2008年 12月 16日
平安貴族の優雅な罵詈雑言の世界 ~麻呂はあの腐れマンコが憎いでおじゃる~ from 『うつほ物語』
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平安中期の物語に、『うつほ物語』という作品があります。
これは、学問と芸術に長けた清原俊蔭の娘と孫である、藤原仲忠とその母が、零落の極みから理想的な繁栄に至るまでを描いた物語なのですが、その過程で多彩な個性と経歴を持つキャラクターの競い合いや、後宮の女性達の対立、藤原氏と源氏の政治的摩擦といった、人間の衝突の局面を、負の感情も露わに詳細に描き出しているところが、その大きな魅力となっています。
そして、今回は、そのキャラクター達の衝突の過程で現れた、負の感情の言語化した結晶、罵詈雑言を集めてみました。
恋に歌に花に涙にと、華麗・優美の極みに立つ平安時代の貴族文化の、雅な罵り言葉をご堪能あれ。(なお原文引用は『新編 日本古典文学全集』小学館から)
まずは後宮で妍を競う、お姫さまやその召し使いたちの罵り言葉。
物語前半で多くの殿方の求婚を受けていたヒロインあて宮は、やがて皇太子妃となって、皇太子の寵愛をほとんど独占、続けざまに男の子を産みますが、これに対して、対立する皇太子妃である源季明の娘の大い君は、嫉妬の余り大声で罵ります。
<訳>
大勢の求婚者の精液を集めて誰の子とも分からぬガキを産んでも、殿下の御子と言い張れば、バカどもが信じてちやほや崇めてくれるとはねえ
この大い君という方は、なんだか随分と下品な方ですね。
貴族のくせに。
ちなみに、あまりに下品すぎるこの言葉に対しては、朱雀帝の正妻の后の宮が「哀れな方。情けないもの言いをするものね(あはれの人や。心憂くもものしたまひつるかな)」と、貴族らしい上品な失笑を向け、貴族社会の良心を示し貴族社会の風雅を守っています。
さて、その後も皇太子の寵愛をほぼ独占した状態を続け、さらに妊娠したあて宮に対しては、
懐妊を理由に宮中から退出する際、例の大い君のところから罵りの声が挙がり、その他、これもまた皇太子妃である嵯峨院の娘の小宮の元からも罵声が浴びせられます。
大い君は、臭いヤツがようやく出て行って清々した、お産にしくじり死んでこいとばかりに言い放ちます。
<訳>
何日待っても何ヶ月待っても何年待っても、焼かれず放置されていた邪魔な死体が、今宵ようやく運び出されるようですわ。どれほど腐り乱れているのかしらねえ。
そして嵯峨院の小宮のところからは、召使い達が似たような罵りの声を上げます。
<訳>
今宵は結構な日ですこと。縫殿の陣の方に、急に、車輪に絹を巻いた霊柩車が来ておりました。今宵持ち出されるようですわ。
腐乱死体呼ばわりとは、非常にドギツくどす黒くあまり品の良くない悪臭漂う物言いの気がしますが、シモ方向に品性がアレな発言でないだけマシとしましょう。
とはいえ、これに対しては、あて宮の父の源正頼が憤慨。
<訳>
とりわけかわいく思っていた娘を特に出仕させて、この言われようとは。いっそ犬や鳥にでもくれてやって、かわいがってもらった方がましだ。
寵愛争いくらいしかすることのない女の園は、なんだか情念が煮詰まっていて恐ろしく、思わず正頼に同感しそうになりますね。
まあ、正頼が政治的な野心を出して娘を皇太子妃なんかにするのが娘が憎まれた原因なわけで、正頼にこんなこと言う資格があるのかどうかは、怪しいんですけどね。
さて、お姫様方が後宮で寵愛争いの嫉妬余って吐いた罵詈雑言についてはここまでにして、次いで、政治的対立関係の真っ直中で吐き出された罵り言葉。
時は少し遡って、上述のあて宮退出の少し前のこと、
皇太子の寵愛をほぼ独占して皇孫を生み続けているあて宮と、あて宮の姉で天皇の寵愛第一を得て次々と子をなしてきた仁寿殿の女御、
二人の娘を擁して皇統二代を抑え込み、着々と皇室と後宮の掌握に向かう源正頼。
その正頼の威勢を前にして、競争関係にある藤原氏の藤原兼雅は、出世で遅れた怒りに堪えかね、罵り言葉を浴びせます。
<訳>
あの皇子たちのことを思えば、我が宿命が恨めしいわ、どんなマンコついた女だアレは。またもう一方のマンコも、蜂の巣のように産みまくる気だ。この世の皇子という皇子は、一人残らず、あのマンコどもから産まれるというのか。どうせ今度も、男の皇子に違いない。(「蔵開」中)
訳からも分かってもらえると思いますが、「窪」とは女性器のことです。
貴族ともあろう者が、露骨にマンコ、マンコ、うるせえ。
まったく。
側で聞いてる嫁も嘆いてるぞ。
<訳>
世の女なら誰でも付いているもののことは、素性の怪しい者こそ、軽々しく口にもしましょう。ですが貴方のような身分の方は、敢えて口に出したりしないものです。それを何度も何度も、露骨に口になさって。
その後、源氏と藤原氏の対立は、皇太子の新帝即位後の新皇太子の地位を巡ってどんどん緊張を高めていくのですが、
その日に備えて、長年かけて藤原氏の男子を大勢婿に取り、藤原氏が反対できないよう態勢を固めてきていた源正頼の力の前に、いつしか藤原氏の男達は、さっきの兼雅含めて意気消沈してしまっており、情勢は、源氏の勝利へと傾き始めます。
ところが、そんな中、藤原氏の勢力と行く末を危惧して立ち上がった一人の女傑がいた。
それが先述の朱雀帝の正妻である后の宮。先に紹介した場面で上品な貴族の手本たる優雅な姿を示した彼女は、出自を見れば藤原氏であり、ここで決然立ち上がり、婚姻関係もあって仲良くしてもらってるし争いたくないとヘタれる藤原氏の男達に向かい、鬼のような気迫で怒り源氏を罵り男達を叱りつけます。
どうやら長らく抑え目を背けてきた、源正頼の娘、仁寿殿の女御が帝寵を独占することに対する、秘められた嫉妬の心が、政争という大義名分を得て燃え上がったって側面もあるようで、それはもう、強く激しく怒る怒る。
正頼の娘のあて宮が皇太子の寵愛を独占し、
仁寿殿の女御のそのまた娘の皇女たちが、太政大臣忠雅や天才的な資質で将来の栄達を絶対視される大将仲忠といった藤原氏の有力者を婿として、藤原氏を押さえ込んでいる
現状を罵って、
<訳>
仁寿殿の女のメスガキもいたねえ。いったい正頼の家の女どもは、どれだけ締め付けの良いマンコがついてるっていうんだい。くっついた男くっついた男、残さず吸い付いて離しゃせず、大事の邪魔ばかりしてくれるものだよ。
「つび」が女性器です。
そして男達を叱りつける言葉は、
<訳>
ああ情けない。キンタマつけた、男のくせに、そこまでヘタれたもの言いとはね。一人残らず、バカ揃いがっ。まるで女の子だねえ。
なお、ここに「ふぐり」と記した箇所については、別の説として「ふぐり」ではなく「しるく」すなわち男性器がはっきりしていると解するものもあるのですが、その場合は「キンタマついた、男のくせに」ではなく「チンコおっ勃てた、男のくせに」って感じかと思います。
どっちみち、シモ全開。
かつて下品を憎んだ雅なお后も、いまや下品の鬼となり、腐れマンコだのチンコついとんのかだの、怒り罵り吠え狂う。
貴族社会の良心が今や反転、ダークサイド。
どれだけ貴族らしく上品な人物であっても、何かの折にちょっと激発してしまえば、誰でも簡単に下品サイドに転落してしまうということでしょうね。
というわけで、『うつほ物語』を通して平安貴族の罵詈雑言の言葉遣いを垣間見れば、なかなかドギツく下品で、さすがに怒り罵る最中まで、雅にとはいかないようです。
とはいえ中学生じゃないんだから、貴族社会全体として、いつでも誰でも、チンコだマンコだ吠える準備万端な状態なのは、いかがなものか…。
参考資料
『新編 日本古典文学全集 うつほ物語 ①②③』小学館
服藤早苗著『平安朝の女と男 貴族と庶民の性と愛』 中公新書
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行いのいまいちな貴族の話 in 中国
エリート教育とは
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html
行いのいまいちな貴族の話 in イギリス
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
物語の歴史も含まれています。うつほも登場。
これは、学問と芸術に長けた清原俊蔭の娘と孫である、藤原仲忠とその母が、零落の極みから理想的な繁栄に至るまでを描いた物語なのですが、その過程で多彩な個性と経歴を持つキャラクターの競い合いや、後宮の女性達の対立、藤原氏と源氏の政治的摩擦といった、人間の衝突の局面を、負の感情も露わに詳細に描き出しているところが、その大きな魅力となっています。
そして、今回は、そのキャラクター達の衝突の過程で現れた、負の感情の言語化した結晶、罵詈雑言を集めてみました。
恋に歌に花に涙にと、華麗・優美の極みに立つ平安時代の貴族文化の、雅な罵り言葉をご堪能あれ。(なお原文引用は『新編 日本古典文学全集』小学館から)
まずは後宮で妍を競う、お姫さまやその召し使いたちの罵り言葉。
物語前半で多くの殿方の求婚を受けていたヒロインあて宮は、やがて皇太子妃となって、皇太子の寵愛をほとんど独占、続けざまに男の子を産みますが、これに対して、対立する皇太子妃である源季明の娘の大い君は、嫉妬の余り大声で罵ります。
よろづの集め子を生みて、宮の御子といへば、まことかとてもて崇めたまふ(「あて宮」中)
<訳>
大勢の求婚者の精液を集めて誰の子とも分からぬガキを産んでも、殿下の御子と言い張れば、バカどもが信じてちやほや崇めてくれるとはねえ
この大い君という方は、なんだか随分と下品な方ですね。
貴族のくせに。
ちなみに、あまりに下品すぎるこの言葉に対しては、朱雀帝の正妻の后の宮が「哀れな方。情けないもの言いをするものね(あはれの人や。心憂くもものしたまひつるかな)」と、貴族らしい上品な失笑を向け、貴族社会の良心を示し貴族社会の風雅を守っています。
さて、その後も皇太子の寵愛をほぼ独占した状態を続け、さらに妊娠したあて宮に対しては、
懐妊を理由に宮中から退出する際、例の大い君のところから罵りの声が挙がり、その他、これもまた皇太子妃である嵯峨院の娘の小宮の元からも罵声が浴びせられます。
大い君は、臭いヤツがようやく出て行って清々した、お産にしくじり死んでこいとばかりに言い放ちます。
ここらの年月日燃えざりつる死人の、今宵かくからうじて率て出でられぬべきかな。いかに腐り乱れたらむ。(「蔵開」下)
<訳>
何日待っても何ヶ月待っても何年待っても、焼かれず放置されていた邪魔な死体が、今宵ようやく運び出されるようですわ。どれほど腐り乱れているのかしらねえ。
そして嵯峨院の小宮のところからは、召使い達が似たような罵りの声を上げます。
今宵はよき日なるべし。縫殿の陣の方に、にはかに、もの巻きたる車ども、北に立てりつ。今宵ぞ持て出でらるべかめる。(「蔵開」下)
<訳>
今宵は結構な日ですこと。縫殿の陣の方に、急に、車輪に絹を巻いた霊柩車が来ておりました。今宵持ち出されるようですわ。
腐乱死体呼ばわりとは、非常にドギツくどす黒くあまり品の良くない悪臭漂う物言いの気がしますが、シモ方向に品性がアレな発言でないだけマシとしましょう。
とはいえ、これに対しては、あて宮の父の源正頼が憤慨。
中にらうたしと思ひし者をしも出だし立てて、かかる耳を聞くこと。なお犬、鳥にも呉れて、籠め据えたらましものを(「蔵開」下)
<訳>
とりわけかわいく思っていた娘を特に出仕させて、この言われようとは。いっそ犬や鳥にでもくれてやって、かわいがってもらった方がましだ。
寵愛争いくらいしかすることのない女の園は、なんだか情念が煮詰まっていて恐ろしく、思わず正頼に同感しそうになりますね。
まあ、正頼が政治的な野心を出して娘を皇太子妃なんかにするのが娘が憎まれた原因なわけで、正頼にこんなこと言う資格があるのかどうかは、怪しいんですけどね。
さて、お姫様方が後宮で寵愛争いの嫉妬余って吐いた罵詈雑言についてはここまでにして、次いで、政治的対立関係の真っ直中で吐き出された罵り言葉。
時は少し遡って、上述のあて宮退出の少し前のこと、
皇太子の寵愛をほぼ独占して皇孫を生み続けているあて宮と、あて宮の姉で天皇の寵愛第一を得て次々と子をなしてきた仁寿殿の女御、
二人の娘を擁して皇統二代を抑え込み、着々と皇室と後宮の掌握に向かう源正頼。
その正頼の威勢を前にして、競争関係にある藤原氏の藤原兼雅は、出世で遅れた怒りに堪えかね、罵り言葉を浴びせます。
いでや皇子たちを思へば、宿世心憂く、いかなる窪つきたる女子持たらむとぞ見ゆるや。また、今一つの窪ありて、蜂巣のごとく生み広ぐめり。天の下の皇子たちは、この窪どもに生み果てられたまふめり。この度も男子をこそ生まめ。
<訳>
あの皇子たちのことを思えば、我が宿命が恨めしいわ、どんなマンコついた女だアレは。またもう一方のマンコも、蜂の巣のように産みまくる気だ。この世の皇子という皇子は、一人残らず、あのマンコどもから産まれるというのか。どうせ今度も、男の皇子に違いない。(「蔵開」中)
訳からも分かってもらえると思いますが、「窪」とは女性器のことです。
貴族ともあろう者が、露骨にマンコ、マンコ、うるせえ。
まったく。
側で聞いてる嫁も嘆いてるぞ。
世の人のつきたるものも、けしからぬ者こそ、たはやすくいふなれ。御やうなる人は、殊にしもいはざなるものを。立ち返り、いとつばひらかにものたまへるかな。(「蔵開」中)
<訳>
世の女なら誰でも付いているもののことは、素性の怪しい者こそ、軽々しく口にもしましょう。ですが貴方のような身分の方は、敢えて口に出したりしないものです。それを何度も何度も、露骨に口になさって。
その後、源氏と藤原氏の対立は、皇太子の新帝即位後の新皇太子の地位を巡ってどんどん緊張を高めていくのですが、
その日に備えて、長年かけて藤原氏の男子を大勢婿に取り、藤原氏が反対できないよう態勢を固めてきていた源正頼の力の前に、いつしか藤原氏の男達は、さっきの兼雅含めて意気消沈してしまっており、情勢は、源氏の勝利へと傾き始めます。
ところが、そんな中、藤原氏の勢力と行く末を危惧して立ち上がった一人の女傑がいた。
それが先述の朱雀帝の正妻である后の宮。先に紹介した場面で上品な貴族の手本たる優雅な姿を示した彼女は、出自を見れば藤原氏であり、ここで決然立ち上がり、婚姻関係もあって仲良くしてもらってるし争いたくないとヘタれる藤原氏の男達に向かい、鬼のような気迫で怒り源氏を罵り男達を叱りつけます。
どうやら長らく抑え目を背けてきた、源正頼の娘、仁寿殿の女御が帝寵を独占することに対する、秘められた嫉妬の心が、政争という大義名分を得て燃え上がったって側面もあるようで、それはもう、強く激しく怒る怒る。
正頼の娘のあて宮が皇太子の寵愛を独占し、
仁寿殿の女御のそのまた娘の皇女たちが、太政大臣忠雅や天才的な資質で将来の栄達を絶対視される大将仲忠といった藤原氏の有力者を婿として、藤原氏を押さえ込んでいる
現状を罵って、
その仁寿殿の女の子の子どもも侍るは。などすべてこの女の子どもは、いかなるつびかつきたらむ。つきとつきぬるものは、みな吹ひつきて、大いなることの妨げをもしをり。(「国譲」下)
<訳>
仁寿殿の女のメスガキもいたねえ。いったい正頼の家の女どもは、どれだけ締め付けの良いマンコがついてるっていうんだい。くっついた男くっついた男、残さず吸い付いて離しゃせず、大事の邪魔ばかりしてくれるものだよ。
「つび」が女性器です。
そして男達を叱りつける言葉は、
あな放俗な。ふぐりつきて、男の端となりて、かうものをいはむよな。一人してだに、かしこき者は。ただ女の子どものやうにて。(「国譲」下)
<訳>
ああ情けない。キンタマつけた、男のくせに、そこまでヘタれたもの言いとはね。一人残らず、バカ揃いがっ。まるで女の子だねえ。
なお、ここに「ふぐり」と記した箇所については、別の説として「ふぐり」ではなく「しるく」すなわち男性器がはっきりしていると解するものもあるのですが、その場合は「キンタマついた、男のくせに」ではなく「チンコおっ勃てた、男のくせに」って感じかと思います。
どっちみち、シモ全開。
かつて下品を憎んだ雅なお后も、いまや下品の鬼となり、腐れマンコだのチンコついとんのかだの、怒り罵り吠え狂う。
貴族社会の良心が今や反転、ダークサイド。
どれだけ貴族らしく上品な人物であっても、何かの折にちょっと激発してしまえば、誰でも簡単に下品サイドに転落してしまうということでしょうね。
というわけで、『うつほ物語』を通して平安貴族の罵詈雑言の言葉遣いを垣間見れば、なかなかドギツく下品で、さすがに怒り罵る最中まで、雅にとはいかないようです。
とはいえ中学生じゃないんだから、貴族社会全体として、いつでも誰でも、チンコだマンコだ吠える準備万端な状態なのは、いかがなものか…。
参考資料
『新編 日本古典文学全集 うつほ物語 ①②③』小学館
服藤早苗著『平安朝の女と男 貴族と庶民の性と愛』 中公新書
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貴公子たちの蛮行―因果の歴史が、また一ページ―
偉大なるダメ人間シリーズ番外その5 ブルボン朝フランスの女装の勇士たち
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
引きこもりニート列伝その2 竹林の七賢
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet02.html
行いのいまいちな貴族の話 in 中国
エリート教育とは
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html
行いのいまいちな貴族の話 in イギリス
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
物語の歴史も含まれています。うつほも登場。
by trushbasket
| 2008-12-16 00:45
| My(山田昌弘)








