どうも、松原左京です。ここ数回、謎多き英雄に関して「性的に潔癖、可能なら生涯不犯であってほしい」という民衆願望が存在する、という話をしてきました。今回は、逆方向の話も少ししてみようかと思います。
以前、「金太郎」こと坂田金時には、「坂田金平」という息子設定のキャラクターがいるという事についてお話したかと思います。この金平は父の名声もあってか人気キャラとして受け入れられたようで、今日でも「金平牛蒡」という料理名に名を残しています。牛蒡の固さや唐辛子味の辛さが、金平の強さ・勇ましさに通じる。そんなニュアンスで名がつけられたそうです。
しかしながら、そんな「息子」の人気にもかかわらず、通俗史書『前太平記』によれば金時は妻子を持たず生涯童貞の可能性もうかがわれる様子。それでも、それもお構いなしに、「英雄の子」が新たな英雄キャラとして生み出されたわけですね。
似たような事例は、他にもあります。戦国大名・上杉謙信は信仰上の理由からか生涯にわたり妻帯しなかったというのは有名ですね。生涯不犯という説もありますが、男色説もあるため厳密に生涯童貞であったかは疑問の余地があります。それでも、彼に実子はなかった、というのは確かのようです。それでも、謙信の子、という設定のキャラクターが物語世界で生み出された事例があります。
歌舞伎演目の中に『本朝廿四孝』というのがあります。近松半二や三好松洛らによって書かれ、明和三年(1766)に初演された時代物です。有名戦国大名である武田氏・上杉氏の対立を軸に、様々な伝説やロマンスを織り込んだ物語です。本作のヒロインである八重垣姫が、「上杉謙信の娘」で「武田勝頼の許嫁」という設定になっています。
しかもこの姫、歌舞伎世界の中で「三姫」と呼ばれる代表的な御姫様キャラの一人なんだそうです。ちなみに残り二人は『金閣寺』の雪姫と『鎌倉三代記』の時姫というキャラだとか。彼女たちは気品と美しさ、厳しい仲でも愛を貫く一途さという共通点を持つとされています。
英雄に架空の「子孫」を設定して活躍させるのは、日本に限った話ではありません。実子がちゃんと存在するケースではありますが、三国志の英雄・関羽もその一例と言えます。有名なところでは『花関索伝』という、「関索」なる関羽の「息子」が活躍するという物語が人気を博した時期があったそうで。それに影響されてか、『水滸伝』にも関索になぞらえた好漢が登場します。更に言えば、『水滸伝』には、関羽の子孫という設定の関勝というキャラクターも登場します。
たとえ生涯独身・生涯童貞であってもそうでなくても、英雄の名声にあやかってその「子孫」という設定のキャラクターが生み出される事例はままあるようです。現代でもこれは変わりはないようで、戦後日本娯楽文化が怪盗アルセーヌ・ルパンや名探偵金田一耕助といったミステリファンに御馴染みの有名キャラクターに「孫」を生み出してきたのは記憶に新しいところかと。余談ながら、金田一耕助が生涯独身であったらしい事は
以前に述べましたが、ルパンにはジャンという息子がいたようです。
「英雄たるもの、できれば生涯不犯であってほしい」という民衆願望がある一方で、「英雄には、その名を辱めない立派な子孫がいて活躍してほしい」という願いもまた存在する。相反する内容の願望ですが、それぞれに人の心の真実を反映しているのかもしれません。
参考文献:
『とっさの日本語便利帳』朝日新聞出版
『世界大百科事典』平凡社
『日本人名大辞典』講談社
陳寿『正史 三国志5蜀書』裴松之注 井波律子訳 ちくま学芸文庫
『週刊朝日百科世界の文学107 三国志演義 水滸伝…』朝日新聞出版
渡邉義浩監修『マンガでわかる三国志』袴田郁一著、山本佳輝・サイドランチマンガ 池田書店
草野巧著『水滸伝 108星のプロフィール』新紀元社
『知恵蔵』朝日新聞出版
モーリス・ルブラン『カリオストロ伯爵夫人』竹西英夫訳 偕成社文庫
モーリス・ルブラン『カリオストロの復讐』長島良三訳 偕成社文庫
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