2009年 06月 28日
「おっぱい!おっぱい!」~日本人と乳について通史的に考える~
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現代日本人男性が女性の乳房に対し性的に強い思い入れを持っているのは否定しようがありませんが、古典での語の用例を編纂した大事典「古事類苑」で認められる「乳」「乳房」は専ら母性・母乳関連で性的関心とは言い難いようす。しかし、本当に日本人が性的関心を向ける事は現代までなかったのでしょうか?少し前の記事によれば、中世物語から見る限りでは現代ほど露骨ではないものの十分に性的関心の対象だったようですが…。今回は、それに関連した話題を大雑把ながら通史的に概観したいと思います。
まずは原始時代ですが、土偶に乳房が付いた女性と思しきものが多いのは知られています。ただし、これは母性を通じて豊饒を祈ったものとも言われ、性的なものとは言えないように思います。
次に、神話を題材にして太古の人々の見方を探って見ましょう。「古事記」「日本書紀」で天照大神が岩屋に隠れた際に天鈿女が乳房と女性器も露に踊って岩戸を開かせたとか、瓊瓊杵尊が高天原から地上に下る際に立ち塞がった猿田彦に対してやはり天鈿女が乳と女性器を露出して威嚇したとかいった話は大変有名ですね。ここからは、太古において乳は女性器と並んで性的な意味があった事が分かります。それが転じて呪術的な意味合いを持つようになったのは以前の記事で述べたとおりです。
そして時代はやや下って古代、「万葉集」にこのような歌があります。
この歌からも、古代社会に於いては豊満な乳が女性の性的魅力における小さからぬ一面として認識されていた事が分かります。総じて、太古から古代にかけては乳が性的に強く意識され、大きな乳房が魅力的とされたといえそうです。
さて王朝時代については、以前の記事で詳細に検討されていますから割愛します。まあ、当時の貴族たちは医学書「医心方」に引用される房中術を大いに参考にしており、そこでは情交時に刺激する部位として女性器に次いで乳が挙げられるのが常ですから、乳への性的関心がなくなることはなかったとは思われます。
足利期・戦国期については関連した文書資料が手元にありませんでしたので、ここでは民俗学の助けを借りてみようかと思います。
足利期には地縁で人々が結びついた惣村が成立しました。そうした村落において戦乱で財産や女子供を守ったり戦争や一揆での動員における基本単位が若者組だったと考えられています。戦後しばらくまでは男は十五歳になると若者組に入り大人扱いとなりましたが、その際に新入りを仏堂に集めて同人数の未亡人(足りない場合は夫のある年長女性も)の手で筆下ろしをさせ性技を伝授するのが通例でした。最初に本尊の前で籤で男女の組み合わせを決め、時には母子や叔母甥が組になることがあっても仏の取り持った縁としてそのままになったそうです。この儀式で女性が初心男性に最初に教えるのが乳を握らせたり吸わせる事である村も少なからずあったとか。この話は一般民衆の間で性行為において乳がある程度重視されていた事を示唆していますね。
これらは近代に現地民から聞き取った情報であり、いつからこうした性技が行われたかは分かりません。とはいえ長い年月を経て経験的に会得され伝えられたものであろう事は想像に難くなく、足利期・戦国期まで遡れる可能性はゼロではないという程度の事は言えそうです。
もう一つこの時期に関して追加するならば、江ノ島の裸弁天像が建立されたのが南北朝期であったと推測されています。裸弁天像は江ノ島以外にも結構多数作られているようですが、いずれも乳房・女性器を曝け出した姿なのが通例であり、太古と同様に乳が女性器ともども性的関心対象だった可能性が示唆されるかと思います。
時代は下って、徳川期。この時代は性文化が相当に発展した事で知られ、性行為を題材にした春画は特に有名です。ところが、春画では女性器が詳細に描写されているのと対照的に、乳に関しては冷淡でふくらみと乳首を画一的・無造作に描いている傾向があります。それだけでなく、乳は描かず下半身だけをはだけた絵も多いようです。そうした事から、白倉敬彦氏・澁澤龍彦氏らは当時乳房が性的に重んじられていなかったのではないかと指摘しており「日本人(日本男子)の性的関心は、生殖器のみに局限化されている」(「江戸の春画」P112)と極論する向きすらあります。また日本人は乳房に無関心であるのみならず、肉体そのものより衣裳により隠される事による艶かしさにエロを感じるのだと指摘する人もいます。確かに、春画からはこの時期の人々は乳に性的関心を持たなかったかに見えます。更に幕末期に日本を旅したシュリーマンの紀行文が道端で赤ん坊に乳を飲ませる女やら混浴が普通だった事やらを記述していた事もこの推測を裏付けるように思えます。
しかし、話はそう単純ではないようで、逆に乳への性的関心が存在した事を示唆する事例も多々見られます。まず、戦国の遺風が残る十七世紀後半、女性の口説き方を説いた菱川師宣「好色いと柳」では、女性に戯れる際に男が胸元へ手を差し入れている絵が複数描かれていますから、性的前戯の際に乳に触れるのが既に通例であった事がうかがえるのです。考えてみれば、中国でも「如意君伝」など多数の好色小説では巨根への拘りが見られる割りに春画では男根の大きさが普通だったりしますから、春画で乳への拘りがないからといって現実でもそうとは限らないですね。また、実を言うと春画にも乳への拘りをうかがわせるものが皆無ではなく、菊川英山「婦川女好」には、女性の豊満な乳の先端を加える男の図があったりしますから、春画からも乳への性的関心の存在が裏付けられるといえます。
そして、「歌舞伎十八番」の一つである「鳴神」では法力のある高僧・鳴神上人が美女の色仕掛けに引っかかり、癪の介抱の際に懐に手を入れ乳房に触れた事を契機に堕落しています。次に「俳諧武玉川」六篇では
という句があり、遊女の乳房へ興味津々だった事が伺えます。それもつかめば消えるような微乳・貧乳好み。
更に、小泉八雲の作品の一つである「因果話」にも触れておきましょう。これは十九世紀前半を舞台とした怪奇話で、ある大名の奥方が病死寸前に夫の愛妾であり自身も妹分の様に可愛がっていた雪子を後妻とするよう夫に勧める所から始まります。そして、奥方は最期の見納めに庭の八重桜を見たいと言って雪子に背負わせ、最後の力を振り絞って立ち上がり雪子の肩越しに着物の下へ手を差し込んでその乳房をつかみ
他にも具体的な実例をあげて見ましょう。十八世紀半ばに著された遊女屋経営指南書「おさめかまいじょう」は客の男性を満足させるための様々な特殊プレイを具体的に記していますが、その中にこのような箇所があります。
要約すると、乳で一物を挟んで快楽を与え、射精に至らなければ乳首で刺激を加えるそうで。いわゆる「パイズリ」が少なくとも十八世紀半ばには既に存在した訳ですね。西洋でもルイ十五世の愛人・ポンパドゥール夫人が考案したという伝説があるのを考慮すると、時期はあまり変わらないといえます。また、ここからは小さい乳だけでなく少なくとも一物を挟める大きさの乳を好む向きが存在した事も読み取れますね。あと、「ちち汁少し出して」って、乳汁を用いたプレイも考慮に入っているようです。流石は我らの御先祖様、これなら乳大好きフランス人相手でも戦えそうです。…何をどう戦うか不明ですが。
他に、「乳揉みちゃぐ」(同P51)るのが前戯の一種としてしばしば見られた事や、男上背位の際に「片手で乳を揉み、まら入れて、片手でぼぼいらう」(同P107)という乳・性器・陰核の三箇所を同時刺激する方法がある事もこの書物から分かります。従来と同様に性行為の際に快楽を与える方法として乳の刺激がしばしば行われていた訳ですね。
以上から、徳川期には現代ほど一般的ではなかった可能性はあるものの、明らかに乳への性的関心は相当な高みに上っていたと結論できるかと思います。
さて、近代に入ると西洋に追いつき追い越せで生き残りを図るため西洋思想の導入が図られます。それに伴い、西洋人の好みも一緒に輸入されたのか乳に関する性的な描写も従来と比べて更に増加しています。
例えば与謝野晶子は「みだれ髪」で
と詠んでおり、乳で男を誘惑する歌が明治の段階で既に出現しています。因みに従来の和歌で女性の誘魅する力を象徴していたのは髪だったそうで、その意味で画期的な歌だったとか。
また夏目漱石が「草枕」で主人公が温泉で鉢合わせした美女の裸身を描写する際には「ふっくらと浮く二つの乳」にも視線を向けています。
そして志賀直哉の代表作といえば「暗夜行路」ですが、その前編末尾において宿で女を買った主人公は「女のふつくらとした重味のある乳房を柔かく握つて見て、云ひやうのない快感を感じ」て「豊年だ!豊年だ!」と叫び「幾度となくそれを揺振つた」あげくに「私の空虚を満たして呉れる、何かしら唯一の貴重な物」(以上は「志賀直哉全集第四巻」P259)とまでのたまう有様で、見事なおっぱい星人ぶりを披露しているのは有名です。何だか
昭和前半に入ると、夢野久作の怪作「ドグラ・マグラ」では美少女の裸身を描く際に
と乳に特別な強い感銘をもって言及。
そして同時期に太宰治は「美少女」を著しやはり温泉で出会った少女の裸身を観察。曰く、
と述懐しました。もし口に出せばどう考えてもセクハラです。少女を顔より乳で認識する天晴れさは、まるで漫画「仮面のメイドガイ」に登場する乳ファンクラブのリーダーです。
さて、太宰と志賀直哉の関係は、直哉が太宰を批判したのに対抗して太宰が「如是我聞」で直哉を痛烈に非難した事からも分かるように決して良好とはいえませんでしたが、
と「美少女」文中では直哉の発言に熱烈な賛意を示しています。前述した直哉の発言をも考えると、この二人は不仲ながら乳好きという点で共通しているようです。
戦後に入ると、アメリカ文化の導入もあって性への開放的な風潮が強まります。それもあって、従来は取締りのため難しかったストリップや額縁ショー(額縁で秘所を隠すストリップの一種)などの乳房をさらす見世物も盛んになったようです。また、その他の文化作品でも乳への性的関心がそれまでになく強くなったのは改めてここで申し上げるまでも無いでしょう。
一般に、日本人が乳房への性的関心を強く持つようになったのは欧米の影響で戦後以降だといわれます。確かに乳への性的な眼は、前近代より近代、近代より現代の方が強いように思われます。しかしながら、決して前近代においても日本人の乳への性的な関心は歴史を通じて十二分に強かった事が明らかになりました。太古・古代から、日本男児は一貫して「おっぱい!おっぱい!」とばかりに乳に惹かれて来たというわけですね。
【参考文献】
古事類苑 人部一 吉川弘文館
日本の歴史1神話から歴史へ 井上光貞 中公文庫
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
呪術・占いのすべて 瓜生中・渋谷申博著 日本文芸社
図説性の日本史 笹間良彦 雄山閣
新訂新訓万葉集上巻 佐佐木信綱編 岩波文庫
色好みの構造 中村真一郎著 岩波新書
中国の性愛術 土屋英明 新潮選書
日本の歴史10下剋上の時代 永原慶二 中公文庫
夜這いの民俗学 赤松啓介 明石書店
性風俗の日本史 F・クラウス 風俗原典研究会・編訳 河出文庫
海辺の聖地 上田篤 新潮選書
江戸の春画 それはポルノだったのか 白倉敬彦著 白泉社
春画を読む口説きの四十八手 白倉敬彦 平凡社新書
エロスの解剖 渋澤龍彦 河出文庫
日本的エロティシズムの眺望 元田與一著 鳥影社
シュリーマン旅行記清国・日本 H.シュリーマン、石井和子訳 講談社学術文庫
中国艶本題全 土屋英明 文春新書
医者見立て江戸の好色 田野辺富蔵 河出文庫
誹諧武玉川(二) 山澤英雄校訂 岩波文庫
歌舞伎十八番 十二代目市川團十郎著 服部幸雄解説、小川知子写真 河出書房新社
怪談・奇談 小泉八雲著 平川祐弘編 講談社学術文庫
江戸の性愛術 渡辺信一郎 新潮選書
かなりHな博学知識 博学こだわり倶楽部 河出書房新社
鉄幹晶子全集② 勉誠出版
乳房のうたの系譜 道浦母都子 筑摩書房
志賀直哉全集第四巻 岩波書店
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「夏目漱石 草枕」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card776.html)
「夢野久作 ドグラ・マグラ」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card2093.html)
「太宰治 美少女」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card242.html)
「太宰治 如是我聞」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_15078.html)
図録性の日本史増補版 笹間良彦 雄山閣
ナポレオン―獅子の時代― 長谷川哲也 少年画報社
仮面のメイドガイ 赤衣丸歩郎 角川書店
関連記事:
「おっぱい、いっぱい、昔の日本 ~昔の日本人はどれ程おっぱい星人だったのか?~ 中世の古典を素材として」
「乳をこよなく愛した人々の話 in 西洋史」
「ロリコン神、乳を語る」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「ジュブナイルポルノの歴史に関する覚え書きとささやかな考現学」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/mito/juvenile.html)
なお、
「もう一回だけメイドガイ」
に乳関連リンク先がまとめられています。それに加え、
「駄文にゅうす」(http://ariel.s8.xrea.com/)より
「天は乳の上に乳を造らず、乳の下に乳を造らず ~胸に関するえとせとら その4~」
(http://ariel.s8.xrea.com/news/2008_07.htm#20080716)
を入れておきます。
「アキバBlog」(http://blog.livedoor.jp/geek/)より
「魔乳秘剣帖1巻 『乳こそがこの世の理』 ポロリもあるよ」(http://www.akibablog.net/archives/2007/03/manyuu_070323.html)
「おっぱい時代劇コミック 『魔乳秘剣帖』 2巻も『おっぱい』たくさん」(http://www.akibablog.net/archives/2008/02/manyuu-080223.html)
「『おっぱい!おっぱい!』 魔乳秘剣帖3巻発売」(http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50752062.html)
現在、一部で話題の乳漫画。実際の徳川期もここまでは行きませんが結構「おっぱい!おっぱい!」だったような気が。
「おもしろフラッシュ総合サイト」(http://29g.net/)より
「バスト占いのうた」(http://29g.net/html/081405.php)
まずは原始時代ですが、土偶に乳房が付いた女性と思しきものが多いのは知られています。ただし、これは母性を通じて豊饒を祈ったものとも言われ、性的なものとは言えないように思います。
次に、神話を題材にして太古の人々の見方を探って見ましょう。「古事記」「日本書紀」で天照大神が岩屋に隠れた際に天鈿女が乳房と女性器も露に踊って岩戸を開かせたとか、瓊瓊杵尊が高天原から地上に下る際に立ち塞がった猿田彦に対してやはり天鈿女が乳と女性器を露出して威嚇したとかいった話は大変有名ですね。ここからは、太古において乳は女性器と並んで性的な意味があった事が分かります。それが転じて呪術的な意味合いを持つようになったのは以前の記事で述べたとおりです。
そして時代はやや下って古代、「万葉集」にこのような歌があります。
上総の末の珠名の娘子(をとめ)を詠める歌一首并に短歌
しなが鳥 安房に継ぎたる あづさ弓 周淮(すゑ)の珠名は 胸別(むなわけ)の 廣き我妹(わぎも) 腰細の すがる娘子(をとめ)の その姿(さま)の 端正(きらきら)しきに 花のごと 咲みて立てれば 玉ほこの 道ゆく人は おのが行く 道は行かずて 召ばなくに 門(かど)に至りぬ さし並ぶ 隣の君は あらかじめ おの妻離(か)れて 乞はなくに 鎰さへ奉る 人皆の かく迷へれば 容艶の 縁りてぞ妹は 戯はれてありける(9-1738)
【安房の国に続いている周淮に住む珠名娘子は乳房が豊満な可愛い女で、腰の細い娘。その容姿の美しさときたら、花のように微笑んで立ってさえいれば道行く人は自分の行先を捨てて、呼びもせぬのに彼女の家の門までふらふらと来てしまうほど。隣の家の主人などはあらかじめ妻と離縁してから、頼みもせぬのに鍵まで渡す。皆がこのように血迷うもので、娘の方も彼らに靡き男遊びに耽っていたということだ。】
この歌からも、古代社会に於いては豊満な乳が女性の性的魅力における小さからぬ一面として認識されていた事が分かります。総じて、太古から古代にかけては乳が性的に強く意識され、大きな乳房が魅力的とされたといえそうです。
さて王朝時代については、以前の記事で詳細に検討されていますから割愛します。まあ、当時の貴族たちは医学書「医心方」に引用される房中術を大いに参考にしており、そこでは情交時に刺激する部位として女性器に次いで乳が挙げられるのが常ですから、乳への性的関心がなくなることはなかったとは思われます。
足利期・戦国期については関連した文書資料が手元にありませんでしたので、ここでは民俗学の助けを借りてみようかと思います。
足利期には地縁で人々が結びついた惣村が成立しました。そうした村落において戦乱で財産や女子供を守ったり戦争や一揆での動員における基本単位が若者組だったと考えられています。戦後しばらくまでは男は十五歳になると若者組に入り大人扱いとなりましたが、その際に新入りを仏堂に集めて同人数の未亡人(足りない場合は夫のある年長女性も)の手で筆下ろしをさせ性技を伝授するのが通例でした。最初に本尊の前で籤で男女の組み合わせを決め、時には母子や叔母甥が組になることがあっても仏の取り持った縁としてそのままになったそうです。この儀式で女性が初心男性に最初に教えるのが乳を握らせたり吸わせる事である村も少なからずあったとか。この話は一般民衆の間で性行為において乳がある程度重視されていた事を示唆していますね。
これらは近代に現地民から聞き取った情報であり、いつからこうした性技が行われたかは分かりません。とはいえ長い年月を経て経験的に会得され伝えられたものであろう事は想像に難くなく、足利期・戦国期まで遡れる可能性はゼロではないという程度の事は言えそうです。
もう一つこの時期に関して追加するならば、江ノ島の裸弁天像が建立されたのが南北朝期であったと推測されています。裸弁天像は江ノ島以外にも結構多数作られているようですが、いずれも乳房・女性器を曝け出した姿なのが通例であり、太古と同様に乳が女性器ともども性的関心対象だった可能性が示唆されるかと思います。
時代は下って、徳川期。この時代は性文化が相当に発展した事で知られ、性行為を題材にした春画は特に有名です。ところが、春画では女性器が詳細に描写されているのと対照的に、乳に関しては冷淡でふくらみと乳首を画一的・無造作に描いている傾向があります。それだけでなく、乳は描かず下半身だけをはだけた絵も多いようです。そうした事から、白倉敬彦氏・澁澤龍彦氏らは当時乳房が性的に重んじられていなかったのではないかと指摘しており「日本人(日本男子)の性的関心は、生殖器のみに局限化されている」(「江戸の春画」P112)と極論する向きすらあります。また日本人は乳房に無関心であるのみならず、肉体そのものより衣裳により隠される事による艶かしさにエロを感じるのだと指摘する人もいます。確かに、春画からはこの時期の人々は乳に性的関心を持たなかったかに見えます。更に幕末期に日本を旅したシュリーマンの紀行文が道端で赤ん坊に乳を飲ませる女やら混浴が普通だった事やらを記述していた事もこの推測を裏付けるように思えます。
しかし、話はそう単純ではないようで、逆に乳への性的関心が存在した事を示唆する事例も多々見られます。まず、戦国の遺風が残る十七世紀後半、女性の口説き方を説いた菱川師宣「好色いと柳」では、女性に戯れる際に男が胸元へ手を差し入れている絵が複数描かれていますから、性的前戯の際に乳に触れるのが既に通例であった事がうかがえるのです。考えてみれば、中国でも「如意君伝」など多数の好色小説では巨根への拘りが見られる割りに春画では男根の大きさが普通だったりしますから、春画で乳への拘りがないからといって現実でもそうとは限らないですね。また、実を言うと春画にも乳への拘りをうかがわせるものが皆無ではなく、菊川英山「婦川女好」には、女性の豊満な乳の先端を加える男の図があったりしますから、春画からも乳への性的関心の存在が裏付けられるといえます。
そして、「歌舞伎十八番」の一つである「鳴神」では法力のある高僧・鳴神上人が美女の色仕掛けに引っかかり、癪の介抱の際に懐に手を入れ乳房に触れた事を契機に堕落しています。次に「俳諧武玉川」六篇では
つかめハ消へる傾城の乳
という句があり、遊女の乳房へ興味津々だった事が伺えます。それもつかめば消えるような微乳・貧乳好み。
更に、小泉八雲の作品の一つである「因果話」にも触れておきましょう。これは十九世紀前半を舞台とした怪奇話で、ある大名の奥方が病死寸前に夫の愛妾であり自身も妹分の様に可愛がっていた雪子を後妻とするよう夫に勧める所から始まります。そして、奥方は最期の見納めに庭の八重桜を見たいと言って雪子に背負わせ、最後の力を振り絞って立ち上がり雪子の肩越しに着物の下へ手を差し込んでその乳房をつかみ
「これで願いが叶った!」「桜の花を望んだこの願い―ただし庭の桜のことではない!……望み叶うまで死ぬに死ねなかった。だが今、それが叶ったのだ!―ああ、嬉しや!」(「怪談・奇談」P143-144)と言いながら息を引き取ります。死後にも奥方の手が雪子の乳房に強く食い込んで離れず、手だけを死体から切り落とすものの手は黒くひからびてからも生き続け毎晩丑の刻に乳を揉み責めさいなむという内容です。奥方の心情が雪子への嫉妬なのか、それとも雪子への同性愛的執着なのか。いずれにせよ、乳への母乳・母性を離れた性的拘りがそこに見られると言って差し支えないでしょう。
他にも具体的な実例をあげて見ましょう。十八世紀半ばに著された遊女屋経営指南書「おさめかまいじょう」は客の男性を満足させるための様々な特殊プレイを具体的に記していますが、その中にこのような箇所があります。
「ちちの大けなるおやま、両ちちに挟み、其の中にまらを入れる。中々に気遣らねば、心得て両ちち持ち、ちち底までまら入れず、指をまらのつけ首つり皮に当て、ちちと一緒に擦り上げるなり。それにても気遣らざる時は、両ちちの首、両ちちの中に入れ、おのれがちちを揉み、ちち汁少し出して、まら受けするなり。」(「江戸の性愛術」P57)
要約すると、乳で一物を挟んで快楽を与え、射精に至らなければ乳首で刺激を加えるそうで。いわゆる「パイズリ」が少なくとも十八世紀半ばには既に存在した訳ですね。西洋でもルイ十五世の愛人・ポンパドゥール夫人が考案したという伝説があるのを考慮すると、時期はあまり変わらないといえます。また、ここからは小さい乳だけでなく少なくとも一物を挟める大きさの乳を好む向きが存在した事も読み取れますね。あと、「ちち汁少し出して」って、乳汁を用いたプレイも考慮に入っているようです。流石は我らの御先祖様、これなら乳大好きフランス人相手でも戦えそうです。…何をどう戦うか不明ですが。
他に、「乳揉みちゃぐ」(同P51)るのが前戯の一種としてしばしば見られた事や、男上背位の際に「片手で乳を揉み、まら入れて、片手でぼぼいらう」(同P107)という乳・性器・陰核の三箇所を同時刺激する方法がある事もこの書物から分かります。従来と同様に性行為の際に快楽を与える方法として乳の刺激がしばしば行われていた訳ですね。
以上から、徳川期には現代ほど一般的ではなかった可能性はあるものの、明らかに乳への性的関心は相当な高みに上っていたと結論できるかと思います。
さて、近代に入ると西洋に追いつき追い越せで生き残りを図るため西洋思想の導入が図られます。それに伴い、西洋人の好みも一緒に輸入されたのか乳に関する性的な描写も従来と比べて更に増加しています。
例えば与謝野晶子は「みだれ髪」で
春短し何の不滅の命ぞと力ある乳を手にさぐらせぬ
(「青春は短い、どうして不滅の命のはずがあろうか、若い日々を満喫しなさい」とばかりに、生命力のある乳房を彼に触れさせる)
と詠んでおり、乳で男を誘惑する歌が明治の段階で既に出現しています。因みに従来の和歌で女性の誘魅する力を象徴していたのは髪だったそうで、その意味で画期的な歌だったとか。
また夏目漱石が「草枕」で主人公が温泉で鉢合わせした美女の裸身を描写する際には「ふっくらと浮く二つの乳」にも視線を向けています。
そして志賀直哉の代表作といえば「暗夜行路」ですが、その前編末尾において宿で女を買った主人公は「女のふつくらとした重味のある乳房を柔かく握つて見て、云ひやうのない快感を感じ」て「豊年だ!豊年だ!」と叫び「幾度となくそれを揺振つた」あげくに「私の空虚を満たして呉れる、何かしら唯一の貴重な物」(以上は「志賀直哉全集第四巻」P259)とまでのたまう有様で、見事なおっぱい星人ぶりを披露しているのは有名です。何だか
「あんたが俺にオッパイを貸す……俺は勇気が湧く すると軍隊が強オオオオオオオオくなってあんたや女たちを守るってわけだ」(ジュベール 「ナポレオン―獅子の時代―」第十巻P45)とか言い出しそうな勢いですね。
昭和前半に入ると、夢野久作の怪作「ドグラ・マグラ」では美少女の裸身を描く際に
「中にもその愛ずらかな恰好の乳房は、神秘の国に生れた大きな貝の剥き肉かなぞのように活き活きとした薔薇色に盛り上って、煌々たる光明の下に、夢うつつの心を仄めかしております」
「地上の何者をも平伏(ひれふ)さしてしまうであろう、その清らかな胸」
(いずれも青空文庫「ドグラ・マグラ」より)
と乳に特別な強い感銘をもって言及。
そして同時期に太宰治は「美少女」を著しやはり温泉で出会った少女の裸身を観察。曰く、
「見事なのである。コーヒー茶碗一ぱいになるくらいのゆたかな乳房、なめらかなおなか、ぴちっと固くしまった四肢、ちっとも恥じずに両手をぶらぶらさせて私の眼の前を通る。」と豊満な乳房に熱視線。主人公はこの少女と床屋で再開するものの思い出せませんでしたが、彼女が牛乳瓶を持って飲んでいるのを見てようやく思い出し、
「ああ、わかりました。その牛乳で、やっとわかりました。顔より乳房のほうを知っているので、失礼しました、と私は少女に挨拶したく思った。いまは青い簡単服に包まれているが、私はこの少女の素晴らしい肉体、隅の隅まで知ってる。そう思うと、うれしかった。少女を、肉親のようにさえ思われた。」
と述懐しました。もし口に出せばどう考えてもセクハラです。少女を顔より乳で認識する天晴れさは、まるで漫画「仮面のメイドガイ」に登場する乳ファンクラブのリーダーです。
さて、太宰と志賀直哉の関係は、直哉が太宰を批判したのに対抗して太宰が「如是我聞」で直哉を痛烈に非難した事からも分かるように決して良好とはいえませんでしたが、
「お嫁に行けるような、ひとりまえのからだになった時、女は一ばん美しいと志賀直哉の随筆に在ったが、それを読んだとき、志賀氏もずいぶん思い切ったことを言うと冷やりとした。けれども、いま眼のまえに少女の美しい裸体を、まじまじと見て、志賀氏のそんな言葉は、ちっともいやらしいものでは無く、純粋な観賞の対象としても、これは崇高なほど立派なものだと思った。」
(以上三ヶ所は青空文庫「美少女」より)
と「美少女」文中では直哉の発言に熱烈な賛意を示しています。前述した直哉の発言をも考えると、この二人は不仲ながら乳好きという点で共通しているようです。
戦後に入ると、アメリカ文化の導入もあって性への開放的な風潮が強まります。それもあって、従来は取締りのため難しかったストリップや額縁ショー(額縁で秘所を隠すストリップの一種)などの乳房をさらす見世物も盛んになったようです。また、その他の文化作品でも乳への性的関心がそれまでになく強くなったのは改めてここで申し上げるまでも無いでしょう。
一般に、日本人が乳房への性的関心を強く持つようになったのは欧米の影響で戦後以降だといわれます。確かに乳への性的な眼は、前近代より近代、近代より現代の方が強いように思われます。しかしながら、決して前近代においても日本人の乳への性的な関心は歴史を通じて十二分に強かった事が明らかになりました。太古・古代から、日本男児は一貫して「おっぱい!おっぱい!」とばかりに乳に惹かれて来たというわけですね。
【参考文献】
古事類苑 人部一 吉川弘文館
日本の歴史1神話から歴史へ 井上光貞 中公文庫
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
呪術・占いのすべて 瓜生中・渋谷申博著 日本文芸社
図説性の日本史 笹間良彦 雄山閣
新訂新訓万葉集上巻 佐佐木信綱編 岩波文庫
色好みの構造 中村真一郎著 岩波新書
中国の性愛術 土屋英明 新潮選書
日本の歴史10下剋上の時代 永原慶二 中公文庫
夜這いの民俗学 赤松啓介 明石書店
性風俗の日本史 F・クラウス 風俗原典研究会・編訳 河出文庫
海辺の聖地 上田篤 新潮選書
江戸の春画 それはポルノだったのか 白倉敬彦著 白泉社
春画を読む口説きの四十八手 白倉敬彦 平凡社新書
エロスの解剖 渋澤龍彦 河出文庫
日本的エロティシズムの眺望 元田與一著 鳥影社
シュリーマン旅行記清国・日本 H.シュリーマン、石井和子訳 講談社学術文庫
中国艶本題全 土屋英明 文春新書
医者見立て江戸の好色 田野辺富蔵 河出文庫
誹諧武玉川(二) 山澤英雄校訂 岩波文庫
歌舞伎十八番 十二代目市川團十郎著 服部幸雄解説、小川知子写真 河出書房新社
怪談・奇談 小泉八雲著 平川祐弘編 講談社学術文庫
江戸の性愛術 渡辺信一郎 新潮選書
かなりHな博学知識 博学こだわり倶楽部 河出書房新社
鉄幹晶子全集② 勉誠出版
乳房のうたの系譜 道浦母都子 筑摩書房
志賀直哉全集第四巻 岩波書店
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「夏目漱石 草枕」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card776.html)
「夢野久作 ドグラ・マグラ」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card2093.html)
「太宰治 美少女」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card242.html)
「太宰治 如是我聞」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_15078.html)
図録性の日本史増補版 笹間良彦 雄山閣
ナポレオン―獅子の時代― 長谷川哲也 少年画報社
仮面のメイドガイ 赤衣丸歩郎 角川書店
関連記事:
「おっぱい、いっぱい、昔の日本 ~昔の日本人はどれ程おっぱい星人だったのか?~ 中世の古典を素材として」
「乳をこよなく愛した人々の話 in 西洋史」
「ロリコン神、乳を語る」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「ジュブナイルポルノの歴史に関する覚え書きとささやかな考現学」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/mito/juvenile.html)
なお、
「もう一回だけメイドガイ」
に乳関連リンク先がまとめられています。それに加え、
「駄文にゅうす」(http://ariel.s8.xrea.com/)より
「天は乳の上に乳を造らず、乳の下に乳を造らず ~胸に関するえとせとら その4~」
(http://ariel.s8.xrea.com/news/2008_07.htm#20080716)
を入れておきます。
「アキバBlog」(http://blog.livedoor.jp/geek/)より
「魔乳秘剣帖1巻 『乳こそがこの世の理』 ポロリもあるよ」(http://www.akibablog.net/archives/2007/03/manyuu_070323.html)
「おっぱい時代劇コミック 『魔乳秘剣帖』 2巻も『おっぱい』たくさん」(http://www.akibablog.net/archives/2008/02/manyuu-080223.html)
「『おっぱい!おっぱい!』 魔乳秘剣帖3巻発売」(http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50752062.html)
現在、一部で話題の乳漫画。実際の徳川期もここまでは行きませんが結構「おっぱい!おっぱい!」だったような気が。
「おもしろフラッシュ総合サイト」(http://29g.net/)より
「バスト占いのうた」(http://29g.net/html/081405.php)
by trushbasket
| 2009-06-28 04:26
| NF








