【読書案内】森鴎外『沈黙の塔』 ~文芸の自由は、将来も守られうるか?~
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2016年 11月 03日
どうも、松原左京です。童貞関連以外の話も、たまにはしてみようかと思います。今回は、「読書案内」とやらをやってみます。 思想の自由、言論の自由、表現の自由。これらの自由に関しては、今日でも議論が絶えないようです。という訳で、今回のテーマは森鴎外『沈黙の塔』。沈黙の塔とは、ゾロアスター教で死者を鳥葬にするための円塔を意味しています。本作は明治四十三年(1910)に発表された寓話風短編。不気味で陰鬱な雰囲気を漂わせており、読後感は心地よいとは言い難いものの印象に残る一品です。もっとも、時代のせいか、現代から見れば不適切な表現も多々見られます。その点も含め、正直、読んで不快になる人もおられるであろうことは想像に難くなく、万人向けとは申し上げにくい作品ではあります。 鴎外が本作を執筆した背景には、同年の大逆事件があると言われています。思想弾圧、そしてそれが波及した文芸・学芸への圧力。『沈黙の塔』はそれに対し、鴎外が抗議の意を込めて書いた作品の一つとされています。余談ながら、鴎外はそれにとどまらず、被疑者たちの弁護にあたった平出修に助言を与えてもいるそうです。 とはいえ、この作品、抗議にしては随分と韜晦した歯切れの悪い物言いなのは否めません。これは、鴎外自身の身の上が影響しているそうです。この作品が描かれる少し前の明治四十年(1907)の時点で、彼は山県有朋の後援の下、陸軍軍医総監・陸軍省医務局長の地位についていました。権力内部にいた関係上、権力の怖さを身に染みて知っており、かえって言葉を選ぶ必要を感じたのでしょう。筆禍を招かぬよう、自身や周囲に火の粉が及ばぬよう、用心したのでしょう。鴎外は、かつて『ヰタ・セクスアリス』で発禁・譴責処分の経験があるだけに、余計慎重になったものと思われます。 作品に漂う暗さは、この事件に接した鴎外の心境を反映したものでありましょうか。それにしても、作中で具体例として挙げられている、世界文学史上の名作に対する言いがかりには、今日からすれば開いた口が塞がらぬものも多数あります。といいますか、それらは同時代人である鴎外の眼から見ても呆れる他なかった事例なのでしょう。大変な時代だったのだな、という事が容易に察せられます。 さて、現在は当時とは異なり、憲法で基本的人権の尊重がうたわれる世の中です。確かにまだまだ不十分な面はありますが、それに対しても人権活動などで改善すべく努力を惜しまない方々も多数おられます。彼らの勇気は敬意を表するに値するでしょう。 しかしながら、だからといって当時と同様な惨禍が起こりえないと安心する事はできません。公権力側の動きに、それらしい大義名分で取り締まる意図を勘繰る余地もあるものもないではありません。鴎外ではありませんが、あるいは迫害はいつの世も存在し「ただ口実だけが国により時代によって変る」ものなのでしょうか。 また、文芸に圧力をかけるのは公権力とは限りません。極端な話、人権を守ろうとする動きが、結果として文芸の自由を、生命を危うくする事すら、ないとは言われないようです。今なお残る様々な人権意識の鈍感さに対し、問題意識や怒りを抱くのは当然の話であるでしょう。かく言う私自身も人権意識に不十分な点が当然あるでしょうし、心したいと思っています。しかし、義憤の余りでしょうか、気に食わない文芸作品の存在自体を許容しないような、穏やかでない発言も時にあると耳にします。もしそれが事実なら、そうした動きは悪しき前例になりかねません。それは、拡大解釈による文芸の圧迫や萎縮という結果に繋がりうるのです。そうなると、文芸にとどまらず社会全体に影響が波及します。結果として、そうした動きは人権を圧迫する事になりかねないのです。深淵を覗いているつもりが、かえって深淵に覗き込まれていたという羽目にならぬよう、伏してお願いいたします。 さしあたっては、特定の何かへの攻撃など、明白な実際的悪意・実害があるのでない限り、慎重な態度であるべきでしょう。少なくとも、作品や作者・愛好者の人格を否定するような事があってはなりません。人権尊重・自由尊重を唱える世だからとて、油断は禁物です。一つ間違えれば、文芸が「疑懼(ぎく)の世界」となり、「少し価値を認められている限は、平凡極まるものでない限は、一つとして危険でないものはない」という風潮を招いた挙句に、「沈黙の塔の上で、鴉のうたげが酣(たけなわ)である」と比喩されかねない惨状を呈する危険は、皆無とは言い切れないのです。 おそらくは、私の取り越し苦労でしょうけれど。…そうであって欲しいものですけれど。 注:「」内は、森鴎外『沈黙の塔』からの引用です。 参考文献: 「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より 小松健一『文学の風景をゆく』PHP 金子幸代『鴎外と神奈川』神奈川新聞社 『世界大百科事典』平凡社 『日本大百科全書』小学館 『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社
by trushbasket
| 2016-11-03 18:16
| 松原左京
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