2011年 01月 23日
千年前にもいた「出世したくない男達」in 王朝貴族~つまりは経済問題なんです~
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以前の記事で、出世したくない人が男性の間で増えているという傾向がある事について少し触れました。その理由には世の中の見通しが暗い、仕事に人生の全てを捧げる気になれないといったものもあるでしょうが、それ以外にもっと実際的な理由もあるようです。
「痛ニュー速報!」(http://itainewssokuhou.seesaa.net/)より
「出世したくない人が急増中 「責任を負いたくない」 「出世する意味がわからない」」
(http://itainewssokuhou.seesaa.net/article/121413602.html)
上のまとめ記事では、
とありますし、スレッド内のコメントでも
とか
といったものが見られます。つまり、出世といっても責任が大きくなる割に実際の収入は変わらないか寧ろ少なくなるといった状況があるため、出世しない方が経済的に楽という側面もあるようです。出世による旨みを実感するにはかなり上にいかなければならないがそこまでは出世できそうにない、となると確かにしんどい目をしてまで上に行こうという気もなくなるでしょう。つまりは、覇気ややる気がなくなったとかでは片付けられない実際的な話なわけですね。という訳で、今回はこれと似たような事例がなかったかについて、歴史的な視点で見ていこうかと思います。
平安期の王朝貴族が残した私信の中に、かねてから受領(地方長官。徴税権を委託されておりその気になれば私服を肥やしやすかった)に任命される事を望んでいたにもかかわらず近衛中将に任命された事を友人に慨嘆する内容のものが残されているそうです。近衛中将といえば、天皇の身辺を警護する役所の長官であり実務は形骸化していたものの上級貴族にとって公卿(三位以上の位を持つトップクラスの貴族)への昇進を約束されたエリートコースでした。一方、受領は確かに実入りは良いもののそれ以上の出世は基本的に望めず、受領になる事は中級貴族に身を落とす事と同義でした。なのに、どうしてこの貴族は受領を望んだのでしょうか?
実は、名門貴族でありながら受領の道を希望して選んだ人物は珍しくありませんでした。右大臣藤原実資家の資頼は伯耆守・美作守となっていますし、権大納言藤原行成家の実経も但馬守・近江守となっています。更に内大臣藤原高藤の玄孫・藤原説孝は左大弁(やはり公卿への出世を約束された職でした)に任命された後に自ら希望して播磨守となっており、『源氏物語』中で大臣家に生まれ近衛中将に任じられながらも辞退して播磨守となり現地に居住する事を選んだ明石入道のモデルと推定されているとか。平安期の貴族にも「出世したくない男達」は結構多かったのですね。
十一世紀以降、大臣クラスに出世し政界の実力者となれるのは摂関家嫡流(道長、頼通の血統)のような名門中の名門に限られていました(院政期以降は、政権を握る上皇に気に入られるといった抜け道がありましたが)。それ以外は上級貴族に分類される家柄でも、晩年に参議(閣僚クラス)になるのが精一杯でそれ以上の出世は望めない状態だったのです。そして、当時の貴族は受領との私的な関係に経済収入を依存してました(彼らから入るリベートもありますし、給料の徴収を実際に行っているのも受領でしたから)。その結果、それなりにしか名門でなく参議止まりなのが明白な人物に対しては後ろ盾として期待できないため、受領たちもまともに関係を持とうとしなかったのです。それゆえ、受領から頼られる事のない微妙な上級貴族たちは経済的な不如意に直面しており、中には宮廷の儀式に着ていく正装すらみすぼらしいものしか用意できなかった事例もあったとか。また、上級貴族に名を連ねていると儀式やら宴会やらで出費がかさんだでしょうから、そうした貴族たちは余計に経済的に苦しんだことと思われます。
そういう事情ですと、公卿への昇進よりも中級貴族に身を落としても実入りのよい受領を望むのも良く分かります。やはり、王朝貴族の「出世したくない」人々にも実際的な経済的理由が背景にあったという訳ですね。
結局、上述のリンク先にある
というコメントが真理に近いんじゃないですかねえ(ここで検討したのは王朝時代の日本だけですから断言は出来ませんが)。「中途半端な出世はつらいだけ」ならば「その先にいけない、と思ったらあがるだけ損」と考える人間が出るのは現在に限った話ではないという事だと思います。
【参考文献】
御曹司たちの王朝時代 繁田信一 角川選書
日本大百科全書 小学館
日本人名大辞典 講談社
デジタル大辞泉 小学館
関連記事:
昔からあった、しょんぼりな時代への人々のしょんぼりな反応
「「結婚したくない男」、そして「出世したくない男」」
「大学の歴史を元に、大学のレジャーランド化を評価する」
「結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る「結婚しなくても平気になった人々」」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その3 鴨長明・兼好法師」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet03.html)
出世の見込みがないので引きこもった人たちです。
「痛ニュー速報!」(http://itainewssokuhou.seesaa.net/)より
「出世したくない人が急増中 「責任を負いたくない」 「出世する意味がわからない」」
(http://itainewssokuhou.seesaa.net/article/121413602.html)
上のまとめ記事では、
企業はコストダウンに必死で、仕事量や責任が大きくなっても給料にはほとんど反映されないケースもあり、まさに「出世する意味がわからない」という心境にもなるだろう。
とありますし、スレッド内のコメントでも
12 : シナノコザクラ(コネチカット州) :2009/06/12(金) 19:21:24.93 ID:dB+HCf+3
就職して二年目で係長になったけど、昇給額より住民税の方が多かったでござる
18 : パキスタキス(兵庫県) :2009/06/12(金) 19:23:52.58 ID:mzxOSpqR
>>12
三年目で管理職にされて残業代0になるからもっと手取りが下がる。
とか
84 : サポナリア(東京都) :2009/06/12(金) 19:47:42.87 ID:1QSDx8ad
中途半端な出世はつらいだけだ。
うちの会社は少なくともそう。
事業部長くらいまでいくと左団扇かもしれんが
それまでが殺人的にいそがしく、責任も大きく、
そのわりに報酬にあまり差がない。
つまりその先にいけない、と思ったらあがるだけ損なんだよ。
といったものが見られます。つまり、出世といっても責任が大きくなる割に実際の収入は変わらないか寧ろ少なくなるといった状況があるため、出世しない方が経済的に楽という側面もあるようです。出世による旨みを実感するにはかなり上にいかなければならないがそこまでは出世できそうにない、となると確かにしんどい目をしてまで上に行こうという気もなくなるでしょう。つまりは、覇気ややる気がなくなったとかでは片付けられない実際的な話なわけですね。という訳で、今回はこれと似たような事例がなかったかについて、歴史的な視点で見ていこうかと思います。
平安期の王朝貴族が残した私信の中に、かねてから受領(地方長官。徴税権を委託されておりその気になれば私服を肥やしやすかった)に任命される事を望んでいたにもかかわらず近衛中将に任命された事を友人に慨嘆する内容のものが残されているそうです。近衛中将といえば、天皇の身辺を警護する役所の長官であり実務は形骸化していたものの上級貴族にとって公卿(三位以上の位を持つトップクラスの貴族)への昇進を約束されたエリートコースでした。一方、受領は確かに実入りは良いもののそれ以上の出世は基本的に望めず、受領になる事は中級貴族に身を落とす事と同義でした。なのに、どうしてこの貴族は受領を望んだのでしょうか?
実は、名門貴族でありながら受領の道を希望して選んだ人物は珍しくありませんでした。右大臣藤原実資家の資頼は伯耆守・美作守となっていますし、権大納言藤原行成家の実経も但馬守・近江守となっています。更に内大臣藤原高藤の玄孫・藤原説孝は左大弁(やはり公卿への出世を約束された職でした)に任命された後に自ら希望して播磨守となっており、『源氏物語』中で大臣家に生まれ近衛中将に任じられながらも辞退して播磨守となり現地に居住する事を選んだ明石入道のモデルと推定されているとか。平安期の貴族にも「出世したくない男達」は結構多かったのですね。
十一世紀以降、大臣クラスに出世し政界の実力者となれるのは摂関家嫡流(道長、頼通の血統)のような名門中の名門に限られていました(院政期以降は、政権を握る上皇に気に入られるといった抜け道がありましたが)。それ以外は上級貴族に分類される家柄でも、晩年に参議(閣僚クラス)になるのが精一杯でそれ以上の出世は望めない状態だったのです。そして、当時の貴族は受領との私的な関係に経済収入を依存してました(彼らから入るリベートもありますし、給料の徴収を実際に行っているのも受領でしたから)。その結果、それなりにしか名門でなく参議止まりなのが明白な人物に対しては後ろ盾として期待できないため、受領たちもまともに関係を持とうとしなかったのです。それゆえ、受領から頼られる事のない微妙な上級貴族たちは経済的な不如意に直面しており、中には宮廷の儀式に着ていく正装すらみすぼらしいものしか用意できなかった事例もあったとか。また、上級貴族に名を連ねていると儀式やら宴会やらで出費がかさんだでしょうから、そうした貴族たちは余計に経済的に苦しんだことと思われます。
そういう事情ですと、公卿への昇進よりも中級貴族に身を落としても実入りのよい受領を望むのも良く分かります。やはり、王朝貴族の「出世したくない」人々にも実際的な経済的理由が背景にあったという訳ですね。
結局、上述のリンク先にある
93 : イヌムレスズメ(長屋) :2009/06/12(金) 19:49:15.87 ID:FjxawXm8
はるか昔から世界のどこにでもある処世術だろ。
というコメントが真理に近いんじゃないですかねえ(ここで検討したのは王朝時代の日本だけですから断言は出来ませんが)。「中途半端な出世はつらいだけ」ならば「その先にいけない、と思ったらあがるだけ損」と考える人間が出るのは現在に限った話ではないという事だと思います。
【参考文献】
御曹司たちの王朝時代 繁田信一 角川選書
日本大百科全書 小学館
日本人名大辞典 講談社
デジタル大辞泉 小学館
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「大学の歴史を元に、大学のレジャーランド化を評価する」
「結婚に関する歴史の一真理 ~モテない男は悟りを開く~ 歴史上に見る「結婚しなくても平気になった人々」」
歴史研究会・とらっしゅばすけっと関連発表:
「引きこもりニート列伝その3 鴨長明・兼好法師」(http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/neet03.html)
出世の見込みがないので引きこもった人たちです。
by trushbasket
| 2011-01-23 09:28
| NF








