2010年 05月 15日
演説と詩歌~言葉のチカラ~
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西洋では古代から政治の場において演説が重んじられていました。例えば古代ギリシアにおいてはソフィストと呼ばれる雄弁家たちが名門子弟に演説のコツを伝授していましたし、ローマでも雄弁家が政界で幅を利かせました。中でも反乱を目論んでいた元老院議員カティリーナに対しキケロが激しく弾劾した際の演説は、現在でも西洋の教科書に掲載されているといいます。中世・近世でもローマ教皇の演説により十字軍の機運が盛り上がったりサボナローラが熱弁によりフィレンツェの人々をひきつけると言った例があります。そして近代に入ると演説に長じていたり演説で歴史に名を残した政治家はリンカーン、ビスマルク、ヒトラー、チャーチル、ルーズベルト、ケネディと枚挙に暇がありません。政治家だけでなく軍事指揮官も演説により士気を高めた例が多いようです。
一方、日本では歴史の表舞台に演説が出てきた事例はほとんどありません。承久の乱における尼将軍北条政子の話が唯一の例外でしょうか。下手するとそれ以外の有名な日本語の演説といえば「機動戦士ガンダム」に登場するギレン・ザビ総帥の演説とか「HELLSING」における「最後の大隊」指揮官である少佐の「諸君 私は戦争が好きだ」で始まる演説といった娯楽作品における架空の演説が挙がりかねない状況です。そもそも「演説」という日本語自体が近代になって'speech’の訳語として福沢諭吉が作成したもので、何でも彼の出身地・中津藩で一身上の情実に関する文書を「演舌書」といった事から「故に夫れより社友と謀り舌の字は余り俗なり同音の説の字に改めんとて、演説の二字を得てスピーチュの原語を訳した」のだとか。もっとも、「演説」という漢字熟語は以前からありましたが、これは「おんぜち」と読み「教えの意義を敷衍して説き示す」という意味の仏教用語であり直接の関連はないようです。してみると、演説という概念自体が一般の日本人には馴染みのないものだったのでしょうかね。
もしそうなら、日本人は言葉で相手を説き伏せて意見を通そうとするときにどうしていたのでしょうか。結論から言うと、和歌によって相手の心を揺り動かし情に訴える事で目的を達していたようです。例えば「今昔物語集」には白髪の老郡司が国司から咎められ鞭打ちの刑を受けることとなった際に
と詠んで許されたという同様の話があります。
そういえば歌は「古今和歌集」仮名序に「ちからをもいれずして あめつちをうごかし めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ をとこをむなのなかをもやはらげ たけきもののふの心をもなぐさむる」ものとして書かれています。神に歌を捧げそれに心動かされた神が霊験を顕すという逸話も多数存在しており言葉に込められた作用によって天地や人を動かす呪文のような役割が期待されていたといえそうですね。論理的に相手を説き伏せる西洋と比べて、日本はかなり情緒的といえそうです。
なぜこうした違いが生まれたのでしょう。以前、日本語と英語の文法構造を比較して両言語の性質を考察した文章でこういった内容のものがありました。
日本語文で最も重要なのは述語であり、全体像をまず示してから周辺を描写し述語を補完し述語で主題を述べて文を締めくくるという求心的な構造を日本語はとっています。まず述語があり、その前を順々に様々な言葉が修飾して焦点を絞り込んでいくというのが特徴といえます。
一方で英語は正反対で、まず動作主を主語として設定してその動作内容を述語で示し、その後に周囲の状況を後ろから修飾して述べて世界観を広げていくという遠心的構造を持っています。
日本語は全体像を描いてから主題へと描写を絞り込む構造で描写的・名詞的表現が多く情緒的であるのに対し、英語はまず動作主を描きその動作によって周囲の世界に働きかけていく様子を描くという動的な表現をとり論理的な傾向があるというのです。そのため英語が主語・述語を中心にして確立された文法構造を持つのと異なり、日本語は文構造の規則がかなり曖昧で不定形なのだとか。
まあ、時代を経て大きく変化したであろう現代英語一つを西洋語の代表として日本語と比較して論じるのは乱暴だとは思いますが、この考え、あるいは全くの的外れではないかもしれません。
というのは、漢文つまり古代中国語は英語と同様に主語・述語を中心にした文法構造を持っていますが、中国でもやはり諸子百家に代表される論客が古くから活躍していますから。もっとも、僕は古代西洋語の知識が全くありませんからどの程度こうした見方が正しいかはわかりませんが。
そして、実は日本でも演説が政治運営において大きな役割を果たした社会が皆無ではありませんでした。僧侶たちによって形成される寺社勢力では、貴族出身の座主などを頂点に奉じてはいるものの実際に政治的な動向や経済運営などの方針決定を左右していたのは数多くの衆徒たちでした。彼らの集会において主だった人物が演説をし、大衆は同意できる時は「尤も、尤も」と叫び反対の時は「謂れなし」と応じたとか。そのようにして、意思決定がなされたわけですから僧侶の間では弁舌能力が重んじられたのは言うまでもありません。そもそも、一般人を相手に法話をして仏の有難さを知らしめる必要がありましたし、仏像・寺院建立のため寄付を願って回るのも僧侶の大事な仕事でした。あと、戦乱の時代には対立する勢力間の交渉・仲介役には僧侶が起用されるのが通例でしたが、これは僧の中立性以外にその弁舌能力も理由だったといわれています。考えてみれば、僧侶というのは日本において経典を始めとして最も漢文に接し習熟した人々でしたからね。彼らの論争技術は、俗世間に対し寺社勢力の利権を正当化する上でもそれは大きな役割を果たしました。ひょっとすると、漢文に接している事がその能力を磨く上で大きく役立ったのではないかと思われます。
以上から見ると、西洋・中国では演説、日本では歌(ただし寺社勢力は中国に準じる)によって相手を説得するという特徴があるのが分かります。そして、その背景には論理的か情緒的かという性格の違いがある事が言語構造からいえるかも知れないという事も。
しかし、ここまで論旨を展開した後でこんな事を言うのもなんですが、実を言うと歌と演説にはそれほどの違いは無いかも知れません。演説を歌と比べて論理的と言いましたが、それでも科学論文や数式に比べるとはるかに情緒的です。例えばナチスの演説が効果的であった所以は「広範な大衆に働きかけ、少数の論点に集中し、同一の事柄をたえず繰り返し、反論しえない主張となるまでテキストを確実に把握し、影響が広がることを望みながら辛抱強く忍耐する」といった点にあったそうで。演説の論理性とは程遠い一面がうかがえます。
すると日本と西洋の違いも思ったほど大きくないのでしょうか。そういえば、日本でも合戦前には詞戦が行われ相互に自分の正当性を大音声で訴えて味方の士気を挙げる事が行われましたし、裁判でも対決する双方が争論するのが通例でした。詞戦は演説と言えなくも無いですし、争論も論理により正当性を訴える点では演説と似ています。こう考えると、日本でも西洋ほど役割は大きくないものの演説がないわけではなさそうです。一方で西洋において詩歌の役割が小さくなかったのは勿論のことですから、やはり本質的な違いはそれほどないのかもしれません。
そもそも、考えてみれば歌も演説も言葉によって(更に言えば音声言語で)相手に自らの主張を知らせるという点で似ています。歌が神をも動かしうる呪術的性格がある点は上述しましたが、「常陸国風土記」によれば継体天皇時代・孝徳天皇時代にそれぞれ玉造郡で開墾を使用とした際に土地の神が蛇の群れとなって妨害したため大音声で開墾する意志を述べて追い払った事例からは演説にも同様な面があったのかもしれないと思われます。演説とは異なりますが、アイスランドで日常生活を脅かす幽霊に対し裁判を起こし判決を言い渡したところ幽霊は立ち去ったという伝説があるそうですし、中世・近世の西洋では人間に害をなす動物・非生物に裁判で刑を言い渡す事例は多数ありました。歌だけでなく、演説や裁判にも元を辿れば呪術的性格がうかがえそうです。
グリム兄弟じゃないですが、詩歌も、法も、そして政治(演説)も、「呪文」という同じ揺籃から生まれてきたといえそうですね。
【参考文献】
ローマ人の物語8 塩野七生著 新潮文庫
世界の歴史18ルネサンスと地中海 樺山紘一 中央公論社
十字軍 ルネ・グルッセ 橋口倫介訳 文庫クセジュ
漢字と日本人 高島俊男 文春新書
日本語の構造 中島文雄著 岩波新書
日本古典文学大系今昔物語集 一~五 岩波書店
日本古典文学大系太平記 一~三 岩波書店
ナチ・ドイツと言語 宮田光雄 岩波新書
わが闘争(上) アドルフ・ヒトラー 平野一郎・将積茂訳 角川文庫
日本の中世寺院 伊藤正敏 吉川弘文館
声と顔の中世史 蔵持重裕 吉川弘文館
法窓夜話 穂積陳重著 岩波文庫
関連記事:
「<言葉> 民族と法」
「諸君 私は戦争が好きだ ~高らかに謳う文学的戦闘者エルンスト・ユンガー紹介~」
「日本に見る漢字と言語の関係~日本人は如何にして二次元を愛するようになったか~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋軍事史」(当ブログ内に移転)(http://trushnote.exblog.jp/14455214/)
「引きこもりニート列伝その7 カエサル」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html)
「引きこもりニート列伝その11 ヒトラー」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet11.html)
「引きこもりニート列伝その15 蘇秦・張儀」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet15.html)
関連サイト:
「Angel Heart Club」(http://home.att.ne.jp/wave/applepop/)より
「機動戦士ガンダム演説集+」(http://eternalsisters.web.fc2.com/gundam/)
「少佐台詞のオリジナル」(http://www.asahi-net.or.jp/~zh6s-ingw/hellsing.html)
「外国語広場」(http://gaikoku.info/index.htm)より
「アメリカ大統領 演説・講演 テキスト・音声・映像」
(http://gaikoku.info/english/president.htm)
「西洋軍歌蒐集館」(http://rasiel.web.infoseek.co.jp/index.html)
音声資料として演説が多数あります。
「やまとうた」(http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/index.html)
「和歌幽玄」(http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/88/8801/880101.htm)
リンクを変更(2010年12月7日)
一方、日本では歴史の表舞台に演説が出てきた事例はほとんどありません。承久の乱における尼将軍北条政子の話が唯一の例外でしょうか。下手するとそれ以外の有名な日本語の演説といえば「機動戦士ガンダム」に登場するギレン・ザビ総帥の演説とか「HELLSING」における「最後の大隊」指揮官である少佐の「諸君 私は戦争が好きだ」で始まる演説といった娯楽作品における架空の演説が挙がりかねない状況です。そもそも「演説」という日本語自体が近代になって'speech’の訳語として福沢諭吉が作成したもので、何でも彼の出身地・中津藩で一身上の情実に関する文書を「演舌書」といった事から「故に夫れより社友と謀り舌の字は余り俗なり同音の説の字に改めんとて、演説の二字を得てスピーチュの原語を訳した」のだとか。もっとも、「演説」という漢字熟語は以前からありましたが、これは「おんぜち」と読み「教えの意義を敷衍して説き示す」という意味の仏教用語であり直接の関連はないようです。してみると、演説という概念自体が一般の日本人には馴染みのないものだったのでしょうかね。
もしそうなら、日本人は言葉で相手を説き伏せて意見を通そうとするときにどうしていたのでしょうか。結論から言うと、和歌によって相手の心を揺り動かし情に訴える事で目的を達していたようです。例えば「今昔物語集」には白髪の老郡司が国司から咎められ鞭打ちの刑を受けることとなった際に
年を経て頭に雪は積もれどもしもと見るこそ身は冷えにけれと詠んだため感心した国司は罪を許したという話があります。また、「太平記」にも謀反の疑いをかけられた二条中将為明は、
(「年が過ぎ てっぺんには 雪積もり 霜が見えるよ 寒くなったなあ」という意味であるが、「歳食って 白髪頭に なったけど 鞭打たれるとは お寒いことだ」とも取れる。「しもと」が「笞」と「霜」をかけているため)
思ひきやわが敷島の道ならで浮世の事を問はるべしとは
(まさか思っても見なかった。私の専門とする歌道について問われるのでなく、俗世間の政治の事で罪を問われようとは)
と詠んで許されたという同様の話があります。
そういえば歌は「古今和歌集」仮名序に「ちからをもいれずして あめつちをうごかし めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ をとこをむなのなかをもやはらげ たけきもののふの心をもなぐさむる」ものとして書かれています。神に歌を捧げそれに心動かされた神が霊験を顕すという逸話も多数存在しており言葉に込められた作用によって天地や人を動かす呪文のような役割が期待されていたといえそうですね。論理的に相手を説き伏せる西洋と比べて、日本はかなり情緒的といえそうです。
なぜこうした違いが生まれたのでしょう。以前、日本語と英語の文法構造を比較して両言語の性質を考察した文章でこういった内容のものがありました。
日本語文で最も重要なのは述語であり、全体像をまず示してから周辺を描写し述語を補完し述語で主題を述べて文を締めくくるという求心的な構造を日本語はとっています。まず述語があり、その前を順々に様々な言葉が修飾して焦点を絞り込んでいくというのが特徴といえます。
例:行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一片の雲
(過ぎ去ろうとする秋に大和の国の薬師寺で、塔の上に一片の雲がある。)
一方で英語は正反対で、まず動作主を主語として設定してその動作内容を述語で示し、その後に周囲の状況を後ろから修飾して述べて世界観を広げていくという遠心的構造を持っています。
例:A cloud exists above Yakushiji Temple at Yamato in autumn passing away.
日本語は全体像を描いてから主題へと描写を絞り込む構造で描写的・名詞的表現が多く情緒的であるのに対し、英語はまず動作主を描きその動作によって周囲の世界に働きかけていく様子を描くという動的な表現をとり論理的な傾向があるというのです。そのため英語が主語・述語を中心にして確立された文法構造を持つのと異なり、日本語は文構造の規則がかなり曖昧で不定形なのだとか。
まあ、時代を経て大きく変化したであろう現代英語一つを西洋語の代表として日本語と比較して論じるのは乱暴だとは思いますが、この考え、あるいは全くの的外れではないかもしれません。
というのは、漢文つまり古代中国語は英語と同様に主語・述語を中心にした文法構造を持っていますが、中国でもやはり諸子百家に代表される論客が古くから活躍していますから。もっとも、僕は古代西洋語の知識が全くありませんからどの程度こうした見方が正しいかはわかりませんが。
そして、実は日本でも演説が政治運営において大きな役割を果たした社会が皆無ではありませんでした。僧侶たちによって形成される寺社勢力では、貴族出身の座主などを頂点に奉じてはいるものの実際に政治的な動向や経済運営などの方針決定を左右していたのは数多くの衆徒たちでした。彼らの集会において主だった人物が演説をし、大衆は同意できる時は「尤も、尤も」と叫び反対の時は「謂れなし」と応じたとか。そのようにして、意思決定がなされたわけですから僧侶の間では弁舌能力が重んじられたのは言うまでもありません。そもそも、一般人を相手に法話をして仏の有難さを知らしめる必要がありましたし、仏像・寺院建立のため寄付を願って回るのも僧侶の大事な仕事でした。あと、戦乱の時代には対立する勢力間の交渉・仲介役には僧侶が起用されるのが通例でしたが、これは僧の中立性以外にその弁舌能力も理由だったといわれています。考えてみれば、僧侶というのは日本において経典を始めとして最も漢文に接し習熟した人々でしたからね。彼らの論争技術は、俗世間に対し寺社勢力の利権を正当化する上でもそれは大きな役割を果たしました。ひょっとすると、漢文に接している事がその能力を磨く上で大きく役立ったのではないかと思われます。
以上から見ると、西洋・中国では演説、日本では歌(ただし寺社勢力は中国に準じる)によって相手を説得するという特徴があるのが分かります。そして、その背景には論理的か情緒的かという性格の違いがある事が言語構造からいえるかも知れないという事も。
しかし、ここまで論旨を展開した後でこんな事を言うのもなんですが、実を言うと歌と演説にはそれほどの違いは無いかも知れません。演説を歌と比べて論理的と言いましたが、それでも科学論文や数式に比べるとはるかに情緒的です。例えばナチスの演説が効果的であった所以は「広範な大衆に働きかけ、少数の論点に集中し、同一の事柄をたえず繰り返し、反論しえない主張となるまでテキストを確実に把握し、影響が広がることを望みながら辛抱強く忍耐する」といった点にあったそうで。演説の論理性とは程遠い一面がうかがえます。
すると日本と西洋の違いも思ったほど大きくないのでしょうか。そういえば、日本でも合戦前には詞戦が行われ相互に自分の正当性を大音声で訴えて味方の士気を挙げる事が行われましたし、裁判でも対決する双方が争論するのが通例でした。詞戦は演説と言えなくも無いですし、争論も論理により正当性を訴える点では演説と似ています。こう考えると、日本でも西洋ほど役割は大きくないものの演説がないわけではなさそうです。一方で西洋において詩歌の役割が小さくなかったのは勿論のことですから、やはり本質的な違いはそれほどないのかもしれません。
そもそも、考えてみれば歌も演説も言葉によって(更に言えば音声言語で)相手に自らの主張を知らせるという点で似ています。歌が神をも動かしうる呪術的性格がある点は上述しましたが、「常陸国風土記」によれば継体天皇時代・孝徳天皇時代にそれぞれ玉造郡で開墾を使用とした際に土地の神が蛇の群れとなって妨害したため大音声で開墾する意志を述べて追い払った事例からは演説にも同様な面があったのかもしれないと思われます。演説とは異なりますが、アイスランドで日常生活を脅かす幽霊に対し裁判を起こし判決を言い渡したところ幽霊は立ち去ったという伝説があるそうですし、中世・近世の西洋では人間に害をなす動物・非生物に裁判で刑を言い渡す事例は多数ありました。歌だけでなく、演説や裁判にも元を辿れば呪術的性格がうかがえそうです。
グリム兄弟じゃないですが、詩歌も、法も、そして政治(演説)も、「呪文」という同じ揺籃から生まれてきたといえそうですね。
【参考文献】
ローマ人の物語8 塩野七生著 新潮文庫
世界の歴史18ルネサンスと地中海 樺山紘一 中央公論社
十字軍 ルネ・グルッセ 橋口倫介訳 文庫クセジュ
漢字と日本人 高島俊男 文春新書
日本語の構造 中島文雄著 岩波新書
日本古典文学大系今昔物語集 一~五 岩波書店
日本古典文学大系太平記 一~三 岩波書店
ナチ・ドイツと言語 宮田光雄 岩波新書
わが闘争(上) アドルフ・ヒトラー 平野一郎・将積茂訳 角川文庫
日本の中世寺院 伊藤正敏 吉川弘文館
声と顔の中世史 蔵持重裕 吉川弘文館
法窓夜話 穂積陳重著 岩波文庫
関連記事:
「<言葉> 民族と法」
「諸君 私は戦争が好きだ ~高らかに謳う文学的戦闘者エルンスト・ユンガー紹介~」
「日本に見る漢字と言語の関係~日本人は如何にして二次元を愛するようになったか~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋軍事史」(当ブログ内に移転)(http://trushnote.exblog.jp/14455214/)
「引きこもりニート列伝その7 カエサル」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet07.html)
「引きこもりニート列伝その11 ヒトラー」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet11.html)
「引きこもりニート列伝その15 蘇秦・張儀」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet15.html)
関連サイト:
「Angel Heart Club」(http://home.att.ne.jp/wave/applepop/)より
「機動戦士ガンダム演説集+」(http://eternalsisters.web.fc2.com/gundam/)
「少佐台詞のオリジナル」(http://www.asahi-net.or.jp/~zh6s-ingw/hellsing.html)
「外国語広場」(http://gaikoku.info/index.htm)より
「アメリカ大統領 演説・講演 テキスト・音声・映像」
(http://gaikoku.info/english/president.htm)
「西洋軍歌蒐集館」(http://rasiel.web.infoseek.co.jp/index.html)
音声資料として演説が多数あります。
「やまとうた」(http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/index.html)
「和歌幽玄」(http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/88/8801/880101.htm)
リンクを変更(2010年12月7日)
by trushbasket
| 2010-05-15 23:00
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