人から辻斬りを唆され、気乗りしない返事を返したところ「臆したのか」と揶揄されたため後に引けず橋の下に住まう「非人」(当時の被差別民)を引きずり出して殺害した、という逸話があるそうで。これも、仲間内の同調圧力と承認欲求によって社会一般の価値観が蔑ろにされた事例でしょう。おまけにこの話では人命が踏みにじられてます。凶悪度が時代を遡るにつれて上がってるように見えるのは気のせいでしょうか?なお、こうした辻斬りを徳川政権は問題視して、たびたび禁令を発し引廻しの上で死罪と定めていますから、人命が今より安かった時代とは言え「社会一般の価値観を蔑ろ」にした行為と捉えて問題はなさそうです。
こうした話は日本に限ったものでもありませんでした。近世中国(大体、明清頃だと思われます)では、アウトローを気取った不良少年の間で好まれたのが食人でした。どうやら、一般世間の価値観に背を向ける象徴という理由からだそうで。中国では昔から人肉食に関する話題がしばしば見られておりますが、近世中国においては「人肉食へのタブー感がないわけではないが、他文化圏と比較すると弱い」という状況だったと考えて良さそうな話ですね。で、彼らに人肉を供給していた闇商人がいた訳ですが、多くは宿屋の裏の顔だったようで。宿屋・茶店には秘密結社が連絡拠点として経営しているものも多く、アウトローの根城になる事もしばしばだったとか。そのため宿屋を法で取り締まろうという発議すら中央政府でなされた事があった程だそうです。『水滸伝』で客を盛りつぶして人肉饅頭を作る物騒な茶店の話がしばしば登場しますが、こうした事例を反映しているのかもしれません。話が少しそれましたが、これも仲間内での承認欲求・同調圧力によって若者が社会規範を踏みにじる例と言ってよさそうです。
世間一般の価値観を踏みにじって自己顕示欲を満たそうとバカをやらかす若者がいるのは、どうやら時代も場所も問わない可能性がありそうです。昔の若者も、もし手元にツイッターがあれば同様な事をやったんじゃないでしょうか。いや、現代以上にろくでもないことをやらかして誇示した可能性すら浮かんできます。『少年犯罪データベース』を管理されている管賀江留郎氏の
昔の学生のいたずらや犯罪は、今と違って無邪気だったというようなことを本気で信じてる方もいるのですが、街中で刃物を振り回して何百人で乱闘しようが、道路をふさいでバスや電車を長時間留めようが、商店の看板を壊して民家の窓ガラスを何百枚割ろうが、まわりの大人たちが甘やかして若い者の無邪気ないたずらということにしてくれていただけなんです。(管賀江留郎『戦前の少年犯罪』築地書館 286頁)
という指摘は頭にとどめる必要がありますね。流石に、「バカッター」な悪戯や今回取り上げた若者の狼藉を「無邪気ないたずら」として許容する気にはなれませんが、昔も今も若者は仲間内での同調圧力や承認欲求を動機としてワルぶってバカをやる、ただハードウェアやそれによる波及度と世間の反応が違うだけ、という事は肝に刻んでおきたいものです。
とはいえ、全世界に一瞬で容易に拡散させる事も可能なインターネット時代には、従来の時代と比べて簡単に甚大な被害が出るのも事実。これはこれで、しっかりと対応が考慮されねばならないでしょう。「バカッター」への対策として何が有効なのかは僕にも良くは分りません。ただ言える事として、愚行を行った連中にしっかり責任を取らせることや低年齢からネット教育を徹底する必要があるのは勿論の事でしょう。あと、社会の過剰反応も実は問題なのかもしれません。被害にあった店が大規模な総取替えや閉店までせねばならないというのは世間の反応を恐れた面が大きいでしょうし、ニュースとして世間に広がる事自体が同様な若者たちの模倣を生みかねないですから。淡々と必要な処置(実害が出た部分の公表、その部分だけの交換と被害者への損害請求含む)を行うにとどめむやみに騒ぎ立てず世間はスルーするという態度でいた方が、案外と愚行続出への抑止力になるかもしれない、という気もしなくもないですが、どんなもんなんでしょうね。
【参考文献】
戦前の少年犯罪 管賀江留郎 築地書館
「少年犯罪データベース」(http://kangaeru.s59.xrea.com/)
「電脳くろにか」(http://homepage3.nifty.com/motokiyama/menu.html)より
「江戸の醜聞愚行211試し切り」(http://homepage3.nifty.com/motokiyama/nagai4/nagai4-211.html#top)
橋と異人 境界の中国中世史 相田洋著 研文出版
大辞泉 小学館
日本大百科全書 小学館
関連サイト:
「貴公子たちの蛮行―因果の歴史が、また一ページ―」
「「結婚35歳限界説」からみる35歳と言う年齢~昔から、後半生への入り口?~」
若気の至りが多めに見てもらえる年限について。
「若者 vs 年配者 in『今昔物語集』 ~老人は人を食う鬼である~ 悪老人の若者いじめに昔の人も苦しんだ」
若者だけでなく、老人も大概アレなようです。
たとえ歴史に名を残す偉人であっても、若気の至りの一言では見過ごせないレベルのバカやってたりはします。社会評論社『ダメ人間の日本史』『ダメ人間の世界史』にもそうした事例は乗っていますので興味のある方は御参照ください。
Amazon :『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
楽天ブックス:『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
当ブログ内紹介記事
Amazon :『ダメ人間の世界史』(ダメ人間の歴史vol 1)
楽天ブックス:『ダメ人間の世界史』(ダメ人間の歴史vol 1)
当ブログ内紹介記事
楽天ブックス: ダメ人間の世界史 - ダメ人間の歴史vol 1 -
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -