涼宮ハルヒの名将の憂鬱 前編
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ナポレオンが将軍の重要性を語って、「ガリアを征服したのはローマの軍隊ではなくカエサルである」(オクターヴ・オブリ編『ナポレオン言行録』大塚幸男訳 252頁)みたいな感じに色々列挙した際に取り上げたのは、カエサル、ハンニバル、アレクサンドロス、テュレンヌ、フリードリヒ大王でした。
最近読んだF.E.Adcock『The Greek and Macedonian Art of War』という本の戦術指揮に関する章では、ナポレオンの部将マルモンの文章を引用して、最高度の知的能力と器量を兼ね備えた名将の例として、アレクサンドロス、ハンニバル、スキピオ、カエサル、大コンデ、リュクサンブール、オイゲン、フリードリヒ、ナポレオンを挙げ、さらに著者の意見としてグスタフ・アドルフとリーを付け加えていました。
どちらにもベリサリウスはいません。18世紀の思想家モンテスキューも彼のことを天才と言ってますから、昔から彼の軍事的天才はよく知られているわけで、ここに並べられてても良いはずなのに。
南北戦争という、近代的な軍事技術の基礎の上で前近代的な戦術を駆使するという奇形的な戦争、いわば軍事史上の脇道で活躍したリーよりは、ベリサリウスの方が軍事史の発展の本流の中にいるとも言えるわけで、名が上がらないのは、なんだかちょっと可哀想ですよ。
ひょっとしたら性根の腐った浮気性の妻アントニナに奴隷のように無様に媚びへつらう姿がふさわしくないとでも言うのでしょうか?
参考
偉大なるダメ人間シリーズその4 ベリサリウス(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14529104/
でもそれなら浪費家で浮気性の妻ジュゼフィーヌに、戦地からせっせとご機嫌取りの手紙を送って尻尾を振り続けたナポレオンだって相当なものですよ。
まあ、とにかく最強のマイナーキャラって雰囲気すら漂うベリサリウス将軍ですが、近年では大きな売り上げを記録した有名娯楽小説で取り上げられたりしたとか。
具体的には、『涼宮ハルヒの憂鬱』というライトノベルのシリーズに登場。少し調べてみたところ、シリーズ第五巻『涼宮ハルヒの暴走』で、暴走系ヒロインの涼宮ハルヒのコンピュータ研からの分捕り品であるパソコンを奪回されないよう奮闘する寡黙なヒロイン長門有希を喩える比喩としてベリサリウスが持ち出されたとのことです。
参考
キョンの歴史知識(REVの雑記)
http://lightnovel.g.hatena.ne.jp/REV/20060706/p7
SF名文句・迷文句第118集(司書の駄弁者)
http://www.dabensya.sakura.ne.jp/meimonku/monku118.htm
なるほど、わけのわからん指令を出す暴走皇帝ユスティニアヌスの下、黙々と勝利を積み重ね帝国の領土を広げ領土を守るベリサリウスは、そういう喩えにはふさわしいかもしれません。
ちょっと第一巻『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んでみたところ、長門は、彼女のサポート役であるはずの朝倉さんに激しく反抗され一波乱くらっていましたが、ベリサリウスも彼をサポートすべき立場のはずの妻やナルセス以下の部将たちの反抗に苦しんでいますから、たいへん見事な比喩と言えるのではないでしょうか。
しかし何というか、英雄ベリサリウスが、誇りや威厳を打ち捨てて、はるか年上のくせに年相応の落ち着きとか品格を身につける気配すらない悪妻アントニナにいいように扱われ屈従し尻尾を振る様は、光景としてあまり麗しくないというか、はっきりいって見苦しいですが、これが長門と朝倉さんだったら結構良いかもしれない。
それはさておき、この他『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズで比喩に用いられたスケールの大きめの名将としては司馬懿(司馬仲達)、武田信玄、上杉謙信、ハンニバルがあるそうですが、歴史の授業なり小説その他の娯楽作品・教養作品なりで、一度は耳にするような大物、メジャーキャラばっかりだ。こんなのと同列に並べて広く世の中に名前を広めてもらえるなんて、彼のようなマイナーキャラとしては、なんだか破格の扱いです。
さて憂鬱なんてタイトルがつくシリーズで取り上げられた名将たちです。せっかくだから、これらの名将たちの経験した憂鬱な大敗北あるいは大敗北に準ずる戦いについて特集してみようかと思います。あと、それを元にあえて名将にけちをつけてみます。
ただ長くなったので、後日あらためて。
後編へ(http://trushnote.exblog.jp/7416216/)
参考資料
後編を参照
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C.W.C.Oman『中世における戦争術 378~1515』(翻訳)
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/my/oman.html
引きこもりニート列伝その7 カエサル
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html
ハンニバル
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970627.html
ベリサリウス
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/990430.html
アレクサンドロス
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991022.html
オットー・ヒンツェ『国家組織と軍隊組織』(翻訳)(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14589837/
『晋書』 宣帝紀(翻訳)
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/030704.html
儒教以外の学問における司馬懿像
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/040109.html
はじめてのさんごくしin歴研
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/031219.html
ビザンツ軍事史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2004/041001.html
西洋軍事史(当ブログ内に移転しました)
http://trushnote.exblog.jp/14455214/
ベリサリウスやナポレオンについては
よろしければ、社会評論社『ダメ人間の世界史』もご参照ください。
「ベリサリウス 史上最も無様に妻の尻に敷かれた英雄 ~女王様の足にマゾ奴隷として口づけを~」
「ナポレオン ネルソン 英仏代表天才軍人は、浪費癖あるクズ女に惚れた弱みで貢ぎに貢いだ英仏代表ヘボ男」
収録
(著作紹介2010年6月26日加筆)
後編へのリンクを追加(9月9日)。
リンクを変更(2010年12月8日、15日)