「十七か、聞くだけで勃起するわい」―日本の性器信仰―
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「女犯坊」(原作・滝沢解、劇画・ふくしま政美)は竜水和尚なる仏僧を主人公とする時代物漫画。竜水は魁偉な容貌と筋骨隆々とした体躯・強靭な男根を持った怪僧で、釈迦の禁制に女犯はないとか言って「女犯経」なる経典(勿論実在しません)を唱えたり引用したり、時には「観音経」(これは実在します)を唱えたりしながら老若美醜を問わず数多くの女性(稀には男性も)と心が趣くままに交合し、そのついでに気に食わない小悪党・偽善者を始末していきます。そうするうちに仏教界の要人の弱みを掴んで江戸城大奥に出入りが適うようになり、そこで相変わらずの振舞をしつつも足場を固め政治的発言権を得ていきます。当初は寛政期(十八世紀後半)を舞台にしていたはずが大奥で絵島事件(十八世紀初頭の大奥政変)の黒幕だったり、かと思えば途中から舞台が幕末期にシフトして開国に伴う動乱を背景に大暴れするようになったりと無茶苦茶です。舞台が無茶苦茶なら竜水の振舞も無茶苦茶で、大僧正の位を手に入れるために現大僧正を女の子宮・脳で出来た媚薬を用いて罪に陥れる、坊主を犯す趣味がある淫乱な姫君に対し本望だろうとばかりに馬を担いでその巨根で貫いて始末する、墓の地下で売春宿を営んで「人助け」と嘯く、阿片を栽培して催眠薬を作る、金欲しさに「安産体操」を教える剣術道場主や性生活を楽しむためだけに「安産体操」をする女性たちに立腹し男根を勃起させた坊主たちを引き連れて道場主共々女性たちを襲撃する、江戸城堀底に美女の全裸死体を多数発見しそれが大老による密売阿片を隠す容器となっているのを知るや大老を殺害して密輸商売をのっとる、女の脳を食う性癖のある怪人「韃靼人ブーリバ」と対決する…。数えればきりがありません。このようにやりたい放題やった挙句に「男根と女陰これこそが生命の源である!!」「女も抱けぬ仏がいてたまるか 仏こそが最高の性力者なのだ!!」「これが女犯道 おれの世直しだあ!!」と宣言するという素敵漫画です。台詞にも、女の年齢を尋ね「十七か、聞くだけで勃起するわい」と嘯くなど正気を疑いたくなるような印象的なのが多数。さてこの竜水、幕末期には井伊直弼らと対立して権勢を保ちつつも裏では倒幕のため画策して江戸城明け渡しに一枚噛んでいたり、明治に入るとなぜか長崎で大暴れして岩崎弥太郎(三菱財閥の祖)を手懐けて子分にしていたりしています。明治編で連載は一端終了したのですが、最近になって連載再開し竜水は現代によみがえったという話です。現時点では通常の勧善懲悪話の枠内で以前のような破天荒さは見られないようですが、今後に期待したいところです。
一方、漫画界における下半身が怪しい怪僧が竜水なら、実在した僧侶で下半身が怪しくしかもそれによって政治的影響力を及ぼしたとされるのは何といっても道鏡でしょう。彼については以前に記事にしました(参考:http://trushnote.exblog.jp/7476234/、http://trushnote.exblog.jp/7957480/)から詳細は省きますが、称徳女帝が崩御した後は後ろ盾を失い下野国薬師寺に流された事は知られています。その下野国薬師寺の近くにある薬師寺八幡宮境内に、巨大な男根を模った「金精神」が祭られており「弓削の道鏡様」と呼ばれているとか(http://www2.odn.ne.jp/~cdf94040/konsei.html)(「薬師寺八幡宮ホームページ」より)。道鏡ゆかりの土地であり、しかも道鏡には巨根伝説がある事を考えると、納得するしかないような名称ですね。
金精神といえば、Wikipediaによれば道鏡絡みで中々凄まじい伝説が残っている神社もあるようです。文献で裏が取れなかったのが残念ですが、せっかくなので消える前に引用しておきます。これについての真偽や文献を御存知の方がおられたら、御教示下さい。
「奈良時代、女帝の孝謙天皇は巨陰であったため並の男根では満足できなかった。そのため、孝謙天皇は巨根の藤原仲麻呂(恵美押勝)を重用していたが、道鏡の修法により病気が治ると更に巨根である道鏡を寵愛するようになった。しかし、孝謙天皇の崩御後、道鏡は皇位を窺った罪で下野薬師寺別当に左遷されてしまう。大きく重い男根を持つ道鏡にとって、下野薬師寺までの旅は過酷なものであり、特に上野国(群馬県)より下野国(栃木県)への峠越えはとても厳しいものであった。道鏡はあまりにも自分の男根が大きく重かったため峠で自分の男根を切り落としてしまったとも、孝謙天皇に捧げるつもりで峠で自分の男根を切り落としてしまったともいわれている。その切り落とした道鏡の男根を『金精様』として峠に祀ったのが、金精神社の始まりとされる。」(Wikipedia「金精神社(日光市)」より)
…という訳で、今回は金精神に代表される我が国の性器信仰について。以前にも少し述べましたが、古来より性器には呪術的な力が秘められていると考えられていたようであり、信仰の対象となる例も少なくありません。
まず前述の金精神ですが、木や石、陶器で男根を模った像であり子孫繁栄などの利益が在ると考えられています。元来は岩手県岩手郡玉山村巻堀の巻堀神社から広まったとも言われ東北地方に多く見られるとされます。利益があると小型の男根像を奉納する風習があるところも多かったと言いますし、娼家の神棚にはしばしば金精神が祭られていたそうです。また、「金山神社」は本来は「金山毘古・金山毘売」を祭神とする鉱山・鍛冶の神ですが、「金魔羅」とも呼ばれ金精神と同様に男根信仰に結び付けられる例があります。例えば川崎大師若宮八幡宮の末社・金山神社は「金まら様」と呼ばれ子孫繁栄のご利益があると信じられています。また男女の性器を模った石(似た形の自然石を含む)が陰陽石として子孫繁栄・五穀豊穣の利益があるとして各地で祀られた実例があります。こうした男女性器像には男根像のみに供え物がされる例もあり、女陰像を祀るのは後世になってからではないかとする説もあります。これらの信仰は、淫祀邪教としてしばしば弾圧を受け、近代に入ると表立って祀られることは少なくなりました。
これらの他、性器信仰の例としては道祖神が知られています。道祖神は「岐神(さいのかみ)」とも呼ばれ境界地を守る神とされています。記紀神話によれば、イザナギが黄泉国(来世)のイザナミから逃げる際、現世と来世の境目である「黄泉比良坂」でとまり大石で路を塞ぎ杖を立てたのがこうした境界神の始まりだそうです。石は「塞坐黄泉戸大神」「泉門塞之大神」などと呼ばれ「サヘノカミ」と称されるようになり、杖は「衝立船戸神」と言われ「岐神(フナド)」と呼ばれるようになりました。両者は別々だったようですが、いつの間にか混同され、防疫神・道の神として庶民を中心として信仰を集めるようになりました。
例えば疫病があると庶民は「岐神」を祭った様で、「扶桑略記」によれば都の道路の分岐点に下腹部に陰陽が刻まれた男女像が向かい合わせに安置され「岐神」や「御霊」と呼ばれていたそうで、性器による呪術性が期待されていた事が読み取れます。「今昔物語集」でも巻十三第二十四話で「道祖(さえ)の神の形を造る有り。其の形、旧く朽ちて多くの年を経たりと見ゆ。男の神のみありて、女の形は亡し」とありこの頃既に男女一対があった事が分かります。この「今昔物語集」からは道祖神が人間に見立てられ一般の神より低く見られていた一方で庶民からは篤い崇敬を受けていた事も知られるようです。一方で「源平盛衰記」「平家物語」では神威があり縁結びの神として言及されています。
こうした魔除けとしての性器信仰は日本だけではありません。例えば、古代ギリシアにおいても男根をつけた石像が街角や戸口に安置されたそうで、道祖神と似通っているといえます。そしてイタリアにおけるポンペイ遺跡でも、住宅入り口に大きな男根を突き出した男性が描かれていたそうです。また、インドでも男根像をシヴァ神の象徴として「シヴァ・リンガ」と称して祭ったりしていますから、性器に呪術的な効果を期待するのは東西を問わないようです。
さて、道祖神は徳川期になると、魔をはね返す呪力を期待されてか集落の入り口や三叉路などに安置される例が多く見られるようになります。特に長野・群馬・山梨・神奈川・静岡といった関東や新潟・鳥取・島根に比較的多く見られているようです。そして小正月に道祖神の前で三本の竹を束ねて火をつける「ドンド焼き」が催される風習が広まりました。元来は「三義長」と呼ばれる宮廷儀式に端を発するこの習俗は、厄除けの意味合いがあると信じられています。
さて道祖神の姿形は元来余り定まっていなかったようで、単体・双体像や文字塔・丸石のものなど様々であり、中には地蔵菩薩や馬頭観音・庚申塔などの信仰と融合した例も見られるようです。陰陽を備えた男女像という古来の伝統を受け継ぐ像も多く、男女が抱擁した像や男が女の懐に手を入れる像、臼と杵で男女交合を暗喩した像など様々であるようで、巨大な男根形の道祖神も存在しています。
これら道祖神は、元来の魔除けの他に、金精神同様に子孫繁栄に利益があると考えられるようになったり、時には性病治癒に効果があると信じられる事もあったそうです。
…それにしても、大河ドラマ「篤姫」から話が始まったはずなのに随分とかけ離れたところにきてしまいました。何処で何を間違えたのやら。
【参考文献】
日本の神々 神社と聖地11関東 谷川健一編 白水社
呪術・占いのすべて 瓜生中・渋谷申博 日本文芸社
性風俗の日本史 F・クラウス 河出文庫
道祖神信仰史研究 石田哲弥編 名著出版
図録性の日本史 笹間良彦 雄山閣
女犯坊第一部~第三部 原作・滝沢解 劇画・ふくしま政美 太田出版
関連記事(2009年5月17日新設)
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
大河ドラマ「篤姫」公式サイト(http://www.nhk.or.jp/taiga/)(平成二十年現在)
「バーチャル独裁者・総統ちゃん7歳バックナンバーズ」
(http://csx.jp/%7Egyokusai/index_s.html)
より
「これが女犯道、おれの世直しだあっ!! Part.1」
(http://csx.jp/%7Egyokusai/sohtoh30.html#2)
「これが女犯道、おれの世直しだあっ!! Part.2」
(http://csx.jp/%7Egyokusai/sohtoh30.html#3)
「女犯坊」解説があります。
「薬師寺八幡宮ホームページ」(http://www2.odn.ne.jp/~cdf94040/)より
「八幡の金精様・弓削の道鏡様」
(http://www2.odn.ne.jp/~cdf94040/konsei.html)
「街歩きのための道祖神入門」(http://kaboco.hp.infoseek.co.jp/)
「kokoton WONDER FAMILY のページ」(http://kokoton.net/)より
「kokoton安曇野道祖神」(http://azumino.kokoton.net/doso/index.html)
「性神の館」(http://www.seishinnoyakata.co.jp/)
宇都宮市にある「性の」博物館公式サイトです。
「~ARAKAWA'S HOME PAGE~」(http://www.d4.dion.ne.jp/~arakawas/index.html)より
「性神の館(1)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny1.html)
「性神の館(2)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny2.html)
「性神の館(3)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/seisinya/seisiny3.html)
「山梨の性神巡り(1)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/yamaseis/yamasei1.html)
「山梨の性神巡り(2)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/yamaseis/yamasei2.html)
「山梨の性神巡り(3)」(http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn014/yamaseis/yamasei3.html)
他にも多くの「金精様」など性神についてのレポートがあります。
「日本性神研究所」(http://homepage2.nifty.com/japanpi/)