<クリスマス記念記事>基督の拳 聖体祭救世主伝説~西洋近世初期の聖劇~
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関連サイト:
「バカ集合」(http://2chart.fc2web.com/)より
「クリスマス中止のお知らせ」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/kurichuushi.html)
「楽しいクリスマス」
(http://2chart.fc2web.com/2chart/tanosiikurisumsu.html)
皆様も御存知の通りクリスマスはキリストの聖誕祭とされており、この日には教会でキリストの生涯に題材をとった聖劇もしばしば行われます。さて、13世紀から16世紀にかけての西洋の都市部では庶民を中心にしたキリスト教演劇が見られるようになっていました。13世紀頃から商業の発達に伴って社会的実力を伸ばし始めた都市民衆は、次第に文化における影響力も強めていきます。この頃の庶民文化には大道芸人などの存在もありましたが、何より特筆すべきは聖体祭における聖劇でした。職人達の組合が職業別に決まった演目を上演し、キリストの生誕から受難・昇天に至る内容を再現したのです。教会にとってもこうした演劇は教えを浸透させる大きな役割がありましたし、庶民にとっても冬を終えて春を迎える祭典は新たな一年の営みを寿ぐ大きな楽しみだったのです。そうした聖劇の内では、例えばキリストの生誕を扱う降誕劇では聖母マリアに不倫の疑惑をかけて苦悩するヨセフや誕生したキリストの下に祝福に訪れる羊飼い達の姿が微笑ましくユーモラスに描かれていますが、今回は受難劇にスポットを当ててみます。
受難劇は、キリストが謀反人として捕らえられ裁判を経て処刑される過程とその後の復活を扱った演劇です。物語が進められるにあたり、一般に観客が理解し感情移入しやすいような演出が行われていると言えます。例えば、キリストやその周辺の人々は端整で均整の取れた姿なのに対し、彼と敵対する兵士や裁判官などは醜く不均衡で滑稽な容姿で登場し善玉と悪玉の区分を明らかにすると共に前者への感情移入を助けているのはその一例です。また、キリストを裁く裁判官達は身分に相応しくない下卑た口調で話し、高圧的で結論ありきな態度で理不尽な理屈を振り回し判決を下す存在とされています。そして、処刑を実行する兵士たちはキリストに目隠しをした上で誰が殴ったかを当てさせたり荊の冠を被せ即位式の真似事をして揶揄したりするなど、無邪気で嗜虐的にキリストを痛めつけて楽しんでいます。こうした描写は、キリストの敵への憎悪を駆り立てるものであると同時に彼らに滑稽味を帯びさせる事にもなりました。
そして、処刑と埋葬の後には、死したキリストが地獄から捕われ人達を解放した後に復活する場面が続きます。ここで、キリストは地獄へと押しかけて扉を開けさせ、囚人達を苛んでいる悪魔達を相手に一戦を交えています。そして悪魔の頭・サタンを破って地獄の穴に突き落とし、地獄に捕われていた預言者や始祖達を救出した上で復活を遂げます。この場面は仕掛の備えられた山車など舞台装置を用いて大立ち回りを見せるスペクタクルとなっており、前の場面でキリストがなすすべもなく殺害されるのを見せられた観客のフラストレーションを一気に発散させた事でしょう。
ところで、このキリストの受難劇の概要を見ていると、個人的には『北斗の拳』を連想してしまいます。『北斗の拳』は1980年代半ば、漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」が爆発的人気を獲得しつつあった時期の看板作品の一つ。アニメ版では「世紀末救世主伝説」というサブタイトルも付けられているこの作品は、20世紀末における核戦争後の荒廃した世界を舞台に主人公ケンシロウが超自然的な力を駆使する拳法で悪党を倒し人々を救っていく物語です。
受難劇と『北斗の拳』、この両者は終末後の世界において弱い人々を救済する物語と言う点でも共通していますが、善玉と悪玉の描写においても共通点が多く見られます。この作品での悪党は、醜悪で滑稽な姿に描かれており(※)、砲丸投げならぬ「人間投げ」コンテストをやるなど弱い一般人相手に無邪気に嗜虐的な振る舞いをして楽しんでいます。また、悪党による裁判の場面では人よりも犬の命を重んじ犬の鳴き声で量刑を決めたり(勿論、基本は死刑です)「いい曲を作るから」といった理不尽な理由で音楽家に死刑を宣告したりといった描写が見られます。そうした悪党の滑稽だが暴虐な振る舞いが描かれた末に、悪党達をケンシロウらが成敗して読者の溜飲を下げる勧善懲悪的な流れがパターンとなっています。
加えて、物語が盛り上がりを見せ始める段階において、「鬼の哭く街」と呼ばれ多くの無実の人々が幽閉される堅牢な監獄「カサンドラ」の門をケンシロウが突破し獄吏達をあしらい350kg以上ある強靭な肉体を誇る獄長ウイグルを破り墓穴に落とし込んで囚人達を解放する件が描かれています。この場面では、ケンシロウはまさしく「救世主」として描かれており、キリストが地獄の囚人達を解放する話を彷彿とさせます。ひょっとすると、聖劇でキリストがサタンを倒し地獄から人々を解放するくだりもまた、キリストとサタンが
サタン「その無謀なる勇気だけはほめてやろう!!」
キリスト「おれに無謀という言葉はない」
サタン「それはまだきさまが恐怖というものを味わったことがないからだ だがここできさまは生まれて初めて恐怖というものを知ることになる!」
(作・武論尊、画・原哲夫『北斗の拳』第4巻 集英社文庫 98-99頁より。サタンの台詞はウイグル獄長のものを、キリストの台詞はケンシロウのものを転用しています)
という感じで挑発し合って始まり、激闘の末に
サタン「くらえ!!」
キリスト「あたっ!!」
サタン「でへ!!」
キリスト「ぬああ あたたたた!! あたたあっ」
サタン「はげえ!!」
(ここでサタン、キリストを倒した後に放り込むつもりで作らせた墓穴にはまる)
キリスト「墓穴がせますぎたな しかし じきに ちょうどよくなる 安心して死ね!!」
サタン「ううおえ か…体が… 体が~ぐっ! ぐるぢい~!! ひ… ひィ たたずげべ ば!!」
(サタン、狭い墓穴の中に体が勝手に押し込まれ、断末魔をあげてやられる)
キリスト「悪党に墓標はいらん!!」
(同書 144-147頁より。サタンの台詞は(以下略))
という形になって決着し、捕われの人々が
「お… おれたちは とてつもない救世主を手にいれた!!」
(同書 150頁)
「お… おれたちに再び光と生がよみがえった!!」
「この太陽も大地もすべて自由だ!!」
「おれたちは絶望の淵から救われた!!」
(同書 153頁)
と感激と歓呼の声を挙げるというものだったのかも。…何だか、キリストの一般的なイメージと合わない気がしますけど。
余談ですが、『北斗の拳』にはその能力で貧しい病人達を癒す事を生きがいにする主人公の兄弟子トキや、子供を徴発して労役させる暴君に抵抗し子供を守ろうとするも敗れて捕らえられ巨石を背負ってピラミッドを上らされ処刑された人物など、キリストがモチーフであると思われるキャラクターも登場しており、作者達がキリストの物語を強く意識していたと言われています。
悪党の振る舞いの滑稽さを楽しみ、彼らの暴虐さが描かれた後に主人公による勧善懲悪によって快哉を叫ぶ。終末後の世界を舞台に人間愛の尊さを輝かせる。西洋の聖劇と『北斗の拳』には意外なほど共通点がありました。『北斗の拳』が発表されてから四半世紀が経過した現在においても根強い人気を保っているのを考えると、これらの聖劇も娯楽作品として強い魅力を持っていたのかもしれないと思わされます。するとこれはキリスト教の教えを庶民に浸透させる上でも、大きな効果を持った事でしょう。一般の人々の信仰の陰に、娯楽文化が侮れない役割を果たしていた。人の快楽を満たす娯楽の力はいつの時代も大きなものですし、人々が望む物語は古今東西を問わず共通しているのかも知れませんね。
※いわゆる「モヒカン刈り」に加えて半裸という出で立ちで凶悪かつ愚劣に描かれることが普通です。ただし、敵の首領はそれなりに敬意を払うに値する天晴れな男として描かれることがしばしば。
【参考文献】
中世劇の世界 石井美樹子著 中公新書
週刊朝日百科世界の歴史74 見世物小屋と旅芸人 朝日新聞社
北斗の拳 武論尊・原哲夫 1~15 集英社文庫
北斗の拳究極解説書 集英社
北斗の拳2000究極解説書2 集英社
関連記事:
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「日本人のクリスマス(前編)」、「(後編)」
「クリスマス特別記事―西洋の『センセーション・ノベル』について―」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「西洋民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021108.html)
「日本民衆文化史」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「西洋キリスト教史1」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/970516.html)
「西洋キリスト教史2」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971017.html)
「西洋キリスト教史3」(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/1997/971212.html)
関連サイト:
「『北斗の拳』スレッドの杜」(http://www.dslender.com/hokuto/)
「修羅の国」(http://hokuto.khaotic.info/)
「北斗の庭園」(http://raoh.info/)
「経絡秘孔究明会」(http://www7.big.or.jp/~sosan/hokuto/)
「北斗西斗」(http://www.geocities.jp/hokuaniken/)
「北斗の拳」の主なファンサイトです。