ロリコン教の教祖様は少女の劣化という難問に、いかなる方法で対処したか? 付 ナボコフ、メイドを謳う
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当然そこに出てくる主人公はロリコンです。
その主人公のハンバートは、かつて過ごした幼い少年の日、海辺でこちらも幼い少女だった恋人と、どうにかわずかな機会を見つけ、愛撫を済ませて犯ろうとしたところ、しっかりやれ、しっかりやれと、現地漁民に囃し立てられ、ビックリ仰天果たせず終わった、情けな切ない心の傷か、九から十四歳までの期間に現れる悪魔的な少女を「ニンフェット」と呼んでこよなく愛する、救いようのない変態へと、天晴れ成長したってわけなんですが、彼は自らの性癖について以下のように語ります。
私は一つの異性ではなく二つの異性を意識した。解剖学者によれば、そのいずれもが女性と名づけられるだろう。しかし私から見れば──私の感覚のプリズムをとおして見れば──その二つは雲と泥ほどもちがうのだ。
(『ロリータ』大久保康雄訳 新潮文庫 28頁)
表面的には、胸にカボチャか梨の実をぶらさげた数多くの現世的な女たちと、いわゆる正常な交際をつづけた。しかし、内面的には、法律に従順な臆病者の私にはとても近づく勇気のない通りすがりのニンフェットに対してだけ感じる欲情の劫火に身を焼きつづけた。私が交合を許された人間くさい女たちは、単に鎮静剤的な存在にすぎなかった。
(27頁)
ハンバートはイヴと交合することは完全にできたが、しかし彼が思いこがれたのはリリスだった。
(30頁)
その悦楽は、比較を絶するもの、次元と種類を異にした感性に属するものなのだ。彼女とのいさかい、彼女の不機嫌や仏頂面にかかわりなく、またそれがいかに下劣で危険で絶望的であろうとも、私は自分の選んだ楽園にどっぷりとひたった──その空は地獄の業火にいろどられていたが、それでも楽園であることには変わりはなかった。
(249~250頁)
こんな彼は、女子大学に講演に招かれ女学生を見るのさえ「私にとって女子学生一般に見られるあのずっしりと垂れさがった骨盤や、ふといふくらはぎや、なんともひどい顔色ほどおぞましいものはなかったので、その招きに応じるつもりはなかった。(そんな女子学生を見たら、たぶん私は、粗野な女体という柩にわがニンフェットたちが生き埋めにされるのを見るような感じにおそわれるだろう)。」(262頁)とか宣う、剛の者。
ダンテだのペトラルカだのの史上数多の高名なロリコンたちの逸話の数々、あるいは思春期の少女の身体的発達の生じる年齢を諳んじているほどの、微妙にオタ臭いデータ魔で(28~30頁参照)、買い物先のお店で怪しまれるくらい少女の服に詳しい男(163頁参照)。
その上、コネを使って孤児院を尋ね、あるいは公園で読書のふりをして、せっせと少女を視姦する、とってもステキな変態紳士、少女で溢れる混雑するバスの一角にその身を滑り込ませたことや、友達の妹を狙っていたこともありました(25、30、43、83頁参照)。
この他、彼は、いかがわしい事務所でやり手ばばあにお金を奮発、幼い少女を求めたものの、出てきた少女は十五にはなっており、がっかり、そこから逃げ出すという、なかなかの粋人ぶりさえ発揮してます(35~36頁参照)。
そんな彼は結婚相手の選び方も奮っていて、曰く
私はただ慰めになるものを、おいしいシチューを、生きたダッチ・ワイフを求めたつもりだが、ヴァレリアにひかれた本当の理由は、彼女が少女の真似をしてみせたからだ。
(38頁)
彼のカッコ良さはこんなものでは止まらず、結婚初夜は、
区役所で簡単に結婚の手続きをすましてから、私は新しく借りたアパートに彼女をつれて行き、手を触れるまえに、孤児院の衣裳棚から盗んだ子供用の粗末なナイトガウンを、彼女が驚くのもかまわず着せてしまった。そして、初夜をたのしみ、とうとう明け方には、このばか女はヒステリーを起こした。しかし、やがて現実がさらけ出された。
(39頁)
たぶん「ばか」はハンバートの方ですね。それも極上の「ばか」。まあ相手も不倫するような「ばか」で二人は別れることになったわけですが、きっとハンバートの方がずっとずっと「ばか」。
そして、彼は遂に運命のニンフェットと巡り会います。それがヒロインのドロレス・ヘイズ(ハンバート曰く「私のロリータ」)。
彼はロリータに近づく目的で、その母親と接近し結婚することになったのですが、その後しばらく生物学的にはこれがロリータと一番近いのだと必死に自分を慰めつつ嫌々母親の身体を弄ぶ、ウンザリした日々を過ごし、ババア死なねえかなとか、睡眠薬使ってロリータに悪戯しようとか、色々想い募らせていたところ、
ババアうぜぇとか書いた日記が、当のババァに見つかってしまい、本性がばれて絶体絶命と思いきや、切れて家から勢いよく走り出たババァが交通事故死して、そこから残された娘とあんな事とかこんな事とか色々紆余曲折。
で、彼はロリータについて思い悩みます。「彼女は来年の1月1日には十三歳になる。二年かそこらたつとニンフェットではなくなって「若い女性」の仲間入りをするだろうし、さらに「女子学生」になるだろう──考えるだけでもぞっとする。」(98頁)と。
これこそ全世界のロリコンどもの永遠の敵、時間の経過による少女の劣化。
さて、ハンバートという主人公を通して文学界にこれほど見事に高らかに、ロリコン漢道を刻み込む、「ロリコン」の父ウラジミール・ナボコフ氏は、少女の劣化というこの悩み、ロリコンどもの永遠の敵に対して、いかなる解答・対処を用意するのか?
これが現代のロリコンの人なら、オタクと化して、「神器」すなわち「真のヒロインとチャネリングするための神の道具」(『私立アキハバラ学園』フロントウイング)を用い、「新しい世界行きの船」(若本民喜『神のみぞ知るセカイ』第7話)に乗って、此岸を捨てて彼岸へと、二次元の楽園へと渡り行き、二次元世界は劣化知らずとでも、うそぶくこともできようものの、ナボコフの生きた時代と国には、そんなステキ文化は未だ咲き誇ってはおりません。
やむなく、ナボコフは時間というラスボスに、勇猛果敢に挑みかかります。適当に娘と犯っちゃって後は野となれ山となれ、都合の悪いことには目をつぶり、話を終えると行かないところが、さすがに偉大な文学者。
『ロリータ』の原型である小品『魅惑者』では、少女に悪戯したオッサンが、少女に騒がれ逃げ出して、事故って死んでハイお終いだったわけですが、大作『ロリータ』ともなれば、そんな逃げを打つことなく、どうにか一つの解答に辿り着きます。
ナボコフ先生、ハンバートの口を借りて曰く
その当時、私の思考は、体の分泌腺と神経節の状態によって、一日のうちに、何度も狂気の極点から他の極点へと変転した。その一端は、一九五〇年ごろには、ニンフェットの魔性を喪失した扱いにくい思春期の女を、なんとか厄介払いしなければならなくなるだろうという思いであり、他の一端は、忍耐と幸運によって、その繊細な血管に私の血が流れるニンフェットを彼女に生ませることができたら、そのロリータ二世は、一九六〇年ごろには、八つか九つになるだろう──そのころでも、私はまだ男ざかりをすぎてはいないだろう、という思いだった。実際、私の心情の──あるいは非情の──望遠鏡は、はるかな歳月のかなたに、一人の精力旺盛な老人が──つまり風変わりでやさしいドクター・ハンバートが、よだれを流しながら、ことのほか愛らしいロリータ二世を相手に、おじいちゃまたる技術を修練しつつある情景を手にとるように見ることができるほど強力だった。
(260~261頁)
凄いよナボコフ、天晴れウラジミール、二次元未だ開花せぬ、二十世紀半ばの原始時代に、時のもたらす少女の劣化に、見事に打ち勝って見せました。
ロリコンの語源となったその文学力、さすがに伊達ではありません。
さすがはロリコンの父、貴方こそロリコンの鑑、ロリコン教の開祖・教祖と呼ぶにふさわしい。
ちなみに、このロリコン教祖ウラジミール・ナボコフ導師、ロシアの偉い貴族様の出身で、メイドに囲まれた少年時代を過ごしてたりするのですが、『ロリータ』中に、メイドに関する美しい言葉を残したメイド文学者だったりもします。
母国の思春期の女中たちに見られる、あのピンク色のやわらかいみずみずしさ(それは踏みつぶした雛菊と汗の匂いがした)
(66頁)
ゲーテと言い、ナボコフと言い文豪って奴らも全く…。
参考資料
ナボコフ『ロリータ』大久保康雄訳 新潮文庫
ナボコフ『魅惑者』出淵博訳 河出書房新社
ナボコフ『ナボコフ自伝 記憶よ、語れ』大津栄一郎訳 晶文社
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