2010年 08月 07日
「負け組」を軍隊に放り込んだら~矯正施設か社会不安要素か~
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この世知辛いご時世、「負け組」と見なされる人々への風当たりが強い日々が続いています。一例を挙げますと、引きこもりやニートといった社会不適合者の性根を叩き直すために徴兵を復活して軍隊に放り込めといった議論すら見られることがあります。
これに対しては、現在の軍隊は専門職としての性格が強いのでそんな軟弱な連中を入れられても迷惑なだけだ、という反論も見られます。なら、そうした課題を乗り越えて適応できるなら良いのか、という疑問が生じてきますし、彼等を一般社会から隔離できるだけでも良いという再反論も見られます。確かに、歴史を振り返ると伝統的に軍隊が余剰人口を吸収してきたのは事実ですから、全く的外れな考えではないとは思います。しかし、その方法を無批判に導入して大丈夫なものかどうか、今回はそれについて少し考えて見ます。
まず考えなければならないのは、彼ら「負け組」が軍隊に適応するという事態が「性根が叩き直された」事によるものと即断してよいのか、という事です。十五世紀から十七世紀にかけてのヨーロッパでは、南ドイツ出身の「ランツクネヒト」と呼ばれる傭兵の部隊が戦争に好んで用いられました。当時の南ドイツは一子相続を原則とする農業社会であり、農家の次男三男といった余剰人口を多く抱えていたのです。彼等は故郷では小作人や難民といった「負け組」になる他ない存在であり、彼等が職を求めてランツクネヒト部隊に身を投じたようです。こうした「故郷で食い詰め、定住社会に背を向けた」(菊池良生『傭兵の二千年史』 講談社現代新書 93頁)人々からなるランツクネヒト傭兵の多くは部隊に定着し一人前の兵士になっていくわけですが、彼等が「性根を叩き直された」人間として模範的な存在になったかといえばむしろ逆だった様です。何でも、
といった具合だったとか。軍隊に定着するというのは、堅気には戻れずつぶしもきかず他に行き場がないからに他なりません。軍から外に出ると、彼らは犯罪を犯さねば生きていけず治安を乱す要因になってしまっていたのです。そもそも、彼ら自身に自分達を締め出した一般社会へのルサンチマンが蓄積しているでしょうから余計でしょう。
軍隊の中に彼等が収まっていれば治安問題がないかといえば、勿論さにあらず。過酷な社会環境で心が荒み頻発する給料の遅配で貧窮する彼らは、戦場を稼ぎ場所として盛んに略奪や暴行に走りました。中でもエラスムスが「一都市の破壊というより、一文明の破壊」とまで慨嘆した1527年3月のローマ大略奪はランツクネヒトの悪名を高めたといわれています。
傭兵の時代が終わって国家総力戦の時代になっても、食い詰めた人々が軍あるいはそれに類した存在に行き場を求める現象は見られました。第一次大戦後、敗戦国であるドイツは政治的混乱に陥り、右翼・左翼を問わず政治団体が私設軍隊を結成して敵対者と衝突を繰り返すという内戦一歩手前の状況にありました。これらの私兵集団に参加したのは、大戦中に学校を卒業してすぐ徴兵されて軍隊以外の世界を知らず折からの大不況もあって社会復帰できずにくすぶっていた若者達だったそうです。そうした私設軍隊の中で最も規模が大きく有名なのが国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の突撃隊。彼らの存在は戦間期ドイツの社会混乱を大きくし、やがてはファシズムの温床となっていったといえます。それにしても、現象の構図がランツクネヒト部隊に似ています。私設軍隊の募兵プラカードにはランツクネヒトの太鼓手が描かれる事もあったといいますから彼ら自身も思うところがあったのでしょう。
こうした事例は勿論ドイツだけではなく、イギリスでもファシストとして知られたオズワルド・モーズリは1932年にファシスト連盟を結成し翌年には本部「ブラック・ハウス」に百人程度の黒シャツを着た親衛隊を抱えるようになります。彼らは恐慌の最中で家も職もない若者達からなっており、黒シャツ隊に入ると宿泊費無料で小遣いが支給されるという条件で守衛・運転手・使い走りといった仕事を務めたそうです。彼らは軍隊式の集団生活を行っており、ファシズム団体の御多分に漏れず示威行進や反対派への暴行、ユダヤ人襲撃といった暴力的行為に従事していたとか。実に迷惑な集団ですね。
私設軍隊でなくて正式な国軍ならどうかについても見てみましょう。我が国では戦後でも軍隊が規律正しく社会生活の基本を叩き込むのに良いところだったというイメージがある事が昭和三十五年(1960)の岩手県における調査で分かっています。実際、厳格な規律が定められ上下関係のきっちりした制度になっていましたし、実際問題として地域社会とも密接に連携し「鍛えに鍛えた軍人精神とこの健全なる肉体とを土産物にして帰郷」(一ノ瀬俊也『皇軍兵士の日常生活』講談社現代新書 73頁)するような人生道場としての軍隊生活を送った人もいたことは知られています。しかし1940年ごろに中国大陸に駐屯していた中隊長や兵士の証言からは、異なった側面も認められます。
ここからは、規律も上下関係もグダグダになりならず者まがいの言動・行動をみせる古兵たちの姿がうかがえます。また、戦争が長期化すると前線だけでなく内地の部隊でも軍紀が低下し犯罪・非行も「事変前に比して著しく増加」したという東京憲兵隊付陸軍少佐の報告もあるそうです。誤解のないように申し上げますと、これは日本軍が特別だったわけでは恐らくないでしょう。上記の例も考慮すると、多かれ少なかれ軍隊における普遍的な現象だったと思われます。やはり、近代の国軍でさえも軍隊への定着が「人間的矯正」どころか逆の結果を意味しうる事が分かりますね。
以上のように、歴史的事例を踏まえて考察しますと社会不適合者・「負け組」といった人々を軍隊に叩き込む事は「性根を叩き直す」どころか彼等が軍に適応できてもできなくても治安紊乱の原因となり、時にはファシズムを台頭させる基盤になりうるという碌でもない結果を招くという結論となりました。安易に「スパルタ式集団生活で矯正」と考えるのは、本人だけでなく社会のためにもならなそうで、結論は慎重に出す必要があるかと(家族にとってはともかく、社会的には彼らが家に引きこもってる方がましかもしれません)。そもそも、貧困などで「戦争の方がマシ」なほどに普段の生活が悲惨な場合には人々は戦争を欲する場合があると以前にお話した通り、不況・経済格差が社会問題になっている現代日本はただでさえ同様な危険があるのですから。冒頭で述べた通り、東西を問わず古来より軍隊は余剰人口を引き受けていましたから今回もそれを期待するのは分からなくもありませんが、それなりにリスクがある方法という事は認識しておいていただきたいと思います。個人的には、秋葉原やマツダ工場のような事件が集団によって起こされるかもと思うとぞっとしますけどね。特にリンク先の徴兵論者の口調からは強い蔑視感情が伺えますので、そうした視線に反応して生まれたルサンチマンが「兵士」たちの蛮行の根底にある場合がしばしばだという事は強く注意を喚起しておきます。
【参考文献】
傭兵の二千年史 菊池良生 講談社現代新書
ファシスト群像 長谷川公昭著 中公新書
アドルフ・ヒトラー 村瀬興雄著 中公新書
皇軍の日常生活 一ノ瀬俊也 講談社現代新書
関連記事:
「諸君、私は軍隊が好きだ~徴兵制時代の軍隊への意外な視線~」
「乳とメイドとキルケールとナショナリズム」
「「汚物は消毒だー!」~前近代のとある貧民対策~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋軍事史」(当ブログ内に移転)
(http://trushnote.exblog.jp/14455214/)
「オットー・ヒンツェ『国家組織と軍隊組織』」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14589837/)
「『軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史』概要」(当ブログ内に移転)
(http://trushnote.exblog.jp/14455184/)
「引きこもりニート列伝その11 ヒトラー」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet11.html)
「エリート教育とは」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
軍隊式スパルタ教育な話。これが上手く機能してたのって、経済的余裕のある貴族による貴族への教育だったからじゃないですかねえ。
関連サイト:
「夢履屋」(http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/index.html)より
「徴兵制 復活?」(http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/peacemaker/draft_0.html)
徴兵制が現在では非現実的な手段である事を論じています。
リンクを変更(2010年12月7日、16日)
「2番街」(http://2bangai.net/)より
「【復活】ニートと引きこもりは徴兵制にしよう2」
(http://2bangai.net/read/5e4c3e89fc3539710621d1754091eeec1707aab149662671c4198f08a07f9c69/all)
これに対しては、現在の軍隊は専門職としての性格が強いのでそんな軟弱な連中を入れられても迷惑なだけだ、という反論も見られます。なら、そうした課題を乗り越えて適応できるなら良いのか、という疑問が生じてきますし、彼等を一般社会から隔離できるだけでも良いという再反論も見られます。確かに、歴史を振り返ると伝統的に軍隊が余剰人口を吸収してきたのは事実ですから、全く的外れな考えではないとは思います。しかし、その方法を無批判に導入して大丈夫なものかどうか、今回はそれについて少し考えて見ます。
まず考えなければならないのは、彼ら「負け組」が軍隊に適応するという事態が「性根が叩き直された」事によるものと即断してよいのか、という事です。十五世紀から十七世紀にかけてのヨーロッパでは、南ドイツ出身の「ランツクネヒト」と呼ばれる傭兵の部隊が戦争に好んで用いられました。当時の南ドイツは一子相続を原則とする農業社会であり、農家の次男三男といった余剰人口を多く抱えていたのです。彼等は故郷では小作人や難民といった「負け組」になる他ない存在であり、彼等が職を求めてランツクネヒト部隊に身を投じたようです。こうした「故郷で食い詰め、定住社会に背を向けた」(菊池良生『傭兵の二千年史』 講談社現代新書 93頁)人々からなるランツクネヒト傭兵の多くは部隊に定着し一人前の兵士になっていくわけですが、彼等が「性根を叩き直された」人間として模範的な存在になったかといえばむしろ逆だった様です。何でも、
「ランツクネヒトはひとたび傭兵稼業に手を染めると、だいたいが故郷から冷たく締め出される。傭兵契約期限が切れ、隊が解除されると彼らはたちまち干上がってしまう。月四グルデンの給料も隊内での博打、酒代、娼婦の花代、酒保商人のごまかしで跡形もなく消えている。帰る故郷とてない除隊兵士は乞食、行商人、旅芸人、鋳掛け屋、ロマ(ジプシー)といった階級秩序の外側で暮らす非定住社会に身を置くしかない。彼らは諸国を放浪し、無銭飲食、盗み、追いはぎ、放火、人殺し、略奪を繰り返し、その眼にすさんだ陰険な光を宿すことになる。そしてどこかで傭兵部隊の募兵があると聞くと、いまとなっては娑婆ではまっとうに生きることができなくなったこれら除隊兵士が先を争って募兵に応じるのだ。
むろん、それも今までの生活の繰り返しである。兵たちは己の命を的にして得た月わずか四グルデンの給料を酒、賭博、女に蕩尽する蟻地獄の生活にのた打ち回り、その日その日を小狡く生きるしかないのだ。しかし少なくともここには彼らの生活があった。否、ここにしかなかった。兵士たちにとってランツクネヒト部隊が故郷となる。」(同書 103-104頁)
といった具合だったとか。軍隊に定着するというのは、堅気には戻れずつぶしもきかず他に行き場がないからに他なりません。軍から外に出ると、彼らは犯罪を犯さねば生きていけず治安を乱す要因になってしまっていたのです。そもそも、彼ら自身に自分達を締め出した一般社会へのルサンチマンが蓄積しているでしょうから余計でしょう。
軍隊の中に彼等が収まっていれば治安問題がないかといえば、勿論さにあらず。過酷な社会環境で心が荒み頻発する給料の遅配で貧窮する彼らは、戦場を稼ぎ場所として盛んに略奪や暴行に走りました。中でもエラスムスが「一都市の破壊というより、一文明の破壊」とまで慨嘆した1527年3月のローマ大略奪はランツクネヒトの悪名を高めたといわれています。
傭兵の時代が終わって国家総力戦の時代になっても、食い詰めた人々が軍あるいはそれに類した存在に行き場を求める現象は見られました。第一次大戦後、敗戦国であるドイツは政治的混乱に陥り、右翼・左翼を問わず政治団体が私設軍隊を結成して敵対者と衝突を繰り返すという内戦一歩手前の状況にありました。これらの私兵集団に参加したのは、大戦中に学校を卒業してすぐ徴兵されて軍隊以外の世界を知らず折からの大不況もあって社会復帰できずにくすぶっていた若者達だったそうです。そうした私設軍隊の中で最も規模が大きく有名なのが国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の突撃隊。彼らの存在は戦間期ドイツの社会混乱を大きくし、やがてはファシズムの温床となっていったといえます。それにしても、現象の構図がランツクネヒト部隊に似ています。私設軍隊の募兵プラカードにはランツクネヒトの太鼓手が描かれる事もあったといいますから彼ら自身も思うところがあったのでしょう。
こうした事例は勿論ドイツだけではなく、イギリスでもファシストとして知られたオズワルド・モーズリは1932年にファシスト連盟を結成し翌年には本部「ブラック・ハウス」に百人程度の黒シャツを着た親衛隊を抱えるようになります。彼らは恐慌の最中で家も職もない若者達からなっており、黒シャツ隊に入ると宿泊費無料で小遣いが支給されるという条件で守衛・運転手・使い走りといった仕事を務めたそうです。彼らは軍隊式の集団生活を行っており、ファシズム団体の御多分に漏れず示威行進や反対派への暴行、ユダヤ人襲撃といった暴力的行為に従事していたとか。実に迷惑な集団ですね。
私設軍隊でなくて正式な国軍ならどうかについても見てみましょう。我が国では戦後でも軍隊が規律正しく社会生活の基本を叩き込むのに良いところだったというイメージがある事が昭和三十五年(1960)の岩手県における調査で分かっています。実際、厳格な規律が定められ上下関係のきっちりした制度になっていましたし、実際問題として地域社会とも密接に連携し「鍛えに鍛えた軍人精神とこの健全なる肉体とを土産物にして帰郷」(一ノ瀬俊也『皇軍兵士の日常生活』講談社現代新書 73頁)するような人生道場としての軍隊生活を送った人もいたことは知られています。しかし1940年ごろに中国大陸に駐屯していた中隊長や兵士の証言からは、異なった側面も認められます。
「隊内では信任の見習士官、下士官が教育隊より帰隊すると、年次の古い者が殴るか、いやがらせを行い圧えつけようとする。新年次の上等兵は、古年兵の一等兵を指揮出来ない。全く戦国の下剋上そのものであった。これでは敵を前にして何も出来ない。戦闘は弱いはずである。/朝の点呼に出ない下士官、古兵はざらであった。」(同書 78頁)
「作戦から帰った古年兵の自慢話は、常に民衆の財産、生命を奪う話ばかり。弾丸は前からばかりこないぞと不穏な言動、何か狂っている。まるで山賊の集まりである。/聖戦の旗印の許、共に生死をかけて戦わなければならないのに、感情に走って暴力をふるい、我々が神とも尊敬している教官の悪口、そして自分達は一日も早く帰りたがっている。」(同書 86頁)
ここからは、規律も上下関係もグダグダになりならず者まがいの言動・行動をみせる古兵たちの姿がうかがえます。また、戦争が長期化すると前線だけでなく内地の部隊でも軍紀が低下し犯罪・非行も「事変前に比して著しく増加」したという東京憲兵隊付陸軍少佐の報告もあるそうです。誤解のないように申し上げますと、これは日本軍が特別だったわけでは恐らくないでしょう。上記の例も考慮すると、多かれ少なかれ軍隊における普遍的な現象だったと思われます。やはり、近代の国軍でさえも軍隊への定着が「人間的矯正」どころか逆の結果を意味しうる事が分かりますね。
以上のように、歴史的事例を踏まえて考察しますと社会不適合者・「負け組」といった人々を軍隊に叩き込む事は「性根を叩き直す」どころか彼等が軍に適応できてもできなくても治安紊乱の原因となり、時にはファシズムを台頭させる基盤になりうるという碌でもない結果を招くという結論となりました。安易に「スパルタ式集団生活で矯正」と考えるのは、本人だけでなく社会のためにもならなそうで、結論は慎重に出す必要があるかと(家族にとってはともかく、社会的には彼らが家に引きこもってる方がましかもしれません)。そもそも、貧困などで「戦争の方がマシ」なほどに普段の生活が悲惨な場合には人々は戦争を欲する場合があると以前にお話した通り、不況・経済格差が社会問題になっている現代日本はただでさえ同様な危険があるのですから。冒頭で述べた通り、東西を問わず古来より軍隊は余剰人口を引き受けていましたから今回もそれを期待するのは分からなくもありませんが、それなりにリスクがある方法という事は認識しておいていただきたいと思います。個人的には、秋葉原やマツダ工場のような事件が集団によって起こされるかもと思うとぞっとしますけどね。特にリンク先の徴兵論者の口調からは強い蔑視感情が伺えますので、そうした視線に反応して生まれたルサンチマンが「兵士」たちの蛮行の根底にある場合がしばしばだという事は強く注意を喚起しておきます。
【参考文献】
傭兵の二千年史 菊池良生 講談社現代新書
ファシスト群像 長谷川公昭著 中公新書
アドルフ・ヒトラー 村瀬興雄著 中公新書
皇軍の日常生活 一ノ瀬俊也 講談社現代新書
関連記事:
「諸君、私は軍隊が好きだ~徴兵制時代の軍隊への意外な視線~」
「乳とメイドとキルケールとナショナリズム」
「「汚物は消毒だー!」~前近代のとある貧民対策~」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋軍事史」(当ブログ内に移転)
(http://trushnote.exblog.jp/14455214/)
「オットー・ヒンツェ『国家組織と軍隊組織』」(当ブログ内に移転しました)
(http://trushnote.exblog.jp/14589837/)
「『軍事史概説 戦略と戦術の東西文明五千年史』概要」(当ブログ内に移転)
(http://trushnote.exblog.jp/14455184/)
「引きこもりニート列伝その11 ヒトラー」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet11.html)
「エリート教育とは」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/elite.html)
軍隊式スパルタ教育な話。これが上手く機能してたのって、経済的余裕のある貴族による貴族への教育だったからじゃないですかねえ。
関連サイト:
「夢履屋」(http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/index.html)より
「徴兵制 復活?」(http://obiekt.hp.infoseek.co.jp/peacemaker/draft_0.html)
徴兵制が現在では非現実的な手段である事を論じています。
リンクを変更(2010年12月7日、16日)
by trushbasket
| 2010-08-07 21:27
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