2010年 12月 19日
石原慎太郎著『太陽の季節』に学ぶキモオタでもできる女の口説き方 ~これで「お前ら」もリア充だ~
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石原慎太郎都知事の手下に、漫画なんか読んでないで女でも口説けとか、あざ笑われているキモいオタクの皆さん、こんにちは。
今日は、そんな皆さんに女の口説き方をレクチャーしようと思います。
さあ、みんなも女の口説き方を身につけて、都知事の手先如きにバカにされることのない、いかしたリア充(一般の方が迷い込んできている可能性を考え解説しておくと、恋人や友人に恵まれているキモオタの対極に位置する人間のこと)に生まれ変わろう。
もちろん、ここの文章を以前から読んでいる皆さんには明らかなように、私もエロマンガやらエロゲやらを喜々として読む、キモいオタの一人でありまして、視界に選択肢の出てこない不便なげんじつ世界の女の人の口説き方というものは全然全くこれっぽちも自信が無いのですが、
しかし、良い資料を、何度も何度も新刊書店から古書店に至るまで数ヶ月渡ってハシゴした挙げ句、ようやく先日手に入れまして、それを活用することで、色々不足を補い、どうにかレクチャーさせていただこうと思います。
というわけで、
石原慎太郎著『太陽の季節』に学ぶ、キモオタでもできる女の口説き方
(以下ページ数付きの「」は、石原慎太郎著『太陽の季節・若い獣』角川文庫より)
ところで、
皆さんは、当然『太陽の季節』の大ざっぱな内容はご存じでしょうから、
そんな
DQN(迷い込んできた一般人の方のために説明すると、粗暴な者のネット上における蔑称)が「勃起した陰茎を外から障子に突き立て」(250頁)るような変態行為に走った挙げ句、女を死ぬまでいじめ抜く武勇伝なんぞ、
DQNの影に脅え続ける太陽の届かぬジメジメした日陰の日々を生きてきたキモオタには参考にならん。
そうお考えではないかと思います。
私も、『太陽の季節』がDQNの武勇伝に過ぎないことは分かっているのですが、
しかし、あえて『太陽の季節』はキモオタの参考になると主張したい。
それをご理解頂くために、まずは『太陽の季節』の主人公について、少し詳しく、どんな人物であるか見て頂きましょう。
石原慎太郎氏は『太陽の季節』の主人公についてこのように描写します。
ほら、キモオタの皆さんもカーチャンに弱いですよね。
外側の世界の女達に「いたく失望」してますよね。
まあ、友人の母親に甘えるような厚顔無恥さは、キモオタの皆さんには無さそうで、この点、『太陽の季節』のDQNの方が一段アレではありますが。
で、さらに
『太陽の季節』の主人公達は目に映った女達について、こんな与太を飛ばします。
なんか整形して同じ様な人工的な顔になってるのをディスってるみたいなんですが、キモオタの皆さんも、ネット上でよく、整形した女や、こてこて過剰に塗り固めた化粧で同じ様な顔になってる女をディスってますよね。
その上、『太陽の季節』では、高校のことを「ハイスクール」(232頁等)などと呼びやがるのですが、これもなんというか皆さんの過去に黒歴史として秘められた「エターナルフォースブリザード」的な、中二っぽい何かと共通する漫画的センスと、言おうと思えば言えないこともないでしょう。(迷い込んできた一般人の人のために解説しておくと、石原慎太郎氏の言語センスが、カタカナ語を振りまわしてカッコつけたがる、皆さんの中学生時代みたいな痛さだと言っています)
というわけで、敢えて言おう、
『太陽の季節』の「DQN」たちは、
その精神レベルにおいてネット上の「お前ら」とほぼ等しいのであると。
で、そういうことなら、そいつらが使っている女の口説き方は、「おまえら」にとっても使いやすいはずなんですよ。
さあ、みんな、『太陽の季節』のDQNどもから女の口説き方をマスターして、リア充になろう。ただし、口説いた女を死ぬまでいじめ抜くなんていう石原慎太郎的な悪趣味な行動に出て、「またお前らか」とか言わねばならんようなことにだけは、しないように。
さて、ようやく本題。
『太陽の季節』の女の口説き方ですよ
主人公が作中で女の人に声を掛ける場面はこうです。
そして、このトークに、女性達は「まあ、拳闘」(239頁)と食いついてくれます。
小声で話したり、どもったり、無駄に敬語で話しかけたり、まるでキモオタの不審者丸出し不気味トークのようですが(「あの、もしもし」の声かけが切れ切れで無い以上、息切れではなく単にどもっているだけである)、
だからといって、俺ら元々こんな挙動不審なしゃべりかたしてるけど、モテない、こんなの絵空事だなどと、考えてはいけない。
これは、偉い文学者先生にして都知事閣下が考えた、すばらしい口説きなのだから。
ついでに言うと、
※
を頭に思い浮かべてもいけない。
「※ただしイケメンにかぎる」などと言って、イケメンだから不審者トークでも許されたのだ、自分たちはイケメンではないからそんな声かけしたら即逮捕、と絶望する前に、イケメンでなくてもいい男にはれる、そんな事実を知ってほしい。
これについては、石原慎太郎氏がらみで一つ証拠がございます。
私、石原慎太郎氏の弟石原裕次郎氏が、やたらとメディアでカッコイイ男扱いされているのを見て、常々不思議でした。なんかふくれ気味の丸っこい顔の普通のオッサンで、別にイケメンでもなんでもない気がするが、昔は美の基準でも違ったのか?平安時代は下ぶくれが美貌とされたみたいに。などと考えていたのです。
そしてその疑問については私の弟もこれを共有していたのですが、その私の弟が年配の方と語り合う機会を得た際に、石原裕次郎はべつにイケメンではないと思うのですが、と疑問をぶつけてみたらしいのです。そして、喜々として、私に年配の方がこういっていたと、報告してきたのです。
というわけで、イケメンでなくてもいい男にはなれる。
「お前ら」でも、なれるよ!
さて、これで、イケメンでなくても石原慎太郎式ナンパ術を使うことができることが納得していただけたと思うので、口説き方につき、さらにレッスンを続けましょう
「あ、あの、ぼ、僕あ」と流暢軽快なトークで女の人の気を引いて、遊びへの同行を誘う段になって『太陽の季節』の主人公はこう語ります
「どうも、追いつこうと駆けてきたんで息がきれちゃった──。あの僕等K学園の学生ですが、今日皆で遊ぼうとしたんですけど、誰も女の人知らないんで困ってんです。でも思い切ってどなたか頼んで見て、お暇だったらおつき合いして頂きたいと思って捜してたんですが。絶対御迷惑をお掛けするようには致しませんから、もしお暇でしたらお願い出来ませんか。仲間は五人いるんですけど。さっきから随分、いろんな人探してたんですが、どうもお話しするまでの人が無くて悲観してたんです。宜しかったら是非」(239頁)
ただ単に自分の置かれた困ってる状況と、同行して欲しい旨述べているだけです。思わず笑ってしまうような楽しい語りを行うわけでもなく、自分に付いてくると楽しくなりそうだと感じさせるような内容を話すでもなく、ほんと現状を言葉にしているだけ。
これだけで、女の人は
「あーら、光栄ってところね」(238頁)
と付いてきてくれます。
というわけで、皆さんも、普段通りにキモオタ丸出しの、どもって、無駄に表面上は丁重なトークで話しかけ、特に面白いこと言うでもなく、ひたすらヘコヘコ付いてきてくれるよう懇願すれば、たちまち女の人は付いてきてくれます。偉い文学者の先生の作品を参考にすれば。
まあ皆さんには「拳闘」みたいなリア充向きの趣味はないでしょうが、そこは「け、けいおん!が趣味で」とか言っておけばよろしい。聞き手には「け、軽音が趣味で」と聞こえます、たぶん。
というわけで、口をならすために、例文を読んでみましょう。僕は友達が少ないから仲間と遊びに繰り出したなんてシチュエーションでは困るという方もおられるでしょうから、石原氏の文章を元に、お一人様用例文を作っておきました。
リピート アフター ミー
「あの、もしもし、一寸失礼なんですが──(モゴモゴと小声で)」
「あ、あの、ぼ、僕あ、音楽いや、け、けいおん!が趣味の津川、津川竜哉と申しますが、すみません──」
「どうも、追いつこうと駆けてきたんで息がきれちゃった(ピザだから)──。あの僕等、この辺りで遊ぼうとしたんですけど、誰も、女の人知らないんで(二重の意味で)困ってんです。でも思い切ってどなたか頼んで見て、お暇だったらおつき合いして頂きたいと思って捜してたんですが。絶対御迷惑をお掛けするようには致しませんから、もしお暇でしたらお願い出来ませんか。さっきから随分、いろんな人探してたんですが、どうもお話しするまでの人が無くて悲観してたんです。宜しかったら是非」
なお、迷い込んだ一般人の方に説明すると、ピザはデブを意味するネットスラングです。我々キモオタがレッスンに使うテキストなのでデブと書くより、ふさわしいのです。
・
・
・
・
・
・
どう考えても無理だよね……。
「あ、あの、ぼ、僕あ」な不審者トークで他人とのお付き合いを図るなんて。
こんなん、異性を口説くどころか、同性の友人作るのさえ難しいよね……。
これで他人に近づくなんて、現代だと、子供や女性相手なら、不審者通り越して犯罪者、男性相手でも不審者確定でしょう。
「あ、あの、ぼ、僕あ」などと言いながら男が女性に近寄った声かけ事案が発生したとか言って、警察から世間に情報配信してもらえます。
これで他人とお付き合いできるんなら、
友達いない(恋人候補だけは腐るほど居るくせに)ことに日々悩み、思い切ってクラスメートに一緒に現代社会の試験勉強をしようと声をかけたライトノベル『僕は友達が少ない』(平坂読著 MF文庫)の残念な主人公、羽瀬川小鷹君も、
緊張の余りちょっと口が滑らかさを欠いてしまった残念トーク、
今頃、小鷹君は友達万人とチョモランマの上でフルコース食ってるでしょう。
「あ、あの、ぼ、僕あ」な不審者の主人公が、
死ぬまでいじめぬいてもOKなエロゲやマンガ、ラノベのヒロインみたいに果てしなく都合の良い女を手に入れて、
その上、
同性の友達グループまで持って、ノー天気に幸せしてるあたり、
お年寄りの文学とやらは、残念なオタの人御用達のライトノベルよりも発想がお花畑だ。
それとも、あんなトークで他人に近づくことが許されたほど、昔の人の人生ってイージーモードだったのでしょうか?
だとすれば、お年寄りの皆様におかれましては、漫画なんか読まずに女を口説けとか、思い上がったことは言わないほうが良いかと思います。「あ、あの、ぼ、僕あ」で女が口説けた時代の皆様のコミュニケーション能力では、近頃の若い者の中に混じれば、不審者、犯罪者として社会からの爪弾き確定ですから。悪けりゃ豚箱入り、良くて、寂しく社会の隅っこで寂しく漫画に耽溺がせいぜいです。
お年寄りの方々は、自分たちが時代背景によって逮捕を免れただけの、実質的には豚箱確定レベルの不審者、犯罪者に過ぎぬと言うことを、よくよく認識して、自分たち如きが太陽の下を大手を振って歩くことを許してくれた、社会の寛容をかみしめ、その社会を自分たちの不審者・犯罪者レベルの言動によって汚さぬよう、言動を慎み大人しく生きて行かれますように。
ところで、石原慎太郎氏は、漫画抑圧しようとかしなければ、エロ文章を書き散らす素敵な変態政治家、
エロ絵巻の文章に自ら筆をふるった後白河法皇、自分がケツを掘られる様を後世の人の参照用の資料である「日記」に書きしるした藤原頼長などなどの系譜に連なる、
HENTAI日本にふさわしい一匹の漢、おもしろネタキャラとして、名を残すことができただろうに、
なんであんなことになってるんでしょうか?
前頭葉が退化したりしたんでしょうか?
参考資料
石原慎太郎著『太陽の季節・若い獣』角川文庫
平坂読著『僕は友達が少ない』MF文庫
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エロマンガ大王 後白河法皇 ~日本エロマンガの歴史は天皇家より始まる~
漫画オタク首相の日本近現代90年史 ~日露戦争の英雄・加藤友三郎元帥から麻生・鳩山まで~
『ダメ人間の世界史』&『ダメ人間の日本史』ブログ版(試し読み用)
日本はエロだったりロリだった漫画オタクだったりの変態達が治め、変態たちが守ってきたHENTAIの国です。
そんな日本の姿については、よろしければ社会評論社『ダメ人間の日本史』もご参照ください。
(「藤原頼長 露出狂の受動男色家 ~余が犯される姿をとくと見ろ、余がレイプされて感じる様を目に焼き付けろ~」
「後白河法皇 エロマンガ大王 ~天皇家の権威よりエロマンガ趣味を優先する背徳異形の天皇家首領~」
「加藤友三郎 寡黙な知謀の名参謀、静かに平和に尽くした男、首相の地位まで登った偉才が、実はムッツリ漫画オタク」
などを収録)
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当ブログ内紹介記事
京都大学歴史研究会関連発表
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
本居宣長
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html
後醍醐天皇
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
関係ない人まで笑い物するような表現になってしまっていたので、文章を修正しました。申し訳ありません。(12月20日)
誤脱の修正および、読みにくい箇所を少し書き換えました。意味内容は変化ありません。(21日)
今日は、そんな皆さんに女の口説き方をレクチャーしようと思います。
さあ、みんなも女の口説き方を身につけて、都知事の手先如きにバカにされることのない、いかしたリア充(一般の方が迷い込んできている可能性を考え解説しておくと、恋人や友人に恵まれているキモオタの対極に位置する人間のこと)に生まれ変わろう。
もちろん、ここの文章を以前から読んでいる皆さんには明らかなように、私もエロマンガやらエロゲやらを喜々として読む、キモいオタの一人でありまして、視界に選択肢の出てこない不便なげんじつ世界の女の人の口説き方というものは全然全くこれっぽちも自信が無いのですが、
しかし、良い資料を、何度も何度も新刊書店から古書店に至るまで数ヶ月渡ってハシゴした挙げ句、ようやく先日手に入れまして、それを活用することで、色々不足を補い、どうにかレクチャーさせていただこうと思います。
というわけで、
石原慎太郎著『太陽の季節』に学ぶ、キモオタでもできる女の口説き方
(以下ページ数付きの「」は、石原慎太郎著『太陽の季節・若い獣』角川文庫より)
ところで、
皆さんは、当然『太陽の季節』の大ざっぱな内容はご存じでしょうから、
そんな
DQN(迷い込んできた一般人の方のために説明すると、粗暴な者のネット上における蔑称)が「勃起した陰茎を外から障子に突き立て」(250頁)るような変態行為に走った挙げ句、女を死ぬまでいじめ抜く武勇伝なんぞ、
DQNの影に脅え続ける太陽の届かぬジメジメした日陰の日々を生きてきたキモオタには参考にならん。
そうお考えではないかと思います。
私も、『太陽の季節』がDQNの武勇伝に過ぎないことは分かっているのですが、
しかし、あえて『太陽の季節』はキモオタの参考になると主張したい。
それをご理解頂くために、まずは『太陽の季節』の主人公について、少し詳しく、どんな人物であるか見て頂きましょう。
石原慎太郎氏は『太陽の季節』の主人公についてこのように描写します。
が唯、彼等は皆母親には甘えっ子であった。彼等は自分一人の母だけではなく、親しい友人の母にも甘えることが多かった。嘗つて母親を離れた彼等の視線が、外側の世界でとらえた女達は知らぬ間に彼等をいたく失望させ、再び彼等はおふくろの所へ逃げ帰った。
(245頁)
ほら、キモオタの皆さんもカーチャンに弱いですよね。
外側の世界の女達に「いたく失望」してますよね。
まあ、友人の母親に甘えるような厚顔無恥さは、キモオタの皆さんには無さそうで、この点、『太陽の季節』のDQNの方が一段アレではありますが。
で、さらに
『太陽の季節』の主人公達は目に映った女達について、こんな与太を飛ばします。
「あいつら三人とも同じような鼻してやがったな。今を流行りのプラスチックものか。ええあれは?」
(238頁)
なんか整形して同じ様な人工的な顔になってるのをディスってるみたいなんですが、キモオタの皆さんも、ネット上でよく、整形した女や、こてこて過剰に塗り固めた化粧で同じ様な顔になってる女をディスってますよね。
その上、『太陽の季節』では、高校のことを「ハイスクール」(232頁等)などと呼びやがるのですが、これもなんというか皆さんの過去に黒歴史として秘められた「エターナルフォースブリザード」的な、中二っぽい何かと共通する漫画的センスと、言おうと思えば言えないこともないでしょう。(迷い込んできた一般人の人のために解説しておくと、石原慎太郎氏の言語センスが、カタカナ語を振りまわしてカッコつけたがる、皆さんの中学生時代みたいな痛さだと言っています)
というわけで、敢えて言おう、
『太陽の季節』の「DQN」たちは、
その精神レベルにおいてネット上の「お前ら」とほぼ等しいのであると。
で、そういうことなら、そいつらが使っている女の口説き方は、「おまえら」にとっても使いやすいはずなんですよ。
さあ、みんな、『太陽の季節』のDQNどもから女の口説き方をマスターして、リア充になろう。ただし、口説いた女を死ぬまでいじめ抜くなんていう石原慎太郎的な悪趣味な行動に出て、「またお前らか」とか言わねばならんようなことにだけは、しないように。
さて、ようやく本題。
『太陽の季節』の女の口説き方ですよ
主人公が作中で女の人に声を掛ける場面はこうです。
……追い着いた時の、勢は何処へやら、竜哉の掛けた声は小さかった。
「あの、もしもし、一寸失礼なんですが──」
怪訝そうに振り向く、三人の中で、英子が荷物を持ち変えながら、ちらっと笑って、
「何でしょうかしら」
竜哉はそれだけで上がっていた。
「あ、あの、ぼ、僕あ、K学園のスポーツ、いや、け、拳闘部の津川、津川竜哉と申しますが、すみません──」(238頁)
そして、このトークに、女性達は「まあ、拳闘」(239頁)と食いついてくれます。
小声で話したり、どもったり、無駄に敬語で話しかけたり、まるでキモオタの不審者丸出し不気味トークのようですが(「あの、もしもし」の声かけが切れ切れで無い以上、息切れではなく単にどもっているだけである)、
だからといって、俺ら元々こんな挙動不審なしゃべりかたしてるけど、モテない、こんなの絵空事だなどと、考えてはいけない。
これは、偉い文学者先生にして都知事閣下が考えた、すばらしい口説きなのだから。
ついでに言うと、
※
を頭に思い浮かべてもいけない。
「※ただしイケメンにかぎる」などと言って、イケメンだから不審者トークでも許されたのだ、自分たちはイケメンではないからそんな声かけしたら即逮捕、と絶望する前に、イケメンでなくてもいい男にはれる、そんな事実を知ってほしい。
これについては、石原慎太郎氏がらみで一つ証拠がございます。
私、石原慎太郎氏の弟石原裕次郎氏が、やたらとメディアでカッコイイ男扱いされているのを見て、常々不思議でした。なんかふくれ気味の丸っこい顔の普通のオッサンで、別にイケメンでもなんでもない気がするが、昔は美の基準でも違ったのか?平安時代は下ぶくれが美貌とされたみたいに。などと考えていたのです。
そしてその疑問については私の弟もこれを共有していたのですが、その私の弟が年配の方と語り合う機会を得た際に、石原裕次郎はべつにイケメンではないと思うのですが、と疑問をぶつけてみたらしいのです。そして、喜々として、私に年配の方がこういっていたと、報告してきたのです。
石原裕次郎はイケメンではなかったが、ええ男やった。
というわけで、イケメンでなくてもいい男にはなれる。
「お前ら」でも、なれるよ!
さて、これで、イケメンでなくても石原慎太郎式ナンパ術を使うことができることが納得していただけたと思うので、口説き方につき、さらにレッスンを続けましょう
「あ、あの、ぼ、僕あ」と流暢軽快なトークで女の人の気を引いて、遊びへの同行を誘う段になって『太陽の季節』の主人公はこう語ります
「どうも、追いつこうと駆けてきたんで息がきれちゃった──。あの僕等K学園の学生ですが、今日皆で遊ぼうとしたんですけど、誰も女の人知らないんで困ってんです。でも思い切ってどなたか頼んで見て、お暇だったらおつき合いして頂きたいと思って捜してたんですが。絶対御迷惑をお掛けするようには致しませんから、もしお暇でしたらお願い出来ませんか。仲間は五人いるんですけど。さっきから随分、いろんな人探してたんですが、どうもお話しするまでの人が無くて悲観してたんです。宜しかったら是非」(239頁)
ただ単に自分の置かれた困ってる状況と、同行して欲しい旨述べているだけです。思わず笑ってしまうような楽しい語りを行うわけでもなく、自分に付いてくると楽しくなりそうだと感じさせるような内容を話すでもなく、ほんと現状を言葉にしているだけ。
これだけで、女の人は
「あーら、光栄ってところね」(238頁)
と付いてきてくれます。
というわけで、皆さんも、普段通りにキモオタ丸出しの、どもって、無駄に表面上は丁重なトークで話しかけ、特に面白いこと言うでもなく、ひたすらヘコヘコ付いてきてくれるよう懇願すれば、たちまち女の人は付いてきてくれます。偉い文学者の先生の作品を参考にすれば。
まあ皆さんには「拳闘」みたいなリア充向きの趣味はないでしょうが、そこは「け、けいおん!が趣味で」とか言っておけばよろしい。聞き手には「け、軽音が趣味で」と聞こえます、たぶん。
というわけで、口をならすために、例文を読んでみましょう。僕は友達が少ないから仲間と遊びに繰り出したなんてシチュエーションでは困るという方もおられるでしょうから、石原氏の文章を元に、お一人様用例文を作っておきました。
リピート アフター ミー
「あの、もしもし、一寸失礼なんですが──(モゴモゴと小声で)」
「あ、あの、ぼ、僕あ、音楽いや、け、けいおん!が趣味の津川、津川竜哉と申しますが、すみません──」
「どうも、追いつこうと駆けてきたんで息がきれちゃった(ピザだから)──。あの僕等、この辺りで遊ぼうとしたんですけど、誰も、女の人知らないんで(二重の意味で)困ってんです。でも思い切ってどなたか頼んで見て、お暇だったらおつき合いして頂きたいと思って捜してたんですが。絶対御迷惑をお掛けするようには致しませんから、もしお暇でしたらお願い出来ませんか。さっきから随分、いろんな人探してたんですが、どうもお話しするまでの人が無くて悲観してたんです。宜しかったら是非」
なお、迷い込んだ一般人の方に説明すると、ピザはデブを意味するネットスラングです。我々キモオタがレッスンに使うテキストなのでデブと書くより、ふさわしいのです。
・
・
・
・
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どう考えても無理だよね……。
「あ、あの、ぼ、僕あ」な不審者トークで他人とのお付き合いを図るなんて。
こんなん、異性を口説くどころか、同性の友人作るのさえ難しいよね……。
これで他人に近づくなんて、現代だと、子供や女性相手なら、不審者通り越して犯罪者、男性相手でも不審者確定でしょう。
「あ、あの、ぼ、僕あ」などと言いながら男が女性に近寄った声かけ事案が発生したとか言って、警察から世間に情報配信してもらえます。
これで他人とお付き合いできるんなら、
友達いない(恋人候補だけは腐るほど居るくせに)ことに日々悩み、思い切ってクラスメートに一緒に現代社会の試験勉強をしようと声をかけたライトノベル『僕は友達が少ない』(平坂読著 MF文庫)の残念な主人公、羽瀬川小鷹君も、
緊張の余りちょっと口が滑らかさを欠いてしまった残念トーク、
「……俺が……教えてやろうかあァ……!?」(5巻 239頁)をかつあげと勘違いされて、クラスメートに逃げられる様なことはなく、
「ビュヒヒッ(あれ、なんか変な声出た)、決まってんだろォ?社会の勉強だよぉ……」(同)
今頃、小鷹君は友達万人とチョモランマの上でフルコース食ってるでしょう。
「あ、あの、ぼ、僕あ」な不審者の主人公が、
死ぬまでいじめぬいてもOKなエロゲやマンガ、ラノベのヒロインみたいに果てしなく都合の良い女を手に入れて、
その上、
同性の友達グループまで持って、ノー天気に幸せしてるあたり、
お年寄りの文学とやらは、残念なオタの人御用達のライトノベルよりも発想がお花畑だ。
それとも、あんなトークで他人に近づくことが許されたほど、昔の人の人生ってイージーモードだったのでしょうか?
だとすれば、お年寄りの皆様におかれましては、漫画なんか読まずに女を口説けとか、思い上がったことは言わないほうが良いかと思います。「あ、あの、ぼ、僕あ」で女が口説けた時代の皆様のコミュニケーション能力では、近頃の若い者の中に混じれば、不審者、犯罪者として社会からの爪弾き確定ですから。悪けりゃ豚箱入り、良くて、寂しく社会の隅っこで寂しく漫画に耽溺がせいぜいです。
お年寄りの方々は、自分たちが時代背景によって逮捕を免れただけの、実質的には豚箱確定レベルの不審者、犯罪者に過ぎぬと言うことを、よくよく認識して、自分たち如きが太陽の下を大手を振って歩くことを許してくれた、社会の寛容をかみしめ、その社会を自分たちの不審者・犯罪者レベルの言動によって汚さぬよう、言動を慎み大人しく生きて行かれますように。
ところで、石原慎太郎氏は、漫画抑圧しようとかしなければ、エロ文章を書き散らす素敵な変態政治家、
エロ絵巻の文章に自ら筆をふるった後白河法皇、自分がケツを掘られる様を後世の人の参照用の資料である「日記」に書きしるした藤原頼長などなどの系譜に連なる、
HENTAI日本にふさわしい一匹の漢、おもしろネタキャラとして、名を残すことができただろうに、
なんであんなことになってるんでしょうか?
前頭葉が退化したりしたんでしょうか?
参考資料
石原慎太郎著『太陽の季節・若い獣』角川文庫
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日本はエロだったりロリだった漫画オタクだったりの変態達が治め、変態たちが守ってきたHENTAIの国です。
そんな日本の姿については、よろしければ社会評論社『ダメ人間の日本史』もご参照ください。
(「藤原頼長 露出狂の受動男色家 ~余が犯される姿をとくと見ろ、余がレイプされて感じる様を目に焼き付けろ~」
「後白河法皇 エロマンガ大王 ~天皇家の権威よりエロマンガ趣味を優先する背徳異形の天皇家首領~」
「加藤友三郎 寡黙な知謀の名参謀、静かに平和に尽くした男、首相の地位まで登った偉才が、実はムッツリ漫画オタク」
などを収録)
Amazon :『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)楽天ブックス:『ダメ人間の日本史』(ダメ人間の歴史vol 2)
当ブログ内紹介記事
京都大学歴史研究会関連発表
日本民衆文化史
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html
本居宣長
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/011214.html
後醍醐天皇
http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2001/010706.html
楽天ブックス: ダメ人間の日本史 - ダメ人間の歴史vol 2 -
関係ない人まで笑い物するような表現になってしまっていたので、文章を修正しました。申し訳ありません。(12月20日)
誤脱の修正および、読みにくい箇所を少し書き換えました。意味内容は変化ありません。(21日)
by trushbasket
| 2010-12-19 21:04
| My(山田昌弘)








