2010年 12月 31日
F.E.Adcock『ギリシア人とマケドニア人の戦争術』 山田昌弘訳 新装版 第4講 注
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(1)W. W. Tarn, Hellenistic Military and Naval Developments, p.20.
(2)Hipparch. I, 16; de Re equestri IV, 3-4.
(3)Pauly-Wissowwa, Realenc. s.v. Pferd, cols. 1440 f.を参照。
(4)Herod. V, 63.
(5)Thuc. I, 111, 1.
(6)Herod. IX, 68.
(7)Thuc. VI, 70, 3.
(8)Xen. Hell, III, 4, 15.
(9)Anab. II, 2, 18-19.
(10)鐙の登場の最初の証拠についてはTarn, 前掲書, p.75 n. 1を参照。
(11)例えばXen. Hell. III, 4, 13-14, V, 2, 41。
(12)Diod. XIX, 29, 7; 彼の用いた単語はφυγομαχεινである。
(13)Modern Armies, p. 31.
(14)この点で彼は、騎兵を攻撃に参加させるのが早すぎる傾向にあるヘレニズム期の大半の指揮官よりも優れていた。
(15)C.A,H. VI, p.382.
(16)例えばイプソスである。Pultarch, Demetrius 29, 3を参照。
(17)アレクサンドロス以後一世紀に渡って偉大な騎兵の時代が続き、その後に密集軍(phalanx)が主戦力になり始める。Tarn, 前掲書, pp. 27 f.を参照。
(18)前掲書, p.32.
(19)P. Stanhope, Notes of Conversations with the Duke of Wellington, 1831-1851, p.221.
(20)Herod. I, 80.
(21)Plitarch, Demetrius 29.
(22)Tarn, 前掲書, p. 94.
(23)Diod. XIX, 39.
(24)あるいはエピテラス。Strabo XVI, 768, 770.
(25)Diod. XIX, 83-84. とげの障害物がメガロポリスの防衛用に使用されたとすることは十分可能な仮説である。ディオドロスはパライタケネの記述において、χαραξ σεσιδηρωμευοςの存在を語っただけだが、とげ以外の使い方で効果があったとは考えにくいので、彼が資料を読み損なった可能性もある。Loebのディオドロスの翻訳中のVol. X, pp. 60 f. にあるR. M. Geerの記述とH. Delbrueck, Geschicite der Kriegskunst, I3, p. 243を参照。
(26)Tarn, 前掲書, p. 95を参照。一般的な象の用法についてはR. F. Glover, "The Tactical Handling of the Elephant," Greece and Rome, XVII, 1948, pp, 1-11を参照。
(27)Polybius I, 40, 13. この他Bellum Aflic. 27も参照せよ。
(28)G. T. Griffith, The Mercenaries of the Hellenistc World, pp. 214 f.
(29)Lucian, Zeuxis 8-11.
(30)Bellum Aflic. 72.
(31)Pauly-Wissowwa, Realenc. s.v. Kriegskunst, col. 1829を参照。
(32)Plutarch, Pericles 27.
(33)Thuc. I, 117, 3.
(34)Thuc. III, 52.
(35)Thuc. II, 70.
(36)2,000タラントかかった。サモスの攻囲には1,400タラント以上かかった。Tod, Greek Hist. Inscr. 50.
(37)Thuc. III, 27-28.
(38)Thuc. IV, 66-68.
(39)Thuc. IV, 100.
(40)戦争で使用されたねじり機関の詳細についてはJ. Kromayer-G. Veith, Heerwesen und Kriegfuehrung der Griechen und Roemer, pp.220 ff.にあるE. Schrammの文章やTarn, 前掲書, pp.103 ff.を参照。
(41)Diod. XIV, 47-53.
(42)Delbrueck, 前掲書, p.175を参照。
(43)Tarn, 前掲書, p. 47.
(44)Polubius VIII, 5-6; Plutarch, Marcellus 15.
(45)射程は先述のSchrammの引用より。
(46)これは原則であり、最も注目に値する例外は、マンティネイアの戦い(紀元前207年)におけるマカニダスの弩の使用である。
(47)一方、ヘレニズム時代においてすら、戦場における野営地は、ローマ人が行ったような、強固な要塞化と組織化を施されることはなかった。(Polybius VI, 42とV, 20, 4, XVIII, 18を比較せよ。)A. Bauer, Griech.Kriegsaltertuemer2, p. 458を参照。
(48)これらの大半については、Kromayer-Veith, 前掲書, p.243を参照せよ。
(49)Polyaenus II, 31, 2.
(50)Cornelius Nepos, Hannibal 10, 4-5, およびII, 5-6。Justin XXXII, 6-7。ユスティヌスは「あらゆる種類の蛇」としか言っていないが、これによっても信憑性はわずかに下がるに過ぎない。
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(1)W. W. Tarn, Hellenistic Military and Naval Developments, p.20.
(2)Hipparch. I, 16; de Re equestri IV, 3-4.
(3)Pauly-Wissowwa, Realenc. s.v. Pferd, cols. 1440 f.を参照。
(4)Herod. V, 63.
(5)Thuc. I, 111, 1.
(6)Herod. IX, 68.
(7)Thuc. VI, 70, 3.
(8)Xen. Hell, III, 4, 15.
(9)Anab. II, 2, 18-19.
(10)鐙の登場の最初の証拠についてはTarn, 前掲書, p.75 n. 1を参照。
(11)例えばXen. Hell. III, 4, 13-14, V, 2, 41。
(12)Diod. XIX, 29, 7; 彼の用いた単語はφυγομαχεινである。
(13)Modern Armies, p. 31.
(14)この点で彼は、騎兵を攻撃に参加させるのが早すぎる傾向にあるヘレニズム期の大半の指揮官よりも優れていた。
(15)C.A,H. VI, p.382.
(16)例えばイプソスである。Pultarch, Demetrius 29, 3を参照。
(17)アレクサンドロス以後一世紀に渡って偉大な騎兵の時代が続き、その後に密集軍(phalanx)が主戦力になり始める。Tarn, 前掲書, pp. 27 f.を参照。
(18)前掲書, p.32.
(19)P. Stanhope, Notes of Conversations with the Duke of Wellington, 1831-1851, p.221.
(20)Herod. I, 80.
(21)Plitarch, Demetrius 29.
(22)Tarn, 前掲書, p. 94.
(23)Diod. XIX, 39.
(24)あるいはエピテラス。Strabo XVI, 768, 770.
(25)Diod. XIX, 83-84. とげの障害物がメガロポリスの防衛用に使用されたとすることは十分可能な仮説である。ディオドロスはパライタケネの記述において、χαραξ σεσιδηρωμευοςの存在を語っただけだが、とげ以外の使い方で効果があったとは考えにくいので、彼が資料を読み損なった可能性もある。Loebのディオドロスの翻訳中のVol. X, pp. 60 f. にあるR. M. Geerの記述とH. Delbrueck, Geschicite der Kriegskunst, I3, p. 243を参照。
(26)Tarn, 前掲書, p. 95を参照。一般的な象の用法についてはR. F. Glover, "The Tactical Handling of the Elephant," Greece and Rome, XVII, 1948, pp, 1-11を参照。
(27)Polybius I, 40, 13. この他Bellum Aflic. 27も参照せよ。
(28)G. T. Griffith, The Mercenaries of the Hellenistc World, pp. 214 f.
(29)Lucian, Zeuxis 8-11.
(30)Bellum Aflic. 72.
(31)Pauly-Wissowwa, Realenc. s.v. Kriegskunst, col. 1829を参照。
(32)Plutarch, Pericles 27.
(33)Thuc. I, 117, 3.
(34)Thuc. III, 52.
(35)Thuc. II, 70.
(36)2,000タラントかかった。サモスの攻囲には1,400タラント以上かかった。Tod, Greek Hist. Inscr. 50.
(37)Thuc. III, 27-28.
(38)Thuc. IV, 66-68.
(39)Thuc. IV, 100.
(40)戦争で使用されたねじり機関の詳細についてはJ. Kromayer-G. Veith, Heerwesen und Kriegfuehrung der Griechen und Roemer, pp.220 ff.にあるE. Schrammの文章やTarn, 前掲書, pp.103 ff.を参照。
(41)Diod. XIV, 47-53.
(42)Delbrueck, 前掲書, p.175を参照。
(43)Tarn, 前掲書, p. 47.
(44)Polubius VIII, 5-6; Plutarch, Marcellus 15.
(45)射程は先述のSchrammの引用より。
(46)これは原則であり、最も注目に値する例外は、マンティネイアの戦い(紀元前207年)におけるマカニダスの弩の使用である。
(47)一方、ヘレニズム時代においてすら、戦場における野営地は、ローマ人が行ったような、強固な要塞化と組織化を施されることはなかった。(Polybius VI, 42とV, 20, 4, XVIII, 18を比較せよ。)A. Bauer, Griech.Kriegsaltertuemer2, p. 458を参照。
(48)これらの大半については、Kromayer-Veith, 前掲書, p.243を参照せよ。
(49)Polyaenus II, 31, 2.
(50)Cornelius Nepos, Hannibal 10, 4-5, およびII, 5-6。Justin XXXII, 6-7。ユスティヌスは「あらゆる種類の蛇」としか言っていないが、これによっても信憑性はわずかに下がるに過ぎない。
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by trushbasket
| 2010-12-31 13:10
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