ヤン・ウェンリーについてとりとめなく語ってみる~森鴎外、足利尊氏との意外な共通性~
|
関連サイト:
「アニメ「銀河英雄伝説 Die Neue These」公式サイト」(http://gineiden-anime.com/)
ただ、「右を向けと高圧的に言われれば損を承知で左を向く性格」(田中芳樹『銀河英雄伝説4策謀篇』徳間ノベルス 84頁)と言われるように結構頑固で面倒くさい一面もあったようです。印象的なのは、上層部に進言した際に門前払いで却下された時に
「わかったよ、勝手にするがいい」(田中芳樹『銀河英雄伝説外伝2ユリアンのイゼルローン日記』徳間ノベルス 122頁)
近代の文豪・森鴎外は、やはり普段は微笑を絶やさない穏和で子煩悩な父親だったそうです。しかし、それでも怒気を露わにすることが皆無という訳ではなかったようで。長女・茉莉が駄々をこねたため困惑した際、鴎外は「勝手にしろ」(小堀杏奴『晩年の父』岩波文庫 89頁)と一言。次女・小堀杏奴は
この「勝手にしろ」は父がいつも最後にいう言葉で、後は苦い顔でじっと本を見つめているのであった。(同書 90頁)
論争して無駄な時間を費すことが嫌いなので、随分厭だと思う事も、しつこくいうと負けてしまった。(同書 89頁)
精神的な波長や価値観のことなる人々に自分の思考を理解させるということが、彼にはめんどうでたまらず、その点においてヤンは政治的人間としての資質をまったく欠いている。(田中芳樹『銀河英雄伝説8乱離篇』徳間ノベルス 145頁)
そうした性質が、世間を生き抜く上で損な方向に働きうるのは想像に難くありません。例えば、鴎外は周囲から不真面目と見られる事があったようで。彼の小説『あそび』では、鴎外自身がモデルと思しき主人公は同僚から「君はぐんぐん為事を捗(はかど)らせるが、どうもはたで見ていると、笑談にしているようでならない。」と言われ、上司からは「不真面目な男」と評され、文壇からは「真剣でない」と批判され、妻からは「あなたはわたしを茶かしてばかしいらっしゃる」と責められるといった具合。むろん、鴎外としてはふざけてなどは決してなく、自分なりに精一杯大真面目なつもりなのでしょう。なので、どうしてよいか分からなかったのか、「あらゆる為事に対する「遊び」の心持」と居直るという、見様によっては痛々しい反応を見せています。なお、この段落の括弧内はいずれも『あそび』からの引用です。
ヤンにも、同様な面がありそうです。彼の態度は謹厳さとは無縁で、おまけに時には怠惰と評されてもやむを得ないものだったのも事実ですから尚更の事。彼は査問会という形式で政府高官たちから吊るし上げにあうという憂き目を見た事もありましたが、これも鴎外同様に一部から不真面目と見られ反発されたのが一因と解釈できます。
考えてみれば、ヤンと鴎外は他にも読書好き・歴史好きという見過ごせない共通点があります。ヤンは「歴史上の主役の地位」(田中芳樹『銀河英雄伝説8乱離篇』徳間ノベルス 143-144頁)を望んでおらず、軍人生活から早々に退役し歴史家になるのを夢見る人物でした。鴎外の言葉を借りれば「生まれながらの傍観者」(森鴎外『百物語』より)というべき気質の持ち主と見る余地はありそうです。書物や歴史は、彼らにとって現世の不愉快なあれこれから一時逃れて、魂を思量の世界に乗せて癒すための欠かせないものだったのかもしれません。
ついでに言うと、「偏食の子供が野菜をきらうのと同水準の心理と行動」(田中芳樹『銀河英雄伝説8乱離篇』徳間ノベルス 144頁)と評されるような形で政治権力を嫌悪したヤンは、あるいは「永遠なる不平家」(森鴎外『妄想』より)と称されてもやむを得ない一面があるかも。
更に、生死への執着が割と薄そうなのも共通点かも。「あまり死にたくはないな」(田中芳樹『銀河英雄伝説8乱離篇』徳間ノベルス 134頁)とは言いつつもどこか達観しておりユリアンから「死に対して自在である」(田中芳樹『銀河英雄伝説10落日篇』徳間ノベルス 210頁)と評されたヤン。一方、「死を怖れもせず、死にあこがれもせず」(森鴎外『妄想』より)と述懐した鴎外。なお、家族や子供など親しい人物には愛情を注ぎ、彼らからも慕われたという好ましい共通点もあります。
田中芳樹『銀河英雄伝説』1-10 徳間ノベルス
田中芳樹『銀河英雄伝説外伝2ユリアンのイゼルローン日記』徳間ノベルス
小堀杏奴『晩年の父』岩波文庫
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「森鴎外 あそび」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2595_20436.html)
「森鴎外 百物語」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/676_23236.html)
「森鴎外 妄想」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/683_23194.html)
清水克行『足利尊氏と関東』吉川弘文館
「続「リア充とは何か」 同様の観点から足利尊氏を見る~笑顔の向こう側に~」
「「リア充とは何か?」文豪・森鴎外の独白から考えた~自分で自分をどう捉えるかが大事なのかも~」
「ある隠遁生活者の肖像―兼好法師と南朝隠密伝説―」