2010年 11月 07日
内向きニッポンも悪くない? ~歴史を素材に留学というものを考える~
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最近、日本の学生が留学しなくなったと、日本人の内向き志向を嘆く方がいるようです。
とはいえ、日本から海外に留学生を送り出すことは、必ずしも日本にとってプラスになるとも限りますまい。然るべき人間を送り出すのでなければ帰ってマイナスにもなりかねません。
今回は、そういうお話を歴史を素材にやってみようと思います。
むかしむかし、虎関師錬(1278~1346)という京都生まれの非常に学識に優れた、お坊さんがいました。このお坊さん幼少時より大変聡明で、仏教経典やら中国古典やらの書物を大いに学び、南宋士大夫の学芸を身につけ、当時を代表する知識人へと成長、日本史上初の総合仏教史『元亨釈書』を編纂したりすることになります。それが、この聡明博識なお坊さん、22歳の時に中国の元王朝への留学を考えたそうなんですが、その理由がなかなか面白く、留学というものについて考えさせてくれるのです。
すなわち
とのこと。虎関師錬は結局留学はしなかったんですが、それはさておき、彼が海外留学を考えるところまでいった動機は、バカが出かけてって日本の恥をさらすから、バカの尻ぬぐいにやむなく自分もっていう消極的なものでした。海外で最先端で国際志向の俺様サイコーみたいな精神で、留学礼賛したりしてないのが興味深いですね。それどころかどっちかというと留学留学はしゃいで、自国でやるべきことを済ませてない人間まで雰囲気で海外に行ってしまうことに否定的。
凡百の坊主の考えならばただの僻みか無根拠な自惚れと切って捨てるべき内容ですが、一時代を代表する知識人へと成長する偉才の判断故、なかなかの重みがあると言えましょう。
そういうわけで、
留学留学といいますが、
ここに見えるように、
相応しくない人間が留学して、金かけて単に日本人は能力がないと恥をばらまいてくるだけに終わり、心ある日本人の嘆きの種になるって事態もあり得るわけですね。
ちなみに、虎関師錬、留学はしなかったものの、外国人と会ってその学識を「国際的に」吟味されたことはありまして、彼は三十歳の時に来日していた中国人僧一山一寧に弟子入りしています。そして彼は一山一寧に日本の高僧の逸事を問われ、ところが十分に答えられず、「一山はこれを不審とし、公の弁博ひろく外国の事に及んでいるのに、日本の事に至ると頗る応対に渋るのはどういうわけかとたしなめた」(同書 145頁)とか。
聡明博識で鳴らし、自分なら日本代表として恥ずかしくないと自信満々だった人も、外人の目から見たら、国際派を気取る前にやるべき宿題が山ほど残っている残念な人だったのですね。
ということで、外国で学ぶに十分な学問的準備を整えた人間でも、それと合わせて自分の国のことを十分にピーアールできるようになってないと、外人さんにガッカリされて、バカにされるということです。
別にこういうことするのは中国の坊さんだけではなくて、「明治の頃競って欧米に渡った日本の俊秀が同じ様な経験をしたことは、しばしば聞く所であるが、師錬もまさにそれであった」(同上)とのこと。時代、相手が異なってもを日本人は外人さんに似たようなことされて、その上、似たような失敗をしてきた模様。
以上のように、歴史的に見れば、留学だの国際的学問的な交流だのには、割りと色んな罠があって、うかつな人間を送り出すと自国に恥かかせてくれるわけですから、
意外と日本人の内向き志向は悪くないのではないかと思います。自負するだけの能力とか覚悟とかを持たない相応しくない人間がふるい落とされるって意味で。
ところで、あんまり外向き志向だと、人材が続々流出して日本に帰って来なくなって困りそうとか思ってしまいます。なんだかんだで日本は、歴史を通じて今に至るまでずっと世界の辺境ですし。そういう意味でも内向き志向は悪くないと思うのですが、その辺はどうなんでしょうか?
ちなみに、日本のお坊さんネタだと、
平安中期の天台僧寂照なんか、日本の天台宗の疑問を解消するという使命を背負って中国を訪れ、中国の宰相に留められ、そのまま帰ってこなかったそうです。
参考資料
坂本太郎著『史書を読む』中公文庫
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
関連記事
平安前期シスコン伝記 小野篁、妹を愛す -『篁物語』 ~いもうと~
外国行きから逃げ出した人
近代知識人の命名の一例~近代日本のDQNネーム~
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日本ブルマー史概説 ~縮み消えゆくブルマーの100年史~ 初めは袴の如く、最後はパンツの様に
海外留学生がもたらしたコスチュームの話
寂照については、よろしければ
「寂照 世界を股に掛けた高僧の淫猥猟奇な黒歴史 ~死体と過ごした濃厚な愛の日々~」(社会評論社『ダメ人間の日本史』所収)
もご参照ください
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
引きこもりニート列伝その27 南方熊楠
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet27.html
遣唐使~その歴史的経緯と役割~
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/030418.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 - 山田昌弘 : 本
おまけリンク
若者の「内向き志向」の原因は「悪いお手本」にあるのでは? 【ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト】
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2010/10/post-216.php
とはいえ、日本から海外に留学生を送り出すことは、必ずしも日本にとってプラスになるとも限りますまい。然るべき人間を送り出すのでなければ帰ってマイナスにもなりかねません。
今回は、そういうお話を歴史を素材にやってみようと思います。
むかしむかし、虎関師錬(1278~1346)という京都生まれの非常に学識に優れた、お坊さんがいました。このお坊さん幼少時より大変聡明で、仏教経典やら中国古典やらの書物を大いに学び、南宋士大夫の学芸を身につけ、当時を代表する知識人へと成長、日本史上初の総合仏教史『元亨釈書』を編纂したりすることになります。それが、この聡明博識なお坊さん、22歳の時に中国の元王朝への留学を考えたそうなんですが、その理由がなかなか面白く、留学というものについて考えさせてくれるのです。
すなわち
二十二歳の時、当時日本から凡庸の僧がこぞって元に渡るのを日本の恥と考え、みずから元に渡って、わが国に人のあることを知らせようとしたが、母が老病であったため、これをやめた。(坂本太郎著『史書を読む』中公文庫 144頁)
とのこと。虎関師錬は結局留学はしなかったんですが、それはさておき、彼が海外留学を考えるところまでいった動機は、バカが出かけてって日本の恥をさらすから、バカの尻ぬぐいにやむなく自分もっていう消極的なものでした。海外で最先端で国際志向の俺様サイコーみたいな精神で、留学礼賛したりしてないのが興味深いですね。それどころかどっちかというと留学留学はしゃいで、自国でやるべきことを済ませてない人間まで雰囲気で海外に行ってしまうことに否定的。
凡百の坊主の考えならばただの僻みか無根拠な自惚れと切って捨てるべき内容ですが、一時代を代表する知識人へと成長する偉才の判断故、なかなかの重みがあると言えましょう。
そういうわけで、
留学留学といいますが、
ここに見えるように、
相応しくない人間が留学して、金かけて単に日本人は能力がないと恥をばらまいてくるだけに終わり、心ある日本人の嘆きの種になるって事態もあり得るわけですね。
ちなみに、虎関師錬、留学はしなかったものの、外国人と会ってその学識を「国際的に」吟味されたことはありまして、彼は三十歳の時に来日していた中国人僧一山一寧に弟子入りしています。そして彼は一山一寧に日本の高僧の逸事を問われ、ところが十分に答えられず、「一山はこれを不審とし、公の弁博ひろく外国の事に及んでいるのに、日本の事に至ると頗る応対に渋るのはどういうわけかとたしなめた」(同書 145頁)とか。
聡明博識で鳴らし、自分なら日本代表として恥ずかしくないと自信満々だった人も、外人の目から見たら、国際派を気取る前にやるべき宿題が山ほど残っている残念な人だったのですね。
ということで、外国で学ぶに十分な学問的準備を整えた人間でも、それと合わせて自分の国のことを十分にピーアールできるようになってないと、外人さんにガッカリされて、バカにされるということです。
別にこういうことするのは中国の坊さんだけではなくて、「明治の頃競って欧米に渡った日本の俊秀が同じ様な経験をしたことは、しばしば聞く所であるが、師錬もまさにそれであった」(同上)とのこと。時代、相手が異なってもを日本人は外人さんに似たようなことされて、その上、似たような失敗をしてきた模様。
以上のように、歴史的に見れば、留学だの国際的学問的な交流だのには、割りと色んな罠があって、うかつな人間を送り出すと自国に恥かかせてくれるわけですから、
意外と日本人の内向き志向は悪くないのではないかと思います。自負するだけの能力とか覚悟とかを持たない相応しくない人間がふるい落とされるって意味で。
ところで、あんまり外向き志向だと、人材が続々流出して日本に帰って来なくなって困りそうとか思ってしまいます。なんだかんだで日本は、歴史を通じて今に至るまでずっと世界の辺境ですし。そういう意味でも内向き志向は悪くないと思うのですが、その辺はどうなんでしょうか?
ちなみに、日本のお坊さんネタだと、
平安中期の天台僧寂照なんか、日本の天台宗の疑問を解消するという使命を背負って中国を訪れ、中国の宰相に留められ、そのまま帰ってこなかったそうです。
参考資料
坂本太郎著『史書を読む』中公文庫
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
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海外留学生がもたらしたコスチュームの話
寂照については、よろしければ
「寂照 世界を股に掛けた高僧の淫猥猟奇な黒歴史 ~死体と過ごした濃厚な愛の日々~」(社会評論社『ダメ人間の日本史』所収)
もご参照ください
れきけん・とらっしゅばすけっと/京都大学歴史研究会関連発表
引きこもりニート列伝その27 南方熊楠
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet27.html
遣唐使~その歴史的経緯と役割~
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2003/030418.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 - 山田昌弘 : 本
おまけリンク
若者の「内向き志向」の原因は「悪いお手本」にあるのでは? 【ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト】
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2010/10/post-216.php
by trushbasket
| 2010-11-07 16:19
| My(山田昌弘)








