2009年 10月 12日
日本史上に見るネカマの特徴 ~女のふり日記『土佐日記』と現代ネカマの深い意味での共通点について~
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ネカマという言葉があります。ネットおかまの略で、男がインターネット上で女になりすまそうとすることを指します。
女の子ごっこがしたいとか、女のフリしてチヤホヤされたいとか、男を引っかけてからかいたいとか、色々な動機によって引き起こされる現象だそうです。
で、そのネカマには特徴があって、例えば、過剰に女っぽい言葉づかいをするとか、そのくせ卑猥な話を積極的に仕掛けるとかするらしいです。
ところで、我が国の文学史上には平安時代に『土佐日記』という虚構の日記文学がありまして、これは、たいがい良い年したジジイである文学者紀貫之が、自分を女に仮託して、女の日記として土佐から京都までの旅日記を書いてみたって代物なんですが、こんな内容ですので、現在、私を含めて一部の人からネカマブログみたいに見られたりもしています。
まあ、こんなふうに安易に、歴史事象と現代的現象を結びつけてしまうのはあまり良くないことだとは思うのですが、しかし、このネカマブログ的文学は、ネカマブログ呼ばわりも止む無しな、実にネカマ的な特徴を備えているのでして、今回は、その『土佐日記』のネカマポイントを取り上げてみようかと思います。
で、『土佐日記』に備わったネカマ的特徴はここ。
<訳>
船に乗り始めた日から、船では女たちは濃い赤の良い服なんかは着ないようにしていたの。それは、海の神の気を引いてしまうのが怖かったからなんだけど、でも、そろそろ迷信なんか気にならなくなってきたから、葦の蔭に行って、形といい臭いといい、ホヤと合わせて寿司にした貽貝とか寿司にしたアワビとかみたいなアソコを、思わず、着物を脛より上までまくりあげて、海の神に見せつけてやったの。
……ムダに卑猥で下品だぞヒヒジジイ。
実は、この時代の文学作品は、わりと慎み深く、あんまり具体的なエロ描写はしないものでして、色恋描写満載の物語でも、行為や局所なんかについては、具体的には描かないのがマナーだったりします。おおむね、男が女に色々な言葉で肉体関係迫っていたと思ったらいつのまにか行為が終わっていた、何をしていたのか具体的にはわからないって感じで、「たはぶれ(愛撫)」と一単語あればそれだけで具体的でエロい部類だったりするのです。それが、土佐日記の描写と来たら……。女性器を表現するに貝の寿司とは、形状も臭いも非常に生々しくて非常に下品な描写ですね。
女性への仮託による文学表現は上手くやり遂げれば、女性を主人公にした物語創造と評価でき、ネカマブログなんて評価は受ける必要なくなるところなんですが、ところが、残念なことにこんな感じに中の人のヒヒジジイな下品さ全開で、どうしようもなくの中の人の男男した存在感がにじみ出ていますから、『土佐日記』がネカマブログ呼ばわりされてしまうのも、止むを得ませんよね。
参考資料
『新編 日本古典文学全集 13』小学館
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http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
物語と「かいまみ」
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kaimami.html
旅行業と巡礼
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/travel.html
女の子ごっこがしたいとか、女のフリしてチヤホヤされたいとか、男を引っかけてからかいたいとか、色々な動機によって引き起こされる現象だそうです。
で、そのネカマには特徴があって、例えば、過剰に女っぽい言葉づかいをするとか、そのくせ卑猥な話を積極的に仕掛けるとかするらしいです。
ところで、我が国の文学史上には平安時代に『土佐日記』という虚構の日記文学がありまして、これは、たいがい良い年したジジイである文学者紀貫之が、自分を女に仮託して、女の日記として土佐から京都までの旅日記を書いてみたって代物なんですが、こんな内容ですので、現在、私を含めて一部の人からネカマブログみたいに見られたりもしています。
まあ、こんなふうに安易に、歴史事象と現代的現象を結びつけてしまうのはあまり良くないことだとは思うのですが、しかし、このネカマブログ的文学は、ネカマブログ呼ばわりも止む無しな、実にネカマ的な特徴を備えているのでして、今回は、その『土佐日記』のネカマポイントを取り上げてみようかと思います。
で、『土佐日記』に備わったネカマ的特徴はここ。
船に乗り始めし日より、船には紅濃く、よき衣着ず。それは、海の神に怖ぢてといひて、何の葦蔭にことづけて、老海鼠のつまの貽鮨、鮨鮑をぞ、心にあらぬ脛にあげて見せける。(『新編 日本古典文学全集 13』小学館 29頁)
<訳>
船に乗り始めた日から、船では女たちは濃い赤の良い服なんかは着ないようにしていたの。それは、海の神の気を引いてしまうのが怖かったからなんだけど、でも、そろそろ迷信なんか気にならなくなってきたから、葦の蔭に行って、形といい臭いといい、ホヤと合わせて寿司にした貽貝とか寿司にしたアワビとかみたいなアソコを、思わず、着物を脛より上までまくりあげて、海の神に見せつけてやったの。
……ムダに卑猥で下品だぞヒヒジジイ。
実は、この時代の文学作品は、わりと慎み深く、あんまり具体的なエロ描写はしないものでして、色恋描写満載の物語でも、行為や局所なんかについては、具体的には描かないのがマナーだったりします。おおむね、男が女に色々な言葉で肉体関係迫っていたと思ったらいつのまにか行為が終わっていた、何をしていたのか具体的にはわからないって感じで、「たはぶれ(愛撫)」と一単語あればそれだけで具体的でエロい部類だったりするのです。それが、土佐日記の描写と来たら……。女性器を表現するに貝の寿司とは、形状も臭いも非常に生々しくて非常に下品な描写ですね。
女性への仮託による文学表現は上手くやり遂げれば、女性を主人公にした物語創造と評価でき、ネカマブログなんて評価は受ける必要なくなるところなんですが、ところが、残念なことにこんな感じに中の人のヒヒジジイな下品さ全開で、どうしようもなくの中の人の男男した存在感がにじみ出ていますから、『土佐日記』がネカマブログ呼ばわりされてしまうのも、止むを得ませんよね。
参考資料
『新編 日本古典文学全集 13』小学館
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れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
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http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
物語と「かいまみ」
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/kaimami.html
旅行業と巡礼
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/travel.html
by trushbasket
| 2009-10-12 06:25
| My(山田昌弘)








