「若いころの苦労は買ってでもしろ」というけれど…~若者に意図的に苦労させる年長者はどうかと思います~
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ただ、苦労が万人に成長を促すという単純な話ではない気もします。確かに成長する人もいるでしょうが、一方で苦労や挫折を乗り越えられずスポイルされる人だっているでしょう。苦労で頭を押さえつけられ続けた結果、自己評価を低いものにしてしまい
いやいや、わしは一八歳のときには、もう自分の才能や将来性に、見切りをつけておったよ
(田中芳樹『銀河英雄伝説外伝3』徳間ノベルス 115頁)
なんてことになってしまうかもしれないわけです。このセリフを吐いたグリンメルスハウゼン老人は渋く魅力的なキャラクターではありましたが、それはそれとして発言内容が世間一般からすると決して喜ばしいものではない事は明らかですよね。ここで思い出されるのが、作家・長山靖夫氏が
不幸は人を強くする。ただし、それは万人に通用するとは限らない。
「強い人」が、さらに強くなるだけという気もする。
(長山靖夫『「人間嫌い」の言い分』光文社新書 186頁)
なんて述べている事。あと、文献で歴史上における偉人の事績を追った際に感じた事ですが「苦労・試練は人を成長させるかもしれないが、同時に歪めてしまう事も少なくないな」と思います。作家・塩野七生氏も同様な考えを持っているようで、苦労人について
そういう人は偉いとは感心はするけど、成功後のそういう人たちの言葉や行ないの端はしに、なにかしらゆがんだり貧乏くさかったりする
と思わされる事例を見ることがあるとまで言っています。それを踏まえ、彼女は
できるならば人間、陽の当たる道を進むにこしたことなし
(引用部は塩野七生『男たちへ』文春文庫 97-98頁より)
と考えているようで。
そうした事を考えると、ある程度の試練は必要にしても上の人間がわざわざ意図的に「苦労」「試練」「理不尽」を与えるのは考え物なのではないかなあ、と思ってしまいます。そうした先達・年長者は本人は善意から行っているにせよ、無意識のうちに「悪意」「意地の悪さ」が混じりこんでしまう危険性が否定できませんしね。あたかも、上位者による「お前のためを思って言っているんだ」といった言動が、時には「発言者自身の要望」である事を覆い隠す便利な言い回し道具に堕してしまう危険を孕んでいるようなものです。
関連サイト:
「上野駅0分の心療内科 ゆうメンタルクリニック」(http://yucl.net/)より
「真実のカウンセリング「あなたのため」」(http://yakb.net/man/347.html)
漫画原作者・武論尊氏は挫折・試練が人を成長させる事は肯定しつつも
叱られて伸びるヤツはいない。みんな、褒められて伸びるんだ。褒められると嬉しいから、そいつは、その能力をさらに伸ばそうと努力して、徐々にプロになっていく。(武論尊『下流の生きざま』双葉社 36頁)
と言っています。それを考えると、上の人間が殊更に「苦労」を与えてやる、という考え方はやはり問題を孕んでいるように思います。
わざわざ年長者が「苦労」を用意してやらなくとも、外界に出て生きていれば普通は何らかの形で自然と「挫折」「試練」「苦労」と出会うものです。年長者が経験した苦労を味わわなくてすんだにしても、また別の試練と出会います。よほど周囲が何もさせないようにしない限りは。もし若者が何でも苦労なくこなせるほどの才能を持っていたとしても、それはそれで周囲との人間関係で「試練」を味わうことになるでしょうし。
以上を考えると、年長者が若者に接する態度としては、殊更に「苦労」や「試練」を与えるよりも、
・良いところを見つけてほめてやる
・基本的に暖かく見守り、困っている様子の時は手を差し伸べる
くらいの気構えの方がよいのかもしれませんね。むろん、してはならない事をした場合は叱り諭す必要はあるでしょうが、その際も感情的な言葉をぶつけたり相手の人格を否定するような物言いはするべきではないと思います。
【参考文献】
「人間嫌い」の言い分 長山靖夫 光文社新書
男たちへ 塩野七生 文春文庫
下流の生きざま 武論尊 双葉社
銀河英雄伝説外伝3 田中芳樹 徳間ノベルス
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「若者 vs 年配者 in『今昔物語集』 ~老人は人を食う鬼である~ 悪老人の若者いじめに昔の人も苦しんだ」
関連サイト:
「NAVERまとめ」(http://matome.naver.jp/)より
「当てはまってないかい?学習性無力感の諸症状」
(http://matome.naver.jp/odai/2137709036216764401)
長期にわたってストレスから逃げられない環境に置かれると、心が折れて物事に立ち向かう気力がわかなくなる、という現象だそうです。
※2014/6/9 関連サイトを追加しました。
※2016/4/17 関連サイトを追加しました。