天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!
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三人ノ王子テキタイスル時、メリケン国に凶星来タル。
凶星アシキワザヲ行ヒ、コノ世ヲ我ガモノニセントス。
平和ハ空カラ打タレ、大地ユレウゴキ、天地アレクルヒテ
世ノ人々ミナ亡者ト化ス。
アビキョウカンノ地ゴク絵図。
世ハ正ニ凶星ノ天地トナリヌ。
民ノ祈リ天ニトドク時、日ノ国ニ大天狗現ワル。
なんだそうです。…何だか良く分かりませんね。なぜアメリカの災厄に日本の天狗(の面)が救出に向かうのか、そもそもそこからして理解不能ですが、「三人ノ王子」って何なのかとかその説明すらそもそもありません。いざゲームを始めてみると、天狗が唾・痰を吐いて敵やら建物やらを破壊して進んでおり敵のボスも自由の女神だったり伝説の大巨人だったり暴走原子炉だったりとやっぱり訳が分かりません。特に第一面はニューヨークを思わせる東海岸の大都市のビルを破壊しながら進むというもので、例の「9・11同時多発テロ」以降だと洒落にならないこと甚だしい。その後の面でも空軍基地や化学工場と思しき施設を壊していたりして、アメリカを救いたいのか破壊したいのか画面だけからは判断がつきません。どこで読んだのか忘れましたが、元来は先の大戦における怨念を晴らすためにアメリカに飛んでいくというものにする予定だったという話があったような気がします。その話が事実だとすると、その名残がこうしたややこしさを生んでいるのかもしれませんね。考えてみれば戦後日本のアメリカへの感情は情誼と怨念が混じり合った複雑なものであるという話もしばしば聞きますから、実にそれを象徴したゲームと言えそうです。個人的には、ゲームバランスも意外に悪くなく独特の味わいや音楽もあいまって慣れると病みつきになるゲームだと思います。当時は売り上げを伸ばす事もなく消えていったこの作品ですが、いつからか伝説的「バカゲー」として語り継がれるようになり現在では相当なプレミアがついているのだとか。
さて、アメリカへ応援だか復讐だかに出向いた天狗というのは、一体どういう存在なのか。今回はそれについて見ていきましょう。天狗といえば、赤ら顔に伸びた鼻、山伏姿に羽団扇、背中に羽根という姿で知られていますが、これは十六世紀前半の狩野元信「鞍馬大僧正坊図」が最初であり比較的新しいイメージであるそうです。そこで、我が国における天狗イメージを時代順に追いたいと思います。
元来、中国で「天狗」といえば一種の流星を指すと考えられていたらしいことが「史記」「漢書」「晋書」から知られています(一方、「山海経」では狸の形で白い首をした妖怪として描かれているようですが)。この伝承が日本に伝わったのは飛鳥時代らしく、「日本書紀」舒明天皇九年(637)に流星が雷のような音を立てて東から西へ落ちたため人々が不安に駆られた際に隋から帰朝した知識人・僧旻が「流星に非ず、是れ天狗なり」と奏上し不安は収まったというのが文献上の初出のようです。
次に「天狗」の語が登場するのは平安期の物語文学であり、「宇津保物語」では山中から聞える琴の様な音は天狗の仕業であると述べる件があり「源氏物語」でも「こだまのようなもの」と言及しています。この頃には、流星から木霊へとイメージが転化しましたが、貴族社会が比較的安定していたからか余り負のイメージは持たれていなかったようです。
それが十二世紀半ば以降、戦乱の時代となり武士が台頭して貴族社会に動揺が見られるようになると、世を思わぬ方向に転変させ人々を惑わせるのは天狗地狗の仕業であると考えられるようになっていきます。例えば「今昔物語集」「後本朝往生伝」「古事談」などにそうした逸話が散見されています。また、「台記」によれば愛宕山の天狗像に釘を打って近衛天皇を呪殺しようとした者がいたそうです。他にも保元の乱に敗れて讃岐に流され怨念を呑んで崩御した崇徳院が憤怒の余り天狗になったとか、奇怪な行動の多かった後白河院は「天狗憑き」だったとかいった言い伝えが残されたりもしました。現代でも妙なことがあったりするとネットの巨大掲示板などで「天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!」と言っているAAが貼られたりしましたが、当時の人々はリアルでそう考えていたわけですね。鎌倉期に入ってもこうしたイメージは継続しており、「源平盛衰記」によれば道心のない智者(僧侶)が死ぬと天狗になるとされていたようです。何でも過去や未来を悟り、虚空を飛ぶ事が出来るとか。仏道修行者なので地獄に落ちることもない代わり、道心がないので往生もできないため仏法に属さない魔境である天狗界に趣くことになり抜け出せないと考えられていました。また、「天狗草子」などは興福寺・東大寺・延暦寺・園城寺・東寺・山伏・遁世を天狗七類と呼んでいます。当時の人々にとって呪術的な力を持ち手に負えない不気味な存在が天狗に擬せられていたことが分かります。特に山伏は山に籠って俗世間から離れた存在であること、不可思議な呪力を持つとされたこと、人を見下した高慢な態度であった事から天狗と同一視される事が多く、「聖財集」で「日本の天狗は山伏の如し」などと言われるに至っています。逆ではないのが興味深いですよね。そういえば、前述の愛宕山も修験道が盛んな場所で政敵呪詛がしばしば行なわれていましたし、同じく鞍馬山も天狗で知られており牛若丸(源義経)が天狗に稽古を付けてもらった伝説は有名です。一般に「八天狗」と呼ばれるのが愛宕太郎坊・鞍馬山僧正坊・比良山次郎坊・飯綱三郎・大山伯耆坊・彦山豊前坊・大峯前鬼坊・白峯相模坊と言われる存在ですが、いずれも修験道で知られた山の名前を冠しているのが分かるかと思います。実際、他にも多くの霊山の名を持った天狗が存在しているのです。天狗は山の神霊が姿を変えたものと見る向きもあったのです。
さて、この頃の天狗はどのような姿形に捉えられていたのでしょうか。前述「天狗草子」によれば、既に山伏姿で背中に羽根というパターンは出来ていたようですが顔は鳶のように尖った嘴をもつものとして描かれていました。「今昔物語集」「十訓抄」からは年を経た鳶が化身して天狗になるという伝承があった事が伺えます。そういえば、漫画「仮面のメイドガイ」第六巻には龍玉神社(参考:http://trushnote.exblog.jp/7928800/)に封印されていた天狗が脱出して一騒ぎおこすという話がありますが、昔から隠れ蓑を使って巫女など若い女性に出歯亀行為に及んでいたこのスケベ天狗(この漫画のキャラクターってこんなのばっかりです)、顔は一般イメージ通りに紅面・隆鼻で山伏装束なのですが体・手足が鳥。…以前の記事といい、妙な事に詳しいですね、あの漫画は。
世を乱し未来を見通すとされた天狗ですが、もともと漢籍においても地上に災厄をもたらす存在としてとらえられていたようです。それだけに争乱を好むものと考えられており、足利期の「秋の夜の長物語」では天狗が聖護院の稚児を浚い延暦寺と三井寺の争いを引き起こしますが、その際に「辻風、焼亡、いさかい、論の相撲、白川の印地打ち、山門南都の神輿振り、五山の僧の問答」が好きで騒ぎは大きければ大きいほど面白いと述べています。更に「天狗のよめとり」でも「火風土風、喧嘩口論、頭を張り、組んず転んず、いさかいすれば、心も清く面白し」と言っており、しばしば世の乱れに介入して騒ぎを大きくしていたものと捉えられていました。
それだけに、日本史上有数の戦乱であった南北朝においては、天狗も大喜びで盛んに活躍していたようで、「太平記」には数々の天狗にまつわる逸話が描かれています。まず、鎌倉幕府最後の得宗(北条氏家長)であった北条高時がある時に気分を高揚させ乱舞していると田楽法師に化けた天狗たちがやってきて「天王寺の、や、妖霊星を見ばや」と歌い舞ったそうです。妖霊星とは天下の乱れを現す星で、この出来事があった直後に楠木正成が四天王寺で幕府軍を打ち破っており戦乱の世を予告したものと位置づけられているようです。また、新田義貞が倒幕のため故郷上野国で挙兵した際、天狗が越後の新田一族に触れ回ったせいで間髪を入れず一族が援軍に駆けつけることができたという話があります。まあ、これは実際には山伏達が迅速に触れ回ったことを現しているんでしょうが。更に足利幕府が成立し安定しかけたと見えた時期には、田楽が催された際に桟敷が倒壊して多数の死傷者を出した事件がありましたが、これも天狗による災厄と考えられたようです。そして同じ時期、仁和寺の六本杉に比叡・愛宕から天狗が集まって何やら話をしているのを目撃した者がありました。何でも、彼等の正体は護良親王(後醍醐天皇の皇子、尊氏と対立して非業の最期を遂げた)や春雅・智教・忠円ら南朝方僧侶であり、彼等は直義(足利尊氏の弟、政務を担当)派に謀反の種を撒いて足利幕府を分裂させる謀議をしていたというのです。更に、愛宕山で崇徳院・源為朝や淳仁帝・光仁后・後鳥羽院・後醍醐帝ら悲運の帝王、僧たちが天狗となり集まって天下を大乱に導く相談をしているという逸話も続いて掲載されています。高師直(尊氏の執事)と直義が対立して泥沼の内紛に幕府が陥ったのはその直後のことでした。このように「太平記」における天狗たちは基本的に南朝贔屓のようですが、天狗と同一視された修験者に南朝方が多かった事からして自然な事だと思われます。
特に「太平記」後半には天狗がしばしば登場し不気味な雰囲気を醸し出してくれますが、出口の見えない戦乱の中で従来の価値観が崩壊し既存の基準では理解できない事態が続出したこの時期、人々にとっては正に「天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!」としか言いようがなかったのは想像に難くありません。
さて、南北朝争乱を収めた足利幕府による天下が再び崩壊して戦国の世となった時、再び天狗が連想されたのは言うまでもありませんが、面白い事にこの時期には天狗に憧れて同一化しようとする貴人が登場したのです。細川政元は応仁の乱において一方の総帥であった細川勝元の子ですが、父が愛宕山に願を掛けたため生まれたとされている事から、愛宕への尊崇の念を強く持っていました。それにより修験道に触れた結果なのか、美味を食わず身を持し女性を遠ざけて天狗の術を身に付けようとするようになったそうで、「舟岡記」には「京管領細川右京太夫政元は四十歳の比まで女人禁制にて、魔法飯綱の法愛宕の法を行ひ、さながら出家の如く、山伏の如し。」(「幻談・観画談他三篇」P143)と記されています。幸田露伴は「魔法修行者」で彼について「段々魔法に凝り募って、種々の不思議を現わし、空中へ飛上ったり空中へ立ったりし、喜怒も常人とは異り、分らぬことなど言う折もあった。空中へ上るのは西洋の魔法使もする事で、それだけ永い間修業したのだから、その位の事は出来たことと見て置こう。感情が測られず、超常的言語など発するというのは、もともと普通凡庸の世界を出たいというので修行したのだから、修業を積めばそうなるのは当然の道理で、ここが慥に魔法の有難いところである。」(同P145)と評しています。…サラッととんでもない事言ってますね。結局、こうした奇行が家中の不信を招き、後継者争いも絡んで政元は非業の最期を遂げます。しかしそれにしても、同じ「信仰のため童貞を貫いた戦国大名」でも上杉謙信は格好よいのに政元は怪しいだけなのはなぜなんでしょうか。
戦国末期には、摂関家にも天狗修業をしたとされる人物が登場しました。その名は九条稙道。信長や秀吉を相手にしても貴族としての矜持を崩さなかった中々の硬骨漢だったそうですが、飯綱の法を修業したと称し「何処に身を置いて寝ても、寝たところの屋の上に夜半頃になればきっと鴟(ふくろう)が来て鳴いたし、また路を行けば行く前には必ず旋風が起った。」(同P151)と述懐したそうです。因みにフクロウは天狗の化身とされ、風も天狗の眷属が前駆を務めるため巻き起こるといわれていました。天狗に振り回されるだけではなく、自ら生きながらにして天狗になろうとする人物が現れるあたり、人間中心主義が浸透したと見ることが出来るんでしょうかね。
徳川期になって平和な世の中になると、天狗も伝説上の存在になり実際的な脅威として感じられることは少なくなりました(学問の発達による科学的精神の成長にもよるのでしょうが)。中には「彦一ばなし」のように知恵者によって一杯食わされたりする事もあり、かつてのような恐れはそこには見られません。そして戦後になると「バカゲー」の題材にされたりメイド・乳漫画で道化役を演じたりして今日に至る、というわけです。
こうして見てみると、「暴れん坊天狗」世界でいえば天狗はアメリカを救うというより寧ろ「凶星」として世界を乱す側の方がふさわしい気がしなくもありません。そういえば、第二面で「ニセ天狗」が敵キャラとして出てきましたし、あれは東西「天狗」対決なのかもしれませんね。
【参考文献】
修験道の本 学研
山の霊力 町田宗鳳 講談社新書メチエ
天狗はどこから来たか 福原たく哉 大修館書店
幻談・観画談他三篇 幸田露伴 岩波文庫
山伏 和歌森太郎著 中公新書
日本異譚太平記 戸部新十郎 毎日新聞社
日本古典文学大系太平記 一~三 岩波書店
仮面のメイドガイ 赤衣丸歩郎 角川書店
関連記事(2009年5月15日新設)
ロリコン外伝―南北朝前史―
「南朝五忠臣」
神国日本のしょんぼりナショナリズムと鬼子・第六天魔王信長
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
最大の「天狗時代」こと南北朝関連は
「宗良親王」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971003.html)
「楠木正成」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2000/001201.html)
「足利尊氏」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010511.html)
「後醍醐天皇」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html)
「菊池氏の南北朝」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021004.html)
「北畠親房」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/030117.html)
「佐々木導誉」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/douyo.html)
「足利義満」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/yoshimitsu.html)
「新田義貞」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/yoshisada.html)
「護良親王」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/moriyoshi.html)
関連サイト:
「N2ARTS ONLINE」(http://mukunob.hp.infoseek.co.jp/index.html)より
「暴れん坊天狗」
(http://mukunob.hp.infoseek.co.jp/game/abare/abare01.html)
「RETRO GAME GENERATION」(http://regage.hp.infoseek.co.jp/index.html)より
「暴れん坊天狗」(http://regage.hp.infoseek.co.jp/famicom/a_tengu.html)
「ひろゆきの先天性ゲーム脳」(http://kodansha.cplaza.ne.jp/hiroyuki/index-wmp7.html)
「古ゲー王国」(http://www.rr.iij4u.or.jp/~fuk/)より
「攻略日記 暴れん坊天狗」(http://www.geocities.jp/f_tamakoku/kouryaku/abaren/abaren.html)
「Site K4」(http://sitek4.daa.jp/)より
「『暴れん坊天狗』攻略」(http://homepage1.nifty.com/SiteK4/kusogame/clear/c_tengu.htm)
「富士見書房 仮面のメイドガイ」
(http://www.fujimishobo.co.jp/sp/maidguy2/)
「MANGAOU CLUB」仮面のメイドガイ
(http://www.mangaoh.co.jp/topic/maid-guy.php)
「あのAAどこ?」(http://dokoaa.com/)より
「天狗じゃ、天狗の仕業じゃ!」(http://dokoaa.com/tengu.html)
「f-anecs」(http://www.ffortune.net/index.htm)より
「天狗」(http://www.ffortune.net/spirit/zinzya/kami/tengu.htm)
「北摂箕面の春夏秋冬」(http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/minoh/minoh-top.htm)より
「天狗」(http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/minoh/tengu.htm)