「黒歴史」に相当する表現は? in 大正~森鴎外の用例から~
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関連サイト:
「ニコニコ大百科」(http://dic.nicovideo.jp/)より
「黒歴史とは」
(http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%BB%92%E6%AD%B4%E5%8F%B2)
さてこのように比較的最近に生まれた言葉である「黒歴史」。この語の誕生以前には、似たような意味合いでどんな表現がされていたのか。近代文学にそれに相当しそうな表現を見つけたのでご紹介しようかと思います。
ここで参照するのは森鴎外『伊沢蘭軒』。大正期に入ってから、鴎外がものした史伝ものの一つです。徳川後期の詩人・文筆家である頼山陽も少なからず言及されており、主要登場人物の一人と呼んで差し支えありません。通説では、山陽は江戸で尾藤二洲に学びその塾に身を寄せたとされています。
ところが、伊沢家には「山陽は江戸にある間に伊沢氏に寓し、又狩谷※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎の家にも寓した」という通説とは異なる伝承が残されているのだとか。これに関して、鴎外は大胆な推理を展開しました。それによれば、山陽は、後に帰郷後にそうしたのと同様、尾藤の塾でも「風波を起して塾を去つたものと」考えられるというのです。その後に、伊沢・狩谷の家に転がり込んだのではないか、とのこと。当たっているか否かについてはともかく、鴎外はこのように推察しています。
しかし、だとするとおかしなことが。後に伊沢蘭軒は長崎奉行の供をする形で西国への旅をするのですが、その道中で頼家に立ち寄り山陽とも面会しています。その時の描写が「男子賛亦助談、子賛名襄、俗称久太郎なり」といういかにも初対面っぽいものでした。これについて、鴎外は
且山陽の伊沢氏と狩谷氏とに寄つたのは、山陽の経歴中暗黒面に属する。品坐の主客は各(おの/\)心中に昔年の事を憶ひつつも、一人としてこれを口に出さずにしまつたと云ふことも、亦想像し得られぬことは無い。
(引用部はいずれも森鴎外『井沢蘭軒』より)
という考察を披露し整合性を保とうとしています。
それはさておき。ここでいう「暗黒面」という表現、今日に用いられる「黒歴史」とニュアンスが何となく似ている感じはしないでしょうか?我々がいう所の「黒歴史」を表現したい時、当時はこの「暗黒面」という言い方を用いたのかもしれません。興味深い用例を、鴎外は提示してくれました。
…ここまで書いてふと思ったのですが、「若気の至り」なんて言葉がありましたね。若い時期にやらかした「黒歴史」については案外、これで用が足りた可能性を感じなくもないです。ある程度の年齢になってからの代物については、また話が変わって来るんでしょうけど。
【参考文献】
『日本大百科全書』小学館
『大辞林』三省堂
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 伊沢蘭軒」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html)
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偉人たちの黒歴史について。
関連サイト:
山陽が尾藤二洲の塾を脱走し伊沢家等に転がり込んだという鴎外の推理は、残念ながら大きな勘違いを前提にしているという話もあるようです。
「亜米利加の部分的観察」(http://www.geocities.jp/darabojp/index.html)より
「森鴎外『伊沢蘭軒』再読後ノート」(http://www.geocities.jp/darabojp/family-mori.html)
「日本語と日本文化」(http://japanese.hix05.com/)より
「森鴎外「伊沢蘭軒」」(http://japanese.hix05.com/Literature/Ogai/ogai12.ranken.html)
御存じかとも思いますが補足しますと、この「暗黒面」という言葉、物事の悲惨で暗い一面を意味しています。なお、近年は映画『スター・ウォーズ』シリーズを元ネタに「道を踏み外して悪に走る」といったニュアンスで用いられる事もあるようです。
「ピクシブ百科事典」(http://dic.pixiv.net/)より
「暗黒面(だーくさいど)とは」(http://dic.pixiv.net/a/%E6%9A%97%E9%BB%92%E9%9D%A2)
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