2009年 07月 11日
引きこもりニート列伝外伝その2 種田山頭火・尾崎放哉―俳人、そして廃人―
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分け入つても分け入つても青い山
咳をしても一人
この二つの俳句を耳にしたことがある人も多いかと思います。俳句といえば普通は五・七・五で作られるものですが、これらはそうした規則から外れています。こうした俳句は自由律と呼ばれ、近代において一派をなしました。季語もなく、音数も違うこれらは「俳句」というより「短い散文詩」な気がしなくもないですが、ここではそれについては追求しないことにします。ややこしいので。さて、最初の句は種田山頭火、次の句は尾崎放哉によって作られました。というわけで、今回の「引きこもりニート列伝」外伝はこの二人を扱います。
以下、二人の略歴を紹介します。
種田山頭火
生没年は1882-1940。俳人。山口県生まれ。本名、正一。早大中退。「層雲」に参加。荻原井泉水門下。出家し托鉢生活をしながら自由律による句作をした。句集「草木塔」、日記紀行文集「愚を守る」など。
尾崎放哉
生没年は1885-1926。俳人。鳥取県生まれ。本名、秀雄。東大卒。晩年、小豆島の庵で詠んだ口語調の自由律俳句で知られる。句集「大空」。
山頭火は山口県の酒屋の子として生まれました。少年時代に母の自殺という悲運にあい、また早稲田大学に入学するものの適合できず精神をすり減らして中退するという陰のある青少年時代を送っています。その後は家業の酒屋を手伝いますが、やがて父の放蕩もあり苦労します。更に仕事のストレスもあり、自身も「宅には余りゐません状態で家計収支其他に面白くなく酒でまぎらわしてゐ」(妻の証言)る状況となり資金を工面した帰りに泥酔して金を使い果たしてしまう事もありました。こんな体たらくでしたから経営は難航し倒産。その後は離婚を強いられ更に何度か職を転々としました。
酒で身を誤ることも多いのは相変わらずで、それが対人関係や仕事にも影を落としていたようです。酒屋時代から既に嗜んでいた俳句の会を飲み過ぎですっぽかしたりアルコールによる脚気になったりもしていましたが、この時期も汽車を待つ間の一杯が止められず前後不覚まで酔って金がなくなり無銭飲食で警察に連行されるなどどうしようもない状況でした。
そうした中、大正十三年(1924)には泥酔して熊本市電を止めるという事故を起こし、それを契機として報恩禅寺住職・望月義庵の仲介で寺男となり、それ以降は雲水として各地を巡る人生を送りました。以前から荻原井泉水に入門して俳句を学んでいた関係もあり、その際に数多くの句を残しています。巡礼生活においても破戒して酒に溺れては反省し戒律を厳守する生活に移るものの、一定期間が過ぎれば再び酒を飲んでしまうという生活を繰り返していたそうです。
なお晩年は故郷で「其中庵」を結び、更に松山市の「一草庵」に移って生涯を閉じています。庵を結ぶ際も現地の人々から不安がられ身元保証を求められ知人や(離婚した妻の元にいる)息子の世話になったりしています。生涯にわたり木村緑平といった俳句人脈を通じて経済的援助を受けて生活しており、緑平は山頭火の経済感覚について「無ければ無いで済むのだが、あればそうはゆかない。計画的な生活は出来ないのである。あればあるだけ出て行ってしまうのだから。」と述懐しています。
放哉は鳥取藩士の家に生まれ、東京帝大法学部政治学科を卒業したエリートです。当然、同期には国会議員やらに出世した人物がおり、彼自身も東洋通信社を経て東洋生命保険に就職するという順調な人生の滑り出しを見せました。しかし苦労知らずで育ったためか、着流しまたは羽織袴(当時、重役が着るものとされました)というTPOをわきまえない格好で朝十時という重役出勤で午後三時にはきっちり退社。酷い時は酒の臭いを漂わせながらだったといいますから社会を舐めてるとしか言いようがありません。どうやら偉い人とコネがあったためそうした態度をとれたようで、周囲にしてみれば不愉快だが文句も言えずフラストレーションがたまったものと思われます。まあそれでも最低限の仕事はきっちりしていたらしいのでまだよいですが。
東京時代はそれでも無事でしたが、大阪支社に次長として出向した際にも相変わらずで、それに中央からのエリート社員に対する現地社員の反発心もあって上司・部下と衝突。本人は行いを改めるどころかストレスから酒に溺れ暴言・奇行を繰り返すようになりますます事態を悪化させる始末でした。当時、放哉は知人に「私は兎角、商売に似合わず、物を云ふ事がきらひな性分でして」「酒でも呑んで、頭をぼんやりせねばシヤベラレマセヌ。物を云ふには酒を呑まねばならんとはずい分手数のかかつたことで」とボヤキとも言い訳ともつかぬ書簡を送っています。人生舐めてる上に対人能力欠如、そして酒に逃げる。どうしようもない困った状況ですね。
結局、数年で退職し失業状態を経た上で、同期生の情にすがって朝鮮火災海上保険の支配人として再就職。しかし、やっぱり同じことの繰り返しで酒での失敗を重ね、酔って知人宅に上がり込んだり借金を重ねる有様でした。借金は友人が肩代わりしてくれてどうにかなりましたが、これで信用も人脈も失い家庭も崩壊。
再び無職の身となり更に無一文の放哉は宗教に救いを求め一燈園に入信しますが、ここでも集団生活が肌に合わず孤立気味となりました。結局、学生時代から続けていた俳句の師匠・荻原井泉水の紹介で寺男となりますが、またもや酒で失敗して叩き出されるなどで幾つかの寺を転々とし小豆島の寺で離れ住まいに。ここでも酒に呑まれて地域住民と揉めたりしたようですけどね。ホントに懲りない男です。それでもこの時期には一応は落ち着いたようで句作にもどこか達観したような感じが現れるといわれますが、四十二歳の若さで生涯を閉じています。
二人とも、荻原井泉水門下の自由律俳人という他に、比較的恵まれた家柄に生まれたものの対人関係で挫折し酒に溺れて社会から脱落し俳句仲間から生活面でも援助を受けつつ寺男となったというかなり似通った面を持っています。修行のため各地を旅した山頭火と居場所を探して寺を転々とした放哉という違いはありますが。まあ、寺の肉体労働をこなす立場ですからニートとは異なるのですが、職を失い知人の世話になった一時期があるという事で取り上げてみました。それにしても、そろいもそろってアルコール依存症になった挙句にドロップアウトしたダメ人間。というか、俳人というより廃人ですよこれじゃ。特に放哉は苦労知らずで甘えているといわれても仕方ありません。
そういえば彼らの師である井泉水は、放哉の同期生からは議員など出世した人々が何人もいるが十年もすれば彼らは忘れ去られるだろうと前置きした上で、藤村操(在学中に「曰く『不可解』」の言葉を残し華厳の滝に入水)と放哉の名は記憶されるであろうと述べています。何でも藤村は肉体的に、放哉は精神的に放下した存在として語られるとか。…確かに僕もこの二人の名は知っている一方で栄達した彼らの同期は知りません。でも、エリート候補たちの中で名を残した二人の経歴がかたや学業中途で厭世自殺、こなた社会不適合でアルコール依存症・廃人同然ってのも考えてみればどうなんでしょうね。
「勝ち組」と思われる家庭で生まれたにもかかわらず、自らのダメさ加減もあり転落人生を味わった山頭火と放哉。しかし、ただダメっぷりを示すだけでなく自身の思いに正直に生き、自らの魂の叫びを俳句(というか詩)に残して後世に感銘と共感を呼んだ彼等の生涯には何となく惹かれるものがあるのもまた事実です。
【参考文献】
種田山頭火 村上護著 ミネルヴァ書房
尾崎放哉随筆・書簡 俳句文庫春陽堂
放哉という男 荻原井泉水 大法輪閣
「人間嫌い」の言い分 長山靖生 光文社新書
大辞林第二版 三省堂
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(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/dame.html)
「自殺と往生」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/oujo.html)
藤村操について触れています。
「アレクサンドロス」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1999/991022.html)
酒乱の英雄。
「呉の文化人達」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020524b.html)
「おまけ」に酒に飲まれた君主達の話が。
関連サイト
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「種田山頭火」
(http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person146.html#sakuhin_list_1)
「尾崎放哉」
(http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person195.html#sakuhin_list_1)
「つれづれの文庫」(http://www.nextftp.com/y_misa/)より
「種田山頭火」(http://www.nextftp.com/y_misa/taneda/taneda.html)
「酒と山頭火」(http://www2.biglobe.ne.jp/~endoy/)
「放哉 孤高の詩」(http://www2.biglobe.ne.jp/~endoy/index02.html)
「Good-byeアルコール依存症」(http://www.nsknet.or.jp/~hy-comp/index.html)
二人とも酒で身を誤りましたからね…
by trushbasket
| 2009-07-11 12:30
| NF








