近代国家の教育的指導とエロネタ~「清く正しく美しく」は難しい~
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文部省唱歌に「赤いベベ着た かわいい金魚」という一節を持つものがあるようです。この「ベベ」というのは着物を意味しているのですが、福島・山口・岐阜・愛知・新潟・長野など一部の地域では女性器の事を「ベベ」と呼びました。で、そういった場所で他所から赴任した女教師が知らずに音楽の授業で歌って(恐らく周囲の大人から)困惑されたりする例もあったそうです。また、童話作家・巌谷小波にも同様な逸話があり、山陰地方の女学校で講義した際に「山王様のお猿は、赤いオベベが大好きで」と何気なく語ったところ笑いがおこったとか。まあ、聴衆の女学生も年頃だけに実際問題として年齢相応の性的知識を持ってたでしょうからね。
唱歌絡みでもう一例挙げますと、滝廉太郎作曲の『箱根八里』には
「自然の谷、万丈の山 前にそびえ、尻へにそそる」
(本当は「万丈の山 千尋の谷(ばんじょうのやま せんじんのたに) 前に聳え 後に支う(まえにそびえ しりえにさそう)」だそうですが、参照した文献ではこうなってました。本の著者も間違ったんだと思います)
と歌う箇所がありますが、沖縄県八重山群島では男性器を「タニ」、女性器を「マンジュ」と呼ぶため「自然の男根、女陰の山が前にそびえ尻にそそる」といった意味合いに聞こえてしまったといいます。流石に教育関係者は困り果て、文部省に陳情してこの地域ではこの歌を教えなくてもよいこととなったという話です。上記の事例も含め、大人の過剰反応な気もしますけどね。そりゃ、子供は下ネタが好きなものですから喜んではしゃぎたてるかもしれませんが、普通はそれだけで終わると思いますよ。
また、学校教育関連の話題ではないですが、「教育的指導」と言えなくもないものとしてこんな話もあります。戦時中、長田秀雄の戯曲『飢渇』を上演しようとした際に、公演主催者は検閲を受けるため台本を事前に警視庁に提出したそうです。台詞の中に「接吻」という言葉が入っているのが猥褻だという事でその部分が墨で消された上で台本が戻されてきました。その結果、元来は「奥さん、どうか一度だけ、接吻させて下さい。」だった台詞が「奥さん、どうか一度だけ、させて下さい。」というものに変化(括弧部分はいずれも竹内政明『名文どろぼう』文春新書 110頁)。役者はこの台詞ではとても演じられないとぼやいたとか。ろくに読まずに気になる単語だけ消してそれでよしとしたんでしょうねえ。それでもまあ、演じる側としては、検閲済み、つまり健全だとお上からお墨付きが出たと大っぴらにアピールした上で堂々と演じてやったらよかったんじゃないかと思うのですが。風紀を口実にした娯楽文化への風当たりが強い昨今、この話が今後も笑い事で済めばよいのですけど。
以上の事例から分かるように、お上が清潔で教育的な内容だと判断した題材でも聞き手によってはエロく聞こえる事がありえるという訳ですね。以前の記事で、ある絵をエロいと判断するかどうかはその人自体がエロいかどうかによるという話がありましたが言葉でも同じ事が言えるようです。何しろ、条件によっては、学校教育の教材ですらエロく聞こえる事があるのですから。やっぱり、教育上子供に悪影響かどうかとかを、判断する人の価値観だけで軽々に決定するのは適切ではないようです。
【参考文献】
名文どろぼう 竹内政明 文春新書
民俗民芸双書14性風土記 藤林貞雄著 岩崎美術社
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歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「日本民衆文化史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2002/021206.html)
「日本出版史」
(http://kyoto.cool.ne.jp/rekiken/data/2005/050227.html)
関連サイト:
「ZATTAなホームページ」
(http://www.ne.jp/asahi/aaa/tach1394/index.htm)より
「ZATTAな子どもの歌」
(http://www.ne.jp/asahi/aaa/tach1394/music/index.htm)
歌詞の確認にも利用させていただきました。
(2011/2/1 「箱根八里」歌詞の間違いに関する御指摘を頂きましたので追記しました。後の話との繋がりを分かりやすくするため、間違った歌詞の方もあえて残しています。)
(2011/2/1 訂正 ×着て→○着た、×人形→○金魚。関連リンクを追加。)