2009年 11月 01日
「作品は客に受けてなんぼです」~徳川期と現代の娯楽に徹した作者達~
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赤松健という漫画家を御存知でしょうか。「ラブひな」「魔法先生ネギま!」といった作品で人気を博している人です。いずれも色々なタイプの美少女が登場して主人公が一種のハーレム状態になるという点で共通しています。特に「ラブひな」はオタクにこびて中身が無いといった批判を浴びたりしても不思議はない作風。しかし赤松先生、全て承知の上で意図的にやっておられるようです。
「リクィド・ファイア」(http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/index.html)より
「赤松健発言集1:『大衆娯楽』」(http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/man/akamatsu/sayings01.htm)
上のサイトで娯楽文化に関する赤松先生の発言が掲載されていますが、それによれば「哲学的に内面描写をする作品よりも、面白さを重視した作品を作りたい」と考えておられ「まず利益を上げることが大切だ」という視点を持った上で「人から尊敬されるためにやっているわけじゃない。読んだ人によろこんでもらおうと思ってやっている」といった具合で、自分の思想や芸術性追求より客に受ける作品を優先しているとのこと(括弧内は上記サイトより転載)。
こうした考え方は、創作者としてふさわしくないといった批判もあるかと思いますが、娯楽作品という分野においては一つの見識だと思います。漫画・アニメ・ゲームといった娯楽文化は、企業主体で巨大な市場を持つビジネスだという点は誰も否定しようがないのが現状です。となると、企業も儲けなくては立ち行きませんから多数の客に受け入れられるものが優先されるのは当然の成り行き。それに文化としても多くに受け入れられるという事は、多くの人を癒すという意味でもあります。作家のメッセージ性が強すぎて一般受けしない作品にも面白いものがたくさんあるのは事実ですが、そんな作品ばかりだと産業として成立しません。売れることを優先しすぎて作者の魂の叫びが蔑ろにされるのも問題ですが、赤松先生の場合は決して書きたい事を無視しているわけではなくまず売れるようにしてから書きたい事を押し出していこうという事のようです。
さて、人間の考える事は似たり寄ったりのようで、百六十年以上前に同じような考えで創作活動をしていた作家がいました。その名は柳亭種彦。山東京伝や滝沢馬琴と並んで徳川後期の町人文化を代表する存在であり、「源氏物語」の舞台を足利期に移して翻案した「偐紫田舎源氏」で知られています。
彼は、岩本活東子に「戯作者も俳優や傾城(NF注:遊女)と同じだ」と語っており、そういう考えを持って創作に当っていたようです。また、彼は弟子にも「九人にほめられ、一人に笑はれるは、実は下手なれど利は得るなり。九人に笑はれ、一人にほめられるは、実は上手なれど銭にはならず」と手紙で教えを残しています。そうした視点の上で、多くの顧客に喜ばれる事を芸術的価値よりも重んじたと見てよいでしょう。
こうした創作態度は喜多村筠庭に「柳亭ハ看官(NF注:読者)ニオモネリテ、ニクマレヌ事ヲノミイエリ」と非難を浴びたりしています。また、芥川龍之介「戯作三昧」ではやはり同時代の作家である為永春水が「私は作者ぢやない。お客様のお望みに従つて、艶物を書いてお目にかける手間取りだ。」と嘯いており主人公・馬琴の眼を通じて「勿論彼はこの作者らしくない作者を、心の底から軽蔑してゐた。」と批判的に描かれていますから、種彦の上述した態度に対しても芥川は好意的ではなかったのではないかと思われます。因みに春水は事実、読者層が若い女性であった事を考慮して人情を描くと称してひたすら愛欲を追求した作品を書いていたとか。
作者の書きたい事を追求する尊さは承知しつつも、売れる事がまず第一、客に受ける事が肝心。こうした創作態度は、赤松先生に近いものがありますね。この頃既に、娯楽文化が一代産業として成立していた事も伺えて面白いですな。それにしても、赤松先生も種彦も春水も、出した代表作といえば主人公が複数のヒロインに囲まれてモテモテな話。客に受ける内容を追及し成功した結果が、オタ向けのダメハーレムもの。…昔から、日本は「始まって」ます。
【参考文献】
上記サイト以外に、
人物叢書柳亭種彦 伊狩章 吉川弘文館
マンガ日本の歴史38野暮が咲かせた化政文化 石ノ森章太郎 中公文庫
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「戯作三昧」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/37_14479.html)
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「『大陸土産は世界最強ォォーッ』―市民革命直前期の、とある文学―」
西洋近世娯楽文学の話。
「メイドさん以前―徳川期の下女について連句・川柳から見る―」
当時における庶民の好みの一端を御覧ください。
「三島由紀夫について少し述べる~日本近代文学の幕を下ろす男~」
彼らとは逆に、書きたいものを書いた結果として成功したっぽい人です。いずれにせよ、日本は「始まって」ます。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「日本出版史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/050227.html)
柳亭種彦については
よろしければ、社会評論社『ダメ人間の日本史』
(「柳亭種彦 江戸っ子の自慢の大作家は、江戸旗本の恥さらしな弱虫ヘタレ」収録)
もご参照ください。
(著作紹介2010年6月27日加筆)
関連サイト:
上述サイト以外に
「赤松健作品総合研究所」(http://www2u.biglobe.ne.jp/~clown/)
「リクィド・ファイア」(http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/index.html)より
「赤松健発言集1:『大衆娯楽』」(http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/man/akamatsu/sayings01.htm)
上のサイトで娯楽文化に関する赤松先生の発言が掲載されていますが、それによれば「哲学的に内面描写をする作品よりも、面白さを重視した作品を作りたい」と考えておられ「まず利益を上げることが大切だ」という視点を持った上で「人から尊敬されるためにやっているわけじゃない。読んだ人によろこんでもらおうと思ってやっている」といった具合で、自分の思想や芸術性追求より客に受ける作品を優先しているとのこと(括弧内は上記サイトより転載)。
こうした考え方は、創作者としてふさわしくないといった批判もあるかと思いますが、娯楽作品という分野においては一つの見識だと思います。漫画・アニメ・ゲームといった娯楽文化は、企業主体で巨大な市場を持つビジネスだという点は誰も否定しようがないのが現状です。となると、企業も儲けなくては立ち行きませんから多数の客に受け入れられるものが優先されるのは当然の成り行き。それに文化としても多くに受け入れられるという事は、多くの人を癒すという意味でもあります。作家のメッセージ性が強すぎて一般受けしない作品にも面白いものがたくさんあるのは事実ですが、そんな作品ばかりだと産業として成立しません。売れることを優先しすぎて作者の魂の叫びが蔑ろにされるのも問題ですが、赤松先生の場合は決して書きたい事を無視しているわけではなくまず売れるようにしてから書きたい事を押し出していこうという事のようです。
さて、人間の考える事は似たり寄ったりのようで、百六十年以上前に同じような考えで創作活動をしていた作家がいました。その名は柳亭種彦。山東京伝や滝沢馬琴と並んで徳川後期の町人文化を代表する存在であり、「源氏物語」の舞台を足利期に移して翻案した「偐紫田舎源氏」で知られています。
彼は、岩本活東子に「戯作者も俳優や傾城(NF注:遊女)と同じだ」と語っており、そういう考えを持って創作に当っていたようです。また、彼は弟子にも「九人にほめられ、一人に笑はれるは、実は下手なれど利は得るなり。九人に笑はれ、一人にほめられるは、実は上手なれど銭にはならず」と手紙で教えを残しています。そうした視点の上で、多くの顧客に喜ばれる事を芸術的価値よりも重んじたと見てよいでしょう。
こうした創作態度は喜多村筠庭に「柳亭ハ看官(NF注:読者)ニオモネリテ、ニクマレヌ事ヲノミイエリ」と非難を浴びたりしています。また、芥川龍之介「戯作三昧」ではやはり同時代の作家である為永春水が「私は作者ぢやない。お客様のお望みに従つて、艶物を書いてお目にかける手間取りだ。」と嘯いており主人公・馬琴の眼を通じて「勿論彼はこの作者らしくない作者を、心の底から軽蔑してゐた。」と批判的に描かれていますから、種彦の上述した態度に対しても芥川は好意的ではなかったのではないかと思われます。因みに春水は事実、読者層が若い女性であった事を考慮して人情を描くと称してひたすら愛欲を追求した作品を書いていたとか。
作者の書きたい事を追求する尊さは承知しつつも、売れる事がまず第一、客に受ける事が肝心。こうした創作態度は、赤松先生に近いものがありますね。この頃既に、娯楽文化が一代産業として成立していた事も伺えて面白いですな。それにしても、赤松先生も種彦も春水も、出した代表作といえば主人公が複数のヒロインに囲まれてモテモテな話。客に受ける内容を追及し成功した結果が、オタ向けのダメハーレムもの。…昔から、日本は「始まって」ます。
【参考文献】
上記サイト以外に、
人物叢書柳亭種彦 伊狩章 吉川弘文館
マンガ日本の歴史38野暮が咲かせた化政文化 石ノ森章太郎 中公文庫
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「戯作三昧」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/37_14479.html)
日本大百科全書 小学館
関連記事:
「『大陸土産は世界最強ォォーッ』―市民革命直前期の、とある文学―」
西洋近世娯楽文学の話。
「メイドさん以前―徳川期の下女について連句・川柳から見る―」
当時における庶民の好みの一端を御覧ください。
「三島由紀夫について少し述べる~日本近代文学の幕を下ろす男~」
彼らとは逆に、書きたいものを書いた結果として成功したっぽい人です。いずれにせよ、日本は「始まって」ます。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「日本出版史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/050227.html)
柳亭種彦については
よろしければ、社会評論社『ダメ人間の日本史』
(「柳亭種彦 江戸っ子の自慢の大作家は、江戸旗本の恥さらしな弱虫ヘタレ」収録)
もご参照ください。
(著作紹介2010年6月27日加筆)
関連サイト:
上述サイト以外に
「赤松健作品総合研究所」(http://www2u.biglobe.ne.jp/~clown/)
by trushbasket
| 2009-11-01 01:47
| NF








