巫女装束の歴史的変遷(の一部)
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そこで、それよりずっと昔の巫女がどのような格好をしていたかについて絵巻物などから少し述べます。
まずいわゆる平安末期、すなわち12世紀ごろの絵巻物「年中行事絵巻」には様々な巫女の姿が描かれています。神社に所属し居住する巫女や定住しない巫女が、それぞれ神懸りになったり、神楽を舞ったり、祭礼で行列に参加したりといったところです。
また鎌倉期の「春日権現験記絵」「一遍聖絵」「北野天神縁起」「石山寺縁起」、更には「東北院職人歌合」などにも同様に様々な巫女の姿が見られます。
当時の巫女は、祈祷を主に行う遊行の巫女と、神社に所属・定住して神楽を舞う巫女に大きく分かれるわけですが、ともに小袖・袿と貴族女性同様の装束をしており衣の色・模様は一定せず様々だったと言えるようです。そして神のお告げを伝え、鼓・琴・錫を手に持っていたとされています。
現在の赤い袴の原型が認められるのは足利期の頃のようで、「御伽草子」に登場する巫女には、紅・紅梅の袴を着用して屋敷に参上する事例が描かれています。ただし彼女らは現在のように白い着物を着ていたわけではありませんし、屋敷に上ってからは十二単のような格好をしていたようですから、まだまだいわゆる「巫女装束」とは異なるようです。
足利期の伊勢神道・吉田神道などにより神道に理屈が持ち込まれ、儀礼が整理されていきましたが、その最中である程度現在に近いものになったのかもしれませんな。そして、国家神道により再び儀礼が整備される中で現在の形が確立する。
巫女装束一つとっても、なかなか歴史的変遷があるのですな。いわゆる「日本的」な伝統的イメージでも、現在の形が固まるのは案外最近の事があるのは面白いですね。
【参考文献】
増補姿としぐさの中世史 黒田日出男 平凡社ライブラリー
神道の逆襲 菅野覚明 講談社現代新書
国家神道 村上重良著 岩波新書
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連研究:
「本居宣長」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html)
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「源氏物語を読む」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html)
「天神信仰の展開」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991217.html)
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/genji.html)
参考サイト:
「巫女装束研究所」(http://www.miko.org/~tatyana/)