2008年 12月 24日
日本人のクリスマス(後編)
|
前編はこちら。非キリスト教国である日本ですが、近代になると西洋文化への憧れと共に受け入れられ、「文明国」である事を示す一環として導入されました。そして商業主義・舶来趣味の広がりにより日露戦争前後に都市部を中心に定着したところまでお話しました。
大正期に入ると貧富の差を背景に企業・自治体が「市民クリスマス」等のクリスマス行事を主催し、慈善事業をおこなう事で社会主義運動への関心をそらそうとする動きも見られクリスマスの行事としての定着が進められます。また、児童文学翻訳が進められる中でディケンズ「クリスマス・キャロル」やアンデルセン「マッチ売りの少女」「モミの木」といったクリスマス関連の物語も知られるようになり、また日本文学でも正宗白鳥「クリスマスとお正月」、竹久夢二「クリスマスの贈物」、芥川龍之介「少年」、島崎藤村「雪国のクリスマス」といったものが見られクリスマスの浸透ぶりが知られます。因みに北原白秋「クリスマスの晩」や野口雨情「クリスマス」など異国趣味・耽美主義的な作品もクリスマス関連では少なからず存在しているのです。こうした風潮は昭和に入っても変わらず、都市文化の繁栄を背景にダンス・ホールではクリスマス特別営業で数日にわたり賑わったとか。また帝国ホテルや精養軒、都ホテルなど上流ホテルでのクリスマスパーティーが恒例になったのもこの時期です。十二月二十五日が大正天皇祭、十二月二十三日が皇太子(現在の天皇陛下)誕生日と近辺に皇室関連の記念日が存在している事もこの時期の御祭り騒ぎに拍車をかけたといえるでしょう。当時において広まり始めたラジオ放送もクリスマス文化を広めるに一役買ったのはいうまでもありません。
しかし戦争の影が忍び寄るにつれて、こうした風潮にも暗雲が垂れ込みます。昭和十二年に日中戦争が始まってからは社会全体に戦争協力色が強まり、クリスマスに対しても自粛を求める動きが見られるようになります。これを受けてこの年からは出版からクリスマス色が消え、帝国ホテルもクリスマスパーティーを廃止する(戦後に再開)に至りました。特に右翼団体が中心になり、大正天皇の命日である十二月二十五日に華美な騒ぎをする事への反対運動がなされたようです。西洋風風俗への反感、華美な風潮への反発からクリスマスが槍玉にあがったのでしょうが、まさかクリスマスに「喪に服せ!!喪に服せ!!喪に服せ!!」と言って回る「クリスマス葬儀団」みたいな連中が実在するとは思いませんでした。…漫画だと愉快で痛快かつ爽快なネタなのですが、実際にやられると笑えない、というかはっきり言ってウザイのはなぜでしょう。さてその一方で日本交通公社・国鉄が外国人向けに発行した冊子「CHILDREN'S DAYS IN JAPAN」には「クリスマス・イン・ジャパン」という一章が設けられ日本がクリスマスを排撃せず受容する文明人である事がアピールされています。もっともこの章も太平洋戦争が始まると削除され、世間ではクリスマス自粛の動きがより強められるようになります。昭和十六年十二月二十四日に香港奇襲が行われ、これを「朝日新聞」が「香港敵地へ贈ったX'マス贈物」と報じ「X'mas Present」と書かれた爆弾を背景に二人の日本兵がポーズを取った写真が掲載されたという逸話は、昭和十九年十二月二十五日に米軍が「メリイX’マス 東京プレゼント」と書かれた焼夷弾をB29から投下したという話ともどもこの暗い時代を象徴する悲しい記憶と言うべきでしょう。
もっとも、この時期にも心温まるクリスマスの話がないでもありませんでした。本題からはそれますが、二、三ここで紹介するのも一興だと思います。開戦直後の昭和十六年十二月二十四日、西春彦外務次官は既に敵として軟禁されているグルー米国大使に友人として七面鳥を贈っています。また、昭和十九年には西洋文明への反発が強まっていると共に戦局悪化のためクリスマスどころではなく、「サンタクロースが日本に来るなど考えられないし、来ても断固として排除しなくてはならぬほどの雰囲気」であったそうで河合隼雄氏の父親は「サンタクロースはもう来ない」と宣言する一方で「よう考えてみたら、日本には大きい袋をかついだ大国主命という神さんがおられる。気持ちが通じるかどうかわからんけど、今年はお父さんは大国主命にお願いしてみよう」と言ったとか。で、その結果について河合氏は「大国主命がクリスマスに来るのも考えてみると妙な話だが、そこはきついことをいわないことにして待っていると、ちゃんと来てくれた。それのみならず、一同に大国主命の顔のついている箱にはいった菓子さえ来たのである。」(以上「おはなしおはなし」P29-31より)と回想しています。また、知恩院長老白崎厳成氏は、自らが卒園した東山幼稚園にツリー用として高野槇を贈ったそうで、宗教を越えた人情を感じますね。不幸な時代の中にも、人間同士の絆や子供の夢を大切にする人々はいたのですね。
一方で日本軍はキリスト教徒の多いフィリピンにおいて人心懐柔のためクリスマスを利用したり、キリスト教団体を利用して南方宣撫に利用したりする一面もあったようです。
さて、戦争が終わるとGHQにより再びクリスマスが持ち込まれました。昭和二十一年・二十二年には皇居二重橋前に米軍機からサンタクロースが降り立つという趣向がなされたり、GHQ本部でクリスマス装飾が行われたりしました。また戦災孤児へのクリスマスプレゼントも盛んに行われ、GIが子供たちにプレゼントをしたり、昭和二十三年には婦人クラブが孤児たちに靴下・下着・コートを贈ったり、昭和二十四年には各地の米軍基地でクリスマスに日本人と交流したりしています。こうしたクリスマスの慈善事業を通じてGHQは人心掌握やキリスト教布教を試みたようです。昭和二十二年の国定国語教科書には「お正月」が削除されて「クリスマス」が掲載されたのもこうした意向が反映されたものでしょう。
一方、民間でも復興につれてクリスマス再開の動きが見られるようになります。昭和二十二年には銀座でクリスマス装飾が再開され、商戦が復活し翌年には新聞・ラジオでの宣伝も再開されました。またダンス・ホールやキャバレーではクリスマスに終夜営業が行われ、終戦による安堵感と将来への不安を紛らわすためもあり多くの人でにぎわったそうです。またダンサーたちは客から募金を行い孤児たちにプレゼントを行ったという逸話もあるとか。この時期、人々にとってクリスマスは開放感やデモクラシーの象徴であり、また挫折から再起する上での夢を与えるものでもあったのです。
やがて経済が復興し更に高度成長を経ていく中で商業主義の動きも再び見られるようになります。不二家がクリスマス用にデコレーションケーキを作り売り出したのは昭和二十五年頃で、昭和三十年代に入るとスポンジケーキ保存技術が向上したこともあり各社に広がるようになります。また、長靴にキャンディーやチョコレートなど菓子が入ったクリスマスブーツが登場したのもこの時期です。昭和二十五年の特需景気を切っ掛けに、子供向け商戦の一環としてサンタクロースに扮したアルバイトが町にあふれるという現在では御馴染みの風景が見られるようになりました。また、昭和三十年ごろには、スキーブームがおこり、これに乗じる形でスキー場でのクリスマスが宣伝されるようになります。また町に女性がサンタクロースの格好をした「ミス・サンタ」も見られる様になり、人気歌手であった小鳩くるみがサンタクロースに扮したりもしています。サンタクロースの衣装が女性に似合うという発見がこの頃になされたわけですね。こうして、メイド服や巫女服以外にも新たな萌え属性が登場。それはさておき、高度成長期に入ると住宅ブームや家電商品普及といった背景もあり家族でクリスマスを過ごす風潮が強まります。また、新聞・ラジオに加えテレビ放送がクリスマス特集を行ったことも再びクリスマスを定着させる上で力がありました。また経済大国としての地位を確立しつつあった昭和五十年前後になると、クリスマス以外にもバレンタインデーが紹介され商戦が行われ定着し、クリスマスにもデートスポットとして教会が紹介されるようになるなど恋愛のためのイベントと言う性格が強くなりました。安定した好況を背景に消費システムとしての恋愛が注目されるようになったわけですね。
このように、日本におけるクリスマスは意外と古いようです。戦前においては子供たちのためのイベントとして定着し、戦後の経済成長と共に大人も巻き込んだ消費機会というか行事としての性格が強まっていったといえそうです。そしてその背景には政治的、また(特に戦後においては)経済的な思惑が関連していたようで。
キリスト教行事とはかけ離れ、商業主義に染められた日本のクリスマスには批判も多いようですが、積極的に評価する声もあります。例えばクリスチャン作家椎名麟三氏は「街のクリスマス」で「クリスマス、そして本当のクリスマスらしいクリスマスは、教会のなかではなく、街に、新聞に、キャバレーにそして駅の夜のベンチにやって来る。何故なら彼等こそ、クリスマスをたのしんでいるからだ。」(「クリスマス どうやって日本に定着したか」P194)と言っています。また肯定も否定もせず冷静に客観的意味づけをしようという向きもあり、梅棹忠男氏は「キリストのないX'マス―いっそ盆おどりの域まで」という短文で「わたしたちなりに、それにあたらしい実際的な意味づけをみつけたらよろしい。問題は、そのあたらしい日本製の意味づけが、社会的に健全であるかどうか、ということではありますまいか。」(「クリスマス」P205)「じつは宗教の問題というよりは、むしろ文化論ないしは文化変容論の問題なのだ。本来の風習が土着化していく過程で、どういうことがおこるか、という問題なのだ。」(同P206)と述べ、中野好夫氏は「クリスマスイブに思う」で「もともと西欧のクリスマス行事そのものからして必ずしも厳密に純粋にキリスト教信仰だけにもとづくものではなく、そこには異教的な要素が大いに混入している」「これは日本人が生み出しかけている不思議な風俗所産といえる。一言でいえば、クリスマスの日本土着化である。」(共に同P206)といっています。個人的には、キリスト教的でなかろうが商業主義に染まっていようが別に構わないと思います。年末恒例の行事として多くの人々が楽しみにし、心を慰めているのですから。そしてまた、民俗学的にこの時期の御祭り騒ぎには生命力の衰えを補おうという自己防衛的な意味合いもあり、クリスマスツリーや正月の門松のように常緑樹を飾るのも生命力を取り入れるためだといわれている位ですから必ずしも無意味な乱痴気騒ぎともいえません。世知辛い世の中における数少ない楽しみなのですから、商業主義だろうが「性夜」だろうが別に良いじゃないですか。お祭りなんてそんなものですよ。…とはいえ、富める者やモテる者が不幸な人々にその格差を誇示するようなそんな日でだけはあってはならないと思います。漫画中の「クリスマス葬儀団」だって格差によるルサンチマンから生まれたものでしたしね。というわけで、貧しい人、弱い人にとっても希望を持てるような、そんな存在であってほしいものです。そうした本来の「クリスマス精神」だけは忘れられないでほしい、そう思います。
【参考文献】
クリスマス どうやって日本に定着したか クラウス・クラハト、克美・タテノクラハト 角川書店
(今回はほぼこの本の要約です。ここで述べたのは概略だけですので、日本のクリスマスに興味のある方は一読をお勧めします。)
おはなしおはなし 河合隼雄 朝日新聞社
仏教民俗学 山折哲雄 講談社学術文庫
かってに改蔵3 久米田康治 少年サンデーコミックス
関連記事:
「クリスマス特別記事―西洋の『センセーション・ノベル』について―」
昨年のクリスマス記事。
「天国・極楽のイメージ ~どんな餌で世界の信者たちは釣られたか~」
宗教がどのように人々をひきつけたかの話。
「結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る『結婚しなくても平気になった人々』」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋キリスト教史1」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970516.html)
「西洋キリスト教史2」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971017.html)
「西洋キリスト教史3」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971212.html)
「中世の教会と異端」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021018a.html)
「トマス・アクイナス」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991126.html)
「ビザンツ宗教外史 コプト教会史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2004/041015.html)
「分裂する東西キリスト教会」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/041120d.html)
関連サイト:
「サンタクロースサイト」(http://www.santaclaus.jp/)
グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロース、日本代表パラダイス山元氏のサイト。
「明治屋」(http://www.meidi-ya.co.jp/)
「丸善株式会社」(http://www.maruzen.co.jp/top/)
「森永製菓」(http://www.morinaga.co.jp/index.html)
「ライオン株式会社」(http://www.lion.co.jp/index2.htm)
「森下仁丹」(http://www.jintan.co.jp/)
「不二家」(http://www.fujiya-peko.co.jp/)
我が国にクリスマスを根付かせ、クリスマス商戦で成長した企業たちです。
「ばか集合」(http://2chart.fc2web.com/)より
「クリスマス中止のお知らせ」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/kurichuushi.html)
「楽しいクリスマス」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/tanosiikurisumsu.html)
ネット上のクリスマス恒例行事?18歳未満は閲覧禁止です。
「あほニュース.zip」(http://news4u.blog51.fc2.com/)より
「2006年クリスマス『天下一無職会』目録」
(http://news4u.blog51.fc2.com/blog-entry-1470.html)
これもネット上におけるクリスマスイブ恒例行事らしいです。
「すっとん共和国」(http://sutton-kyouwa.com/index.htm)より
「しっと団大百科」(http://sutton-kyouwa.com/natsuki/shitto.htm)
「突撃!パッパラ隊」に登場する団体。バレンタインやクリスマスにカップルを成敗し喪男を救済するのが目的だとか。
大正期に入ると貧富の差を背景に企業・自治体が「市民クリスマス」等のクリスマス行事を主催し、慈善事業をおこなう事で社会主義運動への関心をそらそうとする動きも見られクリスマスの行事としての定着が進められます。また、児童文学翻訳が進められる中でディケンズ「クリスマス・キャロル」やアンデルセン「マッチ売りの少女」「モミの木」といったクリスマス関連の物語も知られるようになり、また日本文学でも正宗白鳥「クリスマスとお正月」、竹久夢二「クリスマスの贈物」、芥川龍之介「少年」、島崎藤村「雪国のクリスマス」といったものが見られクリスマスの浸透ぶりが知られます。因みに北原白秋「クリスマスの晩」や野口雨情「クリスマス」など異国趣味・耽美主義的な作品もクリスマス関連では少なからず存在しているのです。こうした風潮は昭和に入っても変わらず、都市文化の繁栄を背景にダンス・ホールではクリスマス特別営業で数日にわたり賑わったとか。また帝国ホテルや精養軒、都ホテルなど上流ホテルでのクリスマスパーティーが恒例になったのもこの時期です。十二月二十五日が大正天皇祭、十二月二十三日が皇太子(現在の天皇陛下)誕生日と近辺に皇室関連の記念日が存在している事もこの時期の御祭り騒ぎに拍車をかけたといえるでしょう。当時において広まり始めたラジオ放送もクリスマス文化を広めるに一役買ったのはいうまでもありません。
しかし戦争の影が忍び寄るにつれて、こうした風潮にも暗雲が垂れ込みます。昭和十二年に日中戦争が始まってからは社会全体に戦争協力色が強まり、クリスマスに対しても自粛を求める動きが見られるようになります。これを受けてこの年からは出版からクリスマス色が消え、帝国ホテルもクリスマスパーティーを廃止する(戦後に再開)に至りました。特に右翼団体が中心になり、大正天皇の命日である十二月二十五日に華美な騒ぎをする事への反対運動がなされたようです。西洋風風俗への反感、華美な風潮への反発からクリスマスが槍玉にあがったのでしょうが、まさかクリスマスに「喪に服せ!!喪に服せ!!喪に服せ!!」と言って回る「クリスマス葬儀団」みたいな連中が実在するとは思いませんでした。…漫画だと愉快で痛快かつ爽快なネタなのですが、実際にやられると笑えない、というかはっきり言ってウザイのはなぜでしょう。さてその一方で日本交通公社・国鉄が外国人向けに発行した冊子「CHILDREN'S DAYS IN JAPAN」には「クリスマス・イン・ジャパン」という一章が設けられ日本がクリスマスを排撃せず受容する文明人である事がアピールされています。もっともこの章も太平洋戦争が始まると削除され、世間ではクリスマス自粛の動きがより強められるようになります。昭和十六年十二月二十四日に香港奇襲が行われ、これを「朝日新聞」が「香港敵地へ贈ったX'マス贈物」と報じ「X'mas Present」と書かれた爆弾を背景に二人の日本兵がポーズを取った写真が掲載されたという逸話は、昭和十九年十二月二十五日に米軍が「メリイX’マス 東京プレゼント」と書かれた焼夷弾をB29から投下したという話ともどもこの暗い時代を象徴する悲しい記憶と言うべきでしょう。
もっとも、この時期にも心温まるクリスマスの話がないでもありませんでした。本題からはそれますが、二、三ここで紹介するのも一興だと思います。開戦直後の昭和十六年十二月二十四日、西春彦外務次官は既に敵として軟禁されているグルー米国大使に友人として七面鳥を贈っています。また、昭和十九年には西洋文明への反発が強まっていると共に戦局悪化のためクリスマスどころではなく、「サンタクロースが日本に来るなど考えられないし、来ても断固として排除しなくてはならぬほどの雰囲気」であったそうで河合隼雄氏の父親は「サンタクロースはもう来ない」と宣言する一方で「よう考えてみたら、日本には大きい袋をかついだ大国主命という神さんがおられる。気持ちが通じるかどうかわからんけど、今年はお父さんは大国主命にお願いしてみよう」と言ったとか。で、その結果について河合氏は「大国主命がクリスマスに来るのも考えてみると妙な話だが、そこはきついことをいわないことにして待っていると、ちゃんと来てくれた。それのみならず、一同に大国主命の顔のついている箱にはいった菓子さえ来たのである。」(以上「おはなしおはなし」P29-31より)と回想しています。また、知恩院長老白崎厳成氏は、自らが卒園した東山幼稚園にツリー用として高野槇を贈ったそうで、宗教を越えた人情を感じますね。不幸な時代の中にも、人間同士の絆や子供の夢を大切にする人々はいたのですね。
一方で日本軍はキリスト教徒の多いフィリピンにおいて人心懐柔のためクリスマスを利用したり、キリスト教団体を利用して南方宣撫に利用したりする一面もあったようです。
さて、戦争が終わるとGHQにより再びクリスマスが持ち込まれました。昭和二十一年・二十二年には皇居二重橋前に米軍機からサンタクロースが降り立つという趣向がなされたり、GHQ本部でクリスマス装飾が行われたりしました。また戦災孤児へのクリスマスプレゼントも盛んに行われ、GIが子供たちにプレゼントをしたり、昭和二十三年には婦人クラブが孤児たちに靴下・下着・コートを贈ったり、昭和二十四年には各地の米軍基地でクリスマスに日本人と交流したりしています。こうしたクリスマスの慈善事業を通じてGHQは人心掌握やキリスト教布教を試みたようです。昭和二十二年の国定国語教科書には「お正月」が削除されて「クリスマス」が掲載されたのもこうした意向が反映されたものでしょう。
一方、民間でも復興につれてクリスマス再開の動きが見られるようになります。昭和二十二年には銀座でクリスマス装飾が再開され、商戦が復活し翌年には新聞・ラジオでの宣伝も再開されました。またダンス・ホールやキャバレーではクリスマスに終夜営業が行われ、終戦による安堵感と将来への不安を紛らわすためもあり多くの人でにぎわったそうです。またダンサーたちは客から募金を行い孤児たちにプレゼントを行ったという逸話もあるとか。この時期、人々にとってクリスマスは開放感やデモクラシーの象徴であり、また挫折から再起する上での夢を与えるものでもあったのです。
やがて経済が復興し更に高度成長を経ていく中で商業主義の動きも再び見られるようになります。不二家がクリスマス用にデコレーションケーキを作り売り出したのは昭和二十五年頃で、昭和三十年代に入るとスポンジケーキ保存技術が向上したこともあり各社に広がるようになります。また、長靴にキャンディーやチョコレートなど菓子が入ったクリスマスブーツが登場したのもこの時期です。昭和二十五年の特需景気を切っ掛けに、子供向け商戦の一環としてサンタクロースに扮したアルバイトが町にあふれるという現在では御馴染みの風景が見られるようになりました。また、昭和三十年ごろには、スキーブームがおこり、これに乗じる形でスキー場でのクリスマスが宣伝されるようになります。また町に女性がサンタクロースの格好をした「ミス・サンタ」も見られる様になり、人気歌手であった小鳩くるみがサンタクロースに扮したりもしています。サンタクロースの衣装が女性に似合うという発見がこの頃になされたわけですね。こうして、メイド服や巫女服以外にも新たな萌え属性が登場。それはさておき、高度成長期に入ると住宅ブームや家電商品普及といった背景もあり家族でクリスマスを過ごす風潮が強まります。また、新聞・ラジオに加えテレビ放送がクリスマス特集を行ったことも再びクリスマスを定着させる上で力がありました。また経済大国としての地位を確立しつつあった昭和五十年前後になると、クリスマス以外にもバレンタインデーが紹介され商戦が行われ定着し、クリスマスにもデートスポットとして教会が紹介されるようになるなど恋愛のためのイベントと言う性格が強くなりました。安定した好況を背景に消費システムとしての恋愛が注目されるようになったわけですね。
このように、日本におけるクリスマスは意外と古いようです。戦前においては子供たちのためのイベントとして定着し、戦後の経済成長と共に大人も巻き込んだ消費機会というか行事としての性格が強まっていったといえそうです。そしてその背景には政治的、また(特に戦後においては)経済的な思惑が関連していたようで。
キリスト教行事とはかけ離れ、商業主義に染められた日本のクリスマスには批判も多いようですが、積極的に評価する声もあります。例えばクリスチャン作家椎名麟三氏は「街のクリスマス」で「クリスマス、そして本当のクリスマスらしいクリスマスは、教会のなかではなく、街に、新聞に、キャバレーにそして駅の夜のベンチにやって来る。何故なら彼等こそ、クリスマスをたのしんでいるからだ。」(「クリスマス どうやって日本に定着したか」P194)と言っています。また肯定も否定もせず冷静に客観的意味づけをしようという向きもあり、梅棹忠男氏は「キリストのないX'マス―いっそ盆おどりの域まで」という短文で「わたしたちなりに、それにあたらしい実際的な意味づけをみつけたらよろしい。問題は、そのあたらしい日本製の意味づけが、社会的に健全であるかどうか、ということではありますまいか。」(「クリスマス」P205)「じつは宗教の問題というよりは、むしろ文化論ないしは文化変容論の問題なのだ。本来の風習が土着化していく過程で、どういうことがおこるか、という問題なのだ。」(同P206)と述べ、中野好夫氏は「クリスマスイブに思う」で「もともと西欧のクリスマス行事そのものからして必ずしも厳密に純粋にキリスト教信仰だけにもとづくものではなく、そこには異教的な要素が大いに混入している」「これは日本人が生み出しかけている不思議な風俗所産といえる。一言でいえば、クリスマスの日本土着化である。」(共に同P206)といっています。個人的には、キリスト教的でなかろうが商業主義に染まっていようが別に構わないと思います。年末恒例の行事として多くの人々が楽しみにし、心を慰めているのですから。そしてまた、民俗学的にこの時期の御祭り騒ぎには生命力の衰えを補おうという自己防衛的な意味合いもあり、クリスマスツリーや正月の門松のように常緑樹を飾るのも生命力を取り入れるためだといわれている位ですから必ずしも無意味な乱痴気騒ぎともいえません。世知辛い世の中における数少ない楽しみなのですから、商業主義だろうが「性夜」だろうが別に良いじゃないですか。お祭りなんてそんなものですよ。…とはいえ、富める者やモテる者が不幸な人々にその格差を誇示するようなそんな日でだけはあってはならないと思います。漫画中の「クリスマス葬儀団」だって格差によるルサンチマンから生まれたものでしたしね。というわけで、貧しい人、弱い人にとっても希望を持てるような、そんな存在であってほしいものです。そうした本来の「クリスマス精神」だけは忘れられないでほしい、そう思います。
【参考文献】
クリスマス どうやって日本に定着したか クラウス・クラハト、克美・タテノクラハト 角川書店
(今回はほぼこの本の要約です。ここで述べたのは概略だけですので、日本のクリスマスに興味のある方は一読をお勧めします。)
おはなしおはなし 河合隼雄 朝日新聞社
仏教民俗学 山折哲雄 講談社学術文庫
かってに改蔵3 久米田康治 少年サンデーコミックス
関連記事:
「クリスマス特別記事―西洋の『センセーション・ノベル』について―」
昨年のクリスマス記事。
「天国・極楽のイメージ ~どんな餌で世界の信者たちは釣られたか~」
宗教がどのように人々をひきつけたかの話。
「結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る『結婚しなくても平気になった人々』」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋キリスト教史1」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970516.html)
「西洋キリスト教史2」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971017.html)
「西洋キリスト教史3」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971212.html)
「中世の教会と異端」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021018a.html)
「トマス・アクイナス」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991126.html)
「ビザンツ宗教外史 コプト教会史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2004/041015.html)
「分裂する東西キリスト教会」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/041120d.html)
関連サイト:
「サンタクロースサイト」(http://www.santaclaus.jp/)
グリーンランド国際サンタクロース協会公認サンタクロース、日本代表パラダイス山元氏のサイト。
「明治屋」(http://www.meidi-ya.co.jp/)
「丸善株式会社」(http://www.maruzen.co.jp/top/)
「森永製菓」(http://www.morinaga.co.jp/index.html)
「ライオン株式会社」(http://www.lion.co.jp/index2.htm)
「森下仁丹」(http://www.jintan.co.jp/)
「不二家」(http://www.fujiya-peko.co.jp/)
我が国にクリスマスを根付かせ、クリスマス商戦で成長した企業たちです。
「ばか集合」(http://2chart.fc2web.com/)より
「クリスマス中止のお知らせ」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/kurichuushi.html)
「楽しいクリスマス」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/tanosiikurisumsu.html)
ネット上のクリスマス恒例行事?18歳未満は閲覧禁止です。
「あほニュース.zip」(http://news4u.blog51.fc2.com/)より
「2006年クリスマス『天下一無職会』目録」
(http://news4u.blog51.fc2.com/blog-entry-1470.html)
これもネット上におけるクリスマスイブ恒例行事らしいです。
「すっとん共和国」(http://sutton-kyouwa.com/index.htm)より
「しっと団大百科」(http://sutton-kyouwa.com/natsuki/shitto.htm)
「突撃!パッパラ隊」に登場する団体。バレンタインやクリスマスにカップルを成敗し喪男を救済するのが目的だとか。
by trushbasket
| 2008-12-24 23:08
| NF








