2009年 11月 28日
日本に見る漢字と言語の関係~日本人は如何にして二次元を愛するようになったか~
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日本人は、日本語を表記する際に漢字と仮名文字を使っています。で、仮名文字は漢字を基にしてできています。なので、日本語を表す文字の根本にあるのは漢字です。大概の人にとって当たり前の事実ですが、この事実が日本語に与えた影響について今回少しだけ考えてみたいと思います。
日本列島の人間が中国と交渉を持つようになったのはかなり早く、一説では周代に既に「倭人」が朝貢していたという話もあります。そうしてほぼ同じ時期から中国文明の文物が持ち込まれているのですが、文字(すなわち中国文明の文字である漢字)が日本で実際に導入されたのは六世紀頃になってから。それまで日本においては、基本的に漢字が言語を表記する用途で用いられることはなく、二世紀から四世紀には鏡・土器などの装飾模様に過ぎなかったようです。
しかしこれも不思議なことではなく、現在でも約四千ある世界の言語で文字を持たないものの方が多いとか。言語においては音声が主で文字はあくまで従であることがわかりますね。また、日本語において「言」と「事」がいずれも「コト」と表現されるように事物そのものとそれを表す言葉が同一のつながったものとしてみなされていました。いわゆる言霊思想です。そのため、文字は書き付けることによって事物の魂が封じ込まれるのではないかと恐れられたと想像されます。日本列島の人々が早くから文字に接していながらなかなか導入しなかったのもその辺りが理由ではないでしょうか。
こうした考えを表したものとして中島敦「文字禍」が知られており、中島は作中でアッシリアの老博士の口から文字への「畏れ」を語らせています。
ひょっとすると言霊思想のような感覚を持っていたのは日本人だけではないかもしれませんね。
さて、そんな日本人も六世紀以降になると中央集権国家の建設で高度な情報能力が必要になったことや対外的に文化力を誇示する必要が生じたことから、文字を中国から本格的に導入することになります。しかし、それまでは文字を持たない(必要としない)人々だったのであり、この時期の日本語は通常の言語と同様に音声言語が主で表記言語が従だったわけです。
さて、漢字は本質的には漢民族の言語を表記するために生まれた文字です。そのため、彼らの言語にあわせて作られており、日本語を表記する際には様々な齟齬が生じました。漢字の読みは中国においては一文字一音で決まっている(時代による発音の変遷はありますが)のですが、日本の場合には様々な時代の留学生がそれぞれの時代での発音を持ち込むため同じ漢字でも異なった読みが生じる事態となりました。ちょうど近代において元は同じ言葉でも英語を取り入れたかドイツ語かで違うカタカナ語になったのと同じです(cardが「カード」だったり「カルテ」だったり)。更に漢字が表意文字であったため和語をほぼ一致する内容の漢字に当てはめ「訓読み」まで生じたのです。こうして、一文字にいくつもの読み方があるというかなり難解な体系が生じました。
更に漢字で表記される言葉が難解となったきっかけが明治維新の時でした。欧米列強に肩を並べるべく必死で近代化を進めた日本は、かつて中国文明を取り入れて集権国家を作ったときと同様に貪欲に西洋文化吸収に努めました。その際、日本に従来なかった制度や概念も導入する必要があり、それを表す言葉が必要だったのです。そのために選ばれたのが漢字でした。彼らは、そうした言葉を日本語で表現する際に漢字を組み合わせて新造熟語を作成することで対応しようとしたのです。表意文字であった漢字は、新たな概念を示す上で最適なように思われました。そのため、正確に意味を写し取る事が最重要視され、一方で耳で聞いて分かるかや字が難しくないかといった問題への考慮は二の次とされたのです。結果として、数多くの同音異義語が生まれました。例えば「カテイ」で「家庭」「仮定」、「コウセン」で「交戦」「好戦」「抗戦」「光線」などといった具合に。これでは文字で見なくては意味が分かりませんし、実際問題として文字を状況に応じて思い浮かべることでようやく我々現代日本人は同音異義語を区別することが辛うじて可能となっているのです。高島俊男氏はこの現象を「ことばの背後に漢字がはりついている」(「漢字と日本人」P13)と言い表しています。要は、太古の時代とは反対に「表記言語が主で音声言語が従」という珍しい状況になったというわけですね。
ところで、言語というのは事物を一般化・概念化・抽象化して表現したものであり、文字で書かれた単語は更にそれを可視化したものといえます。当然、実際に存在する対象事物とは言葉から思い浮かべるイメージとは幾許かのずれが出るでしょうし、文字言語は目に見える分だけ抽象化されたイメージをより強く頭に植え付けるでしょう。これは抽象的な思考をも可能にしたり目指すべき理想を認識できるという長所がある反面、頭の中の概念と目の前の現実とのギャップや疎外感に悩む原因になりえます。特に現代日本人は、「表記言語が主で音声言語が従」で表意文字である漢字が不可欠になっていますから余計でしょうね。
それにしても、文字に振り回されるようになった主客転倒の状況を表した、上述の「本物の女の代りに女の影を抱くようになる」という部分はまるでアニメ・漫画やエロゲーの二次元美少女に萌えるオタクを表しているようにも見えますね。こう考えると、アッシリアの老博士の迷信的と思える懸念はあながち間違いではないようにも思えます。文字に依存する現代日本人は言語から見ても二次元志向となる宿命という事なのでしょうか。中島敦の、そして古代アッシリアの博士による御墨付き。
人間がなぜ現実世界を忌避して理想世界に強く惹かれるのか、現代日本でなぜ二次元重視のオタク文化が花開いたのか。その理由の一端が言語・文字について考えたときに垣間見えたように思います。
【参考文献】
漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか? 加藤徹 光文社新書
漢字と日本人 高島俊男 文春新書
日本語(上)(下) 金田一春彦 岩波新書
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「中島敦 文字禍」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html)
関連記事:
「教科書が教えない漢文古典~『遊仙窟』と日本~」
中国文明と日本のhentaiとの関係。
「二次元萌えは千年を超えて受け継ぐ大アジア民衆の大いなる伝統」
「『二次をつかむ男』~美女のフィギュアや絵を愛した前近代東洋人たちの話~」
日本だけじゃない、中国だって二次元大好き。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「大修館書店:漢字文化資料館」(http://www.taishukan.co.jp/kanji/)
「鑑定を作ろう!」(http://kantei.am/)より
「二次元 鑑定」(http://kantei.am/main/list.php?word=%93%F1%8E%9F%8C%B3)
どのくらい二次元に毒されているかが分かる鑑定がたくさん。
日本列島の人間が中国と交渉を持つようになったのはかなり早く、一説では周代に既に「倭人」が朝貢していたという話もあります。そうしてほぼ同じ時期から中国文明の文物が持ち込まれているのですが、文字(すなわち中国文明の文字である漢字)が日本で実際に導入されたのは六世紀頃になってから。それまで日本においては、基本的に漢字が言語を表記する用途で用いられることはなく、二世紀から四世紀には鏡・土器などの装飾模様に過ぎなかったようです。
しかしこれも不思議なことではなく、現在でも約四千ある世界の言語で文字を持たないものの方が多いとか。言語においては音声が主で文字はあくまで従であることがわかりますね。また、日本語において「言」と「事」がいずれも「コト」と表現されるように事物そのものとそれを表す言葉が同一のつながったものとしてみなされていました。いわゆる言霊思想です。そのため、文字は書き付けることによって事物の魂が封じ込まれるのではないかと恐れられたと想像されます。日本列島の人々が早くから文字に接していながらなかなか導入しなかったのもその辺りが理由ではないでしょうか。
こうした考えを表したものとして中島敦「文字禍」が知られており、中島は作中でアッシリアの老博士の口から文字への「畏れ」を語らせています。
「此の文字の精霊の力程恐ろしいものは無い。君やわしらが、文字を使って書きものをしとるなどと思ったら大間違い。わしらこそ彼等文字の精霊にこき使われる下僕じゃ。」
「獅子という字は、本物の獅子の影ではないのか。それで、獅子という字を覚えた猟師は本物の獅子の代りに獅子の影を狙い、女という字を覚えた男は、本物の女の代りに女の影を抱くようになるのではないか。」
(「青空文庫」の「中島敦 文字禍」より)
ひょっとすると言霊思想のような感覚を持っていたのは日本人だけではないかもしれませんね。
さて、そんな日本人も六世紀以降になると中央集権国家の建設で高度な情報能力が必要になったことや対外的に文化力を誇示する必要が生じたことから、文字を中国から本格的に導入することになります。しかし、それまでは文字を持たない(必要としない)人々だったのであり、この時期の日本語は通常の言語と同様に音声言語が主で表記言語が従だったわけです。
さて、漢字は本質的には漢民族の言語を表記するために生まれた文字です。そのため、彼らの言語にあわせて作られており、日本語を表記する際には様々な齟齬が生じました。漢字の読みは中国においては一文字一音で決まっている(時代による発音の変遷はありますが)のですが、日本の場合には様々な時代の留学生がそれぞれの時代での発音を持ち込むため同じ漢字でも異なった読みが生じる事態となりました。ちょうど近代において元は同じ言葉でも英語を取り入れたかドイツ語かで違うカタカナ語になったのと同じです(cardが「カード」だったり「カルテ」だったり)。更に漢字が表意文字であったため和語をほぼ一致する内容の漢字に当てはめ「訓読み」まで生じたのです。こうして、一文字にいくつもの読み方があるというかなり難解な体系が生じました。
更に漢字で表記される言葉が難解となったきっかけが明治維新の時でした。欧米列強に肩を並べるべく必死で近代化を進めた日本は、かつて中国文明を取り入れて集権国家を作ったときと同様に貪欲に西洋文化吸収に努めました。その際、日本に従来なかった制度や概念も導入する必要があり、それを表す言葉が必要だったのです。そのために選ばれたのが漢字でした。彼らは、そうした言葉を日本語で表現する際に漢字を組み合わせて新造熟語を作成することで対応しようとしたのです。表意文字であった漢字は、新たな概念を示す上で最適なように思われました。そのため、正確に意味を写し取る事が最重要視され、一方で耳で聞いて分かるかや字が難しくないかといった問題への考慮は二の次とされたのです。結果として、数多くの同音異義語が生まれました。例えば「カテイ」で「家庭」「仮定」、「コウセン」で「交戦」「好戦」「抗戦」「光線」などといった具合に。これでは文字で見なくては意味が分かりませんし、実際問題として文字を状況に応じて思い浮かべることでようやく我々現代日本人は同音異義語を区別することが辛うじて可能となっているのです。高島俊男氏はこの現象を「ことばの背後に漢字がはりついている」(「漢字と日本人」P13)と言い表しています。要は、太古の時代とは反対に「表記言語が主で音声言語が従」という珍しい状況になったというわけですね。
ところで、言語というのは事物を一般化・概念化・抽象化して表現したものであり、文字で書かれた単語は更にそれを可視化したものといえます。当然、実際に存在する対象事物とは言葉から思い浮かべるイメージとは幾許かのずれが出るでしょうし、文字言語は目に見える分だけ抽象化されたイメージをより強く頭に植え付けるでしょう。これは抽象的な思考をも可能にしたり目指すべき理想を認識できるという長所がある反面、頭の中の概念と目の前の現実とのギャップや疎外感に悩む原因になりえます。特に現代日本人は、「表記言語が主で音声言語が従」で表意文字である漢字が不可欠になっていますから余計でしょうね。
それにしても、文字に振り回されるようになった主客転倒の状況を表した、上述の「本物の女の代りに女の影を抱くようになる」という部分はまるでアニメ・漫画やエロゲーの二次元美少女に萌えるオタクを表しているようにも見えますね。こう考えると、アッシリアの老博士の迷信的と思える懸念はあながち間違いではないようにも思えます。文字に依存する現代日本人は言語から見ても二次元志向となる宿命という事なのでしょうか。中島敦の、そして古代アッシリアの博士による御墨付き。
人間がなぜ現実世界を忌避して理想世界に強く惹かれるのか、現代日本でなぜ二次元重視のオタク文化が花開いたのか。その理由の一端が言語・文字について考えたときに垣間見えたように思います。
【参考文献】
漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか? 加藤徹 光文社新書
漢字と日本人 高島俊男 文春新書
日本語(上)(下) 金田一春彦 岩波新書
「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/)より
「中島敦 文字禍」(http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html)
関連記事:
「教科書が教えない漢文古典~『遊仙窟』と日本~」
中国文明と日本のhentaiとの関係。
「二次元萌えは千年を超えて受け継ぐ大アジア民衆の大いなる伝統」
「『二次をつかむ男』~美女のフィギュアや絵を愛した前近代東洋人たちの話~」
日本だけじゃない、中国だって二次元大好き。
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
関連サイト:
「大修館書店:漢字文化資料館」(http://www.taishukan.co.jp/kanji/)
「鑑定を作ろう!」(http://kantei.am/)より
「二次元 鑑定」(http://kantei.am/main/list.php?word=%93%F1%8E%9F%8C%B3)
どのくらい二次元に毒されているかが分かる鑑定がたくさん。
by trushbasket
| 2009-11-28 23:23
| NF








