「エア友達」をめぐる考え方について~とあるサラリーマン漫画の視線~
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問題の「エア友達」が話題に上るのは物語の冒頭。ヒロインの一人である三日月夜空は「誰もいない空間を見つめながら、まるでそこに誰かいるかのように」(平坂読『僕は友達が少ない』MF文庫J 28頁)一人で話しているのを小鷹に見つけられ、幽霊でも見えるのかと尋ねられて「私は友達と話していただけだ。エア友達と!」(同書 32頁)と答えるのです。彼女によれば件のエア友達(トモちゃん)は「可愛くて頭もよくて運動神経抜群で優しくて話し上手で聞き上手で、それに……絶対に裏切らない」(同書 36頁)という理想的な存在なんだとか。夜空と同じく友達のいない小鷹は、「真剣にエア友達の導入を検討」(同書 50頁)したりもするものの、基本的にそれは「やっちゃうと、人としてアウトな領域に足を踏み入れそう」(同書 36頁)で「そんなのに頼るようになったら本気で終わりだ」(同書 50頁)という否定的なものだと捉えているようです。そして、夜空もエア友達との会話を小鷹に見つかったときには随分と恥ずかしそうであったので内心は同様に思っていると思われます。以上のように、「はがない」作中では「エア友達」と会話する事態は何とも残念なものだという見方がなされているようです。まあ、確かに現実の人間と交際できず空想上の相手だけと話している様子は大変物悲しいものがありますからねえ。
ところで、この「エア友達」ですが別の意外な漫画でも似たような例が見られました。その漫画の名は「総務部総務課山口六平太」。小学館が誇るロングセラーサラリーマン漫画で、大日自動車株式会社の総務部総務課に勤務する一見冴えない青年社員・山口六平太が総務課の仲間達と共に持ち前の調整能力や成熟した人柄で社内の様々なトラブルを解決していくという物語です。その中のビッグコミックス第27集に収録された「尋ね人」という話に、平木さんという女子社員が仕事中に目に見えない相手と会話しているかのようにブツブツと独り言を言ったりニヤッと笑ったりしており周囲が不気味がって総務課に相談を持ち込むというエピソードが登場するのです。因みに彼女は仕事は問題なくこなしており、件の独り言以外は普通の社員と変わりないとか。そこで六平太が総務課の先輩社員・桃子と共に事情聴取したところ、以下のような供述が得られたのです。
平木(以下「平」)「そうなんです。あたしいつも誰かと話してたんです。」
桃子(以下「桃」)「目に見えない人と?」
平「はい、でも幽霊とかいうのとは違います。」
桃「というと?」
平「仮装恋人なんです。どうしても会社へ行きたくない時ってありませんか?」
桃「昔はあったわね。」
平「気が重くて気が重くて… でも誰かが待っていてくれれば行けると思ったんです。」
桃「頭で作った恋人ね。」
平「はい、現実には理想の恋人なんていませんもの。」
桃「帯に短したすきに長しね。」
平「はい。」「嫌なことがあった時とか落ちこみそうな時とかに、彼と話すと元気が出るんです。」
桃「わかるわ。」
六平太「おまじないみたいなもんなんだ。」
平「はい、なんだかそれがクセになっちゃってて。つい口に出てたんですね。」
(林律雄・作 高井研一郎・画『My First BIG SUPER 総務部総務課山口六平太 「婚活マーチ!!」』小学館 344-346頁)
つまりは「エア友達」ならぬ「エア恋人」を作って自らを慰めているという訳だったのです。この調査結果を受けた総務課では、「幽霊の正体見たり枯尾花ってやつか。」(同書 346頁)と評しており、調査までは彼女が病気か電波かなにかと疑ってはいたものの「エア恋人」自体は痛いとも問題とも考えていない様子。ある総務課の男性社員などは自分がアイドルを勝手に結婚相手にしているのと同じようなものかと納得していたりします(ちなみにこの社員、脳内嫁にしているアイドルは複数いたり時々変ったりします)。そして調査に当った桃子や六平太に至っては「平木さんみたいに、ああやって自分を元気づける人っていっぱいいるんじゃないかしら。」「ですね。」(同書 346頁)と肯定的な感想を抱くだけでなく、そんなの一般的な現象じゃないかといわんばかりの反応。この二人、恋人もいて社内でも一目置かれており「リア充」に分類されるはずの人たちなんですけどね。
このように「俺の嫁」やら「エア恋人」を持つ人をも痛い人扱いせず温かく見守っている総務課は、大分心が広いと思います。そんな人たちばかりなら、小鷹や夜空も恥ずかしい想いをせずにすむだけでなく、世間一般の友達や恋人のいない面々ももっと生きやすい世界になるかと思うのですが、現実には随分とうるさい方々の声が大きいのが困り物。まあ大多数は、大日自動車総務課の皆程には寛大でないにしろ、実害がない限りは生暖かく黙認している気もしますが。因みにこの話が収録された単行本第27集は1998年発売であり、この時点で脳内恋人とか「俺の嫁」といった二次元志向な発想にも驚かず排除しないという態度を(非オタの)一般人読者に向けて示した懐の深さには感嘆させられますね。平凡なサラリーマンへの応援歌として長らく愛されている「総務部総務課山口六平太」、その人気の秘密は人間の弱さやダメさをも受け入れるその度量の大きさにありそうです。…まあ、その懐の深さは「持てる者の余裕」というか「金持ち喧嘩せず」に由来する気もしますが、それでも気の毒な人扱いや腫れ物扱いされるよりはずっと居心地いいんじゃないかと思います。
【参考文献】
僕は友達が少ない 平坂読 MF文庫J
My First BIG SUPER 総務部総務課山口六平太 「婚活マーチ!!」 林律雄・作 高井研一郎・画 小学館
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「ダメ人間の世界史 トップページ」(当ブログ内に移転)(http://trushnote.exblog.jp/14529052/)
関連サイト:
「MF文庫Jオフィシャルウェブサイト」(http://www.mediafactory.co.jp/bunkoj/index.html)より
「僕は友達が少ない」(http://www.mediafactory.co.jp/bunkoj/books.php?id=22832)
「小学館コミック ビッグスリーネット」(http://big-3.jp/index.html)より
「ビッグコミック:総務部総務課山口六平太」
(http://big-3.jp/bigcomic/rensai/roppeita/index.html)
「はてなキーワード」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/)より
「エア友達とは」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%A2%CD%A7%C3%A3)
リンクを変更(2010年12月7日)