2009年 07月 07日
義仲と芭蕉~粟津の義仲寺~
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少し前に、義仲に関連した記事がありました。コメントで松尾芭蕉が義仲贔屓である事に触れられていたので、今回はこれに便乗。
昨年秋、大津に旅行した際に義仲寺に立ち寄りました。粟津で戦死した義仲の墓がある所で、伝説によれば巴御前が出家して庵を結び菩提を弔ったのが始めだとか。で、戦国期に六角氏によって寺院が建立されたそうです。この地に一時期逗留し、死後にここに埋葬される事を望んだのが俳人松尾芭蕉。芭蕉は「奥の細道」で
現在、義仲寺には義仲・芭蕉の墓の他に義仲父子を祀った朝日堂、芭蕉絡みの翁堂などがあります。入り口脇の資料コーナーには芭蕉関連の絵巻や伊藤若冲による天井画の複製?が展示してあったように記憶しています。芭蕉の墓がある関係から俳人たちにとって聖地のような存在になっているようで、他の俳人たちの墓も奥にあったり境内のあちこちに句碑が立っていますから探検気分で探すのも面白いかもしれません。
写真が手元にないのが残念ですが、それほど広くはなくこじんまりとした印象ながらも閑静で密度の濃い場所だったと思います。大津に行かれた際には立ち寄られてみてはいかがでしょうか。ただし、お車の際は駐車場のスペースがなかったように記憶していますのでその点に御注意ください。
ま、詳細は僕があれこれ言うより以下のサイトの方が詳しいかと思います。
「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」
(http://www.bashouan.com/psBashou.htm)より
「芭蕉の晩年と墓所義仲寺」
(http://www.bashouan.com/psBashou_spc.htm)
「滋賀県博物館協議会:義仲寺」
(http://www.lbm.go.jp/kenhaku/shoukai/04.html)
【参考文献】
主に旅行時の記憶と上記サイトを参考にしていますが、加えて
・芭蕉 尾形仂著 筑摩書房
・芭蕉臨終記花屋日記 小宮豊隆校訂 岩波文庫
を挙げます。
関連記事:
「義仲はバカ義経よりはるか上 ~江戸時代のひねくれ源平合戦名将論~ 紹介・随筆『我宿草』」
「偉大なるダメ人間シリーズ番外 ロリコン英雄伝」
「『結婚したくない男』、そして『出世したくない男』」
俳人の話が少しあるので。
昨年秋、大津に旅行した際に義仲寺に立ち寄りました。粟津で戦死した義仲の墓がある所で、伝説によれば巴御前が出家して庵を結び菩提を弔ったのが始めだとか。で、戦国期に六角氏によって寺院が建立されたそうです。この地に一時期逗留し、死後にここに埋葬される事を望んだのが俳人松尾芭蕉。芭蕉は「奥の細道」で
義仲の寝覚めの山か月悲しと詠み義仲の墓前でも
木曾の情雪や生えぬく春の草と詠むなど義仲に共感・同情を寄せていたようですが、自らの墓所をそこに定めたのにはそれも関係していたものでしょうか。
現在、義仲寺には義仲・芭蕉の墓の他に義仲父子を祀った朝日堂、芭蕉絡みの翁堂などがあります。入り口脇の資料コーナーには芭蕉関連の絵巻や伊藤若冲による天井画の複製?が展示してあったように記憶しています。芭蕉の墓がある関係から俳人たちにとって聖地のような存在になっているようで、他の俳人たちの墓も奥にあったり境内のあちこちに句碑が立っていますから探検気分で探すのも面白いかもしれません。
写真が手元にないのが残念ですが、それほど広くはなくこじんまりとした印象ながらも閑静で密度の濃い場所だったと思います。大津に行かれた際には立ち寄られてみてはいかがでしょうか。ただし、お車の際は駐車場のスペースがなかったように記憶していますのでその点に御注意ください。
ま、詳細は僕があれこれ言うより以下のサイトの方が詳しいかと思います。
「俳聖 松尾芭蕉・みちのくの足跡」
(http://www.bashouan.com/psBashou.htm)より
「芭蕉の晩年と墓所義仲寺」
(http://www.bashouan.com/psBashou_spc.htm)
「滋賀県博物館協議会:義仲寺」
(http://www.lbm.go.jp/kenhaku/shoukai/04.html)
【参考文献】
主に旅行時の記憶と上記サイトを参考にしていますが、加えて
・芭蕉 尾形仂著 筑摩書房
・芭蕉臨終記花屋日記 小宮豊隆校訂 岩波文庫
を挙げます。
関連記事:
「義仲はバカ義経よりはるか上 ~江戸時代のひねくれ源平合戦名将論~ 紹介・随筆『我宿草』」
「偉大なるダメ人間シリーズ番外 ロリコン英雄伝」
「『結婚したくない男』、そして『出世したくない男』」
俳人の話が少しあるので。
by trushbasket
| 2009-07-07 00:07
| NF








