2009年 09月 13日
歴史に見る容姿コンプレックスとその克服法 ~歴史のかなたから贈る驚異の誰でもモテる術~
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コンプレックス産業なる新語があるそうです。
劣等感につけこむ諸々のサービス産業の俗称で、エステとか美容外科とか美容のための機械や薬剤とか容姿に関連する相当高価なサービス業がその代表。
要するに、雑誌の表紙めくったところに出てくるような、あれやこれやのサービス業のことです。
便利な薬や機具で脱毛すべすべとか、貧弱な坊やと女性が馬鹿にしなくなる器具とか、乳のボリュームUPとか、楽にダイエットとか、そんな感じ。
その他、育毛とかも一大ジャンル。
で、高価な割に効果があるのか怪しくて、トラブル多発してる辺り、割と社会的に問題。
そういうわけで、そんな産業自体に批判があるのはもちろんのこと、産業に煽られ餌食になる人間についても、外観への過度のこだわりを社会的に批判する向きも存在するようなのですが、
しかし、ここで人間は内面とか、外見だけで人を判断する人間に好かれても仕方ないとか、そんなこと言っても無駄なわけですよ。
なにせ、容姿の欠点の劣等感は何千年もずーっと人間を悩ませており、
どうにかそれを克服しようという見苦しくも涙ぐましい努力も何千年、凡俗どころか人生何の不満があるのか分からない恵まれた人々まで巻き込んで、続いているわけです。
たとえば、古代ローマの英雄にカエサルという男がいます。山のように散財し、女もたらしにたらして、かなりの年まで存分に遊び呆け、ちょっと本気出して戦争に出てみたらさくっと天下とって独裁者になっちゃったっていう、およそ人生不満も悩みも無さげな男なわけなんですが、
この人、手下の兵士たちにエロハゲ呼ばわりされるくらい、ハゲで有名。政敵にはいつもハゲを嘲笑されてたそうです。
そのため、本人も大層気にして、いつも頭頂から髪を前におろしてハゲを隠そうとしていたし、偉くなって月桂冠かぶってうろつく特権を得た時は、冠でハゲ隠してご機嫌だったみたいです。
で、このもてもてハゲですが、ハゲ以外にも毛のことを非常に気にかけてまして、
きっちり髭そりはもちろんのこと、それどころか「体毛すら丁寧に抜き取らせていた」(スエトニウス著『ローマ皇帝伝 (上)』国原吉之助訳 岩波文庫 53頁)とか。
というわけで、何と言うか、
どうして人間要る毛は常に消滅の危険にさらされ、一方要らない毛は嫌になるほどはびこるのか、世の中どうにも無常で、そっちのフサフサとあっちのスベスベが入れ替えれればみんな幸せだろうに、どう見ても人間という生物の外観は設計にミスがあるよ、と言わざるをえないのですが、
それはともかく容姿の生み出す劣等感は、カエサルのような英雄的器量の持ち主にして、恵まれた生活の享受者であっても克服不可能なのです。
まして、意思薄弱で、人生そんなに恵まれてもない凡俗が容姿の劣等感に負けて、変な産業の口車に乗ってしまっても致し方ありません。
だからコンプレックス産業とかその被害者とかの哀れな価値観を道徳者流に批判するなど、すでに述べたようにまるでムダ。
コンプレックス産業への対処は、もっと別のアプローチで行くべきです。
というわけで、私はここで、わが国古来の知恵を生かした解決策を提唱したい。
ここで参考にすべきは、うんざりするほど恋を歌い恋を物語った、恋の時代平安時代。恋愛くらいしかすることなくなったヒマな貴族連中の生み出した、平安文化が、我々に容姿コンプレックス問題を克服する方法を教えてくれるはずなのです。
そもそも、どんな階層であれ、他人を性的に十分刺激して、短期的な性衝動を超えて切なく煩悶繰り返させるほどの、素敵な容姿の恋愛適格者がそうそう多いはずもなく、文化の色合いが恋愛基調になるほどの恋愛大流行など、自然のままでは、恋愛適格者の人数不足のせいで、起こりえません。そうであるならば、恋の時代を維持するためには、恋愛適格者を増やすための容姿上乗せの何らかの簡便な万人向け人為的措置が取られ、成功をおさめていたはず。
そいつを暴いて、現代に持ち込もうというわけですよ。
で、美形でそろわぬ人間どもを、無理やり恋愛適性及第点まで押し上げる、平安時代の容姿上乗せの秘術ですが、恋愛社会にうまく馴染めず脇からイジケタ陰湿な視線を恋愛社会に向けていた女性文人の紫式部が伝えてくれています。『紫式部日記』によれば、
<訳>
くつろいでいる時なればこそ、整っていない容貌も立ち並べた中で差がついて見えるというもので、注意を尽くして身づくろい、化粧して、負けじと飾り立てている時は、女絵の見事なものにもよく似て、年頃が大人であるか、とても幼いのかの区別、髪の少し衰えた様と、未だ若盛りの豊かすぎる様子の区別くらいしか見分けられない。
というわけで、土台の顔立ちと体型を隠してしまう凶悪重厚な化粧&服装のおかげで、平安「美人」は髪くらいしか区別がつかないというお話。現代でも化粧の絶大な効果はほとんど詐欺まがいで物議を醸すことがありますし、多少の体型隠しは行われているようですが、そんなものは平安人から見れば生ぬるい。
現代でも、誰が誰だか区別ができないよう、おしろいに匹敵する極厚の化粧と、重ね着重ねた平安装束に負けない大仰な服装を流行らせれば、容姿コンプレックスの問題解決間違いなし。
ところで、これは女性についての文章で、男性の問題は解決しないって意見が出てくるかもしれませんが、こんな土台が分からなくなる化粧アンド服なら、男に適用してもたぶん問題ないし、へたすりゃ男顔は化粧で化けるって唱える女装指南書もあるくらいだし、昔の日本人的にヒゲでも男の娘になれるっぽいし、この際、平安美人術を男にも適用してしまえば良いんですよ。で、男性ファッションが女性化すると、後ろめたさなく気軽に当然のファッションとしてカツラが着用できるようになるから、ハゲに悩み、ヅラヅラ嘲笑されるのを恐れ、育毛産業に煽られる、危険域にいる男性たちにも朗報だ。
平安時代の叡智によって、現代人男女の容姿コンプレックス、一挙に解決できそうですよ。
もちろん、今より多少の上乗せ出費は必要になるでしょうが、効果のはっきりしない高価なコンプレックス産業と比べれば、安価確実な救いの道。
とはいえ、いまさら洋服時代から和服時代に回帰もないでしょうし、具体的にはどんな服装を流行らせたら良いんでしょうね。
そういえば、洋服だと、巨大なスカートの19世紀ヨーロッパのドレスは妊娠すら隠せる性能だったとか、なんかの本で読んだ記憶がぼんやりあって、どうやら19世紀風の巨大スカートファッションがかなりの体型隠蔽力を誇っているようなのですが、それなら19世紀巨大スカート種の衣服の中で少しでも生活上の諸作業に適性がありそうなやつ……、そうメイド服だ。貴婦人のドレスほどの体型隠蔽力はないにせよ、それでもスカートしっかり膨らませれば、多少のメタボ程度ならどうってことなさそうですよ?
すでに時はメイド服をきた漢がかっこいい時代だし。(メイドガイ・コガラシの「かっこいいは、大義。」http://www.fujimishobo.co.jp/pure/2006/05/post_55.phpを参照)
それでも男がメイド服ってのに不安になってる人、大丈夫、安心して。キモくなんかないよ……たぶん。顔は平安式にうまくごまかせてるはずだし、もしそこで失敗してても、過剰なフリルとか付けなければ、きっと、大丈夫。パーフェクトジオング(分からない人のため説明すると人気ロボット・ガンダムの超強い敵)みたいな格好の漢が溢れるだけだから。慣れればどうってことないレベル……。等身大ガンダム立てるくらいみんなガンダム好きだし、すぐに慣れるよ。
とうわけで、コンプレックス産業克服のために、メイド服を国民服に。
いまこそ、目指そう
メイドいんジャパン
そうそう、
平安美人術は、化粧と服装以外にもあって、紫式部は『源氏物語』でこんなことを言ってます。
<訳>
たいしたことのない言葉でさえ、声をおっとりと、静かに落ち着いて言い出せば、聞き手の耳にはたいしたものに聞こえ、つまらない歌語りをするの場合も、声づかいをふさわしくして、余情を持たせ、始めと終わりを言い惜しむ感じに聞き取りにくくして口ずさめば、深い内容までは理解できなくなって、聞いた感じ趣深く思わせて耳を引くことができる。
つまり、おっとり大人しいキャラづくりして何言ってんのか分からない小声のぼやけたしゃべり方で、適当に相槌うっとけば、良い感じに雅な語らいになるよ。
ということで、何言ってんのか分からないなんとなくな適当会話の醸し出す気品を、誰だか分からん化粧と服に添え、誰でも雰囲気までも備わった、パーフェクト美人。
ということは、全国民で大人しい系のメイドさんになれば良いよ。日本人は国際的に見ても意見とかはっきり口にしない大人しいキャラみたいだし。
最初はカエサルについて書くだけのつもりだったのに、どうしてこうなったんだろう……。
日本文化がHENTAI過ぎるせいだよね?……たぶん。
参考資料
『ローマ皇帝伝 (上)』スエトニウス著 国原吉之助訳 岩波文庫
『新編 日本古典文学全集 22 26』小学館
三葉『オンナノコになりたい!』一迅社
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引きこもりニート列伝その7 カエサル
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html
物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/genji.html
源氏物語を読む
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html
劣等感につけこむ諸々のサービス産業の俗称で、エステとか美容外科とか美容のための機械や薬剤とか容姿に関連する相当高価なサービス業がその代表。
要するに、雑誌の表紙めくったところに出てくるような、あれやこれやのサービス業のことです。
便利な薬や機具で脱毛すべすべとか、貧弱な坊やと女性が馬鹿にしなくなる器具とか、乳のボリュームUPとか、楽にダイエットとか、そんな感じ。
その他、育毛とかも一大ジャンル。
で、高価な割に効果があるのか怪しくて、トラブル多発してる辺り、割と社会的に問題。
そういうわけで、そんな産業自体に批判があるのはもちろんのこと、産業に煽られ餌食になる人間についても、外観への過度のこだわりを社会的に批判する向きも存在するようなのですが、
しかし、ここで人間は内面とか、外見だけで人を判断する人間に好かれても仕方ないとか、そんなこと言っても無駄なわけですよ。
なにせ、容姿の欠点の劣等感は何千年もずーっと人間を悩ませており、
どうにかそれを克服しようという見苦しくも涙ぐましい努力も何千年、凡俗どころか人生何の不満があるのか分からない恵まれた人々まで巻き込んで、続いているわけです。
たとえば、古代ローマの英雄にカエサルという男がいます。山のように散財し、女もたらしにたらして、かなりの年まで存分に遊び呆け、ちょっと本気出して戦争に出てみたらさくっと天下とって独裁者になっちゃったっていう、およそ人生不満も悩みも無さげな男なわけなんですが、
この人、手下の兵士たちにエロハゲ呼ばわりされるくらい、ハゲで有名。政敵にはいつもハゲを嘲笑されてたそうです。
そのため、本人も大層気にして、いつも頭頂から髪を前におろしてハゲを隠そうとしていたし、偉くなって月桂冠かぶってうろつく特権を得た時は、冠でハゲ隠してご機嫌だったみたいです。
で、このもてもてハゲですが、ハゲ以外にも毛のことを非常に気にかけてまして、
きっちり髭そりはもちろんのこと、それどころか「体毛すら丁寧に抜き取らせていた」(スエトニウス著『ローマ皇帝伝 (上)』国原吉之助訳 岩波文庫 53頁)とか。
というわけで、何と言うか、
どうして人間要る毛は常に消滅の危険にさらされ、一方要らない毛は嫌になるほどはびこるのか、世の中どうにも無常で、そっちのフサフサとあっちのスベスベが入れ替えれればみんな幸せだろうに、どう見ても人間という生物の外観は設計にミスがあるよ、と言わざるをえないのですが、
それはともかく容姿の生み出す劣等感は、カエサルのような英雄的器量の持ち主にして、恵まれた生活の享受者であっても克服不可能なのです。
まして、意思薄弱で、人生そんなに恵まれてもない凡俗が容姿の劣等感に負けて、変な産業の口車に乗ってしまっても致し方ありません。
だからコンプレックス産業とかその被害者とかの哀れな価値観を道徳者流に批判するなど、すでに述べたようにまるでムダ。
コンプレックス産業への対処は、もっと別のアプローチで行くべきです。
というわけで、私はここで、わが国古来の知恵を生かした解決策を提唱したい。
ここで参考にすべきは、うんざりするほど恋を歌い恋を物語った、恋の時代平安時代。恋愛くらいしかすることなくなったヒマな貴族連中の生み出した、平安文化が、我々に容姿コンプレックス問題を克服する方法を教えてくれるはずなのです。
そもそも、どんな階層であれ、他人を性的に十分刺激して、短期的な性衝動を超えて切なく煩悶繰り返させるほどの、素敵な容姿の恋愛適格者がそうそう多いはずもなく、文化の色合いが恋愛基調になるほどの恋愛大流行など、自然のままでは、恋愛適格者の人数不足のせいで、起こりえません。そうであるならば、恋の時代を維持するためには、恋愛適格者を増やすための容姿上乗せの何らかの簡便な万人向け人為的措置が取られ、成功をおさめていたはず。
そいつを暴いて、現代に持ち込もうというわけですよ。
で、美形でそろわぬ人間どもを、無理やり恋愛適性及第点まで押し上げる、平安時代の容姿上乗せの秘術ですが、恋愛社会にうまく馴染めず脇からイジケタ陰湿な視線を恋愛社会に向けていた女性文人の紫式部が伝えてくれています。『紫式部日記』によれば、
うちとけたるをりこそ、まほならぬかたちもうちまじりて見えわかれけれ、心をつくしてつくろひけさうじ、劣らじとしたてける、女絵のをかしきによう似て、年のほどのおとなじ、いとわかきけぢめ、髪のすこしおとろへたるけしき、まださかりのこちたきがわきまへばかり見わたさる。
(『新編 日本古典文学全集 26』小学館 156頁)
<訳>
くつろいでいる時なればこそ、整っていない容貌も立ち並べた中で差がついて見えるというもので、注意を尽くして身づくろい、化粧して、負けじと飾り立てている時は、女絵の見事なものにもよく似て、年頃が大人であるか、とても幼いのかの区別、髪の少し衰えた様と、未だ若盛りの豊かすぎる様子の区別くらいしか見分けられない。
というわけで、土台の顔立ちと体型を隠してしまう凶悪重厚な化粧&服装のおかげで、平安「美人」は髪くらいしか区別がつかないというお話。現代でも化粧の絶大な効果はほとんど詐欺まがいで物議を醸すことがありますし、多少の体型隠しは行われているようですが、そんなものは平安人から見れば生ぬるい。
現代でも、誰が誰だか区別ができないよう、おしろいに匹敵する極厚の化粧と、重ね着重ねた平安装束に負けない大仰な服装を流行らせれば、容姿コンプレックスの問題解決間違いなし。
ところで、これは女性についての文章で、男性の問題は解決しないって意見が出てくるかもしれませんが、こんな土台が分からなくなる化粧アンド服なら、男に適用してもたぶん問題ないし、へたすりゃ男顔は化粧で化けるって唱える女装指南書もあるくらいだし、昔の日本人的にヒゲでも男の娘になれるっぽいし、この際、平安美人術を男にも適用してしまえば良いんですよ。で、男性ファッションが女性化すると、後ろめたさなく気軽に当然のファッションとしてカツラが着用できるようになるから、ハゲに悩み、ヅラヅラ嘲笑されるのを恐れ、育毛産業に煽られる、危険域にいる男性たちにも朗報だ。
平安時代の叡智によって、現代人男女の容姿コンプレックス、一挙に解決できそうですよ。
もちろん、今より多少の上乗せ出費は必要になるでしょうが、効果のはっきりしない高価なコンプレックス産業と比べれば、安価確実な救いの道。
とはいえ、いまさら洋服時代から和服時代に回帰もないでしょうし、具体的にはどんな服装を流行らせたら良いんでしょうね。
そういえば、洋服だと、巨大なスカートの19世紀ヨーロッパのドレスは妊娠すら隠せる性能だったとか、なんかの本で読んだ記憶がぼんやりあって、どうやら19世紀風の巨大スカートファッションがかなりの体型隠蔽力を誇っているようなのですが、それなら19世紀巨大スカート種の衣服の中で少しでも生活上の諸作業に適性がありそうなやつ……、そうメイド服だ。貴婦人のドレスほどの体型隠蔽力はないにせよ、それでもスカートしっかり膨らませれば、多少のメタボ程度ならどうってことなさそうですよ?
すでに時はメイド服をきた漢がかっこいい時代だし。(メイドガイ・コガラシの「かっこいいは、大義。」http://www.fujimishobo.co.jp/pure/2006/05/post_55.phpを参照)
それでも男がメイド服ってのに不安になってる人、大丈夫、安心して。キモくなんかないよ……たぶん。顔は平安式にうまくごまかせてるはずだし、もしそこで失敗してても、過剰なフリルとか付けなければ、きっと、大丈夫。パーフェクトジオング(分からない人のため説明すると人気ロボット・ガンダムの超強い敵)みたいな格好の漢が溢れるだけだから。慣れればどうってことないレベル……。等身大ガンダム立てるくらいみんなガンダム好きだし、すぐに慣れるよ。
とうわけで、コンプレックス産業克服のために、メイド服を国民服に。
いまこそ、目指そう
メイドいんジャパン
そうそう、
平安美人術は、化粧と服装以外にもあって、紫式部は『源氏物語』でこんなことを言ってます。
ことなるゆゑなき言葉をも、声のどやかに、おし静めて言ひ出したるは、うち聞く耳ことにおぼえ、をかしからぬ歌語をするも、声づかひつきづきしくて、残り思はせ、本末惜しみたるさまにてうち誦じたるは、深き筋思ひ得ぬほどの、うち聞きにはをかしかなりと耳もとまるかし。
(『新編 日本古典文学全集 22』小学館 247頁)
<訳>
たいしたことのない言葉でさえ、声をおっとりと、静かに落ち着いて言い出せば、聞き手の耳にはたいしたものに聞こえ、つまらない歌語りをするの場合も、声づかいをふさわしくして、余情を持たせ、始めと終わりを言い惜しむ感じに聞き取りにくくして口ずさめば、深い内容までは理解できなくなって、聞いた感じ趣深く思わせて耳を引くことができる。
つまり、おっとり大人しいキャラづくりして何言ってんのか分からない小声のぼやけたしゃべり方で、適当に相槌うっとけば、良い感じに雅な語らいになるよ。
ということで、何言ってんのか分からないなんとなくな適当会話の醸し出す気品を、誰だか分からん化粧と服に添え、誰でも雰囲気までも備わった、パーフェクト美人。
ということは、全国民で大人しい系のメイドさんになれば良いよ。日本人は国際的に見ても意見とかはっきり口にしない大人しいキャラみたいだし。
最初はカエサルについて書くだけのつもりだったのに、どうしてこうなったんだろう……。
日本文化がHENTAI過ぎるせいだよね?……たぶん。
参考資料
『ローマ皇帝伝 (上)』スエトニウス著 国原吉之助訳 岩波文庫
『新編 日本古典文学全集 22 26』小学館
三葉『オンナノコになりたい!』一迅社
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ホントは恋せぬ平安貴族 ~恋などするのはバカばかり 賢者は恋より金を数える~ from 『うつほ物語』
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れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
引きこもりニート列伝その7 カエサル
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html
物語の消費形態について―いわゆるオタクを時間的・空間的に相対化する試み―その2
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/genji.html
源氏物語を読む
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1998/980515.html
by trushbasket
| 2009-09-13 14:20
| My(山田昌弘)








