2010年 12月 05日
日本人が昔から女体化、萌え化が好きすぎて困る件 ~江戸時代に続出した女体化・萌え化『水滸伝』群~
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三国志やら水滸伝やら、戦国時代やら、様々な神話やら、諸々の物語の色んな英雄豪傑を美少女化した、怪しげな萌えゲームや萌え雑学本を生産しまくる、女体化大好き萌えの国、HENTAIニッポンの皆さんこんにちは。
皆さんの中には、江戸時代に『傾城水滸伝』なる書物が創り出され、そしてそれが良い感じにヒットしていたことをご存じの方もおられるでしょう。
ご存じでない方もおられるでしょうから、これについて極々軽く解説しておきますと、
『傾城水滸伝』とは、江戸時代後期の国民的な大小説家、曲亭馬琴(滝沢馬琴)の作品で、文政8年(1825年)から天保6年(1835年)にかけて刊行された人気小説。
中国の古典小説『水滸伝』を翻案した作品です。
元ネタ小説である『水滸伝』は、中国の史上の英雄を模した豪傑をずらりと登場させ、それら豪傑が結成した歴史ヒーローオールスターズな正義の盗賊団、すなわち、中国人的ぼくのかんがえたさいきょうの軍団が、正義のために、悪い大臣やら悪い役人やら悪い異民族やら悪い盗賊団やら相手に大暴れするという話。まあ、正義の盗賊団の頭目である好漢108人の中には、歴史ヒーローのパチモン以外にも、何やら良く分からん人たちが、沢山いたりもしてますが、とにかく、むさい野郎どもが群れをなして、大暴れな話なわけです。
それがどうしてそうなったのか、これを翻案した我が国の『傾城水滸伝』は、登場人物の男女を入れ替え。
敵役の大臣も108人の好漢たちのほとんども、女にしてしまい、専横を極める悪女vs女賊という物語にしてしまっているのです。
そしてこの作品は、馬琴の重要な収入源となったとか。
さて、これで一応、『傾城水滸伝』がどういうものかおわかりいただけたと思います。
恐るべし萌えの国ニッポン、恐るべしHENTAIジャパン、
190年も前から女体化、萌え化の芽生えが見られると、これについて驚嘆しておられる方、喝采しておられる方、あるいは絶望しておられる方も、きっとおられることでしょう。
ですが『傾城水滸伝』を見た程度で、HENTAIジャパンのHENTAIの深さを知ったと思わないで頂きたい。
我等がご先祖様の抱える闇はもっと根深く大きなものなのですから。
実は、この『傾城水滸伝』、女体化、萌え化翻案の原点ではありません。実は女体化、萌え化の歴史はもっと以前に遡ってしまうのです。
なんと、天明3年(1783年)、『傾城水滸伝』の登場に先立つこと半世紀の昔に、『水滸伝』女体化翻案は既に行われていました。
すなわちこの1783年に、江戸時代中期の小説家、伊丹椿園の水滸伝女体化小説『女水滸伝』が刊行されていたのです。
そしてこの『女水滸伝』はその後、江戸時代後期の文政1年(1818年)に改作され、好花堂野亭(山田案山子)著『新編女水滸伝』として生まれ変わっているのです。
そう、
我が国は230年も前から女体化、萌え化を行っていました。
有名な『傾城水滸伝』が登場するよりも半世紀も早く。
そしてその女体化・萌え化『水滸伝』は、35年の年月を経て、後世の作家によってリメイクされるほどの価値を認められていたのです。しかもこのリメイクすら『傾城水滸伝』よりも5年以上も早い。
ということで、『傾城水滸伝』だけでもビックリなのに、その背後には、世代を超えて作品を受け継ぐ程の女体化文化愛好、萌え化文化愛好の風土と歴史が広がっていたのです。
ところで、女体化文化、萌え化文化の広がりを物語る事例をもう一つ挙げましょう。
『傾城水滸伝』刊行開始にわずかに遅れた文政11年(1828年)に十返舎一九『名勇発功談』という小説が刊行されてるのですが、これは、未刊の稿本によると、一名を女水滸伝と言い、『女水滸伝』に依拠した作品であることが明らかにされているそうです。
参考資料
石川秀巳著「『女水滸伝』論 ──「江戸の水滸伝」のうち──」(『東北大学大学院 国際文化研究科論集 第十四号』)
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
http://library.osaka-shoin.ac.jp/collection/ohrai/4-4/bib.html
関連記事
海外小説翻案と国学者の筆のすさび~エロは愛国主義者の国境も越える~
古今東西における「戦記」と想像力
中国食人文化入門 ~中国的合理主義と、中国人であることおよび中国人があることの不幸について~
萌え化『水滸伝』みたいなものを書いてしまうダメな感性の持ち主である曲亭馬琴さんは、わりとどうしようもないダメ人間でもありました。
詳しくは、
「滝沢馬琴 オレはビッグになるよ、でも人間嫌いだけどね ~江戸最大級の戯作者は転職三昧の引きこもり気質~」(社会評論社『ダメ人間の日本史』収録)をご覧下さい。
Amazon :『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
楽天ブックス:『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
当ブログ内紹介記事
京都大学歴史研究会関連発表
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
日本出版史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/050227.html
中国民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020607.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
誤脱修正(12月6日)
○5年以上←×5年
○未刊←×未完
(2010年12月8日)
○伊丹椿園の水滸伝女体化小説『女水滸伝』が刊行されていたのです。←×伊丹椿園は水滸伝女体化小説『女水滸伝』を著していたのです。
(伊丹椿園は1781年に死亡しているので、本が書かれたのは刊行よりも何年も前になります。「著す」には書いて世に出すという意味があるので、元の表現でも間違いではないでしょうが、「著す」で単に執筆するという意味を指すこともあり、ややこしいので書き換え。)
皆さんの中には、江戸時代に『傾城水滸伝』なる書物が創り出され、そしてそれが良い感じにヒットしていたことをご存じの方もおられるでしょう。
ご存じでない方もおられるでしょうから、これについて極々軽く解説しておきますと、
『傾城水滸伝』とは、江戸時代後期の国民的な大小説家、曲亭馬琴(滝沢馬琴)の作品で、文政8年(1825年)から天保6年(1835年)にかけて刊行された人気小説。
中国の古典小説『水滸伝』を翻案した作品です。
元ネタ小説である『水滸伝』は、中国の史上の英雄を模した豪傑をずらりと登場させ、それら豪傑が結成した歴史ヒーローオールスターズな正義の盗賊団、すなわち、中国人的ぼくのかんがえたさいきょうの軍団が、正義のために、悪い大臣やら悪い役人やら悪い異民族やら悪い盗賊団やら相手に大暴れするという話。まあ、正義の盗賊団の頭目である好漢108人の中には、歴史ヒーローのパチモン以外にも、何やら良く分からん人たちが、沢山いたりもしてますが、とにかく、むさい野郎どもが群れをなして、大暴れな話なわけです。
それがどうしてそうなったのか、これを翻案した我が国の『傾城水滸伝』は、登場人物の男女を入れ替え。
敵役の大臣も108人の好漢たちのほとんども、女にしてしまい、専横を極める悪女vs女賊という物語にしてしまっているのです。
そしてこの作品は、馬琴の重要な収入源となったとか。
さて、これで一応、『傾城水滸伝』がどういうものかおわかりいただけたと思います。
恐るべし萌えの国ニッポン、恐るべしHENTAIジャパン、
190年も前から女体化、萌え化の芽生えが見られると、これについて驚嘆しておられる方、喝采しておられる方、あるいは絶望しておられる方も、きっとおられることでしょう。
ですが『傾城水滸伝』を見た程度で、HENTAIジャパンのHENTAIの深さを知ったと思わないで頂きたい。
我等がご先祖様の抱える闇はもっと根深く大きなものなのですから。
実は、この『傾城水滸伝』、女体化、萌え化翻案の原点ではありません。実は女体化、萌え化の歴史はもっと以前に遡ってしまうのです。
なんと、天明3年(1783年)、『傾城水滸伝』の登場に先立つこと半世紀の昔に、『水滸伝』女体化翻案は既に行われていました。
すなわちこの1783年に、江戸時代中期の小説家、伊丹椿園の水滸伝女体化小説『女水滸伝』が刊行されていたのです。
そしてこの『女水滸伝』はその後、江戸時代後期の文政1年(1818年)に改作され、好花堂野亭(山田案山子)著『新編女水滸伝』として生まれ変わっているのです。
そう、
我が国は230年も前から女体化、萌え化を行っていました。
有名な『傾城水滸伝』が登場するよりも半世紀も早く。
そしてその女体化・萌え化『水滸伝』は、35年の年月を経て、後世の作家によってリメイクされるほどの価値を認められていたのです。しかもこのリメイクすら『傾城水滸伝』よりも5年以上も早い。
ということで、『傾城水滸伝』だけでもビックリなのに、その背後には、世代を超えて作品を受け継ぐ程の女体化文化愛好、萌え化文化愛好の風土と歴史が広がっていたのです。
ところで、女体化文化、萌え化文化の広がりを物語る事例をもう一つ挙げましょう。
『傾城水滸伝』刊行開始にわずかに遅れた文政11年(1828年)に十返舎一九『名勇発功談』という小説が刊行されてるのですが、これは、未刊の稿本によると、一名を女水滸伝と言い、『女水滸伝』に依拠した作品であることが明らかにされているそうです。
参考資料
石川秀巳著「『女水滸伝』論 ──「江戸の水滸伝」のうち──」(『東北大学大学院 国際文化研究科論集 第十四号』)
『日本人名大辞典』講談社
『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版
『スーパー・ニッポニカ Professional』小学館
http://library.osaka-shoin.ac.jp/collection/ohrai/4-4/bib.html
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萌え化『水滸伝』みたいなものを書いてしまうダメな感性の持ち主である曲亭馬琴さんは、わりとどうしようもないダメ人間でもありました。
詳しくは、
「滝沢馬琴 オレはビッグになるよ、でも人間嫌いだけどね ~江戸最大級の戯作者は転職三昧の引きこもり気質~」(社会評論社『ダメ人間の日本史』収録)をご覧下さい。
Amazon :『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)楽天ブックス:『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
当ブログ内紹介記事
京都大学歴史研究会関連発表
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
日本出版史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/050227.html
中国民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/020607.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
誤脱修正(12月6日)
○5年以上←×5年
○未刊←×未完
(2010年12月8日)
○伊丹椿園の水滸伝女体化小説『女水滸伝』が刊行されていたのです。←×伊丹椿園は水滸伝女体化小説『女水滸伝』を著していたのです。
(伊丹椿園は1781年に死亡しているので、本が書かれたのは刊行よりも何年も前になります。「著す」には書いて世に出すという意味があるので、元の表現でも間違いではないでしょうが、「著す」で単に執筆するという意味を指すこともあり、ややこしいので書き換え。)
by trushbasket
| 2010-12-05 20:30
| My(山田昌弘)








