2009年 12月 12日
人魚と恋愛する時のために考えてみる~異種婚姻?に関するリアルな一考察~
|
デンマークの童話作家アンデルセンによる代表作の一つに「人魚姫」というのがあります。救助した王子様に恋をした人魚が、声と引き換えに人間となって王子に近づくものの声を出せない故に想いを告げることが出来ない。そうするうちに王子は他の女性と婚約し、失恋した人魚姫に人魚仲間達が「このままでは貴女は水の泡になってしまう、王子を殺せば元に戻れる」と短剣を手渡しますが彼女は愛する王子をやはり殺す事は出来ない。結局、王子を殺すくらいならと海の泡となって消える事を選んだという物語です。デンマークの首都コペンハーゲンには人魚姫の像があり、この美しくも悲しい話は広く愛されているといえます。
実際、北欧において人魚は上半身が美しい女性で下半身が魚という形で想像されており魅惑的な存在として認識されているようです。清純な人魚姫に憧れる男も存在するのではないか、と思われます。しかし、異種婚姻というのは実際問題としては様々な壁がありそうですね。例えば、以前の記事で言及されていますが、椎名高志先生の短編集「(有)椎名百貨店」中に人魚に求婚したものの産み落とした卵の上に射精するよう言われて怒る男の話があったりします。いくら愛の結晶とはいえ、男としてはこんな形だったら欲求不満になるでしょうね、確かに。と言う訳で、今回は人魚と愛を育んだ場合に生じるであろう問題も含め色々と文献から考えてみようかと思います。
人魚について述べた文献として有名なものに、天才にして大変人の博物学者・南方熊楠による「人魚の話」が挙げられます。因みに、熊楠は当時、政府や県が推進していた神社合祀(中小の神社を合併し取り潰す)政策に生物学・民俗的な観点から強硬に反対しておりこの文章でも県の役人を風刺し非難しているため裁判沙汰に発展しています。それはさておき、この文において熊楠は人魚に関する記録や伝承を述べると共に生物学的な観点から考察を加えています。以下においてその内容を述べてみます。
「和名抄」によれば中国の古文書「兼名苑」には「人魚、一名鯪魚、魚身人面なるものなり」とあるそうです。…これだけ聞くと、昔に一部で流行ったゲーム「シーマン」みたいな人面魚を想像しますね。また「本草綱目」には謝仲玉なる人物が女性が水中に出没すると思ったら下半身が魚であったのを目撃した話が掲載されているとか。そしてオランダでは「人魚の骨」が解毒薬として重宝されていたり「非列賓(フィリピン)島宣教志」によれば人魚の肉は食用になり骨や歯は金創(戦場での傷)に効果があると信じられているといった話も紹介されています。日本でも推古天皇二十七年に摂津堀江で形が童子のような人魚が目撃されたとの記録があるそうで、熊楠は恐らくそれはサンショウウオであり鳴き声が赤子の声のようであることもあって間違われたのでないかと推測しています。また、「嘉元記」「碧山日録」にも人魚出現の記録があるそうですが、前者では吉兆とされているのに対して後者においては凶事の前触と見ているなどその解釈は分かれていたのだとか。
さて、この「人魚の話」には人魚との交合についての話も記録されています。フィリピンの宣教師によれば、ある人が漁で捕らえた人魚の陰門が人間の女性と変わらない事から交接してみたところ大変快感であったので七ヶ月にわたってこれを続けたが、最後は神罰を恐れてやめたんだとか。また、マレーでは人魚相手に淫行した上でその肉を食らうという話もあるようです。…どうやら、この話からすれば産み落とされた卵にぶっかけなくてもよさそうですね。しかし、俄かには信じがたいこうした話を、熊楠はどう解釈しているのでしょうか。それについて見てみましょう。
古来、人魚として捉えられた動物としてジュゴンがしばしば挙げられます。ジュゴンはインド沿岸やマレー、オーストラリアから沖縄地方にかけて生息する海の哺乳類。熊楠も例に漏れず、ジュゴンこそが人魚のモデルであろうと推定しています。ジュゴンは顔が人に見えなくもなく、子を愛育し胸に抱きつけ、驚くと水に飛び込み魚状の尾を現す。こうした事から、古代ギリシア人やアラビア人が人の体に魚の下半身の存在と見誤ったのも強ち無理はないのではないか、と熊楠は述べています。そして、海獣であるジュゴンはオスも陰茎を体の奥に隠しており全個体が女陰を持っているように見える事が、人魚が全て女性と見られる理由ではないかと考察する人もいるようです。なお、ジュゴンが見られないはずの地方に人魚の目撃証言があることについては、多少人に似た外見のある海獣をそのように見間違えたのではないかと推測しているようです。
さて熊楠は、漁民などがこのジュゴンに女陰があるのを利用してこれに淫行し欲望を発散したのではないかと述べています。実際、馬関では漁民がアカエイの大きな個体を砂浜に置きフワフワ動く肛門を利用し性欲を晴らした例があり、動物の「穴」を性欲解消に利用する事は後腐れない方法として重宝されたのではないかというのです。まあ、ジュゴンは哺乳類ですからアカエイなどと比べると人肌に暖かい事もあって心地良いのではないかと見る向きもあるようです。長期航海中で女に飢えた船乗り達にとっては格好の性欲解消対象だったのかもしれません。
…何だか、童話のロマンスから随分と離れたところにきてしまいました。しかし、アカエイにしろジュゴンにしろ、いくら「穴」があるとはいえ人間の男性が性欲の対象にするには無理がありそうな外見をしているように思います。漁民や船乗りたちが悪乗りして度胸試しをした一面も大きいのではないか、性欲解消という点だけから見ればこれならいわゆる「右手が恋人」で十分じゃないのか、という気がします。
ところで、漁民や船乗りに限らず、動物相手に性行為に耽った例は意外に多く見られるようです。以下では、熊楠の文章から離れてそれについて見てみましょう。
ギリシア神話において、大神ゼウスが白鳥と化して美女レダと契った話があったりしますが、これも見ようによっては人間と鳥獣が交わった話といえます。ただし、インドの神・偉人で親が鸚鵡形・牛形などと言われるがこれは親が動物な訳でなく母の胎内に仕込まれた際の体位を指しているという説もあったりするようです。なのでゼウスの話も同様である可能性があります。
古い時代においては動物との交接が神聖視されていたようです。「後漢書」南蛮伝には、太古に高辛氏が犬戎に苦しめられ、愛犬が敵将の首を取ってきたため姫を与えた話があります。犬と姫は六男六女を儲け、ミャオ族やヤオ族の先祖になったとか。「日本書紀」によれば山幸彦(神武天皇の祖父)がトヨタマヒメと契ったところ、その正体は大きな「ワニ」だったそうです。神話において始祖が動物の血を引いているとされた例ですね。
またインドのヴェーダ時代において、繁栄と豊作を祈願し王妃が白い種馬と交接するアシュバメーダという儀式が存在した事が知られています。また十二世紀「ヒベルニカ地誌」によれば当時のアイルランドにおいてアルスターの王が白い牝馬と交尾し、女神エポナと合体して聖なる力を得た事を人々に示す習慣があったとか。十八世紀にいたっても、マダガスカルのメリナ王国各地を占星術師として巡回するアンタイルム族は、帰郷した際に若い牝馬と交わった後でないと妻と交接できない定めでした。家畜とつるむ事で外界の穢れを落とす意味があったそうです。一方、メラネシアのトロブリアンド諸島や西アフリカのモシ族のように早くから獣姦を禁じる地域もありました。
やがて、かつて動物との性行為を神聖視していた地域でもそうした行為を異端視するようになっていきます。例えば、共和制ローマでは不倫をした女性は衆人の前で驢馬に犯される刑に処されたそうで、動物との性交が不名誉とされていた事が分かります。また中国の歴史書「漢書」には前漢の皇族である劉健は女官を羊や犬と交わらせて人間と動物の交配を試みたとあり、「日本書紀」でも武烈天皇が女と馬を交接させて楽しんだと記録されています。動物との性行為は、この時期には暴君の悪行として挙げられるような変態的行動と見なされていたわけです。
それでもそうした行動は後を絶たず、例えば「瀟湘録」によれば杜脩己の妻・薛氏は白い犬と交わったそうですし、「梵天蘆叢録」によれば妻と愛犬が交わり犬が夫の局部を噛んで殺害したため妻と間男が共謀して夫を殺害したとして処刑された事例があったとの事。明代の「猥談」には麦を引いていた女性が驢馬の逸物が勃起しているのを見てそれと交接し落命したという話があります。また清代の「閲微草堂筆記」には豚と交合する男について記録されています。更に、笑いながら鵞鳥に男根を吸わせる僧侶の石像が現存しているとか。…何を考えてそんな像を作ったんでしょうね。中国人は記録好きなだけあって、他にも虎や鮫と交わった女、虎や魚と交合した男などの話も残されていますがきりがないのでこの辺にしておきます。また、十八世紀のエジプトでも雌鰐と性交する男を目撃した英国の旅行者がいたようです。
これらの中には真偽はともかく、「人間相手より快感である」という証言も混じっていたりするので、ひょっとすると上述したジュゴンやアカエイ相手の行為も単なる度胸試しと断ずる事は必ずしも適切ではないのかも知れません。まあ、「右手」は「恋人」としては実際の性交より快感が大きいと主張する向きも意外にあったりする事も考慮するとありえる話ではあります。要は生身のダッチワイフといったところでしょうか?清の「夜航船」にはタウナギを女陰に入れて快感をむさぼる女性の話がありますから、自慰の亜流と見るのが自然かもしれないですね。
以上からは、人魚というのは海獣を見た人々が上半身人間・下半身魚の異類を想像したものであり、人魚伝説には海の男たちが海獣で性欲発散し性的快感を貪った事実が秘められている可能性がある、というのが結論になりそうですね。単なる性欲処理に留まらない快感を得た事や口外できない行為である後ろめたさが、美化された「人魚」伝説へと繋がったのでしょうね。…人魚とのロマンスについて述べるはずだったのですが、話がとんだ方向に行ってしまいました。期待していた方、ごめんなさい。ま、前回の話題を考えると、これも何かの縁でしょう。
海に関する伝説には、人々の海への恐れや感謝が形となったものが多いようですが、人魚伝説もまた海の民による海への恐れや感謝を現したものといえなくもないのですね。…綺麗に纏めようとあがいてみましたが、やっぱり無理がありそうです(汗)。
【参考文献】
人魚の姫―アンデルセン童話集(I)― アンデルセン著 矢崎源九郎訳 新潮文庫
南方熊楠コレクションⅡ浄のセクソロジー 南方熊楠 河出文庫
人魚の微熱 中村元 パロル舎
ジュゴンデータブック 倉沢栄一 TBSブリタニカ
南方熊楠コレクションⅢ動と不動のコスモロジー 南方熊楠 河出文庫
中国性愛文化 劉達臨著 鈴木博訳 青土社
中国の閨房術 土屋英明 学研
ヒトはなぜペットを食べないか 山内昶 文春新書
(有)椎名百貨店 椎名高志 小学館
関連記事:
「旧説 大人の浦島太郎物語 ~浦島太郎は亀とセックスしていた!!~ from『日本書紀』」
「メイドロボの精神史 前編」、「後編」
「今昔オナホ物語 ~お手製自慰用具いまむかし(男の子用)~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍隊の性欲の歴史」(当ブログ内に移転しました)(http://trushnote.exblog.jp/14497035/)
性欲解消という課題を扱ったレジュメです。
「引きこもりニート列伝その27 南方熊楠」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet27.html)
関連サイト:
「人魚ワールド」(http://mermaid.nunodoll.com/aqua/)
「VIVARIUM Inc. HomePage」(http://www.vivarium.co.jp/)
「製品情報」に「シーマン~禁断のペット~」の情報があります。
「南方熊楠資料研究会」(http://www.aikis.or.jp/~kumagusu/)
「X51.ORG」(http://x51.org/)より
「増えゆく獣姦 スウェーデン」(http://x51.org/x/04/01/2803.php)
「馬のペニスにアナルを突き破られて死亡 米」(http://x51.org/x/05/07/1605.php)
「他人の牧場で牛を50回以上に渡って獣姦した男を逮捕 米」(http://x51.org/x/05/02/2727.php)
リンクを変更(2010年12月8日)
実際、北欧において人魚は上半身が美しい女性で下半身が魚という形で想像されており魅惑的な存在として認識されているようです。清純な人魚姫に憧れる男も存在するのではないか、と思われます。しかし、異種婚姻というのは実際問題としては様々な壁がありそうですね。例えば、以前の記事で言及されていますが、椎名高志先生の短編集「(有)椎名百貨店」中に人魚に求婚したものの産み落とした卵の上に射精するよう言われて怒る男の話があったりします。いくら愛の結晶とはいえ、男としてはこんな形だったら欲求不満になるでしょうね、確かに。と言う訳で、今回は人魚と愛を育んだ場合に生じるであろう問題も含め色々と文献から考えてみようかと思います。
人魚について述べた文献として有名なものに、天才にして大変人の博物学者・南方熊楠による「人魚の話」が挙げられます。因みに、熊楠は当時、政府や県が推進していた神社合祀(中小の神社を合併し取り潰す)政策に生物学・民俗的な観点から強硬に反対しておりこの文章でも県の役人を風刺し非難しているため裁判沙汰に発展しています。それはさておき、この文において熊楠は人魚に関する記録や伝承を述べると共に生物学的な観点から考察を加えています。以下においてその内容を述べてみます。
「和名抄」によれば中国の古文書「兼名苑」には「人魚、一名鯪魚、魚身人面なるものなり」とあるそうです。…これだけ聞くと、昔に一部で流行ったゲーム「シーマン」みたいな人面魚を想像しますね。また「本草綱目」には謝仲玉なる人物が女性が水中に出没すると思ったら下半身が魚であったのを目撃した話が掲載されているとか。そしてオランダでは「人魚の骨」が解毒薬として重宝されていたり「非列賓(フィリピン)島宣教志」によれば人魚の肉は食用になり骨や歯は金創(戦場での傷)に効果があると信じられているといった話も紹介されています。日本でも推古天皇二十七年に摂津堀江で形が童子のような人魚が目撃されたとの記録があるそうで、熊楠は恐らくそれはサンショウウオであり鳴き声が赤子の声のようであることもあって間違われたのでないかと推測しています。また、「嘉元記」「碧山日録」にも人魚出現の記録があるそうですが、前者では吉兆とされているのに対して後者においては凶事の前触と見ているなどその解釈は分かれていたのだとか。
さて、この「人魚の話」には人魚との交合についての話も記録されています。フィリピンの宣教師によれば、ある人が漁で捕らえた人魚の陰門が人間の女性と変わらない事から交接してみたところ大変快感であったので七ヶ月にわたってこれを続けたが、最後は神罰を恐れてやめたんだとか。また、マレーでは人魚相手に淫行した上でその肉を食らうという話もあるようです。…どうやら、この話からすれば産み落とされた卵にぶっかけなくてもよさそうですね。しかし、俄かには信じがたいこうした話を、熊楠はどう解釈しているのでしょうか。それについて見てみましょう。
古来、人魚として捉えられた動物としてジュゴンがしばしば挙げられます。ジュゴンはインド沿岸やマレー、オーストラリアから沖縄地方にかけて生息する海の哺乳類。熊楠も例に漏れず、ジュゴンこそが人魚のモデルであろうと推定しています。ジュゴンは顔が人に見えなくもなく、子を愛育し胸に抱きつけ、驚くと水に飛び込み魚状の尾を現す。こうした事から、古代ギリシア人やアラビア人が人の体に魚の下半身の存在と見誤ったのも強ち無理はないのではないか、と熊楠は述べています。そして、海獣であるジュゴンはオスも陰茎を体の奥に隠しており全個体が女陰を持っているように見える事が、人魚が全て女性と見られる理由ではないかと考察する人もいるようです。なお、ジュゴンが見られないはずの地方に人魚の目撃証言があることについては、多少人に似た外見のある海獣をそのように見間違えたのではないかと推測しているようです。
さて熊楠は、漁民などがこのジュゴンに女陰があるのを利用してこれに淫行し欲望を発散したのではないかと述べています。実際、馬関では漁民がアカエイの大きな個体を砂浜に置きフワフワ動く肛門を利用し性欲を晴らした例があり、動物の「穴」を性欲解消に利用する事は後腐れない方法として重宝されたのではないかというのです。まあ、ジュゴンは哺乳類ですからアカエイなどと比べると人肌に暖かい事もあって心地良いのではないかと見る向きもあるようです。長期航海中で女に飢えた船乗り達にとっては格好の性欲解消対象だったのかもしれません。
…何だか、童話のロマンスから随分と離れたところにきてしまいました。しかし、アカエイにしろジュゴンにしろ、いくら「穴」があるとはいえ人間の男性が性欲の対象にするには無理がありそうな外見をしているように思います。漁民や船乗りたちが悪乗りして度胸試しをした一面も大きいのではないか、性欲解消という点だけから見ればこれならいわゆる「右手が恋人」で十分じゃないのか、という気がします。
ところで、漁民や船乗りに限らず、動物相手に性行為に耽った例は意外に多く見られるようです。以下では、熊楠の文章から離れてそれについて見てみましょう。
ギリシア神話において、大神ゼウスが白鳥と化して美女レダと契った話があったりしますが、これも見ようによっては人間と鳥獣が交わった話といえます。ただし、インドの神・偉人で親が鸚鵡形・牛形などと言われるがこれは親が動物な訳でなく母の胎内に仕込まれた際の体位を指しているという説もあったりするようです。なのでゼウスの話も同様である可能性があります。
古い時代においては動物との交接が神聖視されていたようです。「後漢書」南蛮伝には、太古に高辛氏が犬戎に苦しめられ、愛犬が敵将の首を取ってきたため姫を与えた話があります。犬と姫は六男六女を儲け、ミャオ族やヤオ族の先祖になったとか。「日本書紀」によれば山幸彦(神武天皇の祖父)がトヨタマヒメと契ったところ、その正体は大きな「ワニ」だったそうです。神話において始祖が動物の血を引いているとされた例ですね。
またインドのヴェーダ時代において、繁栄と豊作を祈願し王妃が白い種馬と交接するアシュバメーダという儀式が存在した事が知られています。また十二世紀「ヒベルニカ地誌」によれば当時のアイルランドにおいてアルスターの王が白い牝馬と交尾し、女神エポナと合体して聖なる力を得た事を人々に示す習慣があったとか。十八世紀にいたっても、マダガスカルのメリナ王国各地を占星術師として巡回するアンタイルム族は、帰郷した際に若い牝馬と交わった後でないと妻と交接できない定めでした。家畜とつるむ事で外界の穢れを落とす意味があったそうです。一方、メラネシアのトロブリアンド諸島や西アフリカのモシ族のように早くから獣姦を禁じる地域もありました。
やがて、かつて動物との性行為を神聖視していた地域でもそうした行為を異端視するようになっていきます。例えば、共和制ローマでは不倫をした女性は衆人の前で驢馬に犯される刑に処されたそうで、動物との性交が不名誉とされていた事が分かります。また中国の歴史書「漢書」には前漢の皇族である劉健は女官を羊や犬と交わらせて人間と動物の交配を試みたとあり、「日本書紀」でも武烈天皇が女と馬を交接させて楽しんだと記録されています。動物との性行為は、この時期には暴君の悪行として挙げられるような変態的行動と見なされていたわけです。
それでもそうした行動は後を絶たず、例えば「瀟湘録」によれば杜脩己の妻・薛氏は白い犬と交わったそうですし、「梵天蘆叢録」によれば妻と愛犬が交わり犬が夫の局部を噛んで殺害したため妻と間男が共謀して夫を殺害したとして処刑された事例があったとの事。明代の「猥談」には麦を引いていた女性が驢馬の逸物が勃起しているのを見てそれと交接し落命したという話があります。また清代の「閲微草堂筆記」には豚と交合する男について記録されています。更に、笑いながら鵞鳥に男根を吸わせる僧侶の石像が現存しているとか。…何を考えてそんな像を作ったんでしょうね。中国人は記録好きなだけあって、他にも虎や鮫と交わった女、虎や魚と交合した男などの話も残されていますがきりがないのでこの辺にしておきます。また、十八世紀のエジプトでも雌鰐と性交する男を目撃した英国の旅行者がいたようです。
これらの中には真偽はともかく、「人間相手より快感である」という証言も混じっていたりするので、ひょっとすると上述したジュゴンやアカエイ相手の行為も単なる度胸試しと断ずる事は必ずしも適切ではないのかも知れません。まあ、「右手」は「恋人」としては実際の性交より快感が大きいと主張する向きも意外にあったりする事も考慮するとありえる話ではあります。要は生身のダッチワイフといったところでしょうか?清の「夜航船」にはタウナギを女陰に入れて快感をむさぼる女性の話がありますから、自慰の亜流と見るのが自然かもしれないですね。
以上からは、人魚というのは海獣を見た人々が上半身人間・下半身魚の異類を想像したものであり、人魚伝説には海の男たちが海獣で性欲発散し性的快感を貪った事実が秘められている可能性がある、というのが結論になりそうですね。単なる性欲処理に留まらない快感を得た事や口外できない行為である後ろめたさが、美化された「人魚」伝説へと繋がったのでしょうね。…人魚とのロマンスについて述べるはずだったのですが、話がとんだ方向に行ってしまいました。期待していた方、ごめんなさい。ま、前回の話題を考えると、これも何かの縁でしょう。
海に関する伝説には、人々の海への恐れや感謝が形となったものが多いようですが、人魚伝説もまた海の民による海への恐れや感謝を現したものといえなくもないのですね。…綺麗に纏めようとあがいてみましたが、やっぱり無理がありそうです(汗)。
【参考文献】
人魚の姫―アンデルセン童話集(I)― アンデルセン著 矢崎源九郎訳 新潮文庫
南方熊楠コレクションⅡ浄のセクソロジー 南方熊楠 河出文庫
人魚の微熱 中村元 パロル舎
ジュゴンデータブック 倉沢栄一 TBSブリタニカ
南方熊楠コレクションⅢ動と不動のコスモロジー 南方熊楠 河出文庫
中国性愛文化 劉達臨著 鈴木博訳 青土社
中国の閨房術 土屋英明 学研
ヒトはなぜペットを食べないか 山内昶 文春新書
(有)椎名百貨店 椎名高志 小学館
関連記事:
「旧説 大人の浦島太郎物語 ~浦島太郎は亀とセックスしていた!!~ from『日本書紀』」
「メイドロボの精神史 前編」、「後編」
「今昔オナホ物語 ~お手製自慰用具いまむかし(男の子用)~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「軍隊の性欲の歴史」(当ブログ内に移転しました)(http://trushnote.exblog.jp/14497035/)
性欲解消という課題を扱ったレジュメです。
「引きこもりニート列伝その27 南方熊楠」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet27.html)
関連サイト:
「人魚ワールド」(http://mermaid.nunodoll.com/aqua/)
「VIVARIUM Inc. HomePage」(http://www.vivarium.co.jp/)
「製品情報」に「シーマン~禁断のペット~」の情報があります。
「南方熊楠資料研究会」(http://www.aikis.or.jp/~kumagusu/)
「X51.ORG」(http://x51.org/)より
「増えゆく獣姦 スウェーデン」(http://x51.org/x/04/01/2803.php)
「馬のペニスにアナルを突き破られて死亡 米」(http://x51.org/x/05/07/1605.php)
「他人の牧場で牛を50回以上に渡って獣姦した男を逮捕 米」(http://x51.org/x/05/02/2727.php)
リンクを変更(2010年12月8日)
by trushbasket
| 2009-12-12 23:17
| NF








