中国古代史から学ぶ、異なる考えの人間(特に目上)に意見する際の心得~相手の面子を潰すのは論外~
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しかし、これはいかがなものか。基本的に、相手も別に悪魔の化身という訳ではなく、同じ人間です。相応の言い分もあれば、プライドや面子だってあるでしょう。自分の意見があるいは正しくないかもしれない、相手にもこちらからは見えない事情があるかもしれない、といった点に思い至れば余りそうした物言いはできないようにも思うのですが。こうした時には、あるいは無意識のうちに傲慢に陥っている可能性があるかもしれません。それが周囲の反発を招く危険だってあります。
それに、相手の面子を慮らない物言いは、相手と折り合いをつける余地をなくしてしまいます。それだけでなく、生命の危険を招きかねない方法でもあります。相手だって人間ですから、そうした言い方をされると腹が立つでしょう。世間的な顔を潰されてしまうと、思い余って闇雲な反撃・報復に出てくる可能性だって出てきます。たとえ我が身の危険は覚悟しているにしても、周囲の大事な人々にまで火の粉が及ぶリスクも無視できません。というか、相手にそんな暴挙に出ないだけの度量・理性が期待できるなら、その時点でその相手は面子を潰されるような物言いを受けるいわれはないと思います。
上述した危険は、相手が自分より強い立場なら特に大きいと言えます。その気になれば自分の生殺与奪を握れる相手、という事ですからね。「正論で強者に恐れず立ち向かう」、確かにそれはカッコいいです、勇ましいです。しかしそのカッコよさに溺れて自分を粗末にしたり周囲を危険に晒したり萎縮させたりするのはどうかと思います。ここまで書いて思い出すのは、人気娯楽小説『銀河英雄伝説』に登場した、このやり取り。
「いいか、わが息子よ、偉人なら一度の忠告で反省する。凡人なら二度くりかえして諫められれば、まずあらためる。できの悪い奴でも三度も言われれば考えなおす。それでも態度を変えないような奴は、見放してよろしい」
「四度めの忠告はしなくていいの?」
「四度めになればな、追放されるか投獄されるか、あるいは殺されるからだ。暗君という奴は、そういうものだ。だから四度めの忠告は、自分自身に害をおよぼすだけでなく、相手によけいな罪業をかさねさせることになり、誰のためにもならない」
(田中芳樹『銀河英雄伝説外伝1』徳間ノベルス 173頁)
三度で見放すべきかどうかはともかく、強い立場の相手に意見する際の危険について端的に述べられていると思います。そういえば山本夏彦氏も、第二次大戦中の我が国を回想し、以下のように述べていました。
「直情径行」をよいことのように思うのは誤りです。いったんの怒りに我を忘れ「軍部国をあやまる」とか「防空演習を嗤う」などと題したら軍人は激怒するにきまっている。怒れば何をするか分っている、分っていて書くのは一度は溜飲をさげることは出来ても二度とさげることはできない。(山本夏彦『誰か「戦前」を知らないか』文春新書 234頁)
では、相手が自分と対等なら。目上相手よりは危険は少ないでしょうが、それでもほめられた話ではありません。もし相手が自分より弱い立場なら、人としてその態度は論外というべきでしょう。ただでさえ反論できない立場の人間に、口でも逃げ道を与えず追い詰めるようなやり口は、たとえ善意によるものだったとしても「弱い者苛め」「パワハラ」になりかねません。正面から逆らえないだけに、相手が色々と溜め込んで自暴自棄になり重大な結果を招く危険だってありますしね。
なら、どのように意見を述べたらよいのか。中国古代の思想家・韓非は著作『韓非子』の「説難」編で目上の相手に意見を説く場合の難しさについて説いています。その中から、端的な言葉を抜き出してみます。
凡説之難、在知所説之心、可以吾説当之。
およそ説の難きは、説くところの心を知り、わが説をもってこれに当つべきにあり。(西野広祥・市川宏訳『中国の思想第1巻韓非子』徳間書店 73頁)
【現代語訳】そもそも説得の難しい点は、説得相手の心を理解し、自分の意見をそれに沿わせる事にある。
凡説之務、在知飾所説之所矜、而滅其所恥。
およそ説の務は、説くところの矜るところを飾り、その恥ずるところを減ずるを知るに在り。(同書 79頁)
【現代語訳】まず説得する際に心すべきは、説得相手が誇っている点を粉飾してでもたたえ、恥じている事はたいした問題ではないと思わせる事である。
大意無所拂悟、辞言無所繫縻、然後極騁智弁焉。此道所得親近不疑、而得尽辞也。
大意拂悟するところなく辞言繫縻するところなく、しかる後に智弁を極騁す。これ親近して疑われず、辞を尽くすを得るゆえんなり。(同書 80頁)
【現代語訳】相手の立場を考え、下手に刺激しないよう言葉を選び、その上で智恵と弁舌を思うがままに駆使する。そうすれば相手はこちらに親しみを覚えて疑わず、こちらも考えを充分伝えられるようになるのだ。
故有愛於主則智当而加親、有憎於主則智不当、見罪而加疏。故諫説談論之士、不可不察愛憎之主、而後説焉。
故に、主に愛せらるるあらば、智当りて親しみを加え、主に憎まるるあらば、智当らず、罪せられて疏を加う。故に、諫説談論の士は、愛憎の主を察し、而して後に説かざるべからず。(同書 86頁)
【現代語訳】だから主君から寵愛されていれば、智恵を出せばますます信頼されるが、主君に嫌われていたのでは、智恵を出しても受け入れられず罪を着せられ遠ざけられる。だから、相手を説得し諫言する際は、相手の好悪をしった上で、それに応じて説得に移らなければならない。
実に見事な考察だと思います。余談ながら、上の文章に続くのが有名な「逆鱗」のたとえです。「逆鱗」とは、すなわち龍の喉にある逆に生えた鱗に触れるとかみ殺されるのと同様、君主の地雷に触れるのは危険だという話のこと。しかし司馬遷ではありませんが、これだけの考察をなしえた韓非ですら説客として成功できず非業の最期を遂げたあたり、目上に意見する事の難しさを示していると言えます。
このように厄介な目上の人間への意見。その難しさや危険さばかり見ていると気が滅入りますので、これに成功した実例も中国古代史から見てみましょう。歴史書『史記』には、「滑稽列伝」という項目があります。斉の威王に仕えた淳于髠、楚の荘王に仕えた優孟、秦の始皇帝に仕えた優旃を扱っており、著者・司馬遷は彼らを
不流世俗。不争勢利。上下無所凝滞。人莫之害。以道之用。(『漢文叢書第十二 史記第六』有朋堂書店より659頁)
世俗に流されず、勢利を争はず、上下凝滞する所無く、人之を害とすること無し。道の用を以てす。(同書 658頁)
【現代語訳】世俗に流されず、勢力や利益を争うことも無く、上にも下にもこだわらないため、人は彼らから害を受ける事もない。そのため道理を通す役に立った。
と評しています。淳于髠は「滑稽多弁」(同書 457-458頁)、優孟は「常以談笑諷諫」(同書 462頁)、優旃は「善為笑言。然合大道」(同書 467頁)とそれぞれ言われている事から見当がつくかと思いますが彼らは主君に対し弁舌を駆使して面白おかしい表現で諫めたのが特徴でした。投げっぱなしで申し訳ありませんが、今回、分量も多くなりましたしその具体的な逸話については以下のサイトを参照してくださいな。
関連サイト:
「SEI_TAIKOU'S SITE」(http://www.geocities.jp/sei_taikou/index.html)より
「滑稽列伝」(http://www.geocities.jp/sei_taikou/kokkei.html)
以上、主に中国古代史を題材としてみた結果、考えの違う目上の人に意見する場合には相手の立場を考えつつ面子を潰さないよう上手くなだめて説き伏せるのが最上、という結論に落ち着きそうです。そしてこれは単に目上だけじゃなく、対等だったり目下の人が相手の場合も同様であるべきじゃないでしょうか。危険がないから上から目線で相手を否定、というのは人としてどうかと思いますから。とはいえ、こうしたやり方は相手が鈍感だった場合は通用しないかもしれない難点がありますが。その場合は、諦めて何とかして距離を置き難を逃れるしかないのかもしれません。
言うは易く行なうは難し、ですが言い方一つで色々と向こうの出方が変わってくるのも事実。自戒も込めて、心したいところではあります。
【参考文献】
中国の思想第1巻韓非子 西野広祥・市川宏訳 徳間書店
「近代デジタルライブラリー」(http://kindai.ndl.go.jp/)より
「漢文叢書第十二 史記第六 司馬遷著 有朋堂書店」
(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958961)
銀河英雄伝説外伝1 田中芳樹 徳間ノベルス
誰か「戦前」を知らないか 山本夏彦 文春新書
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「中国史概説」(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2005/050520a.html)
「引きこもりニート列伝その15 蘇秦・張儀」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet15.html)
淳于髠の話とか、荘王と優孟の話は社会評論社『ダメ人間の世界史』にも登場します。興味のある方は、御参照ください。
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