いよいよクリスマスイブがやってきましたね。クリスマスと言えば、プレゼントに関する話題は外せないかと思います。例えば、文豪・森鴎外は毎年、クリスマスに子供たちにプレゼントを贈るのを通例としていたのは御存じの方もおられるかと思います。さて、今年の話題は、そんな鴎外自身がクリスマスに受け取った思わぬプレゼントに関して。元ネタは、
昨年同様に『鴎外の降誕祭 森家をめぐる年代記』からです。
大正五年(1916)4月13日、鴎外は陸軍省医務局長の地位を退き隠退生活に入ります。この時期、鴎外は自由な時間をとれた一方で、鬱屈するものもあった模様。
そんな中で大正六年(1917)12月24日。宮内省から鴎外を文部省帝室博物館総長兼図書頭に翌日付で任命すると通知がありました。知らせを受けた鴎外は、下記のような漢詩を詠んだそうです。
十二月二十五日作
既脱朝衣賦遂初 既に朝衣を脱いで 遂初を賦すに
何図枕上落除書 何ぞ図らん 枕上に除書の落つるを
石渠天禄清閑地 石渠 天禄 清閑の地
且為吾皇掃蠹魚 且(しばら)く吾が皇(きみ)の為に 蠹魚(とぎょ)を掃はん
(クラウス・クラハト、克美・タテノ=クラハト『鴎外の降誕祭 森家をめぐる年代記』NTT出版 258-259頁)
(超意訳)
既に、宮仕えの衣を脱いで以前から望んでいた隠居生活に入っていたところ、
思わぬ事に、枕元へ辞令の知らせがやってきた。
新たな職場は、古の唐土における図書館の如く、清らかで心静かに過ごすには良いところだ。
しばらくは、わが天皇陛下の御為に書物の手入れに従事するとしよう。
ここで、余談ながら用語解説を。遂初とは、以前から望んでいた隠退生活に入る事を意味します。「初めの志を遂げる」といったニュアンスなんでしょうか?東晋の時代に、孫綽という文人が『遂初賦』で隠居生活の楽しさを述べた事は知られています。除書とは、任官の辞令の事。「除目」ともいいます。「除」という文字には、元の官職を去って新たな官につくという意味が込められています。我が国では、任官の行事をも「除目」と呼びました。石渠閣・天禄閣は漢代の有名な図書館の名だそうです。蠹魚とは、紙魚(しみ)の事。書物につく虫として知られています。
この詩の平仄は、下記の通り。○は平声、●は仄声、△は両用。◎は韻脚です。なお、漢詩の規則については、
こちらをご参照ください。
●●○○●●◎
○○●●●○◎
●○○●○○●
●●○○●●◎
形式は仄起式七言絶句。韻脚は、「初」「書」「魚」の上平声六魚。
鴎外先生、嬉しそうで何よりです。『鴎外の降誕祭』も
この年のクリスマスは、個人的なヴィジョンが思いがけず達成されたと言えなくもない(同書 259頁)
彼自身の言葉を借りるならば「レサアレクシヨン」、すなわち「復活」といえた。(同書 260頁)
と評しています。この人、なんだかんだで仕事人間として生涯を過ごした感がありますね。まあ何にせよ、国家から受け取った予想外の「プレゼント」により、生活に張り合いが出たらしいのは喜ばしい事です。
皆様にとって、クリスマスが喜びに満ちたものでありますように。では、メリー・クリスマス。
【参考文献】
クラウス・クラハト、克美・タテノ=クラハト『鴎外の降誕祭 森家をめぐる年代記』NTT出版
『鴎外歴史文学集』第13巻 岩波書店
『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』ロゴヴィスタ
『日本大百科全書』小学館
『大辞泉』小学館
菅原武『漢詩詩語辞典』幻冬舎ルネッサンス
『新字源 改訂版』角川書店
関連記事: