古典文学・近代文学とも、名作とされるものには冒頭部分が有名な作品も数多くあります。その中で、『平家物語』にならぶ大作軍記物である『太平記』の冒頭は、あまり知られていません。南北朝がマイナージャンルなのも関係しているのでしょうか?もっとも、『徒然草』の存在を考えると、南北朝関連の古典だから冒頭部分が知られていない、という訳ではなさそうですけど。
という訳で、今回は『太平記』を中心に南北朝期に生まれたとされる古典文学の冒頭部分を列挙しようかと思います。
・太平記
南北朝時代を舞台にした軍記物。後醍醐天皇即位から50年の戦乱およびそれに伴う様々な人間像を描く。
冒頭は以下の通り。
蒙竊採古今之変化、察安危之来由、覆而無外天之徳也。(『日本古典文学大系 太平記 一』岩波書店 34頁 ※訓点は省いています)
読み下すと、以下のようになるそうです。
蒙(もう)竊(ひそ)かに古今の変化を探つて、安危の所由を察(み)るに、覆つて外(ほか)なきは天の徳なり。
(『太平記 一』兵藤祐己校注 岩波文庫 33頁)
・梅松論
『太平記』同様、南北朝動乱を描いた軍記物。足利方視点から、南北朝動乱初期を描いている。
冒頭は以下の通り。
いづれの年の春にや有けむ、二月廿五日を参籠の結願に定て、北野の神宮寺毘沙門堂に、道俗男女群集し侍りて。或経陀羅尼を読誦し。或座禅観法を凝し。或詩歌を詠じけるに。更闌夜にて。松のかぜ。梅のにほひ。いづれもいと神さびて。心すみわたり侍りけり。
(『群書類従 第拾參輯』塙保己一編 経済雑誌社 134頁)
・難太平記
今川了俊が、南北朝を中心に今川家の事績を書き留めている。『太平記』の内容に誤謬があると述べる部分がある事に、通称は由来する。
冒頭は以下の通り。
愚なる身には、己が心をだにしらぬ成べし。譬へばおしき。ほしき。にくし。いとをしきなど。思をしらざるにはあらず。かように覚る心はいかなる物ぞとしるべきを申なり。(『群書類従 第拾四輯』塙保己一編 経済雑誌社 693頁)
・増鏡
後鳥羽天皇即位から建武政権成立までの宮廷を描いた歴史物語。二条良基作者説がある。
冒頭は以下の通り。
二月(きさらぎ)の中の五日は、鶴の林に薪尽きにし日なれば、かの如来二伝の御かたみのむつまじさに、嵯峨の清凉寺にまうでて、「常在霊鷲山」など、心のうちに唱へて拝み奉る。
(『増鏡』和田秀松校訂 岩波文庫 9頁)
・神皇正統記
南朝の指導者・北畠親房が日本の歴史を説いた書物。南朝の正統性を主張し、幼帝後村上天皇への教育を目的としたとされる。
冒頭は以下の通り。
大日本者神国(おおやまとはかみのくに)也。(『神皇正統記』岩佐正校注 岩波文庫 15頁)
この『神皇正統記』と『徒然草』は、冒頭が一般にも有名と言ってよいでしょう。
今回の結論。古文の冒頭に関する問題が試験などで出た際、「蒙竊かに…」と書き出すものがあれば、それは『太平記』です。…どの程度役立つ情報かはわかりませんが。
【参考文献】
『日本古典文学大系 太平記 一』岩波書店
『太平記 一』兵藤祐己校注 岩波文庫
『群書類従 第拾參輯』塙保己一編 経済雑誌社
『群書類従 第拾四輯』塙保己一編 経済雑誌社
『増鏡』和田秀松校訂 岩波文庫
『神皇正統記』岩佐正校注 岩波文庫
『日本大百科全書』小学館
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南北朝関連については、
を参照してください。
※2017/1/13 文献名に一部誤りあり修正。