「ねこー、ねこー」「けろぴーは、ここ」―動物崇拝の一例としての猫・カエル―
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その五人のヒロインたちの一人に水瀬名雪というキャラがいます。主人公の居候先に住む従姉妹兼幼馴染であり、間延びしたしゃべり方が特徴的でおっとりとした性格の天然ボケ少女です。幼馴染といえば普通は毎朝主人公を起こしてくれたりするものなんですが、彼女は朝が極端に弱く数十個の目覚まし時計を使っても起きられないため逆に主人公に起こしてもらう始末。朝の寝ぼけっぷりは「うにゅ」と妙な声を上げたり不思議な言動や行動を見せたりと実に笑えます。おまけにマイペースでのんびり屋なので起こしてからも大変です。陸上部部長で足が速いので登校時に主人公の足を引っ張らないのが救いでしょうか。で、「Kanon」のその他のヒロインと同様に食い意地が張っており、イチゴジャムやイチゴサンデーといったイチゴ関連には目がありません。
あと彼女について特筆すべきは、猫アレルギーで猫に近寄れないにもかかわらず大変な猫好きである事。身の回りを猫グッズで固め、猫を見つけるとアレルギーなのも構わず「ねこー、ねこー」と叫びながら駆け寄ろうとするほどです。また、寝る際に「けろぴー」なる巨大なカエル(?)のぬいぐるみを愛用していますが、本物のぬるぬるしたカエルはそれほど好きではないようです。
…と言う訳で、今回は猫とカエルに関する話です。まあ、猫とカエルに関する話がそれぞれだけでは短いので名雪の話題で強引に繋げたわけですが。
イスラーム文化圏においては、猫は神聖な動物として大事にされる傾向があるそうです。例えばトルコでは犬を穢れたものと見なす一方で猫は貞節温良としています。また、シリアの首都ダマスカスでは昔の紀行文などで城壁周辺に猫が充満しており人々は猫に食を与えるのを善行としていたそうです。伝承によればこれはイスラームの開祖ムハンマドが猫好きであった事に由来しており、彼は読書中に猫が袖の上で眠ってしまった際、礼拝の時間に礼拝堂に行くため立とうとしたが猫を起こすのに忍びず袖を切って立ち上がったそうです。また、袖の中に猫を常に入れており養っていたとも言います。…猫アレルギーでなかった事はムハンマドにとって大きな幸いであったといえそうです。それにあやかってムスリムたちが争って猫を飼い食事を与えるのを徳行としたといわれています。しかし一説ではシリアを中心とした地域で猫が重んじられるのは昔エジプトの支配下であった影響からであり、古代エジプトから猫崇拝が伝わったためではないかという見方もあるようです。エジプトでは、猫の瞳が日の高さにしたがって増減変化するため猫を日の神が愛したものと考えたとか。因みに中国やセイロンでも猫の目を見て時刻を知ったという話が残されています。さてエジプトにおいては太陽神ラーの娘・バステートが猫神とされ子や母の守り神として信仰されました。猫が死ぬとミイラとして保存して飼い主たちは喪に服し、事故死させると厳罰に処されたりしたそうですから相当な尊重ぶりですね。
一方、仏教では逆に猫を嫌い鼠を重んじたようです。仏教に限らずインドでは古くから猫を疎んじており「マヌ法典」にも猫が発心したと偽って鼠を捕殺した話があり、「雑宝蔵経」には猫が山鶏の妻となってこれを欺き殺した逸話が収められています。また魔法使いが猫の助けを借りるとされてもおり、猫は基本的にインドではマイナスイメージです。猫の天敵である鼠が仏陀の危地を助けたとかプラスイメージで語られるのと対照的といえます。なお、中国では当初はイメージが良かったのが仏教の影響で悪印象になったという話もあります。
西洋でも当初は猫のイメージは良かったのですが、中世になると魔女の使いとして忌避される傾向が見られるようになりました。一方、猫が薬剤として効果があると信じられたりもしたようで、例えばものもらいには黒猫・三毛猫の尻尾が良いとされ、疣には猫の血が効くといわれていました。また、猫には九つの命があると信じられた時代もあり、凶よりではあるにしろ猫が神秘的なものとされていたのはエジプトなどと同じなようです。
さて、次に日本における猫のイメージについて語っておきましょう。日本では、「枕草子」「源氏物語」から分るように宮廷で愛玩動物として古くから親しまれており、若き日の宇多天皇が父帝・光孝天皇から送られた猫を可愛がったという話もあるなどイメージは基本的に悪くなかったようです。ただし、「徒然草」からは年を経た猫が妖怪化した「猫また」の存在が信じられていた事が分り、猫への警戒もまた存在したようです。そして近世後期に入ると、新たな猫への信仰形態が出現しました。中国の古文書「酉陽雑俎」には猫が顔を洗ってから前足を耳の上に挙げると客が来るという伝承を記していますが、これが福を招き寄せる招き猫信仰に発展。例えば、彦根藩主井伊直孝にはこのような伝説があります。直孝が鷹狩の帰りに寺の門前で子猫がしきりに手招きをするのを見て不思議に思い寺に立ち寄り、そこの和尚と意気投合し話をしていると急に激しい雷雨が。直孝は感嘆し、和尚に帰依すると共に例の猫を幸運を招き寄せたものとみなし、この寺を井伊氏の菩提寺としました。それが豪徳寺の起こりだそうです。また、京都三条の檀王法林寺は夜を司るとされる主夜神尊を祀っていますが、これがいつしか夜目の利く猫と結び付けられ招き猫信仰が定着したそうです。一般に招き猫信仰が広まったのは水商売関連からのようで、十八世紀末には向両国の妓楼で客が来るのを祈って金猫銀猫を飾ったという話があります。そして十九世紀に入ると世間一般に招き猫が浸透したようです。また、養蚕をする農家の間では蚕を鼠から守るため猫が重んじられ、更に猫絵がお守りとして持て囃されました。中でも岩松氏当主による「殿様の猫絵」は有名です。その他にも、主人を守った猫の話や主人の恨みを晴らした化け猫の話などが伝えられ猫が祀られた寺社が全国各地に存在しています。日本における猫のイメージは、吉凶並存しながらもややプラス寄りであるといえそうですね。
まとめると、日本やエジプト、西洋に共通して猫を夜の世界、霊界に通じる力を持つ神秘的な存在と見る向きがあったようです。
次に、名雪がぬいぐるみを愛したカエルについて。カエルは、水中に住み春になると土中から出てくることから農業と縁深く再生を象徴するものと見られていました。吉野蔵王堂にはカエルに変えられた男が神仏の許しを得て人間に戻った伝承に因んだ蛙飛びの儀式があるのも、カエルが死からの再生と結び付けられていた現われだと考えられています。そのため、我が国でもカエルを崇拝する例がいくつか見られます。有名なのが伊勢二見浦の二見興玉神社で、カエルは祭神猿田彦の使いとされ数多くのカエルの置物が存在しています。また、新宮の神倉神社の神体である巨岩・ゴトビキ石は一説によればヒキガエルに似ているからその名が付けられたとか。「ゴト」とは熊野・吉野・志摩・富山・石川・高知などの地域におけるヒキガエルを意味する方言であったそうです。因みに「和名抄」によれば「蝦蟇」(ガマガエル)は昔には「賀閉流(かへる)」と呼ばれ「蟾蜍」(ヒキガエル)は「比木」といわれたが、後世には両者が混同されたとか。ヒキガエルの語源は、「老年余喘」によれば「物をにらみて引よする」様子からきているんだそうです。このようにヒキガエルは物を睨んで引き寄せる力があると信じられ、他にも吐いた息が虹になったり帝釈天の居所に届いたりと神秘的な力があると考えられていました。更に、ヒキガエルは「万葉集」で「谷蟆のさ渡る極み」と詠われたように地上を這いずり回り世界の果てまでを知っていると思われていたのです。「古事記」によれば少名毘古那神がやってきた際に誰も正体を知らなかったので「多爾具久」(谷蟆、ヒキガエル)がその正体を知る者がいると告げたりしたのはその一例でしょう。そのヒキガエルに似ていると思われた巨岩が神聖視されたのは自然な成り行きといえます。このように、カエルも古くから神秘的な動物とみなされていたのです。
現在においては愛玩動物だったりマスコットだったりする動物たち。太古には人間から見て不思議な力や性質を持っている事から神聖視されたりしました。そこにあったのは自然に対する畏敬の念の一例といってよいでしょう。
【参考文献】
南方熊楠コレクションⅡ南方民俗学 河出文庫
招き猫の文化誌 菊池真・日本招猫倶楽部 勉誠出版
京都民俗志 井上頼春 平凡社東洋文庫
猫神様の散歩道 八岩まどか 青弓社
日本古典文学大系14-18源氏物語 岩波書店
枕草子 池田亀鑑校訂 岩波文庫
新訂 徒然草 吉田兼好著 西尾実・安良岡康作校注 岩波文庫
熊野の伝説と謎 下村巳六 批評社
古事記 倉野憲司校注 岩波文庫
The Ultimate Art Collection of "Kanon" エンターブレイン
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「神様に、ファインプレイを―神道における祭祀への一考察―」
「動物」と「祭祀」についての話三つ。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「エロゲーを中心とする恋愛ゲームの歴史に関するごく簡単なメモ」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/s2004/050311.html)
「イスラム教歴史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011005.html)
「インド史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/060113.html)
関連サイト:
「Key Official HomePage」(http://key.visualarts.gr.jp/)
「はつゆきオフィシャル『ゆきっこ.com』」(http://yukikko.com/default.aspx)より
「第6回属性別選手権'幼馴染'級」(http://yukikko.com/zoku06.aspx)
発売から十年近くが経過しているのに名雪は七位にランクイン。Kanonの根強い人気が分ります。
「招猫倶楽部」(http://homepage1.nifty.com/manekinekoclub/)
「檀王法林寺」(http://www.dannoh.com/)
「二見興玉神社」(http://www.amigo2.ne.jp/~oki-tama/)
「み熊野ねっと」(http://www.mikumano.net/index.html)より
「熊野の観光名所/神倉神社」(http://www.mikumano.net/meguri/kamikura.html)