またまた「巫女萌え」を歴史的に考える
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朝廷にとって重要な神社である伊勢神宮と賀茂神社には、未婚の皇女が巫女として派遣されることがならわしとなっていました。伊勢神宮に派遣される巫女を「斎王(または斎宮)」、賀茂神社に派遣されるのを「斎院」と呼ぶのが一般です。主にこれら高貴な巫女たちと貴族たちとの関係をあげて見ます。
さて、「伊勢物語」は在原業平をモデルとする男を主人公として恋愛やらを絡めて和歌の来歴を語る物語ですが、その中に伊勢斎宮との絡みを描いた話があります。第六十九段がそうですが、朝廷からの使いとして伊勢に赴いた主人公(業平)が、斎宮に懸想して一夜を過ごしたというのです。物語では二人は朝までただ何もせず一緒にいただけという記し方をしていますが、実際問題として不自然ですね。また、主人公と斎宮が交わした和歌に「夢」という言葉が使われていますが、これは「源氏物語」で源氏と藤壺女御(源氏の父・帝の后)や柏木と女三宮(後半での源氏の正妻、朱雀院の皇女)が交わした歌でも見られており密通の存在を仄めかすものとされています。事実、モデルの業平は真偽は不明ですが当時の斎宮・恬子内親王と密通して子を儲けたと伝えられており、それが高階氏の養子となって家督を継いだ高階師尚だとされています。因みに南北朝時代に足利尊氏の執事として権勢を振るった高師直はその末裔です。
次に、王朝文学の代名詞とされる「源氏物語」を見てみましょう。光源氏は、恋多き人物として知られていますが、彼が懸想しながらも想いを遂げられなかった数少ない女性の中に、朝顔と呼ばれる人物がいます。彼女は源氏の従姉弟にあたり、長らく賀茂斎院を務めていた女性です。源氏は早い段階から彼女に想いを寄せており、彼女が斎院を辞したしばらく後まで求愛をしていましたが、彼女は源氏と関係した女性が不幸になる例が多いのを見てこれを拒んだのです。
また、同じく「源氏物語」から一例。源氏の年上の恋人である六条御息所の娘は、後に冷泉帝(源氏の末弟、実は藤壺と源氏が密通して生まれた子)の中宮となり「秋好中宮」と呼ばれていますが、朱雀帝(源氏の異母兄)時代に斎宮として伊勢に向かっています。この際、出発前の挨拶に訪れた斎宮を見て朱雀帝が想いを寄せているのです(叶うことはありませんでしたが)。
物語世界だけでなく、現実世界からも例をあげて見ましょう。関白・藤原道隆の孫に当る道雅は、斎宮・当子内親王と密通し宮廷内でスキャンダルとして問題視されました。結局二人は引き裂かれたわけですが、その際に道雅が以下のような歌を詠んでいます。
いまはただ 思ひたへなん とばかりを 人づてならで いふよしもがな
(今となってはせめて、火のように燃え上がる想いを留まろうとだけでも、人づてでなく本人に言うことができたらなあ、せめてもう一度会いたい)
この歌は「小倉百人一首」にも採録され広く知られています。業平にも当てはまりますが、巫女(厳密には巫女の務めから解かれてからですが)への熱い想いが文学史の一頁を彩ったと言えるでしょう。
以上のように、斎宮・斎院という高貴の出で国家的にも重要な意味を持つ巫女に対しても、恋慕の念を燃やす貴族男性がいたことが分かります。そしてそのスキャンダル性もあいまって広く語り継がれ、物語でも題材として用いられたのです。
話は変わりますが、大嘗祭・新嘗祭の翌日に催される「豊明節会」という儀式で舞を披露する五節舞姫と呼ばれる存在がいました。彼女達は厳密には巫女とは呼べませんが、下級貴族層を中心に選ばれ天皇や貴族たちの前で神楽舞を披露する「聖なる」女性であるという点で共通した性格があります(近代において、神楽舞を披露するのも巫女の重要な役目だと言えますし)。そんな彼女達も、貴族男性を大いに魅了する存在だったようです。「源氏物語」では夕霧(源氏の長男)が五節舞姫の一人である藤典侍に懸想し愛人にしていますし、現実世界でも万寿元年(1024)に節会の責任者であった宰相中将藤原兼経が任務を放擲して舞姫と部屋に篭っていたという騒ぎが起こっています。
また、僧正遍昭は舞姫を天女に見立てて
天つかぜ 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむと詠んでおりこれも「小倉百人一首」に採用されています。
(天に吹く風よ、雲の通り道を吹いて閉ざしてほしい。舞っている天女たちが天に帰るまでその姿を見ていたいから、雲で隠れないように。)
以上のように、装束が固定するずっと以前から、巫女やそれに準じる「神聖な」女性に恋慕するのは王朝貴族の間でよく見られたことのようです。「神聖さ」「不可侵の存在」という属性がその女性をいっそう魅力的に思わせ、それに狂わされた男性が多かったと言うことでしょうか。ええ、もうはっきり言い切ってしまってよいと思います。「巫女萌え」は王朝貴族社会における一つの伝統である、と。「若紫」(参考 http://trushnote.exblog.jp/7590206/)といい、貴族社会にはダメな伝統が結構あるのですね。まあ、少女拉致監禁は洒落になりませんが、巫女に恋慕すること自体には別に害もないのでそれほど目くじら立てることもないでしょうけれどね。しかし、貴族と言っても発想が「オタク」と同レベルですねえ、こうしてみると。
…え、貴族たちは巫女とか関係なく女に見境ないだけじゃないかって?それを言われると(苦笑)。
【参考文献】
伊勢斎宮と斎王 榎村寛之 塙選書
伊勢物語 大津有一校注 岩波文庫
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店
評解新小倉百人一首 三木幸信・中川浩文 京都書房
殴り合う貴族たち 繁田信一 柏書房
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巫女装束の歴史的変遷(の一部)
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「源氏物語を読む」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html)
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/genji.html)
在原業平については
よろしければ、社会評論社『ダメ人間の日本史』
(「小野篁 在原業平 妹よ ああ妹よ 妹よ それにつけても 妹可愛い ~平安時代のシスコン天才歌人たち~」収録)
もご参照ください。
(著作紹介2010年6月27日加筆)
関連サイト:
「斎宮歴史博物館」公式サイト
(http://www.pref.mie.jp/saiku/hp/index.htm)
「源氏物語」
(http://www.genjimonogatari.net/)
源氏物語についての解説ページです。
「小倉☆百人一首について」
(http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60413/)
小倉百人一首の歌に加え、成り立ちや歌人などについても解説しています。
「巫女装束研究所」(http://www.miko.org/~tatyana/)
「有識com 巫女装束」(http://www.yusoku.com/miko.html)
今回は巫女装束とは直接関係ありませんが、せっかくなので。