ある敵味方を越えた愛の話~戦国版「ロミオとジュリエット」~
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バルコニーでジュリエットが
「おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?
お父様とは無関係、自分の名は自分の名ではない、とおっしゃってください。
それがいやなら、お前だけを愛していると、誓ってください。
そしたら、私もキャピュレットの名を捨ててしまいましょう。」
(シェイクスピア作『ロミオとジューリエット』平井正穂訳 岩波文庫 72頁)
と一人ごちているのを目にしたロミオがそれに応じて愛を語り合う場面は非常に有名ですが、ジュリエットはなんとこの時点で十三歳だったとか。一方、ロミオの年齢設定は原作では不明。ロミオ、これって犯罪じゃ…、と言いたくなりますが、ロミオも
「恋の翼をかけてこの壁を飛び越えてきました、石の壁なんかに恋を閉め出す力はありません」
(同書 74頁)
なんて恥ずかしい事この上なくその上世間知らずの台詞を吐いているところからするとほぼ同年代なのかも。だとすると、ロリコンという批判は必ずしも的を得ないのでしょう。
この恋に恋する年頃の二人に訪れた結末は、意地を張った諍いのもたらす悲劇として今日まで知られています。この事件を契機に両家が和解するという結末が救いでしょうか。
さて、我が国にも敵対する家同士の人間が恋愛関係に陥ってしまった話があります。時は戦国時代。北関東の佐竹氏と南奥州の葦名氏が対立関係にありました。佐竹氏は源義光の末裔であり、葦名氏もまた鎌倉有力御家人であった三浦氏の一支族。共に源平・鎌倉期からの歴史を誇る名門であり、その地域の覇権争い相手に留まらず家門の矜持にかけて譲れない相手であっただろうことは想像に難くありません。そんな両家でしたが、「武功雑記」は以下のような逸話を伝えています。若くして葦名氏当主となった葦名盛隆は「無双ノ美少年」であり、佐竹氏当主である義重は彼を「一目見ソメシヨリ恋慕アサカラズ」つまり一目惚れしてしまったというのです。恐らくは戦場で相見えたときの事でしょうか?義重は盛隆に艶書を送り、やがて二人は敵の総帥同士という立場を越え相思の仲となります。とはいえ、両家の戦争状態は相変わらずでした。そりゃそうですね、家と家との対立は家臣たちを含めた集団の利害対立であり、当主だけの意志でどうにかなるものではありません。二人が苦しい恋に悩む中、
「おお、義重、義重!どうしてあなたは義重なの?」
なんて感じの独白がひょっとすると吐かれたかもしれません。しかし恋する総帥二人を見かねてか、両家家臣団は談合してついに和議にいたり、両家は一転同盟関係となったそうです。恋の翼をかりてこの壁を飛び越えてきました、敵対関係なんかに恋を閉め出す力はありませんって感じの結末ですね。家同士の争いから若い恋人同士が命を散らす結果となったシェイクスピア物語の人物達とちがって恋が実って一件落着。
…これで終わればめでたしめでたしだったのですが、目の前に落とし穴が待っていました。「新編会津風土記」によれば、盛隆は以前に大庭三左衛門という美青年を寵愛していたそうですが、彼の容色が衰えると次第に関心をなくしていきました。恐らくは、新たな恋人への愛に夢中になっていたものでしょう。三左衛門は主君を恨み、会津黒川城中で盛隆を殺害してしまいます。三左衛門は別に下剋上を目論んでいたとかではなく主君への愛が憎しみにまで高まっただけによる犯行だったようで計画性もなく、事後あっさりと殺害されたそうで。うーん、nice boat.。こうして敵味方を越えた愛はあっけなく悲劇的な終わりを告げ、若く優秀な総帥を失った葦名氏は混乱に陥ります。とはいえ、盛隆の時代を経て、その後に葦名氏の新たな当主として義重の子・義広が送り込まれるほどに両家の同盟関係は強固になっていました。短く悲劇的な愛が生んだ遺産というべきでしょうね。
まあ、葦名・佐竹両家が同盟関係となった背景にこんな話が本当にあったかは疑問です。実際のところ、北条氏や伊達氏などの強敵に対抗するため利害関係が一致して旧来の対立関係を清算したと考えるのが妥当でしょう。とはいえ、主将同士の恋愛が和睦を呼んだという伝説が生み出されたという事実は、男色がごく普通であった当時の社会状況だけでなく、人間同士の絆が平和を招く事への乱世における願望をも反映しているように思われ興味深いですね。
【参考文献】
武士道とエロス 氏家幹人 講談社現代新書
ロミオとジューリエット シェイクスピア作 平井正穂訳 岩波文庫
戦国人名辞典 吉川弘文館
日本大百科全書 小学館
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「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「偉大なるダメ人間シリーズその8 プラトン」(当ブログ内に移転)(http://trushnote.exblog.jp/14529128/)
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