「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」補足再び
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宣長が生涯において追求したテーマは日本独自の「道」についてでした。ライフワークである「古事記伝」も、その中で作られたものと言ってよいでしょう。さて、宣長は「古事記」研究に入って比較的間もない時期に、「直毘霊(なおびのみたま)」という作品を著しています。日本の「道」について、感触として掴んだと思われる内容をまとめたものとされています。
その内容を要約すると、
・日本に「道」という言葉が元来なかったのは、当たり前に存在してわざわざ言い表す必要がなかったからだ。
・太陽神の子孫である天皇が変わらず統治する日本は、世界で際立って尊い国である。
・神の教えを子孫である天皇が守り伝える日本こそ、真実の教えが残る唯一の国である。
・中国など他国は、道が失われ人為の偽り事を代わりに用いている国である。
ということになります。現代からすれば、こうした排他的とも言える国粋自尊主義な考えは受け入れられないものでしょうが、それをもって「ダメ人間」と言っているのではありません。その排他性は褒められたものではないでしょうし、現代から見れば奇異に映るでしょうが、ナショナリズムの萌芽が見られるこの時代には珍しくもなんともないものです。
では、何が「ダメ」なのか。実はその文中で、少々凄い事が書かれているのですよ。その部分を引用してみましょう。
御国の古(いにしへ)は、ただ同母兄弟(はらから)をのみ嫌ひて、異母(ことはら)の兄弟(いもせ)など御合坐(みあひませ)る事は、天皇(すめらぎ)をはじめ奉りて、大かたよのつねにして、今の京(みやこ)になりてのこなたまでもすべて忌(いむ)ことなかりき。但(たた)し貴(たか)き賎(いや)しきへだてはうるはしく有て、おのづからみだりならざりし。これぞ神祖(かむろぎ)のはじめ給へる正しき真(まこと)の道なりける。然るを後の世には兄弟(いもせ)の婚(まぐはひ)などを、こころよからず思ひて、異母(ことはら)なるをもすべてきらふ事いなりきぬるは、漢学(からことまなひ)さかりにて世々を経つつ、御国心(みくにごころ)うせはてつる故に、御のづからかのからごころにうつれる物にして、元来(もとより)の真心にはあらずかし。
要約すると、太古は同母兄妹(姉弟)の婚姻こそタブーだったけど、異母兄妹(姉弟)はOKだったのに、中国から小賢しい道徳が入ってきて、すべてダメになってしまい、自然な人情に背いた偽善がまかり通るようになってしまった、と言う事ですね。宣長先生、いたくご立腹なのが読んでいるこちらにも伝わってきます。
しかし、さすがにこの件はどうかと思います。儒教における同姓不婚の原則をたてにして太古の兄妹婚を非難している儒者にに反論する、というのは理解できるのですが、それにしても中国だって建前と本音の違いがあるではないかとか日本は日本だとかで止めておけば済むと思います。ここまで熱く語られると、何だか逝ってしまった匂いがします。異母兄妹(姉弟)の婚姻は神が定めた真の道でありそれを禁止するのは自然な人情に反する偽善って、先生、それはいくらなんでもダメすぎです。
リアルタイムでそうした風習になじんだ当人なら兎も角、タブーが定着した時代の人物であるはずの宣長がこれほどまで激昂するのを見ると下衆根性を承知で何だか妙に勘繰りたくなってしまいます。ましてや、この人の場合は恋愛小説の二次創作に手を出した前歴があったりするので尚更です。
ところで、現代のオタクには「妹」や「姉」に「萌え」を感じる風潮が少なからずあると言えます。これも、宣長先生に言わせれば人の自然な情ということになるんでしょうか。すると、ひょっとするとこうした動きは、「やまとごころ」を堅固にして、「もののあはれ」を知り、真の「道」を求めて止まない真情によるものと言えるのでしょうかね。
【参考文献】
本居宣長全集第十四巻 筑摩書房
本居宣長(上)(下) 小林秀雄 新潮文庫
「偉大なるダメ人間シリーズその7 本居宣長」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14529117/)
関連記事(2009年5月17日新設)
本居宣長関連発表まとめ
同姓不婚について考える―大陸と日本―,訂正と補足
平安前期シスコン伝記 小野篁、妹を愛す -『篁物語』 ~いもうと~
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連レジュメ:
「本居宣長」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその1 キルケゴール」(当ブログ内に移転しました)
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「偉大なるダメ人間シリーズその3 モルトケ」(当ブログ内に移転しました)
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上述の三人も勇敢なカミングアウトをしています。
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/genji.html)
(以下2010年6月27日加筆)
本居宣長については
よろしければ、社会評論社『ダメ人間の日本史』
(「本居宣長 国学大成した大学者は、骨の髄から重度のキモオタ」収録)
もご参照ください。
関連して:
「姉ゲーム」大全完全保存版(エキサイトブックス)
(http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4902566850/)
「妹ゲーム」大全完全保存版(エキサイトブックス)
(http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_4902566362/)
リンクを変更(2010年12月8日)