どうも、松原左京です。今回の「落選者列伝」で扱うのは、小野小町(生没年不詳)。
「絶世の美女」として広く名が伝えられている彼女ですが、生没年をはじめとしてその事跡は謎に包まれているのが実情です。小野篁の子だとか孫だとか、あるいは小野良基の娘だとかいった説もありますが、明らかではないとか。
しかしながら、平安前期に活躍した女性歌人という事はいえそうです。『古今和歌集』『後撰和歌集』などの勅撰集に六十余首の作品が採録され、六歌仙・三十六歌仙に数えられています。華麗な技巧で情熱的な恋歌を多く残した事で知られ、『古今和歌集』仮名序には「よき女の悩める所あるに似たり」と評されました。何でも、漢詩由来の表現も見られるそうで、漢籍素養が豊かであったことも伺わせます。『小倉百人一首』にも、
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふる眺めせしまに
という作品が収載されています。
勅撰集に載せられた和歌には、安倍清行・小野貞樹・文屋康秀や遍昭とやりとりしたものもあるとか。「絶世の美女」かどうかはともかく、機知と教養に富んだ魅力的な女性であった可能性は高そうですね。ちなみに、これらの歌のやりとりから、九世紀の人であろうと推定されているようです。
その華やかな歌の読みぶりや謎に満ちた生涯。これらは後世人の想像をかきたてたらしく、様々な伝説が生まれました。曰く、康秀や在原業平らと浮き名を流した「色好み」だとか、歌の神秘な力で奇跡を起こしたとか、あるいは晩年に零落したとか。
そんな伝承の中に、深草の少将にまつわるものがあります。深草の少将なる男性が小町を見初め、求愛。九十九夜にわたって彼女の下に通ったものの受け入れられず亡くなった、という内容です。謡曲『通小町』の題材となっています。
それが関係してなのか、江戸時代には彼女が生涯不犯であったという言い伝えが生じたそうです。おまけに話に尾ひれがついて小町には身体的な理由があったため男性を受け入れなかったのだ、なんて下世話きわまりない俗説まで。この伝承を前提とした川柳も少なからず存在しているようです。
…事実関係が怪しい逸話をもとに、余計な御世話としか言いようのない奇怪な伝承。「童貞の世界史」絡みの偉人という事で取り上げはしましたが、あまり気分の良い話ではありませんな。
根拠が薄弱な上に、真逆な「色好み」伝説もある。小町不犯伝説は、信じるに値しない後世の俗説と判断すべきでしょう。それを鑑みて、有名どころではありますが落選者扱いとした次第です。まあ、謎多き歴史上の有名人に対して、「生涯不犯であってほしい」という民衆願望が少なくとも一部にはある、という傍証にはなるかもしれません。
参考文献:
『日本大百科全書』小学館
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞社
片桐洋一『小野小町追跡 「小町集」による小町説話の研究』笠間書院
今関敏子『「色好み」の系譜 女たちのゆくえ』世界思想社
三善貞司『小野小町攻究』新典社
板坂元『日本語横丁』講談社
渡部昇一『日本史百人一首』扶桑社
加太こうじ『江戸小ばなし考 落語のふるさとをたずねて』佑啓社
松村範三著『川柳日本俗説史』磯部甲陽堂
瀧川政次郎『池塘春草』青蛙房
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