2010年 12月 12日
ゾンビ in 日本史~黒魔術師・西行 死体から人造人間を造ろうとする男達~
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近頃のオタク文化は、相変わらず凄い事になっているようですね。萌えるヒロインの対象が遂にゾンビにまで及んできたとか。
まあ、考えてみれば以前からロボットやら幽霊やらに萌えてきた現代日本人ですから何を今更、という気はしますけどね。さて上記記事で取り上げられている「さんかれあ」という漫画は、ひょんな事からゾンビになった良家の令嬢・散華礼弥(さんかれあ)がゾンビ好きの主人公と繰り広げる青春物語。父親から過剰な束縛を受けていた礼弥が死んで(主人公が古文書に従って作った蘇生薬の効果で)ゾンビになって初めて自由を得て朗らかな笑顔を見せる様子は何とも複雑な気分にさせられます。まあ、ゾンビと言っても流石に姿は生前と変らない美少女のままなんですが。とはいえ、ゾンビを主題とする限りでのリアリティは一応気にかけているようで、一巻の末尾で彼女に死後硬直が出現し始め、主人公がこのままではやがてその肉体が腐敗する事に気づき何とか体を維持する必要があると認識していたりします。
因みに、死後硬直を解除する方法としてはリハビリテーションと同じ要領でマッサージを行い硬直した身体を和らげ関節の靭帯をほぐすのが有効だとか。昔は死後硬直を和らげるための呪文というのが存在したようで、修験道と念仏信仰が融合した「ダンナドン信仰」ではトイナモン(司祭)が「ホネナヤマカシ」と繰り返し本尊に唱える事で死体の硬直がとれたと伝えられています。遺体を納棺する際に死後硬直は重大な障害になりますから、その対策は昔も今も重要なわけですね。
ついでに、遺体を腐敗から守る方法についても述べておきましょう。伝統的に、地域を問わず遺体の防腐に用いられた手段はミイラ制作。ミイラ作りは腐敗を止めるため乾燥させる点に眼目があります。アンデス地方では砂漠に遺体を埋めて乾燥させる方法を取り、ニューギニア・オーストラリアなどでは煙と熱気で燻製にし、チベットでは塩をかけて布を巻き死体から水分を抜いたとか。こうしたミイラ作りの技術が最も発達していたのはエジプトなのは御存知の方も多いかと思います。エジプトでは鼻穴から脳髄を抜き取り、腹部を切開して心臓以外の内臓を取り出し壷に収納。その後、体内をやし酒で洗浄してナトロン(炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウムが自然合成されたもの)に十週間ほどつけて脱水。その後に頭部へ樹脂をつめ体内にはナトロン・おがくずなどの袋を入れた上で遺体を装飾し布をまいて顔の上にマスクをかぶせたそうです。
そして現在、遺体保存目的で用いられる方法はミイラ作りではなくエンバーミング。エンバーミングは遺体を生きている時と同様に保存する技術であり、我が国にもアメリカ経由で今世紀に入った辺りから次第に定着を始めたようです。エンバーミングは南北戦争の頃に戦死者や暗殺されたリンカーン大統領の遺体を保存して故郷に運ぶ必要を契機にアメリカで定着したといわれています。エンバーミングの主な目的としては防腐・死体からの二次感染を予防・死体の化粧・死体復元といったものが挙げられるとか。なお、エンバーミングに用いる薬液で体内の酸・アルカリ濃度が生前と同様にできるため死後硬直を防ぐ硬化もあるそうです。エンバーミングの具体的な手順について述べますと、まず全身を洗浄した後に、動脈からホルマリンを主成分とする薬液を注入し静脈から血液を回収して全身に薬液を行き渡らせる事で全身の蛋白を固定し腐敗を防ぎます。この際、薬液は赤く着色されているので肌の色が生前と同様な淡いピンク色になるとか。その後に「トロカワ」という棒状の道具で腹部を刺して内部の体液・血液を排出し、再び洗浄して死化粧。肉体に欠損部があれば粘土状のワックスを用いて復元するんだとか。エンバーミングは、日本に導入されて期間が短いにもかかわらず急速な普及をみせているそうです。高齢化社会に伴い、長い闘病生活の末に亡くなられる方が増えたため病気でやつれた姿を見せたくないと考える事例が多いのも一例ではないかと推定されています。もっとも、エンバーミングによって遺体は腐敗しなくなるものの徐々に乾燥するため生前と同様な状態を保てるのは二週間程度だとか。とすると、「さんかれあ」の主人公達のように長期間死体を維持したい場合には難がありますね。もっとも、旧ソ連におけるレーニンのように遺体を永久保存している例もありますので、完全に不可能というわけではないようです。レーニンの場合、エンバーミングに砒素・鉛・テレピン油など毒性の強い薬液を用いると共に定期的なメンテナンスを行っているのではないかと推定されているようです。
これらの遺体保存術の中には「さんかれあ」で描かれたような死体蘇生術と関連があるものもあり、例えばエジプトのミイラは完成後にオシリス神蘇生神話の例に従って「口開き」の儀式が行われ、この呪術が行われた後は死者は目・耳・口の機能を回復し来世で蘇生して現世と同様に生活し始めると信じられていました。またアンデス地方のミイラも来世に移って蘇生するため遺体を完全な姿で保持するという考えの下で作成されていたとか。これらのミイラも「死体の蘇生」信仰という点で「ゾンビ」と通じるものがあるといえなくもないのかも。少なくとも死者の蘇生と遺体防腐とは切っても切れない縁があるのは間違いなさそうです。
という訳で、以下では日本史から死体蘇生に関連した伝説を二つほど見てみましょう。
鎌倉初期に成立したとされる書物に「撰集抄」というのがあります。この書物は当時を代表する隠遁歌人・西行の手によって著されたと信じられていましたが、現在では他に作者がいるというのが通説のようです。その「撰集抄」の近衛本と呼ばれる写本に、このような話が載せられています。
西行が高野山の奥で修行した際の事。当初は友人の聖と一緒でしたが、その友人が京に用事で戻ったため一人きりとなってしまいます。「何となう、おなじ憂き世を厭ひし花月の情をもわきまへらん友こひしく」なり、「鬼の、人の骨をとり集めて人につくりなす例」を信頼すべき筋から聞いた事があるのを思い出して広野で人骨を集め繋げて蘇らせる儀式をしたというのです。しかしそうして出来上がった「人間」は、「人の姿に似侍れども、色も悪く、すべて心も侍らざりき。声はあれども、絃管の音のごとし」といった有様なので西行はがっかりして山に捨ててしまったとか。
さて、西行は修行を終えて京に戻ってから伏見前中納言師仲にこの事を打ち明けて意見を求めます。すると師仲は驚くべき秘密を明かしました。曰く、「そのやり方も悪くないが、反魂の秘術を行うにはまだ修行が足りない。私は四条大納言(藤原公任)の秘術を伝授され、これまでに何度も人間を造った。中には出世して大臣になった者もいるが、その名を明かすわけにはいかない。明かせば、造った人間も造られた人間も煙のように消えてしまうからね。」と。そして正しく人間を作る秘術を西行に伝授したそうですが、西行は何となくうんざりしたのかその後は人間を造る事は無かったとか。
死体を材料にして人造人間を造ったものの、醜く不出来だったので見捨てた。何だか、西洋の恐怖小説「フランケンシュタイン」を連想させるような話ですね。西行といえば歌の道に生き花鳥風月を愛したイメージがありますが、それとはそぐわない不気味さのある逸話です。そういや、同時代に頼朝から重んじられた文覚も天狗を祀る者と言われたり(「愚管抄」)江ノ島の洞窟で呪術をしたり(「吾妻鑑」)と大概な魔法使いぶりなんですが、西行は文覚が脱帽した男だけあって負けず劣らずこの方面でも実績を示してます。同時代人からすると、二人ともどこかおどろおどろしさがあるように思われたんでしょうね。つくづく、民衆の本質を見抜く目には驚かされます。
十四世紀に作成された「長谷雄草紙」にも、平安前期の代表的漢詩人であった紀長谷雄を題材に似たような話が伝えられています。それによれば、長谷雄は朱雀門の鬼と双六をして勝ち、鬼から絶世の美女を与えられたそうです。その際に「百日間は触れてはならない」と忠告されたに関わらず、長谷雄は美女の容姿だけでなく気立ての良さに惹かれて百日間を我慢できず手を出してしまいます。すると、そのとたんに美女は水のように溶けてしまいました。この美女は、鬼が様々な死体から良いところを取り集めて組み立てて人にしたものであり、百日過ぎれば本当の人になれたのに長谷雄が約束を破ったために全てが水の泡になったのだとか。まあ、こんな能力があれば理想の恋人をそれで作ってみようとは必ず誰かが考えますよね。
それにしても、驚くべきは朝廷に隠れている凄腕の魔術師たちです。西行は徳大寺殿なる貴族からこの術を習ったそうですし、伏見前中納言は多才で知られた四条大納言公任の流派を収めたとか。どうやら、陰陽道や密教の秘術が元になっているという話があります。それにしても、何でこんな連中がいたのに朝廷は失墜したんでしょうね…。ひょっとして、南北朝動乱時にはこの秘術は廃れていたんでしょうか?もし実在してこの時期に残っていれば、立川流大成者・文観といういかにも会得してそうな怪人物がいますし、あの後醍醐天皇が放っておくはずが無いような気がします。後醍醐なら文観の手を借りて形勢挽回のため秘術を用いて亡者の軍団結成、といったことをやりかねないと思うのは僕だけでしょうか?
って感じで禁断の手段による一発逆転を図っても全くおかしくありません。「太平記」では楠木正成ら家臣たちともども死後も怨霊として足利方に禍をなそうとしてましたし。
少し妄想を逞しくして脱線してしまいましたが、考えてみれば和歌や漢詩も言葉の力によって天地を動かすと考えられており魔法の一種と認識されていたといえなくもありません。実際、西行は歌によって神や霊と交信したと考えられたわけですしね。日本史におけるゾンビ話は、一級の歌人・詩人を密教僧や陰陽師と同様な魔術師と捉えていた事を反映しているようです。
【参考文献】
西行 高橋英夫著 岩波新書
東西不思議物語 澁澤龍彦 河出文庫
異界と日本人 小松和彦 角川選書
葬祭の日本史 高橋繁行 講談社現代新書
日本大百科全書 小学館
HELLSING 平野耕太 少年画報社
さんかれあ はっとりみのる 講談社
関連記事:
「『引きこもりニート列伝その26 西行』補足―当代最強の放浪歌人?―」
「メイドロボの精神史 前編」、「後編」
「『南朝五忠臣』」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「引きこもりニート列伝その26 西行」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet26.html)
「引きこもりニート列伝その3 鴨長明・兼好法師」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet03.html)
「菅原道真」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/michizane.html)
紀長谷雄の同時代人であり友人でした。
関連サイト:
「スタジオはみ」(http://www.studio-hami.net/top.html)より
「さんかれあ/sankarea」(http://www.studio-hami.net/sanka/sanka.html)
作者であるはっとりみのる先生のサイトです。
「スズメ♂のnamida & ゴマメのhagishiri 」(http://homepage3.nifty.com/osuzume/index.htm)より
「西行と人造人間」(http://homepage3.nifty.com/osuzume/sirabe/jinzo.htm)
「公益社」(http://www.koekisha.co.jp/)より
「エンバーミング」(http://www.koekisha.co.jp/service/embalming.html?cid=go_k_general_000140)
ゾンビではないですが、病死した愛妻の体を腐乱するまで愛撫していた人はいます。興味のある方は
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
より「寂照 世界を股に掛けた高僧の淫猥猟奇な黒歴史 ~死体と過ごした濃厚な愛の日々~」を御覧下さい。
もしよろしければ
楽天ブックス: ダメ人間の世界史 - ダメ人間の歴史vol 1 -
もお願いいたします。
関連サイト:
「アキバBlog」(http://blog.livedoor.jp/geek/)より
「ヒロインはゾンビっ娘 さんかれあ1巻 「ゾンビな女の子は好きですか?」」
(http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51054967.html)
「ゾンビ娘ラブコメ さんかれあ2巻 「かわいい顔してるだろ?死んでるんだぜ、この娘」」
(http://blog.livedoor.jp/geek/archives/51105949.html)
「オタロードBlog」(http://www.senakablog.com/)より
「ヒロインはゾンビっ娘なのですぞ「さんかれあ」1巻発売」
(http://www.senakablog.com/archives/2010/07/1_244.html)
「ゾンビっ娘、覚醒!? 「さんかれあ」2巻発売 死霊のバニーゾンビ♥ しょうげきの結末は!??」
(http://www.senakablog.com/archives/2010/12/_2_101.html)
まあ、考えてみれば以前からロボットやら幽霊やらに萌えてきた現代日本人ですから何を今更、という気はしますけどね。さて上記記事で取り上げられている「さんかれあ」という漫画は、ひょんな事からゾンビになった良家の令嬢・散華礼弥(さんかれあ)がゾンビ好きの主人公と繰り広げる青春物語。父親から過剰な束縛を受けていた礼弥が死んで(主人公が古文書に従って作った蘇生薬の効果で)ゾンビになって初めて自由を得て朗らかな笑顔を見せる様子は何とも複雑な気分にさせられます。まあ、ゾンビと言っても流石に姿は生前と変らない美少女のままなんですが。とはいえ、ゾンビを主題とする限りでのリアリティは一応気にかけているようで、一巻の末尾で彼女に死後硬直が出現し始め、主人公がこのままではやがてその肉体が腐敗する事に気づき何とか体を維持する必要があると認識していたりします。
因みに、死後硬直を解除する方法としてはリハビリテーションと同じ要領でマッサージを行い硬直した身体を和らげ関節の靭帯をほぐすのが有効だとか。昔は死後硬直を和らげるための呪文というのが存在したようで、修験道と念仏信仰が融合した「ダンナドン信仰」ではトイナモン(司祭)が「ホネナヤマカシ」と繰り返し本尊に唱える事で死体の硬直がとれたと伝えられています。遺体を納棺する際に死後硬直は重大な障害になりますから、その対策は昔も今も重要なわけですね。
ついでに、遺体を腐敗から守る方法についても述べておきましょう。伝統的に、地域を問わず遺体の防腐に用いられた手段はミイラ制作。ミイラ作りは腐敗を止めるため乾燥させる点に眼目があります。アンデス地方では砂漠に遺体を埋めて乾燥させる方法を取り、ニューギニア・オーストラリアなどでは煙と熱気で燻製にし、チベットでは塩をかけて布を巻き死体から水分を抜いたとか。こうしたミイラ作りの技術が最も発達していたのはエジプトなのは御存知の方も多いかと思います。エジプトでは鼻穴から脳髄を抜き取り、腹部を切開して心臓以外の内臓を取り出し壷に収納。その後、体内をやし酒で洗浄してナトロン(炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウムが自然合成されたもの)に十週間ほどつけて脱水。その後に頭部へ樹脂をつめ体内にはナトロン・おがくずなどの袋を入れた上で遺体を装飾し布をまいて顔の上にマスクをかぶせたそうです。
そして現在、遺体保存目的で用いられる方法はミイラ作りではなくエンバーミング。エンバーミングは遺体を生きている時と同様に保存する技術であり、我が国にもアメリカ経由で今世紀に入った辺りから次第に定着を始めたようです。エンバーミングは南北戦争の頃に戦死者や暗殺されたリンカーン大統領の遺体を保存して故郷に運ぶ必要を契機にアメリカで定着したといわれています。エンバーミングの主な目的としては防腐・死体からの二次感染を予防・死体の化粧・死体復元といったものが挙げられるとか。なお、エンバーミングに用いる薬液で体内の酸・アルカリ濃度が生前と同様にできるため死後硬直を防ぐ硬化もあるそうです。エンバーミングの具体的な手順について述べますと、まず全身を洗浄した後に、動脈からホルマリンを主成分とする薬液を注入し静脈から血液を回収して全身に薬液を行き渡らせる事で全身の蛋白を固定し腐敗を防ぎます。この際、薬液は赤く着色されているので肌の色が生前と同様な淡いピンク色になるとか。その後に「トロカワ」という棒状の道具で腹部を刺して内部の体液・血液を排出し、再び洗浄して死化粧。肉体に欠損部があれば粘土状のワックスを用いて復元するんだとか。エンバーミングは、日本に導入されて期間が短いにもかかわらず急速な普及をみせているそうです。高齢化社会に伴い、長い闘病生活の末に亡くなられる方が増えたため病気でやつれた姿を見せたくないと考える事例が多いのも一例ではないかと推定されています。もっとも、エンバーミングによって遺体は腐敗しなくなるものの徐々に乾燥するため生前と同様な状態を保てるのは二週間程度だとか。とすると、「さんかれあ」の主人公達のように長期間死体を維持したい場合には難がありますね。もっとも、旧ソ連におけるレーニンのように遺体を永久保存している例もありますので、完全に不可能というわけではないようです。レーニンの場合、エンバーミングに砒素・鉛・テレピン油など毒性の強い薬液を用いると共に定期的なメンテナンスを行っているのではないかと推定されているようです。
これらの遺体保存術の中には「さんかれあ」で描かれたような死体蘇生術と関連があるものもあり、例えばエジプトのミイラは完成後にオシリス神蘇生神話の例に従って「口開き」の儀式が行われ、この呪術が行われた後は死者は目・耳・口の機能を回復し来世で蘇生して現世と同様に生活し始めると信じられていました。またアンデス地方のミイラも来世に移って蘇生するため遺体を完全な姿で保持するという考えの下で作成されていたとか。これらのミイラも「死体の蘇生」信仰という点で「ゾンビ」と通じるものがあるといえなくもないのかも。少なくとも死者の蘇生と遺体防腐とは切っても切れない縁があるのは間違いなさそうです。
という訳で、以下では日本史から死体蘇生に関連した伝説を二つほど見てみましょう。
鎌倉初期に成立したとされる書物に「撰集抄」というのがあります。この書物は当時を代表する隠遁歌人・西行の手によって著されたと信じられていましたが、現在では他に作者がいるというのが通説のようです。その「撰集抄」の近衛本と呼ばれる写本に、このような話が載せられています。
西行が高野山の奥で修行した際の事。当初は友人の聖と一緒でしたが、その友人が京に用事で戻ったため一人きりとなってしまいます。「何となう、おなじ憂き世を厭ひし花月の情をもわきまへらん友こひしく」なり、「鬼の、人の骨をとり集めて人につくりなす例」を信頼すべき筋から聞いた事があるのを思い出して広野で人骨を集め繋げて蘇らせる儀式をしたというのです。しかしそうして出来上がった「人間」は、「人の姿に似侍れども、色も悪く、すべて心も侍らざりき。声はあれども、絃管の音のごとし」といった有様なので西行はがっかりして山に捨ててしまったとか。
さて、西行は修行を終えて京に戻ってから伏見前中納言師仲にこの事を打ち明けて意見を求めます。すると師仲は驚くべき秘密を明かしました。曰く、「そのやり方も悪くないが、反魂の秘術を行うにはまだ修行が足りない。私は四条大納言(藤原公任)の秘術を伝授され、これまでに何度も人間を造った。中には出世して大臣になった者もいるが、その名を明かすわけにはいかない。明かせば、造った人間も造られた人間も煙のように消えてしまうからね。」と。そして正しく人間を作る秘術を西行に伝授したそうですが、西行は何となくうんざりしたのかその後は人間を造る事は無かったとか。
死体を材料にして人造人間を造ったものの、醜く不出来だったので見捨てた。何だか、西洋の恐怖小説「フランケンシュタイン」を連想させるような話ですね。西行といえば歌の道に生き花鳥風月を愛したイメージがありますが、それとはそぐわない不気味さのある逸話です。そういや、同時代に頼朝から重んじられた文覚も天狗を祀る者と言われたり(「愚管抄」)江ノ島の洞窟で呪術をしたり(「吾妻鑑」)と大概な魔法使いぶりなんですが、西行は文覚が脱帽した男だけあって負けず劣らずこの方面でも実績を示してます。同時代人からすると、二人ともどこかおどろおどろしさがあるように思われたんでしょうね。つくづく、民衆の本質を見抜く目には驚かされます。
十四世紀に作成された「長谷雄草紙」にも、平安前期の代表的漢詩人であった紀長谷雄を題材に似たような話が伝えられています。それによれば、長谷雄は朱雀門の鬼と双六をして勝ち、鬼から絶世の美女を与えられたそうです。その際に「百日間は触れてはならない」と忠告されたに関わらず、長谷雄は美女の容姿だけでなく気立ての良さに惹かれて百日間を我慢できず手を出してしまいます。すると、そのとたんに美女は水のように溶けてしまいました。この美女は、鬼が様々な死体から良いところを取り集めて組み立てて人にしたものであり、百日過ぎれば本当の人になれたのに長谷雄が約束を破ったために全てが水の泡になったのだとか。まあ、こんな能力があれば理想の恋人をそれで作ってみようとは必ず誰かが考えますよね。
それにしても、驚くべきは朝廷に隠れている凄腕の魔術師たちです。西行は徳大寺殿なる貴族からこの術を習ったそうですし、伏見前中納言は多才で知られた四条大納言公任の流派を収めたとか。どうやら、陰陽道や密教の秘術が元になっているという話があります。それにしても、何でこんな連中がいたのに朝廷は失墜したんでしょうね…。ひょっとして、南北朝動乱時にはこの秘術は廃れていたんでしょうか?もし実在してこの時期に残っていれば、立川流大成者・文観といういかにも会得してそうな怪人物がいますし、あの後醍醐天皇が放っておくはずが無いような気がします。後醍醐なら文観の手を借りて形勢挽回のため秘術を用いて亡者の軍団結成、といったことをやりかねないと思うのは僕だけでしょうか?
「化物を構築し 化物を兵装し 化物を教導し 化物を編成し 化物を兵站し 化物を運用し 化物を指揮する 我らこそ 遂に化物すら指揮する我らこそ『最後の大隊』」(平野耕太『HELLSING』第四巻 少年画報社 51頁)
って感じで禁断の手段による一発逆転を図っても全くおかしくありません。「太平記」では楠木正成ら家臣たちともども死後も怨霊として足利方に禍をなそうとしてましたし。
少し妄想を逞しくして脱線してしまいましたが、考えてみれば和歌や漢詩も言葉の力によって天地を動かすと考えられており魔法の一種と認識されていたといえなくもありません。実際、西行は歌によって神や霊と交信したと考えられたわけですしね。日本史におけるゾンビ話は、一級の歌人・詩人を密教僧や陰陽師と同様な魔術師と捉えていた事を反映しているようです。
【参考文献】
西行 高橋英夫著 岩波新書
東西不思議物語 澁澤龍彦 河出文庫
異界と日本人 小松和彦 角川選書
葬祭の日本史 高橋繁行 講談社現代新書
日本大百科全書 小学館
HELLSING 平野耕太 少年画報社
さんかれあ はっとりみのる 講談社
関連記事:
「『引きこもりニート列伝その26 西行』補足―当代最強の放浪歌人?―」
「メイドロボの精神史 前編」、「後編」
「『南朝五忠臣』」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「引きこもりニート列伝その26 西行」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet26.html)
「引きこもりニート列伝その3 鴨長明・兼好法師」
(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet03.html)
「菅原道真」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/michizane.html)
紀長谷雄の同時代人であり友人でした。
関連サイト:
「スタジオはみ」(http://www.studio-hami.net/top.html)より
「さんかれあ/sankarea」(http://www.studio-hami.net/sanka/sanka.html)
作者であるはっとりみのる先生のサイトです。
「スズメ♂のnamida & ゴマメのhagishiri 」(http://homepage3.nifty.com/osuzume/index.htm)より
「西行と人造人間」(http://homepage3.nifty.com/osuzume/sirabe/jinzo.htm)
「公益社」(http://www.koekisha.co.jp/)より
「エンバーミング」(http://www.koekisha.co.jp/service/embalming.html?cid=go_k_general_000140)
ゾンビではないですが、病死した愛妻の体を腐乱するまで愛撫していた人はいます。興味のある方は
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
より「寂照 世界を股に掛けた高僧の淫猥猟奇な黒歴史 ~死体と過ごした濃厚な愛の日々~」を御覧下さい。
もしよろしければ
楽天ブックス: ダメ人間の世界史 - ダメ人間の歴史vol 1 -
もお願いいたします。
by trushbasket
| 2010-12-12 01:01
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