2009年 01月 10日
「淫祀邪教」といわれたり「キモオタ」と呼ばれたり~日本人の「聖地巡礼」今昔~
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昨年も初詣にちなんだ神道関連の話をしましたが、今年も各地の神社には初詣の人々が多く訪れたようです。その中に一部で話題を呼んだ事例がありました。
これは人気アニメ「らき☆すた」「かんなぎ」等の舞台、またはそのモデルとなった神社にファンが多数詰め掛けたものだとか。これに限らず、愛好するアニメ作品に登場する場所を巡る事を一部の間では「聖地巡礼」と呼んだりするようです。
しかしこれに対し不気味がる声も存在するようです。
似たような話として、日本だけでなく海外からもオタクが集まる世界最大級の同人誌即売会「コミックマーケット」(通称「コミケ」)や、アイドルを愛好するオタクたちがコンサートで集団で独特の踊りをする「オタ芸」もまたオタクによる情熱を伴った群集行動といえます。
彼らは風俗を乱すと非難されたり不気味がられたりする事もありますが、その姿からは何故か既視感がする気がします。というわけで、日本史を題材に類似していそうな話題を集めてみました。
・「おかげまいり」
徳川期中期以降には同時発生的に多数の人間が一斉に伊勢神宮への参詣に向かう現象が見られました。これを「おかげまいり」と呼びますが、元来はお礼参りから始まるものだったようです。約六十年の周期で起こるといわれており、前触れなく突如多くの人々が熱に浮かされたかのように各地から伊勢へと押し寄せるようになりました。宝永二年(1705)には四月には一日あたり二千~三千人が訪れていたのが最高時には一日辺り22~23万人が伊勢を訪れたといわれます。明和八年(1771)にも参拝者が207万7450人に上り、文政十三年(1830)に至っては当時の人口の六分の一に相当する486万人が参拝したという事です。
彼らの中には無一文同然で旅をするものも多く、街道の人々は彼らに対して大量の炊き出しや喜捨を行って援助したそうです。参拝者の中には帰った際には幾許かの金を得ていた者も存在したほどでした。こうした施行は信仰への援助という功徳という側面が強かったのは言うまでもありませんが、貧窮した彼らが集団で暴徒化するのを防ぐための措置としての一面もあったようです。
・「ええじゃないか」
「ええじゃないか」は、慶応三年(1867)に見られた、人々が「ええじゃないか」などと叫びながら乱舞した現象です。「おかげまいり」の一種として論じられる事もあります。畿内・東海を中心に全国的に見られており、伊勢神宮の神札が降ったという話は有名ですがそれ以外にも仏画・地域の寺社の御守などが現れたとされる例も多かったようです。ともあれ、それを祝って祭りが行われ、しばしば逸脱して無礼講・踊りがエスカレートし、分限者などへの狼藉行為も行われたとされています。その仕掛け人については現在も諸説ありますが、政情不安定で先が見えない社会において人々が不安を紛らわせようとした時代を象徴する一幕であると言えます。
・「ぼろぼろ(虚無僧)」
虚無僧とは、仏道修行者とされるものの剃髪せず半僧半俗で各地を旅する存在です。編笠で顔を隠し尺八を吹き、その音曲により煩悩を除くと言われていました。唐代の禅僧・普化に起源を持つとされており、徳川時代には禅宗の一派普化宗として認定され鈴法寺・明暗寺を拠点に広まっています。
14世紀には既にある程度の社会的存在になっていた事が「徒然草」などから分かりますが、「ぼろぼろ」と呼ばれ梵字について解説し説教を行いながら遊行する事で生計を立てる芸能宗教者だったとされています。彼らはみすぼらしい格好をして集団で念仏を詠んだり、しばしば刃傷沙汰に及ぶなど放縦な行動が認められたようです。禅宗や中国文化が取り入れられて現在知られている虚無僧の原型が出来たのが14世紀末頃だとか。徳川期には浪人や犯罪を犯した武士がしばらく虚無僧になる例が多かったようですが、無頼の徒も多く混じって治安を乱す事もしばしばで取締りの対象になった事もありました。
・「時宗」
時宗とは、13世紀後半の一遍を始祖と仰ぐ念仏系の一派です。念仏を書いた札を配り、念仏踊りを行ったりしながら諸国の寺社を旅して廻っていました。14世紀には全国的に広がりました。中には芸能に長じた人々も多く、足利期には文化人として時の政権に仕える例も多数見られます。
彼らは外部の人間からは奇異の目で見られていたようで、「天狗草子」と呼ばれる絵巻物では詞書に「さはがしき事、山猿にことならず」「男女根をかくす事なく、食物をつかみくひ」などと書かれ一遍も「天狗の長老」と評されています。そして絵巻には無作法に施行の食物を貪り食う人々や、あられもない姿で肩を組み同性愛行為に耽っていると思しき尼僧たちのような猥雑で乱脈な有様、更に一遍の尿を薬として有り難がる人々の姿が胡散臭いものとして描かれているのです。
加えて踊念仏による集団エクスタシーにも強い警戒・反発があったことも知られています。土俗的で猥雑な信仰を併せ持ち大きなエネルギーを内在したこの熱狂的宗教集団に対しては、得体の知れない不気味な存在として恐れ警戒する人々も少なからずいたわけですね。
昔も今も、多人数の集団が熱に浮かされたように現実世界での損得を離れた原理で行動し、その結果として公序良俗に脅威を与える現象は見られているわけですね。神仏への信仰を持って行動した昔の人と、娯楽作品に熱を上げて現実逃避した現代人と、確かに違いはあります。が、実生活の価値観を離れた物に熱狂的に情熱を注ぎ、損得勘定で言えば全く無駄な苦痛を経た末に恍惚を得ている点では全く同じです。そしてその巨大なエネルギーが周辺の人々にとっては安寧を脅かしかねない不気味なものであると同時に無視できない経済効果をもたらすものであることも。
現世中心になって宗教の力が弱くなった近現代では、宗教の代わりを娯楽文化が果たし現実生活で傷ついた人々を癒し夢を見させていると言う事でしょう。人はいつの世も、パンだけで生きていけるほど強くはないのですから。しかし、現実世界に甘んじて普通に生きている人々の目には、現実に飽き足らず目に見えない「何か」に魂の救いを求める人々の集団は理解不能で自分達の生活を破壊しかねない危険分子と映る。人間とは業な生き物ですな。
【参考文献】
伊勢詣と江戸の旅 金森敦子 文春新書
絵図に見る伊勢参り 旅の文化研究所編 河出書房新社
世直し 佐々木潤之介 岩波書店
ええじゃないか始まる 田村貞雄 青木書店
新訂徒然草 西尾実・安良岡康作校注 岩波文庫
虚無僧の謎吹禅の心 岡田冨士雄 秋田出版社
日本の歴史8蒙古襲来 黒田俊雄 中公文庫
増補姿としぐさの中世史 黒田日出男 平凡社ライブラリー
一遍と時宗教団 大橋俊雄 教育社歴史新書
捨聖・一遍上人 梅谷繁樹 講談社現代新書
エンカルタ百科事典 マイクロソフト
関連記事:
「宗教的快感と性的快感」
「『遠祖は正成』―庶民から見た楠木氏―」
「レズビアン補足:我が国の事例」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「ええじゃないか」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020621b.html)
関連サイト:
「鷲宮神社」(http://www.washinomiyajinja.or.jp/)
「陸奥総社宮」
(http://www5e.biglobe.ne.jp/~ALLURE/mutu-sosya-page1.html)より
「鼻節神社」(http://www5e.biglobe.ne.jp/~ALLURE/hanabusi.html)
「明治・その時代を考えてみよう」
(http://homepage2.nifty.com/kumando/index.html#top)より
「『おかげまいり』の意義」
(http://homepage2.nifty.com/kumando/mj/mj010825.html)
「歴史の舞台裏」
(http://members.jcom.home.ne.jp/rekisi-butaiura/main.html)より
「ええじゃないか騒ぎ」
(http://members.jcom.home.ne.jp/rekisi-butaiura/eejya.html)
「虚無僧研究会」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~komuken/)
「時宗総本山 遊行寺ホームページ」(http://www.jishu.or.jp/)
※こちらに補足記事を作成。
「まにあっくすZ」(http://maniaxz.blog99.fc2.com/)より
「初詣にウン十万人のヲタ殺到 …『かんなぎ』や『らき☆すた』効果で海外からも」(http://maniaxz.blog99.fc2.com/blog-entry-2258.html)
「にゅーあきばどっとこむ」(http://www.new-akiba.com/)より
「らき☆すた、かんなぎ、東方など聖地の神社への初詣まとめ」
(http://www.new-akiba.com/archives/2009/01/post_11375.html)
これは人気アニメ「らき☆すた」「かんなぎ」等の舞台、またはそのモデルとなった神社にファンが多数詰め掛けたものだとか。これに限らず、愛好するアニメ作品に登場する場所を巡る事を一部の間では「聖地巡礼」と呼んだりするようです。
しかしこれに対し不気味がる声も存在するようです。
「アルファルファモザイク」(http://alfalfa.livedoor.biz/)より
「初詣客を怒らせた鷺宮神社の『アキバ化』、近隣主婦『大の大人が一人ではしゃいでてぞっとする』」
(http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51416163.html#rank)
似たような話として、日本だけでなく海外からもオタクが集まる世界最大級の同人誌即売会「コミックマーケット」(通称「コミケ」)や、アイドルを愛好するオタクたちがコンサートで集団で独特の踊りをする「オタ芸」もまたオタクによる情熱を伴った群集行動といえます。
「にゅーるぽ(・・)」(http://horo346.blog75.fc2.com/)より
「“マンガの祭典”コミケ75が28日に開幕、初日は前年比1万人増の15万人が来場」(http://horo346.blog75.fc2.com/blog-entry-126.html)
「GIGAZINE(ギガジン)」(http://gigazine.net/)より
「『オタ芸』とはどのようなものかがよくわかるムービーいろいろ」
(http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080524_ota_gei_movie/)
彼らは風俗を乱すと非難されたり不気味がられたりする事もありますが、その姿からは何故か既視感がする気がします。というわけで、日本史を題材に類似していそうな話題を集めてみました。
・「おかげまいり」
徳川期中期以降には同時発生的に多数の人間が一斉に伊勢神宮への参詣に向かう現象が見られました。これを「おかげまいり」と呼びますが、元来はお礼参りから始まるものだったようです。約六十年の周期で起こるといわれており、前触れなく突如多くの人々が熱に浮かされたかのように各地から伊勢へと押し寄せるようになりました。宝永二年(1705)には四月には一日あたり二千~三千人が訪れていたのが最高時には一日辺り22~23万人が伊勢を訪れたといわれます。明和八年(1771)にも参拝者が207万7450人に上り、文政十三年(1830)に至っては当時の人口の六分の一に相当する486万人が参拝したという事です。
彼らの中には無一文同然で旅をするものも多く、街道の人々は彼らに対して大量の炊き出しや喜捨を行って援助したそうです。参拝者の中には帰った際には幾許かの金を得ていた者も存在したほどでした。こうした施行は信仰への援助という功徳という側面が強かったのは言うまでもありませんが、貧窮した彼らが集団で暴徒化するのを防ぐための措置としての一面もあったようです。
・「ええじゃないか」
「ええじゃないか」は、慶応三年(1867)に見られた、人々が「ええじゃないか」などと叫びながら乱舞した現象です。「おかげまいり」の一種として論じられる事もあります。畿内・東海を中心に全国的に見られており、伊勢神宮の神札が降ったという話は有名ですがそれ以外にも仏画・地域の寺社の御守などが現れたとされる例も多かったようです。ともあれ、それを祝って祭りが行われ、しばしば逸脱して無礼講・踊りがエスカレートし、分限者などへの狼藉行為も行われたとされています。その仕掛け人については現在も諸説ありますが、政情不安定で先が見えない社会において人々が不安を紛らわせようとした時代を象徴する一幕であると言えます。
・「ぼろぼろ(虚無僧)」
虚無僧とは、仏道修行者とされるものの剃髪せず半僧半俗で各地を旅する存在です。編笠で顔を隠し尺八を吹き、その音曲により煩悩を除くと言われていました。唐代の禅僧・普化に起源を持つとされており、徳川時代には禅宗の一派普化宗として認定され鈴法寺・明暗寺を拠点に広まっています。
14世紀には既にある程度の社会的存在になっていた事が「徒然草」などから分かりますが、「ぼろぼろ」と呼ばれ梵字について解説し説教を行いながら遊行する事で生計を立てる芸能宗教者だったとされています。彼らはみすぼらしい格好をして集団で念仏を詠んだり、しばしば刃傷沙汰に及ぶなど放縦な行動が認められたようです。禅宗や中国文化が取り入れられて現在知られている虚無僧の原型が出来たのが14世紀末頃だとか。徳川期には浪人や犯罪を犯した武士がしばらく虚無僧になる例が多かったようですが、無頼の徒も多く混じって治安を乱す事もしばしばで取締りの対象になった事もありました。
・「時宗」
時宗とは、13世紀後半の一遍を始祖と仰ぐ念仏系の一派です。念仏を書いた札を配り、念仏踊りを行ったりしながら諸国の寺社を旅して廻っていました。14世紀には全国的に広がりました。中には芸能に長じた人々も多く、足利期には文化人として時の政権に仕える例も多数見られます。
彼らは外部の人間からは奇異の目で見られていたようで、「天狗草子」と呼ばれる絵巻物では詞書に「さはがしき事、山猿にことならず」「男女根をかくす事なく、食物をつかみくひ」などと書かれ一遍も「天狗の長老」と評されています。そして絵巻には無作法に施行の食物を貪り食う人々や、あられもない姿で肩を組み同性愛行為に耽っていると思しき尼僧たちのような猥雑で乱脈な有様、更に一遍の尿を薬として有り難がる人々の姿が胡散臭いものとして描かれているのです。
加えて踊念仏による集団エクスタシーにも強い警戒・反発があったことも知られています。土俗的で猥雑な信仰を併せ持ち大きなエネルギーを内在したこの熱狂的宗教集団に対しては、得体の知れない不気味な存在として恐れ警戒する人々も少なからずいたわけですね。
昔も今も、多人数の集団が熱に浮かされたように現実世界での損得を離れた原理で行動し、その結果として公序良俗に脅威を与える現象は見られているわけですね。神仏への信仰を持って行動した昔の人と、娯楽作品に熱を上げて現実逃避した現代人と、確かに違いはあります。が、実生活の価値観を離れた物に熱狂的に情熱を注ぎ、損得勘定で言えば全く無駄な苦痛を経た末に恍惚を得ている点では全く同じです。そしてその巨大なエネルギーが周辺の人々にとっては安寧を脅かしかねない不気味なものであると同時に無視できない経済効果をもたらすものであることも。
現世中心になって宗教の力が弱くなった近現代では、宗教の代わりを娯楽文化が果たし現実生活で傷ついた人々を癒し夢を見させていると言う事でしょう。人はいつの世も、パンだけで生きていけるほど強くはないのですから。しかし、現実世界に甘んじて普通に生きている人々の目には、現実に飽き足らず目に見えない「何か」に魂の救いを求める人々の集団は理解不能で自分達の生活を破壊しかねない危険分子と映る。人間とは業な生き物ですな。
【参考文献】
伊勢詣と江戸の旅 金森敦子 文春新書
絵図に見る伊勢参り 旅の文化研究所編 河出書房新社
世直し 佐々木潤之介 岩波書店
ええじゃないか始まる 田村貞雄 青木書店
新訂徒然草 西尾実・安良岡康作校注 岩波文庫
虚無僧の謎吹禅の心 岡田冨士雄 秋田出版社
日本の歴史8蒙古襲来 黒田俊雄 中公文庫
増補姿としぐさの中世史 黒田日出男 平凡社ライブラリー
一遍と時宗教団 大橋俊雄 教育社歴史新書
捨聖・一遍上人 梅谷繁樹 講談社現代新書
エンカルタ百科事典 マイクロソフト
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「宗教的快感と性的快感」
「『遠祖は正成』―庶民から見た楠木氏―」
「レズビアン補足:我が国の事例」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「ええじゃないか」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020621b.html)
関連サイト:
「鷲宮神社」(http://www.washinomiyajinja.or.jp/)
「陸奥総社宮」
(http://www5e.biglobe.ne.jp/~ALLURE/mutu-sosya-page1.html)より
「鼻節神社」(http://www5e.biglobe.ne.jp/~ALLURE/hanabusi.html)
「明治・その時代を考えてみよう」
(http://homepage2.nifty.com/kumando/index.html#top)より
「『おかげまいり』の意義」
(http://homepage2.nifty.com/kumando/mj/mj010825.html)
「歴史の舞台裏」
(http://members.jcom.home.ne.jp/rekisi-butaiura/main.html)より
「ええじゃないか騒ぎ」
(http://members.jcom.home.ne.jp/rekisi-butaiura/eejya.html)
「虚無僧研究会」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~komuken/)
「時宗総本山 遊行寺ホームページ」(http://www.jishu.or.jp/)
※こちらに補足記事を作成。
by trushbasket
| 2009-01-10 20:48
| NF








