『太平記』に見る三国志~ひょっとすると南北朝では既に語り物三国志の影響?~
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そして『太平記』には、さらに三国志について詳しく言及している部分もあります。第二十巻、天下が南北両朝に分裂し新田義貞が北陸で足利方の斯波高経と合戦していた時期のこと。
ある晩、義貞は不思議な夢を見ます。川で敵と対峙している最中に自身が大きな蛇に変化して地に伏せたところ、高経が驚いて逃げ去ったというものでした。義貞はこれを相手を屈服させる吉兆と考えましたが、家臣の斉藤道献は三国志の逸話を引用して凶兆とみなしたのです。曰く、
・昔の中国で、魏の曹操・呉の孫権・蜀の劉備が天下を分割し、いずれも英雄であったため三国はみな盤石であった。
・そうした中、蜀の南陽山に諸葛孔明という賢人が隠棲していた。それを知った蜀の重臣は劉備に彼を任用する事を勧め、劉備も手厚く孔明を招聘しようとしたが孔明は応じなかった。
・そこで劉備は自ら三度にわたり孔明の草庵を訪問し、誠意を尽くして彼を説得した。その熱意に押されて孔明は仕官し、劉備は彼を蜀の丞相とした。劉備は孔明を信任し「自分にとっての孔明は魚に水があるようなもの」と述べる。
・こうして重用された孔明を人々は「臥龍」として恐れた。曹操も敵国がさらに強化されるのを憂慮し、部下の司馬仲達に七十万の大軍を与えて蜀を討たせた。
・これに対し劉備は孔明に三十万の軍勢を与えて迎撃させ、両軍は国境の五丈原で対峙し持久戦となる。
・仲達は捕虜から孔明の様子を聞き取り、その勤勉さや質実さ、それゆえの敵の士気の高さを察した。一方、孔明が過労で病に倒れるであろうことも予測する。それを聞いた魏の将兵は仲達が臆病風に吹かれ適当なことを言っていると蔑んだ。
・ある晩、両陣営の間に隕石が落下。仲達は七日のうちに孔明が死ぬ事の暗示と読み解く。果たして、孔明は七日後に病死した。
・蜀軍は、孔明の死を隠して敵軍に進撃、仲達は蜀軍との正面決戦では敵わないと考えていたので退却し険阻な場所で軍をとどめた。「死せる孔明生る仲達を走しむ」とはこの時の事を言う。
・孔明を失った蜀は力を失い、やがて滅亡。呉も併呑し魏の曹操がついに天下を治めた。
上記の故事から義貞の夢を解釈し、道献は
三国志の時代と同様に乱世となった現状で竜の姿となって水辺に伏せているのは、孔明を「臥龍」と呼んだのと同様である。
として凶兆と主張。孔明が使命を果たせず道半ばで落命したのを連想させる、という事でしょうか?果たして、間もなく義貞は戦場で流れ矢に当たり命を落としています。
上記の通り、南北朝期に三国志の物語がある程度人々の間で知られていた事が読み取れます。…とはいえ、地理や時系列に色々と突っ込みどころがありそうですけどね。しかし、「『太平記』も適当だなあ」とだけで済ませるのでなく、もう一読みする必要はありそうです。
中国では、少なくとも唐末期には既に三国時代を題材とした語り物が流行していた可能性が指摘されています。これは北宋以降も同様で、『東京夢華録』では「説三分」と呼ばれる三国志ものの講談が人気を博した事が記載されています。元の時代にもこうした講談の人気は衰えず、1320年代にはそうした話をテキスト化した『新全相三国志平話』が刊行されています。この『新全相三国志平話』、語り物らしく、荒唐無稽で荒削りながらもエネルギッシュな内容になっているようです。それと比較すると、『太平記』で語られている三国志物語は極端におかしいわけではないようで。現代に知られている「三国志」物語の原型というべき『三国志演義』が成立するのはもう少し後の事です。
この時期の日本と中国は正式な国交はないとはいえ、貿易そのものは割と盛んにおこなわれていました。それを考えると、『新全相三国志平話』は無理だとしても、語り物としての三国志物語の内容に関する情報が何らかの形で入ってきていても不思議ではありません。南北朝期には、中国との交流を通じて娯楽物語としての「三国志」が流入し、少なくとも一部の間では知られるようになっていた可能性はないえしょうか?『太平記』における上記の「三国志」ネタは、ひょっとしたらそうした影響があったのかもしれない。そんな妄想をかきたてる逸話ではあります。我が国での「三国志」人気も、そう考えるとかなり年季が入っていると言えなくもないのかも(絶えることなく続いたかどうかはともかく)。『太平記』からは、そうした意外な事も読み取れるようです。
まあ、語り物の影響ではなく正史の内容が変容して『太平記』にあるような形になった可能性もありますが、ともあれこの時代の人たちが結構「三国志」好きなのは間違いなさそうです。
【参考文献】
『日本古典文学大系太平記』一~三 岩波書店
井波律子著『三国志演義』岩波新書
『世界大百科事典』平凡社
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「三国志の時代と日本」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「はじめてのさんごくしin歴研」
(http://kurekiken.web.fc2.com/data/2003/031219.html)
「初心者向け南北朝概論の試み」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/nanboku.html)
※2014/8/31末尾に少し加筆。
※2015/10/10 少し、表現を変えています。